5.
2022/5/29:うっかり計算ミスっていたので修正
2022/7/31:わかりにくいところに若干の追記
2024/5/12 数字を漢数字に変更、三点リーダの書き方を変更
2024/6/24 竜崎董千のキャラ性をはじめとした修正
竜崎 呉羽。おおよそ千年前に大陸を生きた、史上最高の幻術師にして史上最悪の竜崎の巫女。大いなる災いを呼び起こし、数え切れぬほどの命を殺し、無数の災いの種を後世に残した大罪人。それでいて最期には、己の孫にあっさりと討ち取られた、まさに悪役。現在においては、戯曲、物語、舞台、あらゆる形でその悪辣で滑稽な生涯を語られる彼女であるが、その扱いとは裏腹に、彼女の影響力は現代においても計り知れない。事実、直近でいうと、おおよそ百二十年前の『悪魔の侵攻』および『勇者の悲劇』に、彼女の意思、より厳密にいうならば、『誅世の書』がかかわっていた。過去のみでなく、現代においても悪意を振りまく邪悪の権化として、大陸ではほとんどの人間、魔族に忌み嫌われている。
「何があったのかは、残念ながら伝わっていないけれど。当初の魔族は……『竜崎 想耀』はきっと、その何かゆえに、竜崎呉羽の意思がいつか再び世界を侵すことを、分かっていたんだ。」
竜崎想耀とは、竜崎呉羽とは別の方向性で―史上最高の魔族として有名な人物である。魔族、人間間の戦争の回避に始まり、様々な偉業を成し遂げたとされているが、その中で一番の功績とされているのが、己の祖母たる魔族、竜崎呉羽の討伐。つまり、彼女は先に述べた、竜崎呉羽の孫である。
「千年前の魔族が現代に干渉する、か。話には聞いていたが、真実であるとはな。」
「むしろ話を聞いたことがあるのが驚きだ。私だって想耀様の遺言で初めて知ったのに。」
「……その想耀の遺言とやらが、貴様が『誅世の書』を集める理由か?」
何処で聞いたかさりげなく聞き出そうとしてくる董千をさらりと流し、ゼロは新たな疑問を投げかける。
「……まあ、良いか。譲歩するべきはこちらだからね……想耀様は私たちに一つの遺言を残された。それは、『この世界にばら撒かれた、誅世の書十冊を回収し、全ての誅世の書を地下の祭壇に捧げること』という内容だ。」
ゼロの片眉がわずかに上がる。
「彼女はこうも言っていたらしい。『誅世の書をこの世に残しておけば、そこに込められた千と八十の術が、竜崎呉羽の意思をこの世に体現するだろう。それは大いなる災いとなり、生きとし生ける全ての人々から、世界を奪うだろう』とね。もちろん、そのような未来を許してはならない。身内の失態は身内が片付けるべきだ。だから私たちはずっと、『誅世の書』十冊の回収を目的として動いてきた……と、言いたいところなのだけれど。」
そう言って、董千がため息をつく。
「いろいろ事情があってね、こちらも思う通りには動けなかった。竜崎呉羽の意思を良しとする、彼女の信奉者たちの相手をしながら『誅世の書』を集めることなんてできなくてね。現状の回収数は、驚きの零だ。」
「……。」
「……そんな目で見ないでくれ給えよ。別に回収する気がなかったわけじゃないさ……。」
「貴様の目的はそれか。」
「まあ、そういうことだね。実は数冊はだいぶ前から場所は分かっていたんだ。信奉者たちも『勇者の悲劇』で片付いたことだし、そろそろ我々も動くころだろうと、数代前の竜崎から計画の実行に向けて準備がされていた。そして準備ができたころにちょうど生まれた竜崎が、私だった。」
董千は、ただ淡々と述べる。しかし彼女が語ったのはあくまで過去。現在、そして未来は未だ、彼女だけが持っている。
