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瞬撃の魔剣士  作者: Legero
誅世の書篇
26/46

2.

ちょっとつじつまが合わない所を修正しました。話の本筋に影響はありません。

2024/3/4 微修正(描写のみ)

2024/4/21 微修正(描写のみだったはず)

2024/5/12 数字を漢数字に変更、三点リーダの書き方を変更

 リゼルタの街の正面、堅牢な壁に大きく開かれた一般用入都口、通称大門の隣に、小さくしつらえられた訳アリ訪都者用入り口。通称は小門である。用途が用途ということで、その前には人が全く並んでおらず、当直の警備兵たちにもそこまでやる気がなさそうな者ばかりがそろっている。普通なら逆だろう、と思われる状況であり、実際逆であるべきではあるのだが、兵士たちの士気にも当然理由がある。というのも、大門と小門、それら二つが全く隣り合っている以上、どちらか片方に近づく人影は大抵の場合、もう片方についている兵士たちからもしっかり見えるのだ。そしてほとんどの来都者は大門の方に向かうため、小門に近づいてくる人は逆に目立つ。つまり、大抵の場合において、小門のほうが己の仕事にでる前に、大門側の兵士が小門に向かう人の対応もこなしてしまうのだ。当然、そうなってしまえば小門の兵士に仕事はない。そのために、この褒められたものではない兵士たちの勤務態度も見逃されており、当の兵士たちからも、小門への割り当てはアタリ、と思われているのが現状である。


 要するにどういうことかというと、小門はいろいろと脆いのである。最も、比較的ではあるが。


 兵士たちに連れられて、通常よりいくらか緩い入国審査を受け……リゼルタに入都を果たしたゼロとルー。門をくぐってから大分歩いたところであるが、鎧の兵士たちの歩みは止まらない。何時の間にやらゼロに抱きかかえられていたルーが、彼らの後ろ姿を不思議そうに見つめている。


「……。」


「……。」


 あくまでも業務的な態度を貫く兵士たちは異常なまでに無口で、そして職務に忠実であった。ゼロが逃げ出さないように適度に警戒をはらいつつも、一定の足取りで、リゼルタの東に向かって歩いていく。


「……そろそろ、良いのではないか。」


 ちなみに、リゼルタの刑務所、役所、その他もろもろの重要な建物の所在地は軒並み西である。


「……と言いますと。」


「あの女も随分と白々しいものだ。運命などと世迷いごとを吐きおってからに。」


 履き捨てるゼロに、鎧の兵士の一人が立ち止まることも、振り返ることすらもせずに答える。しかしその声は、低く武骨な男の声から、低く冷ややかな女の声へと変わっていた。


「運命とは、大地を生きる命がその手で紡ぐモノ。何かおかしいことがありますでしょうか。」


「……私はそうは思わんがな。」


「いつから気が付いていたのです。」


「初めからだ。リゼルタの兵士は素性を明かすため、あえて兜を外している。」


「瞬撃の魔剣士ゼロ。大陸屈指の危険人物を相手するにあたって備えを怠る愚か者はリゼルタの軍にはいません。誰でも命は惜しいものですゆえ。」


 そう言って彼女は重たそうな兜を外し、わきに抱えた。何時の間に減速していたのか、ゼロの隣を歩きつつ彼に顔を向けている。


「……貴様は。」


「お久しぶりですね。イアラでは世話になりました。」


 彼女の正体は、イアラにて書店の店主の妻を(かた)った魔族であった。あの時の弱々しい雰囲気は何処かへと消え去り、ただただ怜悧な、職務に忠実な強い女の顔になっている。


「……貴様の主は随分と人使いが荒いようだ。」


「我らが神に尽くさんとするならば、董千様に付き従うことこそ最良と考えたが故です。我らが神は世界の安寧を望み、董千様もまた、世界のために戦っておられる。崇高なる未来のため、わが身を粉にして働くことが、どうして苦痛となりましょうか。」


「……理解できんな。貴様も同じか。」


 ゼロがもう一人の、どこかぎくしゃくと歩く兵士に水を向けた。しかしその者からの返事は返ってこない。


「……。」


「小春。」


「ひゃ、ひゃいかあさまっ!!!」


 厳つい鎧からは想像できない幼げな少女の声と共に、彼女は勢いよく女のほうを振り返った。その拍子に一行の移動が止まるも、特にとがめられることはなかった。ルーはびくりと肩を跳ね上げていたが。


「傭兵ゼロが貴方に聞きたいことがあるそうですよ。」


「あ、はい、えと、何でしょうか……?」


 ゼロに怯えているのか、母に怯えているのか。彼女はおどおどとゼロのほうに顔をむけ……ただし鎧に覆われているが故に、その表情はうかがい知れない。


「……貴様も、この女と同じなのか。」


「い、いやいやいやいや! そんな、私はその、かあさまとは全然違って、まだまだ未熟なので……!」


「……そうか。」


 微妙にかみ合わない会話に諦めの念を抱いたのか、彼は再びさっさと歩きだした。どう考えてもゼロの言い方が悪いのだが、本人も話の流れで尋ねただけなのだろう。そこまで答えに拘泥している様子はない。


