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瞬撃の魔剣士  作者: Legero
誅世の書篇
31/46

7.

2024/4/21 微修正

 長い長い緊張の果てに、未だ手の力を緩めずバータ家当主を締め上げ続けるゼロが、小さく、平坦な声で答えた。


「……単純な話だ。状況から考えて、こやつら以外に書物を持ちだすことの出来た者はいない。」


「まさか、彼らに持ちだす暇があるなんて……いや、待てよ。」


 反社的に否定しようとした董千だったが、手を振り下ろしかけたところで何かに思い至ったのか、ゆっくり右手を顎に持ってゆく。


「そうだ。封印を解除した直後、彼らは私たちよりも先に入室したじゃないか。」


「封印を解く手立てをこやつらが持っている以上、その順番は変わらん。十分に計画に組み込める範疇だ。」


「し、しかし彼らは……!」


 彼らは己と目的を同じくする魔族である。その言葉が董千の口から発せられることはなかった。まさか今までずっと隠していたのだと、ドリアの人々の前で口にするわけにはいかない。


 それをゼロも分かっているのか、余計なことを言うそぶりはない。


「……何、簡単な話だ。」


 そう言って彼は、いまだに掴み上げていた男の首を持ち、その場でまっすぐ掲げる。


「バータの連中の身ぐるみをはがせばよい。口先で無実の証明ができぬのならば、客観的な事実でもって示されるほかあるまい。」


 どうやって盗ったのか。そんな時間があったのか。なぜ。そんなことはすべてそれだけで解決すると、そういわんばかりの発言。


 そのあまりに非道な言葉に部屋の人々は思わず絶句する。しかし彼の瞳に感情はない。淡々と、職務のために動く彼の姿から、彼女(・・)は感じ取ったのだろう。この男は本当にやる。そうすれば、露呈は免れぬ、と。


 そして、大陸最強の傭兵を相手に、出し惜しみをする余裕はないであろうことを。


 傭兵ゼロの背後に巨大な水の龍が出現し牙をむく。それは勢いよく彼の黒い背中に襲い掛かり……その瞬間に、ゼロはその手にバータ家当主を持ったまま振り返り、そのまま彼を投げ飛ばした。


 彼は断末魔をあげる間もなく、水龍の(あぎと)に吸い込まれ、その身を微塵に引き裂かれた。透明な竜の身体が深紅に染まる。その衝撃で方向が狂ったのか、水龍はゼロの頭上を通過して、部屋の壁にぶつかって散った。


 振り返ったゼロは、彼に向かって手をかざす少女を見つめ、口を開く。


「……その手に持っている書物は何だ。」


 アルフレッドが呆然とした顔で、ゼロの視線の先に目を向ける。


「ル、ルヴァーサ嬢……?」


 半泣きで、しかし憎悪に染まった青色の瞳を見開き彼を睨みつけるバータ家の一人娘……ルヴァーサ。その手元には、明らかに禍々しい気配を放つ、一冊の書物が大切そうに抱えられていた。


「あ、あれは……『誅世の書』!」


 確証も、根拠も、理由もない。誰が叫んだのかもわからない。それでも部屋にいる誰もが、あの書物はこの世に存在してはいけない代物だと強く感じた。見ているだけで魂が汚染されてしまいそうな、邪悪な魔力をこれでもかと放つ書物。その、絶対に余人にわたってはならない書物は、今一人の少女の手に渡ってしまっている。


 反応が早かったのはやはり董千だった。


「ゼロ! 蓮! 『誅世の書』を取り返せ! 彼女の生死は問わない! 殺してでも奪い取るんだ!」


「はっ、はい董千様!」


 返事で一瞬の硬直を見せる蓮に対し、ゼロの行動は早かった。地面をけり上げ瞬く間に少女に肉薄すると、一閃。目にも止まらない、殺すつもりで放たれたゼロの一撃はしかし、少女の手元から発せられた水弾に進路をそらされ、彼女の頬を掠るにとどまった。ルヴァーサの顔が痛みに歪み、ゼロがわずかに目を見開く。


