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瞬撃の魔剣士  作者: Legero
鈍色の執着篇
14/46

3.

2021/7/22:細かいブラッシュアップ

2023/05/29 同上

2024/5/12 数字を漢数字に変更、三点リーダの書き方を変更

 往時は美しかったであろうハリンマの街並みが、夜明けの光に照らされる。不安定な情勢に疲弊したハリンマに残されたのは、薄汚れた壁、剥がれそうな屋根、そして無人の通り。その退廃的な雰囲気は、領主館を囲う高い石壁越しにも、目で見て、耳で聞いてはっきりと感じとることが出来る。


 ゼロと女性の邂逅から三日が過ぎたその日。名も知れぬ誰かが出した依頼を果たすため、黒いフード付きローブに銀の仮面をはめ、顔も体格も隠した怪しい風貌の傭兵は領主館に侵入を果たしていた。都市で最も大きい建物とは思えないほど閑散とした廊下に、かすかな足音だけが響き渡る。等間隔に作られた窓から差し込む光はその空間の清浄さを示し、そして同時に誰もいない屋敷を虚しさでもって彩っていた。


 警戒している様子を感じさせないゼロの仮面越しの視線は、その窓を通して館の庭に、そしてその先にある館への入り口に向けられていた。町の方向に目を向け、警備についている守備隊の兵士の後ろ姿からは覇気を一切感じない。油断しきっているのかあくびまでしている。


「……ふん。」


 軽く鼻を鳴らしたゼロ。半目で庭を見下ろすその視線には感情が浮かんでいない。


 しばらくして、彼が窓から目を離した直後。黒の傭兵に、背後から驚いたような、焦ったような声が掛けられる。


「何者! ここでな」


 その者の言葉は、それ以上続かなかった。


 目にもとまらぬ一閃に遅れるように、ドサリという大きな音が鳴る。美しい深紅のカーペットに倒れ伏す、メイド服を着た女性に目を向けるゼロの瞳に同情の類は一切ない。ただただ無表情に、それが隠し持っていた短剣を探り当て、うつぶせに倒れた彼女を裏返し、その短剣で……。


 女性は、二度と動かなくなった。


「……面倒な仕事だ。」


 その、かつて人だったものを冒涜するような独り言を咎める者はどこにもいない。ゼロはその場で踵を返し、女性の身体が向いていた方向に向かって歩き出した。

 ~~~~~~~~~~








 ~~~~~~~~~~

 ゼロが侵入したのは領主館の最上階である。前日の夜に屋根にのぼって待機をし、日が昇ってから窓を通って入り込むという、慎重すぎるほどに用意周到でありながらどこまでも依頼に忠実な行動は、ほとんど知られていないがゼロ特有のものであり、それと同時に、前日の夜には絶対に見つからないというゼロの自負の表れでもあり、さらにゼロの人並外れた身体能力を示すものでもある。


 が、彼はただそれだけの理由で最上階に侵入したわけではない。権力者の類は大抵高いところに己の居室を作る為である。それは単純にその地位を示すため、不届きものの侵入を防ぐため等理由は多々あり、特に後者に関しては実際に効果を発揮している。しかし、そのセオリーゆえにかえって、傭兵ゼロを始めとした建物の最上階に直接侵入できる者に対する防衛力が下がっているのが現状である。部屋の場所が知られている、という要素はこと防衛においてはかなり大きい。


 下の階から喧騒が響き始めたころ、傭兵ゼロはようやく、館の最上階の最奥に位置する他より豪華な部屋にたどり着いた。佇むゼロのその周囲には、音もなく意識を刈り取られた守備隊の兵士たちが乱雑に転がされている。美麗な装飾が施された木製の扉の向こう側に、複数の人間の気配が感じられる。周囲にちらりと目を向けるゼロ。しかしそこにはやはり誰もおらず、僅かな数の花瓶や壺といった調度品が見えるばかり。


 ゼロが対面する扉が内側から勢いよく開いたのは、まさにその時であった。大きな破裂音とともに開かれたそれの向こう側に立っていたのは、やや痩せ形の神経質そうな男。わずかに目を向けるのみで微動だにしないゼロを見て、激しい動揺を見せている。


