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瞬撃の魔剣士  作者: Legero
致命の妄想篇
17/46

1.

超絶お久しぶりでございます。

今回は更新に加え、第2篇の大幅な(というよりほぼすべて)変更を行いました。

詳細は活動報告をご覧ください。

10/22の18:00から1時間おきに更新、全2話です。

2024/5/12 数字を漢数字に変更、三点リーダの書き方を変更

 この大陸の最大派閥と言えば、イオニア帝国と新生ドリア王国の二国である。同盟関係にあるかの二国は、千年以上前の騒乱期初期から存在し、のちに訪れる『悪魔の侵攻』、『勇者の悲劇』と呼ばれる二つの大災厄すらも乗り越えた歴史を持つ大国だ。騒乱期には最悪だった関係も、人知を超えたそれらの災厄によって強制的に修復され、結果的に今はよき戦友として大陸ににらみを利かせている。


 彼らがあくまで最大派閥と呼ばれる以上、当然だがそれ以外の国もいくつか存在する。その中でも特に難しい立場にいるのが、大陸中央部に国土を持つガザレイド小国連合である。そしてこの国の特徴といえば、他の国には見られない政治体系を上げるものがほとんどだろう。


 ガザレイドの政治体系はまさにその名の通りである。五つの小国の国王はそれぞれ『()』と呼ばれる国の代表として、年に数回の定例会議、および文字通り緊急時の緊急会議にて他の『指』たちと共に連合国の方針を決定する。小国はそれぞれある程度の自治を許されてはいるが、この方針に逆らった運営を行うことは許されない。そして、仮に小国のうち一つが何らかの理由で危機に陥った場合は、他の国はその国に援助、援軍、その他あらゆる協力を惜しまない。


 この国は、主にドリア、イオニアに対抗出来うるだけの力を手に入れるために小国間で結ばれた同盟関係が、時の流れとともに進化してできたものである。そのため、体制の面だけで言えば互助的な側面が非常に強いのだ。


 さて、とは言ったものの、そのような体制が呼びおこすものなど結局のところ一つしかない。それは当然、小国同士の権力闘争である。相手の失敗をあげつらい、自国の失敗を隠蔽し、少しでも自国―あるいは自分自身―が有利になるように連合国の舵を切ろうとする……列強に対抗するための策であったはずなのにこれでは本末転倒ではないか、と思っている者は当然大勢いるが、その程度で政争がなくなるようならとうにこの世界には平和が訪れていることだろう。


 そんなことばかりしているものだからいつまでたっても国力が増強されることはなく、実際のところ、隣接しているドリアからは大した脅威とも思われずに放置されているのが現状だ。それはそれで狙い通りという見方もできるかもしれないが、当然連合国首脳部にとっては面白くない。ここ数十年は大きな戦争もなく、大陸全体が平和な世の中であるからこそ、舐められるのは誰にとっても屈辱である。


 そんなガザレイド小国連合の構成国の一つ、連合国南西部に位置する小国イアラは商人の国である。ガザレイドの構成国はどれも似たようなものであるが、イアラの前身もまた国というほどはっきりとしたものではない。イアラの場合のそれは、今は西の隣国となった農業の国ドーラ、北の隣国にして小国連合の首都、鉄鋼と煙の国ガルの二国にて商品の流通を担っていた商人たちが作った互助組織であった。そのためか、長い時と共に組織の在り方、隣国との関係は大きく変わったが、イアラに今なお所属している商人たちは、小国の重役たちも含めてそれらの国の周辺を中心として活動をしているものがほとんどである。


 さらに付け加えるならば、イアラから見て西にはリース・ヴィアラ王国が、南にはクレアーラ王国という国がある。どちらの国もイアラの重要な取引相手だ。四方を他国に囲まれながらもどの国とも友好な関係性を築くとは、ガザレイドで唯一の、首都だけで構成されている極小の国とは思えないほど世渡り上手である。あるいは、そればかりが生き残る道だったのかもしれないが。