「……ならば、なぜ私はここにいる。あのような迂遠な手を使ってまで、私を呼んだ理由は。」
ゼロの問いに、彼女はふむ、と小さくうなる。
「それを語るにはもう少しだけ情報が足りないね……そのうちの一冊ってのはね、ドリアの王族が保管しているんだ。『勇者の悲劇』を呼び寄せ旧王族を皆殺しにした忌まわしき書物として、今では城の地下で厳重に封印されているらしい。そして、つい最近ようやく交渉が終わったんだ。『誅世の書』を、我々に引き渡しても良い、とね。」
そこまで言って、彼女は真剣な顔でゼロの瞳をまっすぐ見つめる。負けじと董千の瞳を睨みつけるゼロ。
「そこでようやく本題だ。君には、この引き渡しに協力してほしいんだよ。傭兵ゼロ。」
「……ドリアの王族が、信頼できないと?」
「『誅世の書』の危険性は彼らが一番わかっているはずだ。彼らが今更、あの本をどうにかするとは思えないからね、そこまで警戒はしていないが……彼の周囲の人間はそうじゃない。」
「『勇者の悲劇』は失われた歴史ではないはずだが。」
「『誅世の書』に書かれたたった一つの術式が、異界の勇者を呼び寄せた。その勇者は世界を滅ぼしかけていた悪魔を倒し、ついでに王族と竜崎呉羽の信奉者たちを全滅させた。……その過程を、実情を理解しようともせず、結果とそこから連想できる勝手な妄想ばかりを見て力に飛びつく愚か者は、きっといる。」
「……『誅世の書』を利用してくれようと? 不遜な者もいたものだ。」
「全くだね。というわけで、傭兵ゼロ。君には、そういう輩から『誅世の書』を守ってほしいんだ。私一人でもできないことはないけれど、味方が多いに越したことはない。」
「……。」
そこまで言って、董千はゼロに白磁のような手を差し出す。しかし、彼の手はなかなかそこに重ならない。
「……もちろん、それ相応の対価は払わせてもらうよ。ドリアの一冊の回収が終わった時に、君が一番望んでいるものを、ね。」
牽制のように放たれた対価の確約にも彼は特段の反応を見せず、その代わりに、彼は鋭い視線と共に董千を問い詰める。
「……何故私を選ぶ。」
「……と言うと。」
「ほかにもいくらでもいるはずだ。私よりはるかに信のおける強者が。」
「君は強い。それだけじゃ不満かな?」
「不満があるのではない。貴様の楽観が、貴様の足をすくうと言っているのだ……だが貴様は……竜崎の一族は、そうではあるまい。」
竜崎の巫女への信用と、竜崎董千個人への不信が入り混じった言葉に、彼女は言葉も表情も崩さなかった。
「……それを聞いて、何か意味があるのかな?」
ただ一言、淡々と言い放つ。
「……そうかもしれんな。」
そう言って、ゼロは董千の細い手をしっかりと握った。それと同時に、勢いよく彼の手を引く董千。彼女はそのまま彼の後頭部に手を添え、耳元に、艶めかしく囁いた。
「ここだけの話だ……私と君は、本当に、よく似ている。きっとこれから、もっともっと似てくるはずさ。そうなれば君にも、私がどうして君を信用したのか、わかるはずだよ。」
「……。」
彼女の言葉が終わると同時に、半ば突き飛ばされる形で董千がゼロから離れる。つれないなぁ、とぼやく彼女の瞳は、その時にはすでに、人好きのするキラキラとした目に戻っていた。
「さて、わざわざまどろっこしいやり方で、こんなところにまで呼んだんだ。君はもうわかっているはずだよ。」
「……ドリアの首都が目的地であろう。リゼルタに私の拠点は無いが。」
「それについては問題ない。ドリアにだってこういう場所はあるんだからね。運命は、再びかの地で交わるとも。」
「……そういうことにしておこう。」
