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瞬撃の魔剣士  作者: Legero
幕間―1
16/46

逃走

幕間です。気持ち悪い人間の描写って難しいですね。

2021/7/29~30:細かい調整、修正。

2021/8/15:細かい修正

2024/5/12 数字を漢数字に変更、三点リーダの書き方を変更

 大陸の西側に位置する歴史ある大都市、ハリンマ。そこに暮らす領主と平民の間で起こった抗争は、意外なことに都市に爪痕をほとんど残すことなく、むしろ領主館側と平民の関係の修復につながった。未来のことはわからないが、このままこの良い流れが続けば、大都市ハリンマの過去の栄光がもう一度見られる日が来るかもしれない。少なくとも、今の再生に尽力しようとするハリンマの空気は決して悪いものではなかった。


「えーっと、ねえキミ、自分の名前、分かる?」


 そんなハリンマの寂れた裏通り、そこでは三人の人物が向かい合って立っていた。一人は大陸でも有名な傭兵ゼロ、一人はたまたまゼロと共にいた茶髪の女性、そしてもう一人は綺麗な銀髪に青い目の年端もいかない少女である。茶髪の女性が、銀髪の少女に目線を合わせ、優しい口調で話しかけている。


「なまえ?」


「うん。キミがみんなになんて呼ばれていたのか、教えてほしいんだ。例えば……私は『リア』って呼ばれてる。こっちの黒い人は『ゼロ』。」


「……ぜろ? くろいひと、ぜろ?」


「そう。こっちがゼロで、私がリア。キミは?」


「ぜろ……ぜろ。えへへ。」


 ……しかし、お世辞にも会話が成立しているとは言い難い。少女の名を聞き出したい女性―リアと、ゼロの名を繰り返すばかりで答えようとしない少女。ニコニコと笑顔を浮かべながら黒の傭兵の右足にしがみつく少女の様子に、リアが途方に暮れている。


「えっと……ねえ、キミの名前も、教えてほしいな?」


「ぜろ、いっしょ、いく。」


「あの……。」


「ぜろ、ぜろ……えへへ。」


「……どうしようゼロ、この子話が通じないよ……。」


「……この年の娘にそれを求めるのも酷だろう。」


 無視され続けて涙目なリアに、ゼロの冷静な指摘が飛んだ。そのまま彼は、リアの抗議の視線を受けつつ足元の少女に目を向ける。


 改めて見ても、少女の身なりはボロボロだ。銀色の長い髪と言うと聞こえが良いが、伸び放題なために艶は失われており、擦り切れて泥と煤まみれの服にはよく見ると赤黒いシミがいくつもついている。少女本人もがりがりにやせ細っており、落ちくぼんだ頬と対照的に大きな眼だけがキラキラと輝いている。とても不健康そうであり、実際そうであることは言うまでもない。一見元気そうに見えるが、よく見るとわずかに足元がふらついている。


 視線に気が付いたのか、少女が首をかしげる。


「……ぜろ?」


「……気にすることはない、こちらの事情だ。」


「じじょ……?」


 不愛想に言って、考え込む少女を放置して目を閉じるゼロ、これに慌てたのはリアの方である。慌てた表情でゼロに耳打ちする。


「いやそうじゃなくて、何とかしてこの子の名前聞き出してよ。キミだけなら『貴様』でいいかもしれないけどそうもいかないでしょ?」


 ……再三の話ではあるが、ゼロは外道である。対価なしにはいかなる働きもせず、女子供であろうと見捨てることにためらいがない。この態度は、例え知り合いであるリアの前であろうと一切ぶれることがないのである。


 その上で現在の状況を整理すると、この少女は単純についてきているだけであり、依頼も金も一切かかわっていない。つまりゼロからしてみれば、この少女を見捨ててハリンマを去ることは至極当然のことなのである。実際、彼は耳打ちをするリアを白い目で見つめている。


