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どうも、あけましておめでとうございます、legeroでございます。
お久しぶりの新作です。大変お待たせいたしました。
そしてなんと、そろそろ物語が大きく動き始めます(当社比)! しかし、その関係で今回は固有名詞が多くなってしまいました。整理しながら読んでください・・・。
1/22の17:00から1時間おきに投稿、全5話です。
2024/5/12 数字を漢数字に変更、三点リーダの書き方を変更
2024/6/24 表現などを若干修正
突然だが、この大陸には人間のほかにもう一つの種族が暮らしている。人間と変わりない身体的特徴と、人間のそれをはるかに上回る膨大な魔力を持つ種族。水の神を崇め水と共に生きる種族。全体的に見目がよく、『異能』と呼ばれる魔術とは異なる理の力を操る者が一定数生まれることから、世界に愛されたと揶揄される種族。彼らは一般に、人より魔術に近しい種族として、魔族、と呼ばれている。人間と比べて数は少ないが、同等の知能と高い戦闘力を誇る彼らは、現在は人間の良き隣人である。
彼らの本拠地は、大陸の人類生息圏の最西端に位置し、大陸を縦断する巨大な山脈を超えた先にある、魔族の古き呼び名で『龍慈手御渓谷』と呼ばれる地である。千年ほど前まで魔族と交流がなかったことからも察せられる通り、その山脈の踏破は生半可な覚悟の下では達せられない。そのため、今でも、技術、魔術の進歩とともに敷居が下がりつつあるものの、山を越えてまで人間の、あるいは魔族の領域に足を踏み入れる者は決して多くない。現在でも、人間と魔族との交流は、決して活発とは言えない状態だ。
さて、そんな魔族たちは、『竜崎』の名を冠する一族、より厳密に言うと、代々の竜崎家の長女が襲名する神の代弁者、『竜崎の巫女』によって束ねられている。そして、彼らの存在や代替わりなどの情報を、時の権力者たちは非常に重要視しているのだ。
その理由は、魔族が持つ種族的な気質にあった。行動に私情の挟まる余地がある人間と違って、神に仕えることを至上の喜びとする魔族たちは、そのためなれば己の身すらも平然と捧げてしまう危うさと、至上の目的のためならば手段を問わない残酷さとを持ち合わせている。それすなわち、竜崎の巫女の言葉一つで全ての魔族が人間に牙をむく可能性すらもあるということ。人間は魔族に比べ数が多いため、戦争になれば魔族が絶対勝つ、とは言い切れない。それでも、二つか三つの国の消滅は必至だろう。権力者たちはそれを危惧して、竜崎の巫女との友好関係を保とうとしているのだ。こびへつらうわけではないが、肝心の時が訪れても、自分たちは見逃してもらえるように、と。そして現状、全ての人類国家は魔族と友好関係を結んでいる。
つまり、人間と魔族、双方の権力者同士の結びつきは実は意外と強いという話である。余談だが、代々の竜崎の巫女は穏やかで理知的、聡明であると評されることが多く、訪問の度に菓子折りなどの贈り物も欠かさないため、権力者からの評判は意外と良い。
これらの事情は、ここイアラにおいても例外ではない。特に、イアラの指導者は結局のところ商人だ。ここイアラでは、他の国と比べて魔族たちとの交易が盛んにおこなわれており、大陸東では珍しい商品が市場に数多く出回っているのである。その結果、イアラにさらに人が集まるようになったのは、あるいは彼らの思惑通りなのだろう。
「ぜろ、ぜろ。」
そんなイアラの、人通りの少ない裏路地に、あどけない少女の呼びかけが響く。決して大きくないその声に、彼女の前を歩く黒衣の傭兵は、土と靴の擦れる音を軽く鳴らしてその歩みを止めた。
「……。」
「あっち。」
「……。」
「……だめ?」
「……貴様、私をどこに連れて行こうとしている。これ以上奥には何もない。進んだところでどうにもならんぞ。」
傭兵の……ゼロの言う通り、少女が指さす道の先にはイアラの貧民街がある程度。そこに行くことでしか得られないものの類は一切ない。
そもそもとして、リース・ヴィアラ出身の少女、ルーがイアラの街並みを知っているはずがない。それにもかかわらず、ゼロがルーに道案内を任せていることには、当然理由があった。
数十分前のことである。
「あっち! あっち、いく、するの! やだやだやだ! こっちやだ! あっち!」
イアラの、二人の現在地よりかはいくらか人通りのある、しかしやはり小さめの通り。その道の、よりにもよって真ん中でゼロの腕を引き、駄々をこねるルー。様子を眺めるゼロは無表情に見えるが、よく見ると眉がわずかに下がっている。
「……いきなりどういった了見だ。あちらは単なる住宅街だが。」
「やだ!」
「……イアラは商業の街だ。貴様の気にいる物もあるだろうと思うのだがな。」
「やだっ!」
「……肉もあるぞ。」
「やだの!」