 交戦するゼロの後ろでは、なおも董千が悲鳴のような声をあげる。


「……何をしているんだアルフレッド! 扉を閉じろ! 戦力を動かせ! 何のためにこれだけ人を用意したと思っているんだ!」


 いつも余裕の表情で笑っている印象の強い董千の切羽詰まった声に驚きを隠せなかったのか、あるいは封印の担い手の突然の裏切りに衝撃を受けているのか、ぎこちなく頷いたアルフレッドはしかしなかなか指示を出そうとしない。おろおろとしたままの彼、そして最高責任者による指示がないがために、下手な動きができないドリア側の人々。


「フラミア家、『緋色の翼』は鳴水蓮及び傭兵ゼロの援護に入れ。残りの者は部屋の扉を閉ざし、何人にも破られぬよう防衛線を引くのだ。」


 彼の様子にこれ以上場を任せるわけにはいかないと判断したのか、国王アルベルトは決して大きくはない、しかし良く通る声を飛ばした。


 彼の指示に従い、バタバタと動き出す現場。部屋の扉はドリアの騎士たちによって閉じられ、内側と外側に見張りがたてられた。その次の瞬間、青色に淡く光る魔法陣が、扉の表面に現れる。董千が扉を完全に封じたのだ。


宰相一家が部屋に散開し、反対に『緋色の翼』は今なお交戦を続けるゼロとルヴァーサのもとへと走り出す。


 たどり着くや否や、リーダーのライバートが声を張り上げながら、背中から引っ張り出した広い両刃の大剣をルヴァーサに向かって振り下ろした。咄嗟に飛びのいた少女が放った水龍は、ラーナの持つ光を放ったレイピアと、リィンヴァルナの暴風を纏った拳に吹き飛ばされる。


「援護する!」


「……この娘は殺す。邪魔立てはしてくれるな。」


 そう言い残し、ルヴァーサに肉薄するゼロ。二度、三度と切り結ばれたのちに、戦いの中心で水が爆発した。あたりに水しぶきが舞い、視界が遮られる。


「いいや! 殺さずに済む道もあるはずだ!」


 飛びのいて来たゼロに入れ替わるようにライバートが爆心地に果敢に飛び込み、水煙が舞う中に刃物を振り下ろす。血しぶきが舞い、苦悶の声が上がったが、すぐさま水の槍が放射状になって飛来してくる。ライバートは刃物で受け止め、ゼロは回避しながら再度の接近をはじめる。彼らをめがけて放たれるいくつもの水弾も、ライバートに痛痒を与えるには至らず、ゼロには叩き落される。


 視界が晴れ、姿を現したルヴァーサ。右腕には書物を、浅く長い切り傷とともに抱え、そして左手からまた一匹の水龍を召喚する。体をくねらせ、最も近くにいたライバートに襲い掛かろうとするも、四方から嵐と飛んできた炎弾に滅多打ちにされ、勢いを失ったところでリィンヴァルナに吹き飛ばされた。


「水龍の対処は我々に任せろ!」


 そう声をあげたのは、いつの間にやら部屋の四隅に配置していたフラミア家、その当主である。四人とも炎の術となると水龍を扱うルヴァーサ相手には分が悪いと判断したのか、遠くからの援護にとどめるようだ。


『緋色の翼』の三人が体勢を整えている間に、ゼロがルヴァーサの眼前に躍り出る。彼に接近を許すのは危険だと判断したのだろう。彼が近づいてくるのに合わせて大量の水の槍と、それらに囲まれるようにして二体の水龍が姿を現した。またも飛来したフラミア家の炎弾は、今度は槍に阻まれ水龍まで数が届かない。たまらずゼロが大きく後退したところに紫電がほとばしり、龍の一体が蒸発し消え去った。ゼロがちらりと視線を向けた先には、杖を掲げたサリアの姿がある。その杖の先端には今もわずかに雷光が走っていた。


 残りの一体をゼロが対処している間の隙をついて、部屋の出入り口めがけて走り出したルヴァーサだったが、その前に『緋色の翼』の三人が立ちふさがる。


「もうやめるんだルヴァーサ! このまま戦っていても、お前に勝ち目はない!」


「そうですよ! そんな書物、持っていたところで害しかありません!」


 進路をふさがれ苦い表情の彼女は、必死の形相の彼らに対し、厳しい視線を向けた。


「何も知らない癖して偉そうに。この書物の力さえあれば、我ら一族は……っ!?」


 途中まで言いかけたところで、彼女が急に後ろを振り向く。しかし、その行動は一足遅かった。それを視界に収めたころにはすでに、鈍く光る刃が彼女の首筋に触れんばかりの場所を走っていた。


