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超絶お久しぶりでございます。Legeroです。
普通に忙しかったり新生活が始まったり(モンハンやってたり)で、投稿がめちゃくちゃに遅れました。申し訳ない。
と言うわけで続きをどうぞ。
4/26の17:00から1時間おきに投稿、全4話。胸糞注意です。
7/22:細かいブラッシュアップ
2024/5/12 数字を漢数字に変更、三点リーダの書き方を変更
大陸南西部に位置する歴史ある大都市、ハリンマ。都市の名を冠する一族によって代々治められてきた歴史を持つ辺境都市である。高く堅牢な城壁に囲まれた、芸術品のように作りこまれたいくつもの建造物は見目麗しい。その中でもひときわ巨大で煌びやかな領主の館は、この都市ハリンマの象徴の一つとまでうたわれており、ハリンマを領土として持つリース・ヴィアラ王国の王族がそれを目当てにハリンマを来訪したことすらあるのだ。人類の支配圏の端、という不利な要素しかない立地にも関わらず街には人があふれており、彼らによって市場は盛り上がりを見せる。ハリンマは美しいだけでなく、大陸でも有数の繁栄を誇る街でもあるのだ。その繁栄の影には、都市を治める者達のたゆまぬ努力があったことは言うまでもない。
辺境というのは得てして過酷な土地である。他国との衝突、原生生物の襲来は当たり前、王都から遠いがために支援も受けにくく社交の頻度も低くせざるを得ない。必然、辺境に住まう人々には、己の力で立つだけの強靭さが求められる。国がハリンマの指導者をハリンマの一族の直系のみと限定した理由は、そう言った事情―もちろんそれだけではないが―にあった。事情も現場も知らない、そもそも教育の方針からして異なる者たちに過酷な環境を任せるわけにはいかないのである。
その点でいうのなら、ハリンマはリース・ヴィアラ王国王都からは果てなく遠く、しかし三方を王国の領土に囲まれており、そしてもう一方は深く茂った樹海に面している。少なくとも上記の問題点のうち、他国との衝突という点に関してはハリンマは当てはまらない。その代わりに、ハリンマの資金のうちのかなりの割合が、樹海の原生生物の間引き、という、外からでは何とも分かりにくい事業に使われていた。
もちろん、分かりにくいなどという理由で手を抜くことなど許されない。原生生物が増えすぎると一帯の人々全員の命に係わる大事になりかねないためである。この世界の人間が魔術という力を持っているのと同じように、この世界の生物は強靭で強大、強力なものが多く、簡単な魔術が行使できる程度の一般人ではとても対抗できない。それに加えて、間引いた生物から得られる資源はハリンマの領主の貴重な資金源になっているのだから。
そういった事情で絶えることのない実地研修は、ハリンマの兵士、守備隊と呼ばれる彼らを強く育て上げることになる。前衛の剣士二人、後衛の魔術師一人のスリーマンセルという独自の単位で戦場を駆け巡るハリンマの兵士たちは、リース・ヴィアラ王国内のみならず、大陸全体で見ても有数の精兵として評判だ。
ハリンマ黎明期の領主はその評判をうまく利用し、他の辺境とは比べ物にならない安全な辺境、大陸中央部では手に入らない珍しい品が低いリスクで手に入る、と商人たちを呼び込んだ。そうしてハリンマを訪れた彼らは守備隊とは違い、経済の側面で都市に大きく貢献したのだ。こういった流れの元、ハリンマは有数の大都市に成長していった、というわけである。
政治の領主一家と防衛の守備隊。この双璧がハリンマという街を構成する大きな要素なのである。
……それに陰りが見え始めたのは、僅か四年前のことであった。
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雲一つない晴れ渡った空の下。屋敷の廊下を歩き回る従者たちからもはっきりと見える場所で、その所業は繰り広げられていた。
鈍い水音、かすかなうめき声、そして怒りに震える少女の声が響く、ハリンマの領主館の庭。まだ十にもなっていないであろう銀髪の幼い少女が、美しく成長した金髪の少女に幼い身体を何度も何度も踏みつけられ、蹴飛ばされていた。動く力も残されていないのか、抵抗することすらなく成すがままになっており、小さな口からはわずかに赤い液体が覗いている。
その凶行をなす少女の方は、微笑みを浮かべれば美しいであろう顔を怒りで歪め、彼女とその一家が本来護るべきものである平民への怨嗟の声を垂れ流していた。