そう言って、ゼロは今度こそ踵を返す。歩きだした彼に追随し、董千も扉のほうに向かう。所詮は礼拝堂の一部屋だ。さほどの時間もかからずに、彼ら二人は教会の扉にたどり着く。
扉に掛けられた封印を解くため、董千が滑らかな手のひらをそちらに向ける中、ゼロが彼女に問いかける。
「時に。」
「ん、何だい?」
「……私は子供を送り届ける依頼を受けているのだが。」
「知ってるよ。調べたからね。あの子を餌にして君をおびき寄せることを全く考えなかった、とは言えないけれど……かわいそうじゃないか。巻き込まれるあの子が。」
「……あの男どもは貴様の差し金ではないと。」
その言葉に董千が動きをぴたりと止める。なんだかんだ言って終始余裕綽々だった彼女の顔に、初めて本物の困惑が浮かぶ。
「……男? うん、私は知らないけど。」
「……当てが外れたか。」
「当てが外れた?」
刹那の思考の後、恐ろしい可能性にたどり着いた、と言わんばかりの顔で、恐る恐る口を開く董千。
「……え、あの子を誰かに預けて来たとか、そういう話じゃないのかい?」
「……人ごみに紛れ消えたが。」
「……。」
「……。」
董千の悲鳴が、止まった世界をつんざいた。
「……な、何を考えているんだ君は!? どうしてこっちを優先したんだい!?」
「……あの見た目だ。あの娘には価値がある。みすみす殺されはせん。それに」
ゼロが言い切る前に、董千が彼の胸ぐらをつかむ。扉の施錠術式の解除作業は終わったようだが、解放自体は終わっていないのだろう、扉に描かれた魔方陣は未だ回転し、その組成を変え続けている。
「そういう問題じゃないっ!!! どうしてあの年の女の子を独りにしておけるんだ!? どうして助けに行こうとしない!?」
ゼロは気まずそうに眼をそらす。
「……私は一人だった。」
「君は子供か!? 視野狭窄にもほどがあるだろう! ああもう、早く探しに行かないと! どんな心細い思いをしていることか……!」
そうこう言っているうちに、扉を固く閉じていた術式がついに消滅し、残った魔力が光の粉となって霧散してゆく。美しい光景の中、焦りを前面に表した董千と、相も変わらず無表情のゼロが、先を争うように教会の扉を開いた。
「……ぜろ、いた。」
「「……!?」」
大人二人が驚愕と共に完全に硬直する。無理もないことだろう。彼らの視線の先には、ここには絶対にいないはずの人物の姿が……地面にぺたりと座り込み、二人を見上げるルーの姿があったのだから。
「……は、はぐれたのはこの近くなのかい?」
状況と証言からしてそうではないと分かっているのだろう。董千がひきつった顔で何とか事態を現実的にとらえようとする。
「……例の店の前だ。」
その努力は当然、しかしあえなく無駄となる。同じく驚愕に顔をゆがめたゼロは彼女のほうを見もせずにそう言った。
「そんな……こんな子供が一人で歩ける距離じゃない! しかも、最初からここが分かっていたかのように……!?」
そう。ゼロはいくつもの通りを超え、すさまじい速度で董千のもとを訪れた。距離的にも速度的にも、少女がまともに追えるはずなどないのだ。
それなのに、当の本人は当然のようにゼロを追いかけてきた。まるで、何か特別な力でも持っているかのように……二人の驚きに全く気づきもしない彼女は、その場に座り込んだまま、両手をゼロに向けて甘え始めている。
「ぜろ。おなか、すいた。おにく。おにく。」
「……この娘。」
「何者なんだい、この子は……!?」
名状しがたいものを見たかのように、扉を開けた姿勢のまま動かなくなってしまった二人の前で。当の本人は可愛らしく、とぼけた表情で首を傾げた。
瞬撃の魔剣士ー竜崎の巫女篇ー
完