「なっ……何者だ! ここをどこだと、私を誰だと思っている!?」


「……答える義理はない。」


 無表情のゼロの言葉に呆けること数秒、男は額に青筋を浮かべて叫んだ。


「は……はっ! ふざけた真似を! おい、こいつを殺せ!」


 がらんどうの廊下に響く男の声。しかし、それにこたえるものは一人としていない……男のいる場所からは、廊下に倒れ伏した兵士たちの姿は見えないのだ。空しくこだまする声に反応がないことに気が付いたのか、男は再びの動揺を見せ始める。


「なぜだ!? 何故誰も返事をしない!」


「……貴様がここの領主だな。」


 ゼロの言葉に答えるように男―領主ががなり立てる。


「そうだ! 卑しい平民の分際で、生意気なことを言いおって! 今すぐそこにひれ伏すがいい!」


 自信満々に宣言……口を滑らせる領主。その言葉を聞いたゼロの瞳が細舞ったことにも気づかずに、血走った眼を見開いてゼロに命令を下し続ける。


「何だその態度は! 私の権限でお前を死刑にしてもいいのだぞ!」


「……危機感のないことだ。この喧騒が聞こえないか?」


 ゼロの言葉の通り、先ほどからあたりに響く喧騒はますます近づいてきている。罵声と悲鳴の狭間に少しずつ混じり始める剣戟の音。それは明らかな戦闘音だった。


 領主が叫ぶ。


「馬鹿にするな! このやかましい音の正体など決まっている! 平民だ! 奴らが決起したのだ! クソ、あやつめ……襲撃は明日だとあれほど自信満々で言っていたではないか!」


 しばらくの間、その誰かに向かって悪態をついていた男は、突然何かを思いついたかのようににやりと笑い、高圧的にゼロに告げる。


「……そうだ。おい、お前、私と家族の避難の手引きをしろ! そうすれば先の無礼は許してやる!」


 命令に続いて領主が家族を呼ぶ。その声に応じて、部屋から二人の女性―年下と思しき女性は金髪、もう一人は銀髪だ―が幾分か質素な服装を着て出てきた。二人の顔には動揺と恐怖が浮かんでいるが、ゼロに向ける視線には侮蔑が混じる。


「平民……まあいいでしょう。せいぜい役に立ちなさいな。」


「お父様、お母様。早く行きましょう。平民と同じ空気など吸いたくありません。」


「そうだな。おい、お前、早くしろ!」


 口々に騒ぐ三人。ゼロの背が高いために見上げる形になっているが、その態度は明らかに彼を見下している。悪意にさらされたゼロに腹を立てた様子はないが……それがかえって不気味だったのだろう、彼らの勢いは少しずつ削がれてゆき、やがていぶかしむようにゼロを見つめ始めた。