 ゼロの後ろを歩く二人を、ゼロの肩越しにルーのつぶらな瞳が見つめている。


 肩越しに、女がゼロに問いかけた。


「行先はわかっているのですか。」


 この状況下では、当然疑問に思って然るべきことである。今度はゼロが振り返らない番であった。淡々とした答えが返ってくる。


「……目星はついている。このあたりの宿はそう多くはない。」


「流石ですね、リゼルタに来たことは。」


「……なくてはこうも詳しくはあるまい。リゼルタは大陸屈指の大都市、ここでの依頼はそれなりの数をこなしてきた。」


「なるほど、貴方の生業(なりわい)に地理情報は必要不可欠。ならばすべてを記憶することに損などないと。」


「……その理論だと、訪れたことのない都市すら覚えていなくてはならないだろうに。」


「それができるのであれば、最良でしょう?」


「……そうかもしれんな。」


 そんなことを話しているうちに、一行は入り組んだ裏路地から幅の広い通りに出ていた。彼ら三人の視線の先には、いかにも高級そうな宿、というより、旅館が存在感抜群に鎮座している。精巧な金細工をふちに飾る黒い屋根を、磨き上げられた壁がひときわ鮮やかに引き立てている。心なしか、周囲の住民も小奇麗な身なりのものが多い。


 そんな中で、武骨な鎧と真っ黒な外套は明らかに目立っているのだが、魔族二人が一見してリゼルタの兵士にしか見えないために、そこまで警戒をはらわれている様子はなかった。


「……まさか本当にわかっているとは。なぜわかったんです。」


「……簡単な話だ。」


 ゼロの抑揚のない声に、魔族二人が耳を傾ける。


「……ここの宿は飯が美味い。」


 余談ではあるが、竜崎董千は食にうるさい、というのは大陸ではそれなりに有名な話である。

 ~~~~~~~~~~








 ~~~~~~~~~~

 傭兵ゼロは大陸でもかなりの有名人である。もちろん、良い意味でも、悪い意味でも。そのため、彼が人間の感情を起因とするトラブルに巻き込まれることはかなり多い。正義感のある青年に絡まれ、居丈高(いたけだか)な金持ちに時間を取られ、宿の女将に怯えられ、結果野宿を強いられる。なんてことは過去にいくらでもあった。もちろん、その程度で倒れるほど軟な人間ではないのだが、それはそれ。せっかく金もあるのに野宿とは、体が資本の傭兵稼業にとっては、あまり望ましい話ではない。


 その点この旅館では、従業員全体にしっかり教育が行き届いているようであった。彼の姿を見て僅かな動揺を見せはしたものの、冷静に愛想笑いを浮かべ、表向きは普段通りの接客をして見せたのだ。とはいえ怖いものは怖いのか、対応をした従業員の額には脂汗が流れていた。それだけに、今回は事情がある、とゼロが魔族二人に対応を丸投げした時には、安堵を隠しきれていない様子でもあった。


 というわけで、魔族二人の功労で無事旅館の警戒を解くことに成功した一行は、従業員の案内に従って、今回の顧客、あるいは己が主人が待つ部屋へと案内されたのである。


「こちらです、お客様。」


「……感謝しよう。」


「ありがとー!」


 ここに至るまで警戒心丸出しで一言も話さなかったルーは、煌びやかな旅館にすっかり懐柔された様子であった。ゼロに手を引かれながら、瞳を輝かせて、きょろきょろとあたりを見回している。


 魔族の女が感心したように言う。


「お行儀のいい子ですね。」


「……私は教えていない。心当たりはあるがな。」


 そう言って彼は、従業員が手で示した扉をやや乱暴に押し開けた。透き通るような白色をした片開きの扉が、音もなく部屋に吸い込まれていく。


「やあやあ、よく来たね傭兵ゼロ。座りなよ。そろそろ料理が来る頃だ。お酒もあるよ?」


 何処から一行の到着を察したのだろうか。竜崎董千は、最初から彼らだと分かっていた、と言わんばかりの顔で彼らを出迎えた。足が高めの椅子に沈み込むように座り、体勢を崩し寛ぐその様子からは、緊張感というものをかけらも感じない。


 ゼロも同じ感想に至ったのだろう。やや呆れた声で答える。


「……呑気なものだな。」


「寛げるうちに寛いで英気を養うのさ。そのためには美味な料理と少しのお酒。当たり前だろう?」


 何が当たり前なのかはよく分からないが、竜崎董千はかなり上機嫌のようである。やや出来上がっているようにも見えるが、幸い、五人で使うにはやや広い机の上には、酒の空きビンは当然として、いまだに何も乗せられていない。


