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瞬撃の魔剣士  作者: Legero
少女奮闘篇
34/46

1.

おはようございます、Legeroでございます。

もはや言い訳はしません。遅くなってごめんなさい。

さて、今回はちょっとマイルドなお話です。肩の力を抜いてお楽しみください。

7/27から日毎に投稿、全7話です。

2024/5/12 数字を漢数字に変更、三点リーダの記法を変更

 ドリア王国の東端には、東側に海を抱き、南北に広がる広大な荒野が存在する。はるか昔にこの大陸を襲った未曽有の大災害によって、生物の住めぬ場所になった、という言い伝えが残るかの地は、名義上はドリア王国の領土ということになっている。しかし実態としては、資源の類も全くなく、村もなく人も住まず、むき出しの渇いた地面には魔術をもってしても手を入れる余地がない。結果何もする必要がなく、何もできないということで、ドリアの領土にそんなものは存在しない、という扱いをされてしまっているのが現状である。


 そして当然ながら、そんな荒地に足を踏み入れる者はほとんど存在しない。踏破するにも過酷なだけ、道なき道を歩くくらいなら整備された道を通って多少の遠回りをしたほうが早いし確実なのだから。せいぜい、もうどうしようもなくなった貧しい者が、まだ見ぬ新天地を夢見て荒地の横断を試みる程度で、そしてそうして出て行った者は、皆例外なく帰らぬ人となっている。


 そんなどうしようもない荒地から少し王都リゼルタに寄った位置、辛うじて草花の生える痩せた地に、ラーヴァールという名の街がある。ここはドリア東部の街にしては珍しく、灰豆(ヒーズ)の生産をほとんどしていない街である。その代わりに、この町では金細工の生産が盛んであり、それらを売り得た金を元手に、不足分の食糧を始めとした物資を商人たちから買い付け、生活を成り立たせている。つまり、ラーヴァールという街は、辺境の地にありながら商人たちの出入りが非常に激しい街なのである。


 そもそもこの街は、金鉱山を取り囲むように発展してきた経緯がある。街の中心には鉱山への入り口を覆うように横に広く大きな建物、通称『塔』が鎮座しており、住民、職人、商人、旅人など、あらゆる来訪者をひっきりなしに迎え入れている。というのも、その建物には、炭鉱夫のための用具の貸し出しや酒場などの娯楽施設だけでなく、取引所に加工所、倉庫、宿泊所に休憩所、食事処などといった事業に必要なものが全て結集しているのだ。


 そのため、特に加工職人たちは生活においてこの建物から離れる必要が無い。すべてがその場で解決するという環境は、大陸中から難儀な職人たちを次々と呼び寄せた。生活リズムが崩壊している彼らが徹夜で作業をするせいで、建物から漏れ出る光は途切れることが無いという点も、最早ラーヴァールという街を形容する一つの大きな特徴となってしまっている。


 そうした特徴は、逆に、ラーヴァールの人口はそれなりに多いにもかかわらず、塔から少し離れれば人通りの少ない、静かすぎる住宅街が広がっているという、いびつな状態を作り上げる要因ともなっているのである。


 そんなラーヴァールの冬は、首都リゼルタとは違い昼でも寒い。木枯らしが駆け抜ける、しかし木々の少ない街中には、最早人の姿がほとんどなくなっていた。働きに出る者はとうに家を出ているし、その行き先はほとんどが塔。それ以外の者たちにしてみれば、態々こんな寒い中外出する理由もないのだから、当たり前といえば当たり前の話ではある。


 その、ほとんど、が示す例外に該当する二つの人影が『塔』の入り口をくぐり、閑散とした真昼のラーヴァールに歩を踏み出した。一人は黒ずくめの装束に身を包んだ長身の男、そしてもう一人は服を着こんでもこもこの背の低い少女。少女、ルーは男の外套の裾をちんまりと握りしめ、彼の顔をぼんやり見上げながら、先導されるがままに短い足を一所懸命に動かし、歩幅の大きい男、ゼロについて行く。相も変わらず、我関せずといわんばかりの無表情で、しかし時折ちらりと同行者の方に目を向けるゼロ。最早おなじみになってきたこの光景は、ここラーヴァールにてようやく終わりを迎えようとしていた。


 しばらく歩いたゼロが足を止めたのは、ラーヴァールで最も端に存在する、小さな、小奇麗で、厳かな教会の前であった。大陸で主流の宗教、『ヘキセン教』の主神たる、七柱の神をまつる小さな教会は、ラーヴァールに出入りする商人たちの寄付の下で成り立つ、孤児院としての側面も持っていた。ラーヴァールは職人の街であるからして、手に職をつけるか手伝いとして雇われるかしない限り簡単に食いはぐれる羽目になる。そうした、要領、あるいは運の悪い両親から生まれた子供たちを救済するという意味で、この教会は単なる教会として以上の意味を持っているのである。