 冷たい視線にたじろぐリアに、ため息とともに口を開いたゼロ。だが、会話の主導権を得たのは彼ではなかった。


「じじょ……ルー、ごしじん? の、じじょ、さま? だよ。こわいひと、いう、た。」


 一挙にいろいろな疑問が解決し、それと同時にいろいろな問題が発生した瞬間である。リアがめまいを起こしたように壁に手をついた。

 ~~~~~~~~~~








 ~~~~~~~~~~

 リアが壁に手をついている隣で、足元にルーを引っ付けたゼロ。胸元で腕を組み、壁に寄りかかってリアに声をかける。


「……つまり、この娘は領主の娘であるということか……面倒なことになった。」


「そうだね……この言葉遣いで侍女ってこともないだろうし……侍女に様はつかないし。」


 彼らは口にしていないが、この少女が嘘をついている、あるいは記憶違いをしている可能性は当然ながら十二分にある。残念ながら少女の言葉が正しいと証明するものはここにいる三人の誰もが持っていない。だが、少女がいた場所、服装、身体的特徴を見る限りでは、その可能性が最も高いこともまた事実。そして彼らは、成功が期待できるのならば、仮定をもとに行動することを厭わないのである。


「……ねえ、ルーちゃん。」


「?」


「ルーちゃん、弟って知ってる?」


「おと? うと? ……わかんない。」


「それじゃあ、妹って知ってる?」


「いも、と? いもおと、い、もと、いも……いも、たべたい……。」


 リベンジといわんばかりにリアが尋ねる。先ほどと違って、リアの言葉にも真面目に考えこむ姿勢を見せたルーだったが、しかしあっさりと食べ物に気を取られ、ゼロの服を握り締めてぐいぐいと引っ張り始める。がっくりとうなだれるリア。ゼロがつぶやく。


「……芋の持ち合わせはない。」


「ルーちゃん……。でも、この感じだと兄弟(きょうだい)はいなさそうかな?」


「……いも、ない?」


「……たとえ兄弟が他にいようとも、確実性のない依頼は受けんぞ。」


 しょんぼりしているルーを見ながらゼロが予防線を張る。


「分かってるよ。これはただの確認。ルーちゃんの返事次第では後悔することになったかもしれないけど……知らないままではいたくなかった。それだけだよ。」


 しゃがんだままゼロを見上げ、堂々とそう言ったリアの顔は、まぎれもなく人の上に立つ者の顔だった。視線ははるか下にあるのに、そうとは思えない威圧感と共に。


 それに、ゼロはため息一つで答えた。


「……この娘は私がここから連れ出そう。貴様は速やかにハリンマを去ね……それと、この娘に兄弟がいるかどうか、情報の裏付けもしておこうではないか。」


 ゼロの表情は明らかにめんどくさそうなのだが、リアはそうは思わなかったのかはたまた慣れているのか、嬉しそうに笑った。


「ありがとう。安全なところまで連れて行ってくれればそれでいいから。依頼料は情報料を足すと大体……。」


 その笑顔も、そう長くは続かなかったが。続くゼロの言葉に、リアの表情が間の抜けた達磨のようなものになる。とても他人には見せられない顔に。


「……貴様の夫に免じて、情報料は取らん。」


「……ゼロ、熱でもある?」


「失敬な。私は貴様を買っているのだ。」


 夫に免じて、と言っているのに、『買っている』と言う……必然、その意味に気が付いたリアの顔が緩む。彼らは傭兵と恩人の関係ではあったが、少なくとも、リアとその夫はゼロに対して恩以上のものを感じているのだ。ゼロのその発言が嬉しくない道理はなかった。


「ふふ、私たち、さらに精進しますから。」


「……ふん。」


「いも、ない……。」


 三人の間に流れる空気は悪くない。薄暗い裏路地に、つかの間の安らぎが訪れたかのようだった。


 本来、そんなことが起こりうることなどない。


 まずはルーが、刹那の後にゼロが不意に視線を向けた先。長い通りの奥の奥から、滲みだすように現れたのは幾人もの兵士たち。


 そして、茶髪の男。


「やっと見つけましたよお嬢様……ああっ! 燃える屋敷で貴方を見つけて差し上げられなかったときにはこの世の終わりかと思いましたが……何たることか! 自らの力で逃げのびておられたなんてっ! やはりあなたは神に愛された方なのですね!!!」


 おかしなテンションの男にゼロが冷ややかな目を向ける一方で、リアは厳しい視線を向け、そしてルーはびくりと体を震わせた。


「……お嬢様。貴様がその名を呼ぶか。」


 ゼロのつぶやきにぐるりと向き直った茶髪の男。ギラギラと双眸を充血させ、黒衣の傭兵に堰を切ったように言葉を浴びせた。


「誰かと思えば傭兵ゼロ、控えなさい。この方は貴方のごとき下賤の者が触れてよい存在ではないのです! この可愛らしいお顔に洗練されたお体、なんといっても今やお嬢様はハリンマ唯一の跡取り! お嬢様は私のもとにいるべきなのです、お嬢様は私の者なのです! 私のお嬢様を……今すぐこちらに渡しなさい!」