「ただ今戻りました。董千様。」


「ご苦労だったね、蓮。小春も。」


「ひゃいっ! 光栄であり、ありますっ!!」


「ははは、全く初々しいものだね。傭兵ゼロは怖かったかな?」


 魔族たちの会話を尻目に、ゼロは高い椅子にルーを乗せ、その隣、董千の正面に腰を下ろす。


「いえ、その……。」


 歯切れ悪そうにもじもじとする小春。その正面では、そわそわとあたりを見回しているルーに、ゼロが謎の干し肉を手渡している。そんなにおいしい代物でもないはずだが、ルーはいつものごとく嬉しそうに瞳を輝かせ、小さな口に肉を押し込み始める。


「……そんなに、怖いと思いませんでした。」


「ほほう。どうしてだい?」


 好奇心に目をきらめかせる董千と、我関せずと言わんばかりに腕を組み、目を閉じるゼロを交互にちらちらと見つめ、自信なさげな、小さな声で彼女は言う。


「あの、予想なので、分からないんですけど……多分ゼロさんは、私たちと、似てるんじゃないかなって。」


「……なるほど。」


 そう言って董千は、この上なく愉快だと言わんばかりににやにやしながら、変わらず無関心を貫くゼロに視線を向ける。


「良かったじゃないか。私に続けて小春からも。色男とはこういう人間のことを言うのかな?」


「……とんだ色盲だな竜崎の巫女よ。光を失おうとも私の責任にはしてくれるな。」


「ははっ、先駆者の言葉には説得力があるね、黒の傭兵殿。」


 ゼロは中身のない会話をため息一つとともに切り上げ、懐からとりだしたグラスを董千の前に突きだす。すぐさま踵を返しかけた女、蓮を静止し、董千はおもむろに袖の中から一本の酒瓶を取り出す。彼女が指に作った小さな魔方陣が瓶の栓に触れると、ポン、という小気味の良い音と共にそれは吹き飛び宙を舞う。彼女が瓶からグラスに酒を注ぐ傍らで、吹き飛んだ栓は小春が受け止め、あわあわと数度はねあげたのちに、落とさないよう手のひらに封じ込めた。


「……日程は。」


「二日後。新生ドリア建国記念日の前日だ。別にそんなに急じゃなくてもいい、と私は言ったんだけどね。どうやら、記念すべき日が来る前に厄介ごとは片付けておきたいらしい。」


 二人も呑むかい? との董千の誘いを、二人の魔族はやんわりと断る。彼女もそうなることが分かっていたのか、代わりと言わんばかりに、もそもそと肉を齧っているルーの前に、先に出したものよりやや小ぶりな瓶と、小皿に入った褐色の豆の山をそっと置いた。無心で肉を口に押し込んでいたルーがびくりと体を震わせる。


「こっちが藪下樹(あしぶき)の果汁、こっちは炒った灰豆(ヒーズ)だ。おいしいよ?」


 干し肉をくわえたまま恐る恐ると言った具合に瓶を手に取るルーを見ながら、董千も己のグラスに酒を注ぐ。


「……建国記念日だと。」


「ああ。年に一度の大きなお祭り。ドリアの恒久の安寧と平和を願うついでに歌って踊って騒ぐのさ。」


「……存在を知らんわけではないが……失念していた。」


 そう言って二人は、互いのグラスを軽くぶつけ合った。


「入国の列が長かったのはそのせいさ。ドリア中から、あるいはドリアの外からも、たくさんの客が訪れる。明日にはもっと大変なことになっているだろうね。」


「……なぜそうも面倒な時期に。当日ではないとはいえ、暇があるわけではあるまいに。」


「まあ確かに、手が足りなくなる可能性はあるだろう。人が増えるとその分、厄介ごとも増えるからね。」


 このわずかな会話の時間で、董千の小さなグラスはすでに空になっていた。おもむろに二杯目を注ぎながら、彼女はしたり顔で言う。


「それでも、ここで誅世の書をどうにかすることには意味がある。勇者の悲劇は庶民にもよく知られた話だからね。民衆の興奮が最高潮に達したこの時に、もう災厄の影に怯える必要は無いのだ、と伝えてやれば……。」


 そう言って、彼女はまた一口酒をあおる。グラスと机がぶつかり軽い音を立てる。


「王政の地盤はより強固になるだろう。ついでに、竜崎との友好関係も喧伝すれば完璧さ。」


「……要請があったと。」


「そういうことだね。」


 そう言って、彼女は手に持ったグラスを揺らした。


「まあ、今回の事情は大体こんな感じだよ。分かってもらえたかな?」


 ゼロがようやく空になったグラスを置く。


「……いずれにせよ。」


 そう言って、董千の瞳をまっすぐににらみつける。


「私は貴様の依頼に従うばかりだ。金の分の働きはしよう……貴様も、それ以上を期待しているわけではあるまい。」


 董千が満面の笑みを浮かべた次の瞬間、部屋の扉が軽くノックされた。


「お、料理が来たみたいだ。蓮、小春。取って来てもらえるかい?」


「は、はいっ!」


「承知いたしました、董千様。」


 静々と扉に向かう蓮、ぎくしゃくと歩く小春。そんな彼らを上機嫌で見つめる董千と、相変わらず仏頂面のゼロ。ルーはそんな、盛り上がりはなくとも穏やかな彼らの様子を、小さな瓶をくわえながらじっと見つめていた。

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