 誰もが決まったと思ったか、あるいは理解が追い付かなかったか。一瞬の出来事に誰も動かない。あれほど殺しを疎いていた『緋色の翼』の面々ですら、力なく手を伸ばすのがやっとであった。


「……っあああぁぁぁ!」


 それは最早執念だったのだろう。強引に割り込んできた、だらだらと血が流れる右腕に、刀の一撃はまたも進路をそらされた。一撃を受けた勢いで横向きに回転しながら吹き飛ぶルヴァーサ。しかし致命傷には至っていない。勢いそのままに転がって、到達した壁際で大量の槍を球体状に発生させる。不格好な水のドームは、部屋の人々を押しつぶさんと広がってゆく。乾坤一擲の勝負か、あるいはただのやぶれかぶれか。皆殺しは無理でも、一人二人は殺せそうな一撃は……その外側に突如発生した、回転する青色の文字が美しい結界に全て押さえこまれた。中心付近で、満身創痍で血を流す少女が荒い息で力なく壁に寄りかかっている。


「……ふう、間に合った。これは勝負がついたかな。蓮?」


「はい。ルヴァーサ・バータの母親も、無力化を確認いたしました。」


 そう言って近づいてきた蓮の後方に、女性が焦げたドレスを纏い横たわっている。髪は乱れ、僅かに雷光がほとばしっている。


 バータ家当主は死に、妻は意識を奪われ、娘も結界にとらわれている。この状況下からおかしなことは起こらないだろうと、他の人々も判断したのだろう。交戦していた彼らは皆、安堵に小さく笑みを浮かべ武器をしまった。


 そんな中、董千は少し沈んだ顔で考え事をしているようだった。


「ふむ、しかしこうなってしまうと、隠しておくわけにもいかないかな……まあ、良い。いずれにせよ、『誅世の書』の回収が先だ。」


 とはいえ、その思考はあくまで喫緊の課題でないと判断したのだろう。最終的に割り切ったのか、董千は小さく蓮を促し、彼女と共に自らが張った青い結界に足を踏み入れた。結界はわずかに波打ち彼らを迎え入れる。


「さあ、返してもらうよ。」


 動かないルヴァーサの前に立ち、董千は手元に魔方陣を発生させる。それに呼応して、少女が大事そうに抱える『誅世の書』の周囲に三つの魔方陣が、書物に面を向け三角形を描く。三つが光を放ち、やがてつながった光が三角柱を形作り、そして光が収まった。小さな結界の中で、一冊の本が不気味な魔力を放っている。


 静寂に包まれる部屋の中、一人の少女の荒い息遣いが大きく響く。人々の視線はほとんどが書物のほうに向いているが、唯一ゼロのみが、刀に手を当て部屋の外を見つめている。


 誰も動かない部屋の中、一人の少女が壁を背にしてゆっくりと立ち上がる。苦しそうな顔で、ひどい傷を受けた右腕をかばいつつ、ゆっくりと部屋を見回した。


「……ふふ。」


 明らかに異常だった。誰も動かない、声も音も聞こえない、まるで時が止まったかのような……実際に、止まっているのだろう。人々の息遣いすらも聞こえない部屋で、ルヴァーサはよろよろと立ち上がる。おぼつかない足取りで部屋の出口に向かう彼女に、『誅世の書』だけが宙を浮かび追随する。竜崎董千の結界も、彼女の足を止めるには至らない。彼女が人々の間をすり抜けるにつれ、交戦で受けた傷は逆再生のごとく消えてゆき、静止した人々はその奇跡(・・)わずかに目を見開く。


 ルヴァーサが封印の間を抜け出すころには、彼女は装いまで丸ごと、まるで初めから戦闘などなかったかのような綺麗な姿に戻っていた。後ろを振り向き、未だに動かない彼らを視界に収めながら、歪んだ笑みを浮かべる。


