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瞬撃の魔剣士  作者: Legero
誅世の書篇
28/46

4.

2024/4/21 微修正

2024/5/12 数字を漢数字に変更、三点リーダの書き方を変更

 ゼロたちのもとに、宿から運ばれてきた料理はこれまた素晴らしいものであった。花弁のようなきれいな円形に飾られた、細く切られた透明な果肉が目を引く蒸し野菜の山、キラキラと表面が輝く謎の肉、そしていつも通りの豆の山。小さな茶碗に入った細い棒は揚げ料理だろうか。豆以外の食材はそもそもの値段が高かったり、量を用意するのが大変だったりする、所謂高級素材が大半を占めている。この宿が高級宿であるということが、五人の眼前の料理を通してこれでもかと示されていた。


 中でも、今までの旅路で保存のきく、有体に言って味気のないものばかりを食べてきたルーのはしゃぎようは見ていて微笑ましくなるほどであった。あちこちの皿から少しずつ料理を集めて目の前のさらに積み上げ、独り黙々と口に運び続けている。


 反対に、大人たちのほうはさほど食が進んでいないようだ。と言っても食べるつもりが全くないわけではないようだ。一通りには手を付けたようで、彼らの前におかれた金縁の白い皿の上には様々な色が混ざり合っている。


 彼らは今、一度食べる手を休め、二日後に迫るドリア王国との取引、すなわち、誅世の書の引き渡しに関する話をしているところであった。魔族の一行がドリア王国から受け取った、取引の場に現れる者達のリストについて、つまり、その取引の場において誰が味方であるのか―より厳密にいうなら、国王や王子が信頼を置く相手であるか―を、ゼロと共有するための時間である。国王、宰相一家、王子、バータ家が同席し、国の騎士が十二名、王子が信を置く傭兵団が警備にあたり、そして数名の古参の従者が彼らの案内を務める。この内容に対し、明らかに王族に連なるものではない、バータ家についてゼロが懸念を示した形であるが、董千から明かされた真実は意外な形をしていた。


「……つまり、バータ家は貴様らと同様、誅世の書を封じることを目的とした、魔族の家であると。」


「ああ、そうらしい。ドリア王国の王族が途絶え、貴族も大勢が死んだときに、当時の竜崎の巫女である竜崎瞳爛(どうらん)が、誅世の書の監視を目的として送り込んでいたという話だ。彼らは特別、神へ仕えることを喜びとしている一族だったらしくてね……私も、会ったことはないんだが。」


「……バータと接点を持つわけにはいかんか。」


「私が巫女としてことさらに肩入れする対象としては、人間国家の王族、皇族だけ、というのが望ましいんだ。私は一人しかいないからね。まあ、公の訪問でなければできたかもしれないが……どこから情報が洩れるか分かったものじゃない。」


「余計な軋轢は避けるに越したことはないな。いずれにせよ……バータ家の連中は我々と目的を共にすると。」


「そういうことだね。むしろ私としては……不自然にねじ込まれた、宰相のほうを警戒してほしいと思っている。確かに、宰相本人は国の重鎮ではあるが、家族まで同席する必要はないはずだ。そうだろう?」


「……そうかもしれんな。」


 董千の同意を求める言葉に、ゼロは手元の酒を一口飲み、控えめに言った。


「……時に、ゼロ。君に少し尋ねてみたいことがあったのだけれど。」


 董千としては、話はここまでで終わりだったらしい。視線を明後日の方向へ向けたゼロに向けて、気の抜けた態度でおもむろに声をかける。ゼロとしても大体のことはわかっていたのだろう、特に反応することなく自然に言葉を返した。


「……何用か。貴様のことだ、私のことも、こやつのことも大方調べはついているのだろう。」


 そして彼は、もそもそと食事を詰め込んでいるルーのほうにわずかに視線を向ける。


「いいや、そんなことはない。いくら私であっても知らないことは知らないさ。すなわち……明らかに面倒な出自のその子を、君はどうして助けようと思ったんだい?」


 ゼロは目の前におかれた一杯のグラスにじっと視線を向けている。長い前髪が彼の表情を覆い隠す。


 そして、彼はゆっくりと答えた。


「……それが依頼だった。それ以上でもそれ以下でもない。」


「本当かい?」


 にべもないゼロの目を、董千がしかと見つめる。己の主に感化されたのだろう、蓮と小春もまた、同じようにゼロを見つめた。三対の目に射すくめられ、彼は珍しく、居心地が悪そうに小さく身じろぎをし、しぶしぶ呟く。


