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瞬撃の魔剣士  作者: Legero
竜崎の巫女篇
20/46

2.

2024/5/12 数字を漢数字に変更、三点リーダの書き方を変更

2024/6/24 若干修正

 ゼロとルーが裏路地を抜け出し、やや時間がたったイアラの夜。手早く一晩の宿を見繕った二人は、料金追加で提供される宿の食事に食らいついていた。道中でぐっすり眠ったルーはすっかり元気を取り戻し、瞳をキラキラと輝かせながら少々心配になる速度で食事を口に詰め込んでいる。


 主要の通りから外れた場所に位置する宿とは思えない、それなりに豪勢な料理。肉、スープ、そしてどう調理したのかよくわからない豆……ルーの前に並ぶそれらのうち、主食に当たる豆にだけは、彼女は一度も手を付けていない。


「……。」


「はぐっ、はぐっ……むぐむぐむぐむぐ……。」


「……豆は食わんのか。」


「? うん。」


「……そうか。」


 興味なさげなつぶやき。大盛で放置された豆がゼロのほうへと引き寄せられる。宿の店主のささやかなはからいが無為になった瞬間であるが、幸い、ゼロは食事を残さない。用意自体は無駄にはならないのだ。


 ゆっくりと食事を楽しみながらも、ゼロの視線は店中のあちらこちらを忙しなく動いている。よく見ると、彼の背後を歩く他の客一人一人に対してすらも、最低限の構えをとっているようである。相手がその気になれば、その瞬間に彼の容赦ない一撃がその者を引き裂くであろうことは想像に難くない。


 大勢の酔っぱらいがたむろする宿の中は、老若男女の声がまじりあい混沌としている。その中で、あらゆる相手に警戒しつつも、ゼロの視線は的確に、意味のある会話の主へとむけられる。


「何なのよあの値段は!? 灰豆(ヒーズ)なんてそこら中に腐るほど生えてるってのに!?」


「知ってるか? あそこの大通りで火事があったんだってよ。火元の不始末が原因だって噂だぜ。」


「えっ、ガルの鉱石、今回分なくなっちゃったのかい!? そんなぁ~!」


「綺麗な黒髪の女の人がいたんだ。本当にすっげー綺麗な髪の……痛い痛い痛いって! やめろそういう意味じゃないから!?」


 大陸において、黒髪というのは特段珍しい髪色ではない。ゆえに、黒髪であるというだけでは大した情報となり得ないが、綺麗な黒髪、となると、とある一族の名が多くの人間の脳裏をよぎる。


 竜崎の巫女、その一族だ。いかなる出自、特質の父親があろうとも、生まれてくる子供は必ず黒髪、という不思議な一族。銀髪が大半を占める魔族の中において、きわめて異彩を放つ身体的特徴である。


 思索にふけるゼロの後ろで、男の言い訳は未だ続く。


「だから、そういう意味じゃないって許してくれよ! 俺は単に、綺麗な髪だと思っただけで! すげーツヤツヤでさ、きっと金持ちの……イデデデデデ!?」


 しかし、これ以上の情報は手に入りそうもない。男を組み敷く女に周囲の酔っぱらいたちが喝采をあげる。男は特に罪を犯したわけでもないのに。これぞ女心であろうか。残念ながらゼロにはわからないようだ。温度を失った視線が男から離れる。


「……。」


「……?」


 考えこむゼロの顔を、食事を終えたらしいルーが下から覗き込んだ。


 夜は着実に更けてゆく。宿の喧騒はやがて騒ぎに変わり、酔っぱらいどものもめごとを嫌う者たちは早々に部屋に引っ込んでゆく。ゼロもまたその一人。部屋の鍵を受け取り食堂を去って行く彼らの背後には、綺麗に空になった皿が二人分、積み重ねられて残された。


 残された彼らもひとしきり騒ぎ、食堂を荒らして、しかし深夜をまわるころには静寂と共に各々の部屋へとかえっていった。

 ~~~~~~~~~~








 ~~~~~~~~~~

 大陸中から人が集まるイアラに人が絶えることはない。時間帯によっては、大通りは人一人が通るにも難儀するほどの大混雑に見舞われるのだ。もともとの都市発展計画が間違っていたのか、そういう時間帯は大抵、魔導車がまともに通行できなくなってしまう。それでも、人力で運ぶには高度な魔術を必要とするような重たい荷物を、極論魔力無しの人間であろうと簡単に持ち運べるという、魔導車の魅力はその程度で薄れることもなく。結果、イアラの大通りは日々、道を開けと求める怒号に、人の波に流された哀れな敗者の悲鳴に満ち満ちている。


 そんな大通りの様子を、イアラに訪れたことのあるゼロは当然知っている。ゆえに、イアラはあくまで通過点として計画しているゼロには、初めから大通りを通る予定はなかった。


 そういうわけで、二人は朝早くに宿を出て、大通りに比べると人通りの少ない、小奇麗な通りを連れ立って歩いていた。歩く人々の身なりも、通りの特徴をそのまま映すかのように、それなりに整っている。唯一、道路の中央を稀に通過する魔導車ばかりが煌びやかに、彼らだけが大通りから紛れ込んできたかのような印象を与える。実際その通りであるのだが。