 ゼロがぼそりとつぶやく。


「……本当に。」


「何だ! 言いたいことがあるならはっきり言え!」


「……本当に、都合の良い男だな、貴様は。」


「な、なにを馬鹿にして、貴様今の状況を」


 一閃。空間に光が閃き、風圧に廊下の調度品が粉砕された。


 何が起こったかも分かっていないような顔のまま、ハリンマの領主一家はその生涯に幕を下ろした。


 物言わぬ人影のそばに立つゼロの元へ、ごうごうと音が近づいてくる。焦げ臭い匂い、廊下に充満する煙。窓から見える風景は深紅に染まっている。火事だ。


「……火を放ったか……。」


 炎に巻かれる可能性すらあるというのにゼロは変わらず落ち着いたままだ。落ち着いたまま、しかし速やかに踵を返す。


 仮面を投げ捨て踏みつけて、フード付きのローブを脱ぎ捨て歩き出すゼロ。その視線の先には開け放たれた窓がある。


 しかし……その歩みはまもなく止められることとなる。


「……こわい、ない、ひと?」


 ゼロの足に絡みつかんとする小さな影。小さな高い声が響く。


 その視線に敵意が含まれていないことに気が付いていたのか、ゼロは大きく足をずらして回避するにとどめ、いつの間にか背後に現れた小さな影を睨みつけた。


 そこにいたのは床に座り込んだ小さな銀髪の少女。痩せぎすの身体、荒れ切った髪、ボロボロの服が痛々しい。


 しばし二者は見つめあう。小さな少女の瞳は虚ろで、何を考えているのか分からない。熱風が、ゼロの長髪を揺らした。


「……何の用だ。」


 ゼロの言葉に、たどたどしい少女の言葉が続く。


「……くろいひと、こわい、ない、ひと?」


「……。」


「……くろいひと、こわいひと、しね、させた。 くろいひと、ルー、しね、させる?」


「……。」


「ルー、しね、なの?」


 その少女の声は小さく、平坦で、しかしどこか寂しそうだった。心根の優しい人であれば、迷わず少女を抱きしめて否定していただろう。


 しかし、ここにいるのは傭兵ゼロである。特段感情を込めることもなく、淡々と告げる。


「……私は傭兵だ。私は貴様を殺す依頼を受けてはいない。よって私は貴様を殺さない。貴様は死なない……貴様の行動次第だがな。」


 当然少女に理解した様子はない。端的なゼロの言葉に首をかしげている。


 しかし、ややあって少女はおどおどとゼロに問いかけた。


「……ルー、しね、ない?」


「……そう言っている。」


 その言葉を聞いても少女に反応はなかったが、それ以上彼女が言葉を発することもなかった。そのままの姿勢で、ゼロの顔を大きな青い瞳で見つめている。


 それに何を感じ取ったか、ゼロは目を細め、小さく鼻を鳴らし、踵を返すと煙と炎の―下の階から登ってきた炎の隙間を縫うようにその場を去って行った。


 その後姿を、少女はじっと見つめていた。炎に巻かれた木材が彼女の目の前に落ちてくるまで、ずっと。

 ~~~~~~~~~~








 ~~~~~~~~~~

 燃え盛る屋敷に目を向けるハリンマの人々。最早全体が完全に炎に包まれた屋敷を見る彼らの瞳には、炎の赤と未来への不安の色が映っている。吹き付ける熱風が、これからこの町を襲う試練を暗示しているかのようだった。


 彼らの背後に、腕を組み壁に背を預け立つ黒の傭兵は、その特徴的な風貌と相反するように全く人目を集めていない。誰もが皆燃える屋敷に目を向けているのだ、当然と言えば当然であった。


 つまり、この状況で人目を引くものとなると、それ相応に衝撃がを与えるようなものなのである。その茶髪の男は、間違いなくその部類に分類される者だった。屈強な男複数人に抑え込まれながらも屋敷に向かおうとする男の鬼気迫った様子は、人目を引くには十分だった。


「放せっ、放してくれっ! まだ中に、中に領主様が!」


「おいやめろ! もう助かりっこねえ!」


「五月蠅い! それでも私は! あの方の秘書として!」


「だからって命を捨てる必要はねえだろ!」


 どうやらその男は領主の秘書官のようである……そのことが人々に伝わると同時に、野次馬の視線は白くなる。彼らにとって領主の秘書官とは彼と一緒になって自分たちを虐げる者。恨みはあれど恩の一つもあるはずがない。それでも彼を抑え込んでいる男たちはその屈強な見た目に反してそうとうなお人よしのようである。


「いいや、その必要があるのだ! 領主様には罪を償っていただかないと!」


 そんな民衆は、しかし、秘書官の続く言葉に絶句することになる。その喉が裂けたような声は、炎の轟音にもかかわらず、人々の間に等しく響き渡ったのだ。


「私は罪深い人間だ! 私は秘書でありながら、領主様の暴挙を止めることが出来なかった! 許されてはいけない罪だ、この程度で贖罪になるとも思わない! それでも! あの方を見つけてお助けすることは私の、最初で最後の!」


 その気迫に負けたのか、男たちの抑え込む力がわずかに緩む。その隙を見逃さなかった秘書官は、するりと彼らの拘束を抜け出し、がれきを乗り越えて炎の中に飛び込んでいってしまった。


 彼の行動への反応は千差万別だ。変わらず白い眼を向ける者、慌てて彼を追いかける者、おろおろと心配そうに囁き合う者、涙ぐむ者までいる。彼らの間で膨れ上がった秘書官への好感情が空気を揺らすかのよう。


 ……そのころには、黒の傭兵の姿はもうどこにもなかった。








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