「……昔を思い出しただけだ。」


「……昔?」


「ほほう、君の昔の話か、そういえば私も知らないな。」


「董千様も知らないのですか?」


「ああ。彼は本当に突然表舞台に現れたからね……君のその人格が如何なる環境の下で形成されたものなのか、大いに興味があるよ。この際だ、ぜひ我々に、その話を……どうしたんだい、ルーちゃん。」


 董千の視線の先では、ルーが両腕を机に力なく置き、うつむいたまま震えている。ただならぬ様子に身構える女性陣三人の前で、ルーの震えが突然止まった。


「……う、ぇ……。」


 小さなうめき声と共に、小さく開いた口から、真っ赤な液体がしたたり落ちる。小さな手が苦しそうに喉元にそえられている。ルーの身体の震えはひどくなるばかりだった。


 董千は途端に顔色を変え、驚愕に立ち上がった従者二人に迅速な指令を出し始める。ゼロもさすがに驚いたのか、やや体を引いてふるふる震える小さな体を見つめている。


「……っ!! 蓮! 小春! 急いで氷水と袋を用意して!」


「「はい!」」


「ゼロ、君は……。」


 董千が指示を出すまでもない、ゼロとて歴戦の傭兵である。不測の事態に対する耐性はそれなりだ。彼はすでにルーに覆いかぶさるようにして何かをしているところだった。最初の位置から後ろにずれた椅子と、机の間に立つ形になっており、董千のいる場所からは彼の背中と、机に放置された、乱暴に端を破かれた袋、そしてその中から覗く謎の粉末しか見えない。


「……何をしているんだい?」


 董千の声にゼロは答えない。彼の長い腕が後ろに伸び、ルーに渡されていた藪下樹の瓶を掴んだ。それによってある程度察しがついたのだろうか。ひとまず表情を和らげた董千はしかし、すぐに疑問を顔に浮かべた。


「……薬を持っていたのかい? 君は魔力無しではないだろう?」


 ぐったりと脱力したルーをゼロは抱き上げる。そのまま部屋の寝台に彼女を運びながら、ゼロは振り返りもしないで答えた。


「……薬ではない。魔術師殺し(ゼール)の粉末を飲ませた。効能としては、さほど変わらん。」


 魔術師殺しとは、触れた物から魔力を吸収する性質を持った薬草の名称である。この薬草の粉末が空気中に滞留している状態だと、並程度の魔術師は己の武器たる魔術を使いにくく、あるいは使えなくなってしまう。破れやすい袋に入れて、投げつける形式の道具とすることで魔術師対策に利用されるのが一般的であり、当然ながら魔術師からも対策必須の厄介な道具として認識されている。


 とはいえ、この薬草も万能ではない。竜崎の巫女を始めとした、大陸屈指の強大な魔術師に対しては、彼らが持つ魔術量が多い、などの理由でこの道具はあまり効果を発揮しないのである。そのためか、おそらく多少の粉末が部屋に漂っているであろう状況下でも、董千は特に特に困惑したり、といった様子を見せていない。


「……ああ、なるほど。魔術師殺し(まじゅつしごろし)か。それなら君が持っていても納得だ。しかし、これは僥倖というものだ。灰豆(ヒーズ)中毒の薬は、私も持ち合わせていないからね……。」


 灰豆(ヒーズ)。痩せた地でもふざけたように育ち、雑味が無いため食べやすくどんな調理法にもあい、そして栄養価も高いという、まるで人が考えたかのような都合の良い食材である。大陸では当然のように主食として位置づけられ、何処に行っても料理として出てくると言っても過言ではない食材ではあるが、一つだけ大きな欠点がある。それは、魔力を持たない人間が食べると、吐血や発熱、四肢のしびれや痛みといった激しい拒絶反応を発症してしまうという点である。幸いなことに、魔術師殺しも含めた数種類の薬草を煮固めて作った特効薬で簡単に治療できる他、ゼロが行ったように魔術師殺しの粉末単体を飲ませることでも症状を軽減させることができる。


 一度に大量に摂取しない限り命に係わる事態にはなりにくいが、少量でも、薬が無ければ高熱や全身の痛みなどから数日間苦しみ続ける上、発汗から脱水状態に陥る危険性もあるため誰かがつきっきりで看病する必要がある。魔力無しの人々にとっては極めて厄介な食材であり、大陸に魔力無しの国『レアル』が誕生した理由の一つである。


 幸い、寝台に寝かされたルーはやや苦しそうな表情をしてはいるが、呼吸は落ち着いている。魔術師殺しのおかげであろうか、魔力無しが灰豆を食べたにしては、症状はかなり軽いほうであった。