 落ち着きなくきょろきょろするルーに目もくれず、ゼロはそんな教会の小さく、案外がっしりとした扉を二、三度叩く。遠くの方から応える声がして数刻後。内にむかって細く開かれた扉の影から、未だ年若いシスターがそろそろと、慎重な様子で顔を出した。彼女はわずかに驚いた顔をし、そしてすぐに背後のルーの存在に気が付いたのだろう。訝し気にしながらも扉を大きく開き、ゼロを建物の内部へ仕草だけで招き入れる。


 部屋は、柱と壁材を巧みに生かした七角形をなしている。その底面からわずかに張り出した四角形が、扉の開閉スペースとして確保され、そのちょうど対面に灰色の祭壇が安置されている。四、あるいは六足歩行の不思議な獣を模したそれを頂点とし、七角形のそれぞれの角にそれぞれ一つずつ、人型の細い像が置かれている。それらは右が白、左が黒という風に色分けがされているが、像の色はあくまでその神の権能を表しているだけであり、決して彼らが敵対しているわけではない、と神話には語られている。


 七つの像に囲まれる中央の空間には何も置かれておらず、地面に彫り込まれた七角形を基本とする複雑怪奇な模様が良く見える。高い天井は屋根の形を映し出しており、そして建物の右手奥側には、教会の入り口よりもさらに小さな扉が一つ、ぴちりと閉じられている。


 礼拝堂を抜け、その扉をくぐった先は、小さな机と椅子が七つおかれた部屋であった。壁際に寄せられた木目の目立つ棚の上には、おそらく手作りであろう不格好な人形としおれかかった花が入った花瓶、そしてごつごつした小さな石が乗せられている。それ以外にはぼろぼろのタペストリー程度しか物が存在しない、大層貧相な部屋である。


 シスターが机を動かすとゼロが乱雑に四つの椅子を寄せ、一つに自分が座り、もう一つにここまで提げていたカバンを乗せた。それと時を同じくして、机をはさんだ反対側にシスターが、カバンと反対の、ゼロの隣にルーが座る。シスターに視線を向けながら、ゼロがぐるりを足を組んだ。


「ようこそ、神の城、そして我らが愛しき子供たちの家へ。貴方は……傭兵ゼロ、ですね。」


 疑うそぶりを隠さないシスターと、無言でシスターを見つめるゼロ。彼らの様子を、一回り小さな椅子に座ってのんびり見つめるルー。買ってもらった首巻がお気に召したらしく、今日もしっかり巻き付けたままだ。


 しばし無言で座っていたゼロだったが、部屋をぐるりと見まわし、例の、客観的にはがらくた(・・・・)でしかないものたちに目を向けた。


「……なるほど。貴様は大層、子供たちに好かれているようだ。」


 あの悪名高い傭兵ゼロが、そんな些細なところまで見て、なおのこと気にするとは。しばし驚きに硬直したシスターは、人のうわさとはあてにならないものだといわんばかりに首を振り、穏やかな、外向きの笑顔を浮かべてこう言った。


「はい。あの子たちが心を込めて贈ってくれた、大切なプレゼントです。」


「石なんぞ要らんだろうに、律義に取っておくとは酔狂なことよ。」


 ゼロの不躾な視線がシスターの首元、耳、そして手元に順番に注がれた。彼女は、シスター、という名が持つ印象とたがわず、宝飾品の類を一切に見つけない、清貧な装いに身を包んでいる。


「確かに、使ったり、身に着けたり、といったことはしません。でもそれでもいいのです。あの子たちが私のことを想って渡してくれたものですから。私にとっては、光り輝く宝石よりもずっと美しく、価値があるものなのです。」


 シスターの嬉しそうな言葉に、ゼロは小さく息をついた。


 一方で、とある事情(・・・・・)で気を張り詰めていたシスターは、ゼロが物騒な目的を持った者ではないこと、うわさに聞いたほどに冷酷無比な人物でないことを肌で感じたのだろう。ほっとした表情で、にこやかに、ゼロに言葉をかける。


「それでは、傭兵ゼロ。本日わたくしたちのもとを訪れた理由をお聞かせ願えますか? 世間話をしに来た、というわけではないのでしょう。」


 その言葉にゼロは怜悧な顔を上げ、おもむろに懐に手を入れたと思うと、小さな袋を取り出し机に置いた。それはズシリと重く膨らんでおり、それなりに重いものがかなりの量入っていることがうかがえる。