「うわ、貴方そう言う趣味ですの……。」


 思わずと言った具合にリアが本音を漏らした。


「……相も変わらず都合の良い。ハリンマの人間は(みな)こうなのか。」


「ぃや……。」


 ぎゅ、とゼロの服にしわが寄る。小さな手に握られたそこにちらりと目を向け、ゼロは男に向き直る。ゼロは男に声をかける。


「……幼子と言うのはどうにも鋭いな。理論も道理も知らぬ身ゆえか、事実ばかりを掴んで離そうとしない。」


 ゼロが向き直ったまま服を手繰り寄せる。黒い服の裾が、少女の手からこぼれ落ちる。


「あるいはあやつも知っていたのかもしれんな。寒々とした諦観と、わずかに残る誇り……否、あるいはもっと根源的な何かだ。」


 男は腕を組み、これ以上ない腹の立つ顔でゼロを嘲笑っていたが、ゼロの不気味な独り言に気分を害したように顔をしかめる。まるで、ゼロの余裕綽々な態度が気にくわないかのように。


「何を言っているのかはわかりませんが……諦めなさい、貴方たちは包囲されていますよ。今お嬢様をこちらに渡すなら、あなた方のことは協力者として見逃して……まて、おい! あの女はどこに行った!」


「はっ? ……本当だ、いないぞ! おい、お前たち見ていなかったのか!?」


 追手の陣営に走るどよめき。立ち込める不穏な空気。幾人かの兵士が踵を返して走り去ってゆく。


 しかし、それでもまだ、ゼロの周囲の兵士たちは圧倒的な数を誇っていた。


「……まさか、貴様が逃がしたのか、傭兵ゼロ!?」


 怒りと恐れをはらんだ秘書官の言葉を、ゼロは鼻で笑った。


「……まさか。私は魔剣士を名乗るが魔術師ではない。それに私は傭兵だ。」


 そう言いつつ、ゼロがわずかに左足を引く。彼の一挙一投足を見逃すまいと、周囲の兵士に緊張が走る。


「……そうだ、私は傭兵だ。ゆえに依頼には答えねばならん。」


 しかし。


「……ハリンマの秘書官よ。」


 その程度の身構えは、この男には通用しない。




「ここは退かせてもらうぞ。」




 響く爆音。舞い踊る砂煙。そして幾筋ものか細い悲鳴。


「ひっ、ど、どこ行ったあいつ!?」


「……っ! 壁だ! あの壁についているぞ!」


「嘘だろ、あいつ、壁を走っている……!?」


 突然の出来事に、秘書官に付き従っていた兵士たちは混乱の極致に叩き落された。彼らが体で作った円の中心、丸く空いたスペースからは、包囲されていたはずのゼロが忽然と消えている。


 小さな女の子と共に。


「ど、どうしますか。」


 動揺を押し隠せない様子で一人の兵士が黙って立ち尽くす秘書官に尋ねた。しかし返事は返ってこない。


「あの……?」


 再度声をかける兵士の頬を、秘書官が文官とは思えない力で殴り飛ばした。勢いよく吹っ飛んだ彼は地面に倒れこみ、驚きもあらわに秘書官を見上げる……そこにあったのは、鬼の形相だった。小さな悲鳴が上がる。


「う゛う゛う゛あ゛ああ゛あ゛あああ゛ああ゛あ!!! 傭兵ゼロォォッッッ!!! あやつめ、外道のほか能のない男がッ! 使ってやった恩も忘れてぬくぬけとッ!!!」


「ひぃぃぃぃぃぃっ!!!」


「貴様ら、今すぐにお嬢様を取り戻してこい! 何をしてもかまわん、全兵団を動員しろ、魔術も使

 え! 兵器も出して構わん!何が何でもあの男を追い詰めろ!」


「街の損害は気にするな、と!?」


 驚いて聞き返す兵士に指を突き詰め目を吊り上げて怒鳴りつける。


「この無能め、私はそう言っているのだ! 早く行け、お嬢様を無事私のもとに連れてこい!」


「は、はいっ!! 行くぞお前たち!」


 怒りに目を血走らせた秘書官から、逃げるように兵士たちが散開してゆく。その場には、イライラと爪を嚙み、ギラギラと前を見つめる凶悪な形相の秘書官だけが残された。

 ~~~~~~~~~~