 そういう都合もあって、『あそこに行けば大体なんでも手に入る』、『商人の子ならば一度はあそこに行け』、『腹芸を知らない奴はあそこに行くな』などと言われているイアラは、大陸でもっとも人の出入りが多い国であり、それを管理するためにも様々な町から乗合魔導車―魔力で動く三、四輪の乗り物―が出ている。金さえ払えば身分を問わず誰でも乗ることが出来るそれは、イアラを目指すもの以外にも多く利用されており、大陸で知らない者はそうそういない。


 そんな魔導車が一台、リース・ヴィアラのヒャザルという都市とイアラの間に横たわる、小さな森の外周部にぽつんと停まっていた。あたりはとっくに暗くなり、薪の爆ぜる音ばかりがそこに人がいることを控えめに主張する。季節はちょうど夜が冷え込み始めるころ。少し前なら心地よかったであろう風が、人々の身体の芯に突き刺さる。


「……。」


「ふぅ、ふぅ、ふぅ。」


 ぼんやりと明るい魔導車周辺から少し離れた場所に、真っ黒な塊に寄り添うように一人の少女が座っている。その見目は大変に美しく、どこかの貴族の落胤(らくいん)といっても通用することだろう。少しくすんだ銀色の髪が月明かりにぼんやりと浮かび、宝石のような青い瞳は夜空に控えめに光る星々の輝きを映し出し……ていない。残念ながら。彼女は今、己の小さな手に握りしめた何かもわからない肉の串焼きに夢中である。たった今焼き上がったばかりのそれは、(かぐわ)しい肉の香りと温かな湯気を、僅かな煙とともに吐き出している。


「ふぅ、ふぅ……あちゅっ!?」


 肉が刺さった串を、まるで剣でも持つかのように両手でたどたどしく握り、小さな口で息を吹きかけ吹きかけしていた少女が、満を持してそれにかぶりつく。しかし、少女にとってそれはまだ十分でなかったらしい。肉の端が唇に触れるや否や、びくりと体を震わせて大事な串を取り落としてしまう。


「あっ……!」


 宙を舞うそれに向けて慌てて手を伸ばす少女の目の前に、真っ黒な何かが割り込んでくる。それは瞬く間に彼女の串を掴んだかと思えば、それを少女に差し出した。


「あ……ありがと、ぜろ。」


「……ふん。」


 少女……ルーがゼロに控えめに礼を言う。彼の返答は相も変わらずぶっきらぼうだ。


 彼らは今、まさに先に述べた通りの事情、つまりイアラを目指した旅路にある。ルーの生まれ故郷、ハリンマから逃亡することを目的としている彼らにとって、金さえ払えば他の事情を考慮しないこの移動手段はまさにおあつらえ向きであったのである。当然、そこまで考えているのはゼロだけだが。幼いルーにそこまでの事情は分からない。


 魔導車を運営する側からしても、評判こそ悪いが腕は確かな、普通ならば大金を積んででも護衛を頼みたい人物が、逆に金を払って乗せてほしいと頼んできたという状況だ。彼らに断る理由はない。


 とはいえ、それをほかの乗客が許容するかどうかはまた別の話であった。いろいろと悪いうわさが絶えない彼を、恐れる、あるいは憎悪するというのは当然の感情である。ゼロ自身の交渉と魔導車運営側の方針によって乗車自体は許されたものの、ゼロと同じ空間を共有したくないという意見を完全に無視することもまたできず、結果ゼロとルーはこうして魔導車から離れた場所で二人だけで焚火を囲んでいるのである。


 無事に帰ってきた串を大事そうに握りしめるルーから目をそらし、ゼロは魔導車の方向に横目を向ける。何やら騒がしいそちらから、彼らの元へ向かってくる人影を視界に入れながら、彼はゆっくりとグラスを傾ける。