「……これが、古の意思、なのですね。これが、この力があれば、我々は再び……。」


 駆けだす彼女を止める者、止められる者は何処にもいなかった。静寂の部屋に小走りの音だけが響いた。その音はどんどんと遠ざかり、どんどんと上に上がってゆき……そして、轟音と共に、部屋の時間が再び動き出した。


「……っ! ゼロ!」


 董千の叫びよりも早く、部屋の入口をふさぐ兵士の壁が破裂する。走り出したゼロに、こちらも反応が早かった『緋色の翼』の前衛三人が続いた。石を叩く激しい音と共に長い階段を駆け上がりった彼らの眼前に現れたのは、壁に開けられた大穴。瓦礫と砂煙が舞い、数人の人々が負傷し倒れている。城内は騒然としており、何人もの兵士たちがあちらこちらへと行き交い、壁を破壊した犯人を捜している。


「っ! ラーナ、サリアを呼んできてくれ! リィンヴァルナは手当てを!」


 ライバートが指示を飛ばしている間に、惨状を無視して廊下に躍り出るゼロ。左手のT字路の中央であおむけに倒れた鎧の男に近づくと、その肩を乱雑に蹴り上げた。


「女は。」


「あ、あっちのほうへ行った……。」


 返事を聞くが早いか、男が指をさす方向へ走り出すゼロ。遅れてついて来たライバートもそちらへと向かう。


 彼らの視線の先に、下り階段が現れた。瞬く間に駆け寄ると、どちらも同じように階段の柵を飛び越え、手を支点として強引に体を回して勢いそのままに階段を駆け下りる。一階、二階、そして三階分をまとめて下った先、右手に伸び城のエントランスホールにつながる道に、見覚えのある少女の後ろ姿が。距離はそこまではなれておらず、数秒走れば追いつけそうなくらいだ。怪しまれないためだろうか、ゆっくりと丁寧に歩きながら、道行く人々にも小さく会釈を返している。追手の二人には気が付いていないようであったが、しかし。


「待て! ルヴァーサ!」


 彼女はライバートの声にびくりと肩を震わせ、声の主を確認することもなく、いきなり三体の水龍を後ろに向けて召喚した。ひときわ大きい龍と壁の隙間から、彼女が走る姿が見える。


「……余計なことを。」


 抜刀と共に二体の龍を切り伏せたゼロ。しかしその体から大量の水があふれ出し、彼の足を奪った。降りかかる水に反射的に腕をかざしながらも、その体勢から流れるように動き、城の床に刀を突き刺す。そして、そのまま上に向かって刀を振り上げた。浅く突き刺さった切っ先が衝撃波と共に城の床材をまっすぐ、長く引き裂く。水しぶきが舞い、轟音が鳴り響く。


 衝撃波は、逃げ出すルヴァーサにもしっかりと届いていた。思わぬ攻撃に足をすくわれたか、遠方でバランスを崩す様子が見える。しかし未だに足元の激流は収まらない。ゼロはもう一度、今度は少しずらした場所に刀を突き刺した。今度はより正確に、彼女に直撃するよう狙いすまされた角度。しかしその一撃が放たれることはなかった。ゼロの手首を同行者の手が握る。


「何をしているんだ!」


「今更女の命などとほざく暇はあるまい。」


「違う! いやそれも大事だが違う! 見ろ!」


 彼が指さした先には、叩き落されたランプ、亀裂の入った壁、そしてルヴァーサよりさらに奥には、倒れ伏す人々の姿が。いずれも、ゼロの攻撃に巻き込まれたものたちだ。


「周りの被害を考えろ! 目的のためなら何をしてもいいわけではないだろ!」


 気づけば、彼らの足元を流れる水は勢いを失っていた。外れかかっていたランプが地面に落ち、パリンと音が鳴る。


 そして、物議をかもしたゼロの一撃で足止めされていたルヴァーサは、もうその場にいなかった。どさくさに紛れて逃げ出したのか、あるいは城のどこかに潜伏しているのか。城の出入り口のすぐそばにいた以上、状況としては前者の可能性のほうが高そうではある。


「……最早、どちらでもよかろう。」


 いずれにせよ、『傭兵ゼロ』にできることはこれ以上ない。ライバートの手を振り払い、ゼロはゆっくり納刀した。そして頭上を仰ぎ見て、一言。


「……依頼は失敗だ。」


 そう、つぶやいた。

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