 ~~~~~~~~~~

 美しい街並みに爆音が響き、幾筋もの炎が恐ろしい速度で飛び回る。それらすべてはある一点に向けて射出されているが、しかし未だに標的をとらえることが出来ずに、平和に向かっていたハリンマの街に災禍と悲鳴をまき散らすばかり。それに気が付いているのか、一部の兵士はすでに戦場に背を向けている。


 街を駆け抜ける兵士、炎の標的となっているのは、大陸最強と名高い傭兵ゼロと、その腕にしっかりと抱かれた少女、ルー。片腕で少女を抱き、もう片腕で抜刀、納刀を繰り返し飛来する魔術を切り払い、足元の(・・・)兵士を切り捨て、そうしながらも足を止めることなく垂直な建物の壁を疾駆する……ゼロが魅せるその動きは、とても人間のものとは思えなかった。


 領主館側の手勢からすれば、ルーを殺すわけにいかないため魔術を直撃させるわけにはいかないために、走るゼロの足場を狙わざるを得ない状況にあるのは確かだ。しかし、状況を見る限りでは、とてもそれだけがゼロをとらえられない理由だとは思えない。


「撃て! お嬢様には当てるなよ!」


 ひときわ大きな掛け声とともに、兵士に抱えられた光沢のある筒が三本、不気味に光り、先から炎を吐き出した。三筋の炎が竜のごとく飛来し、ゼロの走る壁を抉り、石造りの壁を破壊し破片をまき散らす。しかしそのころには、高く跳躍したゼロはまるで蜘蛛の巣のように張り巡らされた炎の筋の間を体をねじってすり抜けている。結果的にその攻撃は的外れの攻撃に見えたのだろう、発射した兵士たちは互いに互いを罵り合っている。


 魔術が飛び交い、瓦礫と砂ぼこりと悲鳴と怒号に包まれる中で、しかし、ゼロは当然のように冷静さを保っていた。胸にしっかりと抱きかかえた少女に、落ち着いた声をかける。


「……存外、肝が据わっているのだな。」


 ルーもまた、恐ろしい速度で動き回っているがために、強い負荷を小さな体に受けているはずであるにもかかわらず、全く泣かず、騒がずにゼロの肩越しに後ろを見つめている。ゼロの言葉にもはっきりと反応をしめし、首に回した腕をわずかに絞めて、首筋に頭をうずめる。綺麗な銀色の髪が、巻き起こる風にはためいた。


「……ぜろ、こわい、ない。ぜろ、ルー、しね、ない。」


「……純情も突き詰めると才能か。」


 ゼロの強い踏み込みが通りの石畳を破裂させる。人のものとは思えない加速に、すぐそこまで迫っていた兵士と魔術がまとめて置き去りにされた。すさまじい速度で疾駆するゼロ。それは一陣の風のようにも見えて、最早目で追うことすら困難だ。


 空中すらも足場にし、方向転換を繰り返すゼロを追い詰めることなどもはや不可能である……とハリンマの兵士は誰もが思った。放つ攻撃も追手の兵士も誰一人追いつけないという驚異的な逃亡劇に、一人、また一人と戦意を喪失してゆく。


 しかし、この状況において、ゼロもまた状況の打破に苦心していることも確かである。


 それからいくらもたたないうちに兵士たちをすべて振り切ったゼロは、物陰に隠れ、ルーを抱えたまま街の門を見つめていた。当然ながらそこには見張りの兵士が二人、武器を持って立っている。


「……突破するだけなら簡単ではあるが……面倒は避けるに越したことはない。どうしたものか。」


 どうしたものか、と言いながらもその瞳は常に冷徹に門の様子を探るように動いているが。


 彼に抱きかかえられながら、その様子をじっと見つめているルー。ゼロの真似をするように門に目を向け、次いでゼロの後ろに目を向け、何かに気が付いたのかゼロの背中をくいくいと引っ張りはじめる。