 やがてその人影―若い女だ―が、互いに声が届く距離に近づいて来た時。ゼロはもうそちらに目を向けていなかった。彼の冷ややかな声が女性を迎える。


「……この夜更けに何のつもりだ。」


「あら、分からない?」


「……ああ、分からんな。根拠のない妄想で話を進めるほど愚かしくはない。」


「そう。ならはっきり言わせてもらうわ。まどろっこしいのって嫌いなの。」


 どこか高圧的な口調で話しかけてくる女性だったが、目の奥にはわずかな動揺と不安がちらついていた。それを見抜いてか、ゼロがわずかに目を細める。


「お金は払うわ。私の……仲間、を助けてほしいの。」


「……仲間。」


「ええ。私の仲間。大切な仲間よ。これまでも、きっとこれからも一緒に旅を続ける、大切な人。貴方にはわからないかもしれないけれど。」


「……一定の理解はある。当然のことだ。」


 やはりどこか相手を挑発するような口ぶりの女性の言葉と、ゼロの冷ややかな言葉がぶつかり合った。

 ~~~~~~~~~~








 ~~~~~~~~~~

 彼女―ミサンダと名乗った女性は、幼馴染の男二人と共にヒャザルにて魔術と戦いを学び、祖国ザザル―『魔力無しの国』の通称で知られるガザレイドの小国の一つ―で王宮付きの兵士となるべく帰郷の旅をしているところであったのだという。長かった留学ももうすぐ終わり、家に帰って成長した自分たちの姿を家族に見せてやろう、などと言っていたところであり、三人の関係性は非常に良好なはずだった、と女性は語る。


「なのに、今夜になって急に、シックの奴とノイアスが突然口論を始めて……どういう話をしていたのかは分からないけど、ノイアスがそこの森に駆け込んでいっちゃったらしいのよ。」


 シック、ノイアスは自分の幼馴染の名である、とミサンダは付け加えた。ゼロが小さく息を吐く。


「……愚かな。」


「私だってそう思うわよ。こんな夜に森に入るなんて自殺行為。そんなことはわかっているはずなのに……シックの奴も、ノイアスを追いかけて森に入っていったのよ。逃げるんじゃない! とか言って。」


 怒りが再燃してきたのか、ノイアスは臆病なのに、追いかけたら余計に、等とぶつぶつつぶやく女性。ゼロが話を元に戻そうとする。


「……貴様の依頼は、その男たちをどうすることだ。」


「……あ、ごめんなさい。シックの奴のこと思い出したら、腹が立ってしまって。」


「……関係は良好ではなかったのか。」


「……私だってそう思ってたわよ。でもそうじゃなかった。あいつはケダモノだったのよ!」


 それは……それ()今夜のことであるというが、シックがミサンダが休んでいた天幕に突然押し入ってきたかと思うと、壁際に彼女を追い込んで何やら要領を得ないことを言ってきたのだという。


「確か、どうして俺じゃない、だとか、あいつにするってのは本当なのか、とかあいつはそんなの思ってない、だとか……本当に訳が分からないことばかりを言って、挙句変なところを触ろうとまでしてきたわ。本当に怖かった。気持ち悪かった。突き飛ばしてやったら我に返ったみたいにキョロキョロして、私の顔を見てから逃げて行ったけど。」


 非常に珍しいことに、ゼロの顔に困惑が浮かんだ。


「……一度に多くのことが起こりすぎではないか?」


 私に言われても。ミサンダはそうぼやく。


「まあいいわ。状況は何となくわかってもらえたと思うけど……ノイアスを見つけるのに協力してほしいのよ。彼に貴方が見つからないように。」


 見つからないように、というのはおそらく臆病であるらしいノイアスへの配慮なのだろう。大陸最強の外道の名は十分恐怖の対象だ。


「どう? 引き受けてもらえる?」


 そう言って笑みを浮かべるミサンダに、ゼロは心底嫌そうな顔で是と返答する。話を聞いているだけでも、あるいは状況を考えるだけでも、めんどくさそうな香りしかしない依頼であったがそれでも彼は断らない。それが彼の実力への自負によるものなのか、はたまた結末の予測がついているのか。光に照らされたその瞳から読み取ることはできない。


 低木を背に座り込むゼロの膝では、いつの間に割り込んだのか、ルーが気持ちよさそうに寝息を立てている。小さなうめき声と共に、彼女は小さく身じろぎをし、気持ちよさそうに息を吐く。その顔は、難しそうな話をする大人たちとは全く違う、無防備なものだった。





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