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超絶お久しぶりでございます(N回目)。Legeroでございます。
前書きを書くのも何日ぶりでしょうか。私生活が忙しかったうえに執筆自体にも苦戦しておりまして、これほど日が開いてしまいました。
この章は以前投稿した、『竜崎の巫女篇』と大きく関係しています。読んでいない方はそちらもぜひお読みください。
10/17日の20:00から日毎の投稿、全8話です。また、この章の次は幕間となります。
2024/5/12 数字を漢数字に変更、三点リーダの書き方を変更
ドリア王国首都、リゼルタ。ドリア王国初代女王の名を冠したこの町は、年中活気に満ち溢れる大陸屈指の大都会である。石造りの建物が並ぶ彩に満ちた街には街路樹が植えられ、その根元の日陰で人々が思い思いに余暇を満喫している。働くには幼すぎる子供たちは、僅かな子供時代を燃やし尽くすかの如く、あちらこちらへ無邪気に走り回り、その様子を数人の大人たちが慈しみと共に、しかししっかりと見守っている。もちろん、その周囲では、のんびりとすごす人々以上の数の人々が忙しそうに働いているわけだが、誰の顔にも笑顔が浮かんでおり、会話も活発。時にはもめごともあるが、大抵城の兵士たちが間に入り、円満な解決が行われる。その治安の良さは流石王都と言ったところだ。
しかし、それは裏を返せば入都審査が厳しく行われるということでもある。リゼルタの人々はともかくとして、そうでない人々は入り口で名を名乗り、税を払ったうえで一時入都許可を得なければならない。要するに、手配を受けている犯罪者や、金を払えない貧乏人はリゼルタに足を踏み入れることができないようになっているのである。犯罪者はさておき、貧乏人が入都する方法も一応あるにはあるのだが、通常の審査以上に厳しい審査を通過しなければならない。
その審査を逃れて街に入ろうにも、街を囲う壁は高く、その上には夜中であっても絶えず兵士が巡回しており、さらに簡単な結界魔術まで張られている。また、リゼルタに勤める兵士たちは皆顔をあらわにしているため、彼らのうちの誰かと入れ替わるという手法を取ることもできない。要するに、大半の人々にとって、リゼルタに気取られず侵入することはそう簡単なことではないのである。また、それはすなわち、逆説的に、この守りを突破されるということはつまりリゼルタの危機を意味する、ということでもある。
というわけで、ゼロとルーの二人は、悪目立ち覚悟でリゼルタの入都審査の列に並んでいるのである。ゼロの並々ならぬ身体能力があれば、実のところ不法入都も不可能ではないのだが、彼がリゼルタに訪れた理由を忘れてはならない。『誅世の書』、災厄を呼ぶ忌まわしき書の引き渡しという重大な取引が間近に迫っている中、下手に侵入者騒ぎを起こしたり国に目をつけられたりしては竜崎董千も困るだろう、というゼロなりの計らい……というより、円滑に物事を進めるための布石である。
入国審査の列に並び始めてから数刻がたったころ。ルーがゼロにしなだれかかって間延びした声で駄々をこねる。
「ぜ~ろ~……。」
「……。」
「るー、あそぶ、したい~。」
「……知らん。」
「あ~そ~ぶ~……。」
要するに彼女は、入都審査の長い長い待ち時間に、すっかり退屈していたのである。確かにルーはそれなりには聞き分けが良く、それなりにおとなしい子供ではあるがそれはそれ。代り映えのしない景色、何処までも続く人の波。幼い少女にとっては何も楽しくない風景だ。とはいえ今までの彼女であれば、退屈、等と全く思うこともなくただゼロの肩に引っかかってあたりを見回すだけで満足していただろうが……アンジュに遊んでもらった思い出が、思いもよらない形でルーの成長に影響を与えていた。
変わらず駄々をこねるルー。しかしゼロの対応はにべもない。そちらに視線を向けることすらもないのだ。
「……知らん。」
「む~……。」
ゼロの足に抱き着いて、ふくれっ面で上を見上げるルー。大分不機嫌なようだった。ゆらゆらと忙しなく体を揺らし、ゼロの外套をぐいぐいと引っ張る。
そうしてじゃれ合う―ルーの片思いである―ことしばらく。だんだん不機嫌が加速してきたルーを見かねたのだろうか、二人の後ろに並んでいた一人の青年が、ゼロに声をかけた。
「そんなこと言わずに、遊んでやったらどうだ? どうせ列から離れるわけにもいかないんだから。手元でできる暇つぶし程度なら、大した負担にならないだろう?」
ゼロが視線にとらえたその青年は、つややかな茶髪を短く切りそろえ、標準的な、動きやすく丈夫な金属鎧に身を包み、後ろに三人の女性を引き連れていた。右から金髪、緑髪、紫髪。おそらく、彼らは仲間なのだろう。彼らの首からは同じ意匠をかたどったペンダントが下げられている。
振り返ったゼロの視線の先では、青年に付き従う緑髪の少女が、ゼロの顔を驚愕と共に指さしている。
「ちょっと、この顔もしかして、傭兵ゼロじゃない!?」