 ルーが寝入ったのを無言で見届けたゼロは、一つ頷く。


「……症状はこれ以上悪化するまい。じき完治するだろう。」


「ああ、そうだね……私が豆を勧めてしまったからだ。まさか、ルーちゃんが魔力無しだったなんて……。」


 状況が落ち着いたが故に冷静に考える暇が発生し、結果董千は原因を改めて認知したのだろう。自分が勧めた食物でルーが中毒を起こしたという事実に、僅かながら顔を青ざめさせている。


 しかし当然ながら、ゼロにそんな彼女を気遣えるような気量はない。彼はいつもと変わらない鋭い視線を董千に向ける。


「いかに悔もうとも過去は戻らん。しかし……ドリアとの取引の間、あの娘を独りにするわけにもいかんな。」


 そう言って、再びルーのほうを見るゼロ。董千もそれに答えるようにルーが眠る寝台を見つめた。


「ああ……そうだね。予定にはなかったが、小春を残していくしかないかな。こちらから出せる人員が一人減ってしまうが……。」


「……この娘を城に連れて行くつもりであったと。」


 逆に、ゼロはルーを一人で置いていくつもりだったのだろうか。微妙に学習していないゼロに対し、董千は答える。


「そりゃあ。私は魔術師だからね。ルーちゃんを守りながら戦うことだってできる……そもそも、戦うことになるとも限らないしね。」


「……素晴らしい未来予想図だ。じきに訪れる転換の時、思わず歓声をあげることになろう。」


 ゼロの嫌味に董千は答えない。調子を狂わされたのか、彼は一つ息を吐き、寝台から離れ、そのまま部屋を出て行った。


 それからしばらくして、蓮、そして小春が部屋に戻ってきた。彼らとて竜崎の巫女に仕える優秀な魔族、灰豆(ヒーズ)への対処策はわかっている。彼らが手に提げてきた袋は、まさにちょうど、ルーの額に乗せやすい大きさのものであった。


「董千様、申し訳ありません、手ごろな袋の用意に手間取りまして……董千様?」


 蓮が董千に声をかけた時も、彼女はルーが眠る寝台に目を向けたまま固まっていた。


「ん……ああ、ありがとう二人とも。冷やすのは少し待って、その間に水を持ってきてくれるかい。」


 蓮の怪訝な声にようやく彼らのほうを振り向いた董千であったが、一つ指示を出したのみでまたすぐルーのほうに視線を戻してしまう。しかし蓮は特に気にした様子もなく、胸に手を当て二つ返事で返した。


「はい、董千様。小春、これを持っていて。」


「はい、母様。」


 蓮は小春に持ってきたものを預け、足早に部屋から出て行った。小春は近くの手ごろな台にそれらを乗せ、手早く氷のうの準備を始める。かといって急いでいる様子はない。董千が言った通り、まだルーの身体は冷やすべき段階にはないからだ。


「小春。」


 董千にしては珍しく、小春のほうを振り向きもせずに、沈んだ声で言う。


「はい、董千様。」


「私たちが城に行っている間のルーちゃんの世話を、君に頼みたい。良いかな?」


 小春も、何となく董千が落ち込んでいること、そしてその理由が何であるかを薄々感づいているのだろう。わずかに悲しい顔をした後、決意に満ちた表情で力強く答える。


「はい! もちろんです董千様! ルーちゃんのことは、私が、全力で看病します!」


「はは、頼もしいね。私は良い部下を持ったよ。」


 そう言って振り返った董千の顔は、いまだ影が差しているものの、どこか嬉しそうだった。

 ~~~~~~~~~~








 ~~~~~~~~~~

 翌日。ドリアとの約定(やくじょう)の日まであと一日。そのために王都を訪れていた彼らに特にすべきことはなく、王都を見て回ろうにも、最も興味を持ちそうなルーは未だ熱がひかない状態である。結果、彼らの一日はルーの看病に費やされることになった。当人たちは決して安らいではいなかったであろうが、奇しくもその日は、彼らに訪れた久々の平穏な日であった。宿が出す食事を食べ、ルーの汗を拭いたり氷のうを交換したりして、といったことの繰り返し。ルーの症状も、魔術師殺しが効いたのか非常に安定しており、特筆するような予想外の出来事といった類もほとんどない。強いていうならば、翌朝になって帰ってきたゼロが、意外な気遣いを発揮して、甘い果物などのルーが食べやすいものを多く持ち帰ってきたということくらいであろうか。魔族三人に驚かれたゼロが、居心地悪そうにため息をつくという、非常に珍しい、しかし絵面だけならいつも通りの光景であった。


 かくして彼らの一日はあっという間に過ぎ、ついに誅世の書の引き渡しが行われる日がやってきたのである。

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