「何が、何が税率を下げろ、軍費を減らして還元しろだなんて、何も知らないくせに偉そうに! 誰のせいで私たちがこんな生活をしているのか! 誰のおかげで安全に暮らせているのか! 全く分かっていないだなんて愚かしいにもほどがある! ねえそう思わない!?」
すぐそばに立つ茶髪の男に同意を求める少女の装いは小奇麗で最低限整ってはいるが、よく見ると指先、毛先は妙に荒れており、服の裾もいくらかほつれている。一般的な貴族に見られては笑われそうなその装いと、妙に痩せた体躯は彼らの生活があまり豊かでないことを疑いようもなく示していた。
しかし。たとえ生活が困窮していようと人として超えてはいけない一線が消滅するわけではない。少なくとも、少女が、顔立ちの似たもう一人の少女を虐げてよい理由もないのだが……しかし、この屋敷でそれは歪にも黙認されていた。理由は単純明快、しかし銀髪の少女にはどうしようもない理不尽な理由だ。
銀髪の少女には、生まれつき魔力がなかったのだ。
この大陸の人間はほとんど全員が魔力を持って生まれる。それはもはや当たり前にあるもので、日常にまで深く食い込んだ人間の持つ力であり、魔力がないというだけで生活においてあらゆる不便を強いられる。魔力を活かした職が数多く存在しており、逆に魔力が無くても就ける仕事などめったにない。そんなものであるから、いつしか人々の間には、『魔力がない人は落ちこぼれ』という認識が広まってゆき、魔力がない人間は迫害……奇跡が起こって、よしんば迫害を免れようとも、いじめくらいは当たり前に行われる―されるようになってしまったのである。
その傾向は身分が高くなるにつれ強くなる。特に貴族、王族は魔力を持っていることが当たり前であり、魔力が強くなるような婚姻、教育、その他のあらゆる努力を惜しまない。人々をまとめる立場にある彼らは尊くあることを強いられ、強くあることを求められるからだ。魔力がない落ちこぼれなど、端的に言えば貴族家には要らないのである。
そういった常識が、銀髪の少女に牙をむいていた。父親も母親も少女には目もくれず、最低限の食事だけ与えて放りっぱなし。教育係は当然のようにおらず、金髪の少女による暴力も見て見ぬふり。それでも少女が生きている―死なないようにされている理由は推して図るべきだろう。たとえ魔力がなかろうとも、女であればその方面の使い道がある。金になるのだ。
すぐそばに立っていた男が少女に頭を下げ、感情を感じられない声で呟くように言った。
「おっしゃる通りでございます、お嬢様。」
「貴方も、お父様の秘書官にまでなったんだからあいつら黙らせなさいよ! 貴方ならできるでしょう!?」
「……もちろん、そのつもりでございますよ。」
秘書官、と呼ばれた男の顔にいら立ちが刹那。すぐに追従するような笑顔にかき消されたからか、ヒステリックに叫ぶ少女は気づかなかった様子だった。
それからしばらくして溜飲が下がったのか、金髪の少女がおもむろに足をどかした。今までずっと踏みつけられていた銀髪の少女は虚ろな目を空に向け、立ち上がろうとする様子もなく倒れている。浅く上下する胸元だけが、ちいさな少女の命を主張していた。
「はあ、靴も服も汚れてしまったわね……部屋に帰ったら着替えるわ。後で洗っておいて頂戴。あと、貴方。これ、片付けておいて。死なないようにしておきなさい。」
無造作につま先で横腹に蹴りを入れる少女の眼差しに家族愛などみじんもない。そこにあったのは底知れぬ嫌悪と悪意。あれ以降もそばに立っていた茶髪の男に命令を出し、少女本人は屋敷に戻って行ってしまった。
後に残されたのは男と少女の二人だけ。倒れる少女のそばに膝をつける男の瞳に映っていたのは、他の誰もが持つそれと同じ侮蔑。
……ではなく、気色悪く歪んだ泥のような愛情だった。
「ああ、おかわいそうなお嬢様……ですがもうすぐですよ、もうすぐです。もうすぐあなたは救われる、人に、女の子になれる! ああ、あなたはどんな目で私を見てくれるのでしょうどんな感情を抱いてくれるのでしょう地獄から救い出した救世主、あなたはきっと私のことを! ああ、今から楽しみでなりません、あなたが、私を!」
恍惚とした顔で少女を見下ろし、小さな声でまくしたてる茶髪の男。
「お嬢様……私が、かわいがって差し上げますからね……!」
その瞳は、黒々とした狂気に端から端まで、根深く支配されていた。