その言葉に、青年がピクリと眉をあげる。
「へえ、この男が……。」
「……傭兵ゼロ、とな?」
どうやら、青年は傭兵ゼロの顔を知らなかったようである。紫髪の女性においてはゼロの名すらも知らないようだ。二人は自分の背後で騒ぎ出した彼女に視線を向ける。なお彼らの背後では、厄介なことになったと言わんばかりにゼロが額を抑えていた。
「傭兵ゼロっていったらお金のためなら何でもする外道! 人を殺すことも厭わない狂人! 本当にひどい人って評判だよ!」
酷い言われようだが、残念なことに事実である。
「まあ、この男が……。」
淑やかな金髪の女性も会話に加わってくる。彼女は最早、ゼロに向けてあからさまな侮蔑の視線を向けている。
これだけ騒ぎになっていては周囲にもおおよその事情が分かるのだろう。騒ぎの中心から距離を取る人や、ゼロに向けて嫌そうな視線を向ける者、逆に突然現れた有名人に対し、たとえそれが悪い名声であっても興奮を隠せない者など、人々の反応は千差万別である。
その騒ぎの中心で、当の本人であるゼロは腰にルーを引っ付けたまま無言を貫いている。その様子が気にくわなかったのだろう、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てていた少女はいよいよ本格的にゼロに食って掛かる。彼の胸ぐらをつかみ、ものすごい剣幕で彼を怒鳴りつける。
「傭兵ゼロ、リゼルタに何の用事ですか! 依頼にかこつけて、また人を殺しに来たんですか!?」
ゼロとしては当然、これほど大きな騒ぎになることは決して都合の良いことではない。しかしかといってこのまま放置したところで彼女をやり過ごせるとは思えない。本人もそう思ったのだろう。
「……知らんな。貴様に知らせて何になる。」
……思ったところで、適切な対処ができるかどうかはまた別の話である。
「なっ……なりますよっ! 貴方が変なことしようとするなら、私が……!」
「落ち着けよ、リィ。女の子が怖がっているだろう?」
ますますヒートアップする少女をなだめたのは、彼らのリーダーであろう青年だった。ハッとなった少女の視線の先には、ゼロの腰を握り締めてふるふると震えるルーの姿が。ゼロのことは許せなくても、子供まで怖がらせるつもりはなかったのだろう。少女はバツが悪そうに引き下がった。
青年がおもむろに手を広げた。どこか自慢げな風体である。
「リィが失礼した。本当は優しい子なんだ、許してくれ。」
「……私が許す許さないという話ではあるまい。」
「そうだな。実際、普段はこんな風に怒ることは全然ないしな。」
穏やかな様子の青年だが、その言葉には多分に棘が含まれている。敵意に感づいたのか、ルーがますます怯えてゼロの背中にしがみついた。
「ただ、実際お前がしていることは許されちゃいけないことだ。これを機に生き方を変えたらいいんじゃないか?」
ゼロはルーの肩に手を回し、半身で青年に視線を向ける。
「……言いたいことはそれだけか。」
どうやら青年の言葉はゼロに全く響いていないようだった。まだまだ言い足りないとばかりに後ろの少女が自己主張を強めるがしかし、青年にはこれ以上事を荒立てる意思はないらしかった。
「残念だな。折角真っ当になれるチャンスだったのに。」
「……真っ当かどうかは貴様が決めることではあるまい。」
彼の指摘に、青年は答えなかった。その代わりと言わんばかりに、彼はそっと、ゼロの後ろを手で指し示す。
「ちょうどお迎えも来たみたいだからな、お前はそっちに行ったほうが良いんじゃないか?」
彼が指し示す方向からは、騒ぎを聞きつけたのか、しっかりとフルフェイスの鎧に身を包んだリゼルタの兵士が二人、早足でかけてきていた。彼らの顔はうかがい知れないが、その目的地が彼らのいる場所、より正確には、ゼロのいる場所であるということは雰囲気からも察せられる。
「傭兵ゼロ。このままでは騒ぎが大きくなります故、こちらにて話を伺いましょう。」
「……そうか。」
やってきた兵士の低い声にせかされ、ゼロは手早くルーを抱え上げて青年に背を向けた。
最早何も言わないゼロに対して、青年が言葉をかける。その口調は何処か得意げだ。
「今日のところは、お前はまだ何もしていない。だから俺もお前には何もしない。」
「……。」
「でも、な。お前がもし、ここリゼルタで……いや、違うな。」
ゼロの視界の外、青年は三人の女性を背に、静かな最後通告を下した。
「俺の目が黒いうちは、お前の非道は絶対に許さない。もしもそういうそぶりを見せたら、その前に俺が、お前を止める。」
「……そうか。大層なことだ。」
それは期待するような反応ではなかったのだろう。若干不服そうな青年の顔を、しかしゼロが視界に入れることはなかった。
彼はそのまま、ルーと二人の兵士と共にゆっくりと列から離れ、待機列の隣に開けられた、訳アリの訪都者が通る門へと消えていった。
本筋とはあまり関係ありませんが、あらすじを少し変更しました。相変わらず情報量があまりないですが・・・。