「……この娘を、この教会に託す。」


 そう言って、彼は隣でゆらゆら揺れているルーに、ちらりと目を向けた。


 ルーはラーヴァールに生まれた子供ではないが、それをシスターが問いただすことはない。彼女にとって、たとえ孤児院の当初の目的と違うものであったとしても、身寄りのない子供を迎え入れることに抵抗などないのである。


 代わりに、何のために出したのかも、何が入っているのかもわからないそれ……ゼロが取り出した袋に、シスターは目を向け尋ねた。


「これは?」


「この娘の持参金だとでも思っておけ。相応の額が入っている。」


 彼に押し出されたそれの口は、薄茶色のひもで乱雑にくくられている。シスターが一本飛び出た紐を引っ張ると、それは何の抵抗もなくするりとほどけ、形状を保てなくなった袋の口から数枚の銀貨がまろび出た。シスターは目を見開くと、すぐさま、勢い良く頭をあげ、ちゃらちゃらと小さな音を立てながら袋をゼロに押し戻す。


「いただけません!」


「……この娘は少々厄介な魔力無しだ。言葉もさほど解さない。相場からそう外れてはいないと思うが。」


「そういう問題ではありません! 貴方は、この子に値段をつけるのですか!?」


 シスターの大声に、何も聞いていなかったルーが小首をかしげる。彼女の言葉に悪意が込められていなかったからだろうか、普段と違って怯える様子を見せることはなかった。


 ゼロはというと、少々驚いた様子でシスターを見つめると、小さくうつむき帽子のつばを左手でつまみ、そして金の入った袋の口を結わえ、懐にしまい直した。


「……これは失礼した。貴様を侮辱したつもりはない。」


「……わかれば、よいのです。」


 不愛想な顔と最悪な評判からは想像もできないほど、謙虚に、あっさりと頭を下げたゼロに面食らったのか、シスターは目を白黒とさせている。しかしすぐさま、自分が小さな子供の前で声を荒らげたことを思い出したのだろう。申し訳なさそうな顔でゆっくりと、優しく、ルーの頭を撫でるシスター。ルーは可愛らしい上目づかいで、くすぐったそうにシスターの顔を見つめる。


「ごめんなさい。大声を出してしまって。貴方のお名前を、聞かせてくれませんか?」


「……ルー、ルーだよ。」


「ルー、ですね。ルー、これからよろしくお願いしますね?」


 シスターの言葉に答える代わりに、ルーはゼロの方を見上げる。彼は先の失言などなかったかのように、腕を組み、無表情で二人の方に目を向けていた。


「……? ゼロ、ない?」


「……依頼は果たされた。それ以上でもそれ以下でもない。」


 ルーのか細い声に、ゼロは淡々と答えた。その声から、彼の感情を読み取ることは―今回は特に―できなかった。


「……いらい。ない。」


 ゼロの言い回しでも、何となく言いたいことは伝わったらしい。ルーはそれ以上何も言わずに、ゼロにもらった首巻を握り締め、うつむいた。


 シスターは職業柄、子供と関わる機会が多いようで、寂しそうにするルーの様子にも敏感に気が付いて、やや咎めるような表情でゼロの方を見つめる。


「……本当に良いのですか。」


 しかし、ゼロもまた決心は固いようで、彼女の方を見返すことなく、ぶっきらぼうに言った。


「……私と共に来ようと、この娘が得るものはない……悪名は得られるかもしれんがな。」


 実際それはその通りである。最悪の傭兵に育てられた娘などと呼ばれて、良いことなど何一つとして無い。


「……そう、ですか。」


 それは冷たい拒絶であったが、彼が彼なりにルーのことを考えている、ということは伝わったのだろう。少し気まずそうに、シスターは頷いた。


「分かりました。この子、ルーは私たちが、責任をもって育て上げます。」


「……感謝しよう。その娘は魔力無しだ。食事には気を使ってやれ。」


 そう言って、ゼロは席を立った。両隣のそれを置き去りにして、まっすぐ部屋の出口へと向かっていってしまう。その後姿をじっと見つめるルーの様子に気が付いて、そっと遠慮がちな声をかける者が一人。


「あ、あの……そうです、お祈り! せっかく教会に来たのですから、少しお祈りしていきませんか?」


 シスターの提案に、ゼロはわずかに見返り答える。


「……生憎、神なんぞに恩義を感じたことはない。奴らは所詮……。」


 そこまで言って、彼は口をつぐんだ。視線を下に向け、前に向き直ると、小さな声で謝罪して、そしてそのまま、シスターが止める暇もなく、部屋から去って行ってしまう。扉が閉まる小さな音が、不自然に大きく鳴った。


 その言葉の続きが、ゼロから語られることはなく、彼の冷ややかなまなざしが、彼を見つめる女の子に、もう一度だけでも向けられることも、また、なかった。



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