「……どうした。」


「……あっち。」


 そう言いながら、ルーはゼロの後ろを指さす。


「ルー、あっち、いい。こわいひと、いや。」


「……その望みには答えられん。街を出ねばならんのだ、態々街の中心に向かうなど……。」


 そこまで言ってゼロの言葉が止まる。切れ長の目がすうっと細められ、ある一点に視線が集中する。


「いや、待て。」


 そうつぶやいていくばくの後、ゼロがルーに向けた顔には関心と興味がありありと浮かんでいた。


「……悪くない案だ。」


 そう言って、少女を抱えたまま彼は元来た道を引き返し始めた。ゼロが向かう先、視線の先にあるのは、領主館の焼け跡である。

 ~~~~~~~~~~








 ~~~~~~~~~~

 古今東西、指揮官に求められる能力は戦う能力ではない……それは、規格外の存在が多数歴史に名を刻んだこの世界でも、基本的には例外ではない。よほど力がある者でもなければ、彼らに求められるのは基本的に死なない能力である。


 とは言われても、死なない、ということが簡単にできるのなら、今頃世界から争いはなくなっている。結局彼らにできることは、少しでも生き残る確率を上げるためのものを、弱い己の力が及ぶ範囲で作ることのみである。


 そして、そのような簡単な仕掛けを、強者の枠組みに入れられるゼロが使えないはずはないのである。


「なるほど、つまり今、貴方は秘書官の手先から逃げていると。」


「……いるであろう兵士は殺せばよい、と思ってはいたが……まさか貴様らだったとは。」


「相変わらずおっかねえ思考してやがる。流石は悪名高い傭兵ゼロだな。」


「ですが合理的です。下手に生かして余計な情報が渡るくらいなら殺したほうが安全ですし、殺すとなれば数の多い追手より、より数が少ないであろうこちらのほうが安全ですから。」


 かつて領主館があった場所。今や燃え落ち、小さな天幕が一つと複数の瓦礫の山、そして数本の樹木があるだけの場所。追手の目を欺き、そこにたどり着いたゼロを迎え入れたのは、数日前にゼロが情報を買ったハリンマの兵士三人組であった。

 基本的に殺しを厭わないゼロ。今回も例にもれず、気づかれる前にさっさと兵士を殺そうと臨戦態勢で領主館の敷地に飛び込んだ。しかし、ゼロの姿を見るや否や彼ら三人はすぐさま降伏。ゼロの目的に協力する、ハリンマの兵士をやめるという二つの条件のもと、彼らは命を拾い、歩き回るゼロと行動を共にしているのである。


 なお、ゼロの隣をよたよたと歩くルーは、男の兵士二人……マールとジェイが、女の兵士エリン相手にドン引きしているのをぽかんと見つめている。口の悪いジェイが、こいつも素質がありそうだ、とぼそりとつぶやいた。実際のところ、ルーは会話の内容を理解していないだけなのだが。