理由を聞いても分からない、物で釣ってもつられない。年頃の子供にしてもわがままが過ぎるようにも思える。しかも、ゼロは知る由もないがルーはすでに十歳を超えていたりする。……年の頃不相応な幼さの理由は、推して知るべしであるのだが。
「やだやだやだやだぁ! やだのやだのやだやだーっ! あぁぁぁぁぁあぁーーー!!!」
結局、地面に転がっていよいよ本格的に駄々をこね始めるルー。しまいには泣き始めてしまった彼女に業を煮やし、仕方なくお望みの通りに歩みを進めてきた、というわけである。結局何も起こらずに、少々治安の悪い場所にまで立ち入ってしまったわけだが、少女の案内は終わる様子がない。
ゼロは何やらいろいろ言いながら、少女の言う通りに、右、左、右、右と次々と角を曲がる。早すぎた発展の歴史を感じさせる曲がりくねった道が、彼ら二人の方向感覚を完全に奪ってゆく。ぐるぐるとまわり、曲がり、いよいよ少女に疲れが見えてきたころ。不機嫌の色を隠し切れなくなってきたゼロが問いかける。
「……貴様、本当に向かう先が分かっているのか。」
「……?」
当然わかっていない。可愛らしく首をかしげてみても残念ながらゼロには響かない。
ゼロがうんざりとため息をつく。
「……仕方がない。そこで待っていろ。」
「うん。」
先に醜態をさらした人と同じ人とは思えない聞き分けの良さで、素直に道の端に腰を下ろすルー。その様子を尻目に、黒の傭兵はその場から勢いよく飛びあがった。
彼が空中に躍り出たとたんに、彼の視界は唐突に黒く染まる。
「……っ!」
「ぎゃっ!?」
僅かな驚きとともに咄嗟に振るわれたゼロの右腕が、家屋の屋根の上を走る男の脇腹を抉る。情けない悲鳴と共にいくらか飛び退った男の顔は、武骨な仮面に覆われて、目だけが不気味に輝いている。
「……っ!」
男がとっさに屋根を蹴り、ゼロが飛びあがってきた道に向かって勢いよく突進する。
「……狙いは……」
その唐突な動きに対しゼロは、さも当然かのように空中で踏み込み、彼の進路に体を割り込ませる。
「……ルーか。」
振るわれた短剣を手刀で払いのけ、右腕で男の胸ぐらをつかみそのまま地面に叩きつける。目にもとまらぬ早業であった。
「……もう一人。」
激しい衝撃に目を回している男を勢いよく蹴飛ばし、その勢いで、呑気に地面でお絵描きをしているルーに飛びかかる。そして抜刀。少女の頭の上すれすれで、ゼロの刀ともう一人の男の剣が火花を散らした。
二、三回の剣戟の末に、下手人の得物が根元からぽきりと折れる。
「っ! ちょっとま……」
男の命乞いは最後まで続かなかった。間髪入れずに振るわれた一撃が、男の胴体を真っ二つに引き裂く。その一撃はあまりにも鋭く、断面は綺麗に焼き切れ血の一滴も飛び散らない。男はありったけの恐怖を顔に張り付けたまま、あっさりと最期を迎えた。
邪魔な死体を蹴り飛ばし、納刀するゼロが振り向いた先には、頭がおかしな方向に曲がった、もう一人の男がゴミのように転がっている。
「……ハリンマの刺客には思えんが……。」
ハリンマの兵士は三人単位で行動する。ゼロの強さは有名だ、本来なら兵力の温存など考えないはず。そもそも、一般の兵士が三人いたところで、ゼロを相手取るには少なすぎることは、ハリンマの秘書とて分かっているはずだ。彼は変態だが無能ではない。
「……おかしなことにならないと良いが。」
独り言ちたゼロは、足元のルーが、ゼロと男の交戦で掻き消えてしまった落書きに、寂しそうな眼を向けていることには気が付かない……この惨劇に全く反応しないあたり、ルーも大概図太い少女である。
「……何をしている。通りの場所は把握した。行くぞ。」
「ぁ……う、ん。」
一人歩きだしたゼロの後ろを、ルーはよたよたとついて行く。少女に余計な口を挟ませないためだろうか、ゼロの足並みはかなり早い。先ほどまで、ルーの案内の元の歩みとは比べ物にならないほどに。
またも曲がりくねった道を進む彼らの足取りは、初めは確かに順調だった。しかし、単純に体力の足りない、運動神経もさほどないルーは、ものの数分で疲れ果てて道端に座り込んでしまう。後ろの軽い足音が聞こえなくなったことに気が付いたのか、長くなってきた己の影の先を振り返るゼロ。
「……どうした。」
「ううぅ~~。いたい……。」
「……自業自得だ。」
座り込んだまま、肉の薄い足を小さな手のひらでもみ始めたルー。どれだけ待ってももう動きそうのない彼女に呆れた視線を向けるゼロ。二人の間にしばらくの間沈黙が流れる。
結局、先に動いたのは、本日何度目かの深い深いため息をついたゼロのほうだった。早足でルーに歩みより、疲れからだろうか、心なしかぐったりしている彼女を片手で手早く抱き上げた。
「……。」
「……あ。」
そのまま彼は何も言わずに、ルーを抱き上げたまま暗くなってきた裏路地を歩き始める。調和のとれた規則的な歩み。右、左と交互に、僅かに揺れる彼の身体。それが心地よかったのだろうか。ものの数分で、ルーはゼロの胸の中で静かな寝息を立て始める。
穏やかな少女の表情を見て、ゼロはもう一つ、深いため息をついた。