 ゼロの前方をちょこまかと危なっかしく走り回るルーの手には、すでに肉の串焼きが五本も握られている。当然ゼロに買ってもらったものだ。


「……今日はこちらでも構わないのだな。」


「……? うん。」


「……意味が分からんな。」


 そう言って、嬉しそうに肉をほおばるルーにあきれ果てた視線を向ける。精神的には年端もいかない少女に、ゼロに理解可能な思考などあるはずもない。


 子供の扱いに四苦八苦しながらも依頼のためにルーの面倒を見るゼロ。いつもと同じ日常を繰り返すイアラ。やや薄暗いが治安のよい通り。


「……?」


 立ち止まり、訝し気に振り向いたゼロ。彼が感じ取った違和感は、あるいはその予兆の一つだったのだろう。


「は? おい、てめえ金置いて、おいこら! 待ちやがれこの野郎!?」


 声のほうに瞬時に振り返り、ふらふらと歩きまわっていたルーを抱き寄せるゼロ。その視線の先には、豪華な装丁のなされた本を小脇に抱えて走る人影と、鬼の形相で女を追いかける男。男の服装からするに、おそらく彼は、ゼロの視線の先に建つ本屋の店主なのだろう。


「おいおいおい、何だあいつ? 早すぎんだろ!?」


 野次馬の一人が発した言葉の通り、逃げる人影の身体能力はかなりのものであった。動きにくそうな外套に身を包んでいるにもかかわらず、道を、壁を縦横無尽に飛び回り、人と人との間を高速で駆け抜けてゆく。


「あのおっさんも大概おかしいだろ。なんであの速度についていけるんだ?」


「そりゃあ。あのおっさん、元軍人らしいぜ。しかも結構強かったらしい。」


 そんな三次元の動きを見せる人影を、単純な速度だけで捕捉し続けている店主の男も相当なものだった。彼らは人の波をかき分け、時には突き飛ばしながらも、恐ろしい速度で遠くに消えていった。


「……本末転倒とはこのことか。」


 店主がいなくなった店ににじり寄る薄汚れた見目の男が、周囲の冷たい視線に気まずい苦笑いを返し、こそこそと逃げてゆく。


「……長居は無用か。」


 ゼロは、自身の外套に包まって嬉しそうにしているルーを外に押し出し、そのまま彼女の肩を押して雑踏の奥に踏み込んでゆく。集まっていた野次馬も、当事者たちがいないのなら仕方がないと、少しずつ散って各々の生活に戻ってゆく。押されるルーは、肩越しにゼロの顔をぽかんと見上げている。


「待ってください!」


 その声に、雑踏に紛れかけていた二人の歩みが止まる。ゼロが振り返った先で、一人の女性がゼロの外套の裾を握り締めていた。


「あの、貴方、傭兵ゼロですよね?」


「……だとしたら。」


「あの、主人を助けてほしいんです……お、お金は払います。あの万引き犯、えっと、なんか、つ、強そう、だったので……。」


 先ほど駆けていった店主の妻だろうか、儚げな印象を受ける銀髪の女性は、そう言って弱々しくうつむいてしまう。どこか庇護欲を感じさせる振る舞い。知ったことではないと、しわの寄った外套を引き寄せ、女性をねめつけるゼロ。女性の方がびくりと震える。


 彼らの周囲には再び野次馬が集まりつつあった。彼らははっきりと、ゼロと向かい合う女性に向けて困惑と猜疑の混じった視線を向けている。そのことを知ってか知らずか、ゼロは冷淡な声で尋ねた。


「……盗まれた書物に書かれていることは、何だ。」


「え? はい。えっと、確か、魔術理論に関する論文だったような……?」


「……値段は。」


「ね、値段? 銀貨七枚ですけど……。」


「……。」


「え、なんでそんなこと聞くんですか……?」


 ゼロは、すっかり困惑しきった女性に目もくれず、顎に手を当て黙り込む。しばしの沈黙。うろうろと落ち着きのないルー。しばらくして、ゼロは小さく頭を振り、女性に向けて手を差し出した。


「……引き受けよう。」


「っ、本当ですか。ありがとうございます……。」


 これはお代です、との言葉と共に、小さな袋がゼロの掌に載せられる。小さな金属音と共に心地の良い重みがゼロの掌にかかる。依頼の規模、難易度からしても適正な価格分の重みだったのだろう、彼は計りのように手を動かしたのちに、それを懐にしまい込んで呟く。


「……やはり、貴様は。」


「……はい?」


「……否。聞いても仕方のないことか。」


 話は終わり。そう言わんばかりの態度で、不愛想に踵を返すゼロ。そのの背に、女性がおずおずと控えめに言った。


「あの……貴方が連れてた女の子、いなくなってませんか?」


「……何だと。」


 言われて辺りを見回すゼロ。確かに、つい先ほどまで男の周りをうろついていた少女がいなくなっている。この一瞬の間に、である。やはり子供だ。最早ゼロもうんざりした表情を隠そうともしない。


「……面倒なことになった。まだ近くにいると良いが。」


「あの……探すの、手伝いましょうか?」


 女性の申し出に、ゼロは首を横に振る。


「……見つけたら保護しておく程度でよい。その程度の良心は、期待させてもらおう。」


 そう言って、今度こそゼロは恐ろしい速度で駆けだして行き、瞬く間に見えなくなった。その場に残された女性は、呆然と戸惑い、そして僅かな焦りの表情で、彼の背をじっと見送っていた。



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