「それならよ。どうしてこんなところに来たんだ。ここ、街の中心だぞ。出口からはどう考えても一番遠いじゃねえか。逃げるやつが来る場所じゃねえ。」


 強引に話を切り替えたジェイの疑問はもっともだ。領主館は防衛の観点からも町の中心に位置している。逃げる場所からは程遠い。


「……貴様らも知らぬか。無理もない。だがこういったものは大抵場所は決まっているものだ。」


 それに対して明確な答えを返さないまま、ゼロは黙々ととある一点を目指して歩く。


何もない(・・・・)というのは存外多くの情報を孕んでいるものだ。それが隠さねばならぬものならなおさら、不自然さを押し隠すことが出来なくなる。」


 ゼロが立ち止まったのは小さな瓦礫の山、その中でも一段と小ぶりなものの前。彼の右手がそっと左の柄に添えられ、左で手をつないでいたルーを隣のマールにおしつけた。


「貴様らは離れていろ。この娘の面倒を見ておけ。」


「何をするつもりです? ただの瓦礫の山ではないですか。」


「ただの瓦礫の山だからこそだ。天幕ともほど近い。」


「今は彼に従いましょう。ゼロがああいう以上、ここにはきっと何かがある。


「そうだな、こいつは今までにも、俺達なんかよりよっぽど多くの修羅場を乗り越えてきたはずだ。」


 そう言いながらも十分な距離をとった兵士三人組。不安そうに見つめるルーと彼らの視線の前で、ゼロは、何も気負うことなく無造作に右手を振りぬいた。


 爆音とともに瓦礫が吹き飛ぶ。無造作に立つゼロ。その剣は、すでに鞘に戻っていた。


「ちょ、バカかお前は!? 絶対聞こえたぞ!」


「これは、地下通路? 脱出用でしょうか、やけに丈夫なつくりですね。」


「……ゼロさん。もしかして、私たちが協力するべきことって。」


 三者三様の反応に目も向けることなく、ゼロがルーを抱え上げた。


「……ついてこい。この通路はハリンマの外……あるいは、街の出口の近くにつながっているだろう。」


「おい、何だ今の音……っ! ゼロだ! ゼロがいたぞ! お嬢様も無事……ぐえっ!?」


 駆けつけてきた兵士を投石で沈めたゼロは、振り返ることなく地下通路に飛び込んだ。後から三人の兵士たちが続く。


 ややあって駆け付けた敵の兵士たちも、しばらく辺りを見回したのちに隠し通路の存在に気が付き、次々とそこに飛び込んでゆく。


 ……しかし彼らが見たのは、恐ろしいほどの負荷が掛けられたであろう壁のゆがみと、幾筋もの斬撃痕。そして、道をふさぐように崩れ落ちた瓦礫の山であった。地下通路を使った追跡は、最早不可能に近い。

 ~~~~~~~~~~








 ~~~~~~~~~~

「すげぇ……本当に兵士がいねぇぞ。」


「まあ、相手も私たちが裏切るとは思っていなかったのでしょう。」


「君たち、二人ともずいぶんケロッとしてるんだね……僕たち、これでお尋ね者の仲間入りだよ?」


 脱出用であろう地下通路がつながっていたのは、ハリンマ外の森の浅い部分だった。遠くに小さくハリンマの城壁が見える。


「呑気にしている暇はない。この優位を最大限に利用する。」


「利用って。何かするの?」


「いや僕の話を……。」


「ルー、たのしい?」


「ルーちゃん、楽しくはないと思いますよ。」


 聞くだけなら呑気な会話であるが、この時点で彼らはすでに、森の境に沿うように南へと歩きだしていた。ゼロがルーを抱えたままとはいえ、森の中という悪路でもゼロの早足にもついていける三人組の実力は、さすがハリンマの兵士と言ったところである。


「このまま東に進めばヒャザルがある。そこから魔導車を使えばガザレイドだ。国を超えてしまえば、所詮小国の辺境都市の領主代理ではどうにもできん。」


「そう聞くと大分複雑な立場ですね、あの男も。」


 ゼロの説明に諦めたように答えるマールであった。


「……人事ではないだろう。貴様らは今や私の脱走を手伝った大罪人だ。おそらくあの男は血眼になって貴様らを捕らえに来る。」


「げ、マジかよ。聞いてねえぞ。」


「だからさっきからそう言って……。」


「まあそれが目的だろうとは思ってました。」


「エリン、てめぇ気が付いてたのか!?」


「うまくいけば私たちにあの小物のヘイトを引き付けられますし、そうでなくともゼロに不利益はありませんから。協力と言う協力もしていないですし、これはこれで楽なのでは?」


「楽なわけねぇだろ!? これから俺たちどうすりゃいいんだよ! 国外でお店屋さんごっこでもするのか?」


「普通に傭兵でいいんじゃないかな……。」


「店も面白そうですけどね。一度でいいから食事処で働いてみたかったのです。」


「冗談に決まってるだろ、おめえみたいなやばいのが看板娘になれるわけねぇわ常識考えろや!」


「五月蠅いですねジェイ、引き抜きますよ?」


「ヒエッ……。」


「だからテメェは関係ねえだろ!」

 ~~~~~~~~~~








 ~~~~~~~~~~

「……全く、騒がしいことだ。」


「ぜろ、さわがしい、すき?」


 やいのやいのと言い争う三人に目を向け、ため息をつくゼロ。目を細め、口を引き結んだその横顔に、ルーが無邪気な質問を投げかける。その言葉は黒の傭兵の耳ばかりに届き、そして彼の動きをわずかにこわばらせる。それに気が付いたものはいない。


 やがて、ルーの言葉に対してゼロは、ただ一言。


「……戯言はほどほどにしておけ。」


 不満げに、そう呟いたのだった。







ただでさえ投稿間隔が大変なことになっている当小説ですが、これ以降さらに投稿間隔があくことが予測されます。お待たせして申し訳ありませんが、のんびりとお待ちください。

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