4.
残酷描写あり。
2021/3/18 違和感があったので改稿
2021/10/22 内容の差し替えを行いました。詳しくは活動報告にて
2024/4/14 内容が割と変わりました。またかよ。
「ですから、ここは危ないんです! 今回の攻勢は、前回とは比べ物にならない規模なのです!」
「知らんと言っているのが分からんのか、娘! 逃げる必要などない、正面から迎え撃ってくれよう! 我らセイヴァを、舐めるでないぞ!」
「私たちは貴方たちの味方です! 貴方たちを安全な場所に逃がすために来たのです! あなたと戦うつもりはありません!」
所変わって、ちょうど今朝がたにゼロが発った、例の反帝国派の集落にて。時刻はとうに夕暮れ、傾き始めた日の光が小さな集落を橙色に染め上げる。柵の外からは仕事を終えた人々が続々と集落に戻ってきている。そして彼らは一様に、集落の外のある一角に目を向けるのだ―そこには、きらめく鎧を着た集団がいる。集落のイオニア側出入口にたむろする彼らは、適度な雑談を挟みつつも、かわるがわる村の外を警戒している様子である。
そんな集落の中心付近にある、他よりほんの少しだけ大きく、ほんの少しだけ豪華な家では、そんな彼らの隊長であるユーリと、きれいに禿げ上がった老人、この集落の長が激しい言い争いを起こしていた。鬼の形相で憎々し気に少女をねめつける老人と、老人を説得したいユーリの二人を、ユーリの側近らしき男、昨日ユーリの手をつかんだ彼がはらはらと見守っている。
家の周りでは、中から漏れ出てくる声に引き寄せられた人々が小さな人だかりを作っていた。彼らは口々に、帝国の兵士が来た、という事実の確認から始め、勝手な想像と共に彼女の害意をあることないこと集落全体に広めてゆく。女子供を帝国に連行するつもりだ、集落を壊滅させるつもりだ、略奪を始めるつもりだ……正しい推測が混じっているのは果たして彼らの洞察力の賜物なのか。それとも単なる偶然でしかないのか。
「お願いです、時間がないのです! 作戦開始まで時間がありません! 早く逃げないと、手遅れに……!」
「知らん! 帝国の間抜けには分らんだろうがな、我々は貴様らに侵されたあの日から、ずっとこの日が来ることを想定していたのだ! 鎧なんぞに身を包んだ軟弱者どもに、負けるわけがなかろうが!」
それはある種の傲慢であったが、しかし実際全くの的外れではない。セイヴァの民が持つ最大の強み、集落間の連携と機動力はかつての戦争時よりますます強化されており、もし前提条件が以前と同じであったなら、イオニアにとってはまたとない脅威となっただろう。
一度やったことが成功したのだから、次も成功する。そこが、国でない、集落の寄せ集めであるセイヴァの民、そして侵攻をしのぎ切った、つまり戦いに勝った側の、限界であった。
この戦いは、おそらく老人の思う通りにはならない。ゆえにユーリは彼の説得をあきらめるわけにはいかない。決意に燃える瞳で老人をにらみつけ、大きく息を吸ったところで……家の扉が勢いよく開かれる。
「隊長!」
「じいさん!」
「なんだ騒がしい!」
部屋に侵入してきたのは、イオニアの伝令兵と、セイヴァの青年。老人が二人を怒鳴りつけるより先に、彼らは切羽詰まった早口で情報をもたらす。
「イオニアの連中だ!」
「村の北側は完全にふさがれています、隊長!」
「そんなっ!? 早すぎる!」
ユーリの想定、というよりユーリが国を発った時点では、作戦の開始はもう少し先の予定であったはずなのだ。何せ彼女は、イオニアの企みを知ったその次の日には、家を無断で飛び出してセイヴァに向かっていたのだから。国というものはそう簡単に動けない。
部屋の隅に置いていた武器を引っ掴み、大慌てで出ていくユーリ。彼女の背を見送りながら、老人が意気揚々と立ち上がる。
「ふん、ちょうどいいわ! 腐りきった帝国の雑兵どもに、我らの力を見せつけて……」
情報を鼻で笑い飛ばし、自身に満ち溢れた老人に青年が縋りつく。
「ダメだ爺さん! 相手の数が多すぎる!」
「何を腑抜けたことを言っている! イオニアなんぞ烏合の衆、儂が直々に蹴散らしてくれるわ……!」
大きな音とともに扉をあけ放った老人は、そこに生涯で初めて海を見た。
否。きらめくそれは水ではなく。ろくな損傷もなく一つの集落を飲み込んだ暴威、鎧のきらめきが一面に広がっている。
「な、な……。」
地平を埋め尽くさんばかりの兵数に圧倒され、二の句を告げない老人。彼のちょうど隣で、ユーリが悔しそうに歯を食いしばる。
「くっ……時間がありません、今すぐ避難の準備を!」
「避難だなんて、冗談言うなよ! 俺たちに逃げる場所なんてない!」
固まってしまった老人の代わりに、知らせをもたらしたセイヴァの青年が叫ぶ。こうしているうちにも、眼前の兵たちは雄たけびを上げながら村に迫ってくる。
「私につてがあります! リース・ヴィアラの辺境都市ベルシェッドで私の友人が待っています、貴方たちを保護してくれるはずです!」
「べ、べるしぇっど?」
「森を突き抜けて、あなたたちが言うところの南の橋を渡ればすぐです! 早く! ここは私たちが食い止めます!」
その顔はおびえていない、怖気づいてもいない、それでも本能からか、ユーリの足が震える。目算で十倍以上の戦力がある相手に時間稼ぎをするなど、生き残れる未来は一分としてない。ましてやユーリは裏切り者。見つかったら何をされるかなど、誰が考えてもわかることである。
「……娘よ。」
そして、この土壇場になってなお変わらぬ態度は、少なからず老人の心を動かしたようであった。
「今更何ですか、要件は手短に!」
「……。」
「何もないのなら逃げてください! 私の隊がいれば、あなた達が森に逃げ込む時間程度は……!」
「否。逃げるのは我々ではない。」
この期に及んで何を言い出すかと。そういわんばかりの顔でユーリが振り返る。しかしもはや、老人は彼女のほうを見てすらいなかった。
それどころか、ユーリの背後には、いつの間にやら集落の人々が大勢そろっている。
「っお前たちィ! 我らセイヴァの矜持を見せる時が来た! 嘗ての恨みをここで晴らし、鬱屈を払いのけ! 我らが希望を、大切な者を守るために!」
老人はそう言って、人々の右側、ちょうど若い男女が大勢集まる方向に向けて叫ぶ。
「儂とともに、行こうぞ!」
手短な発破に、セイヴァの戦士たちは武器を振り上げ答える。空気が割れんばかりの爆音に彼らの戦意を感じたか、ユーリはわずかにたじろいだ。
続いて老人は、ちょうど反対側の、老いた者、若すぎる者のほうに向きなおる。
「お前たち! 旅立ちの時だ、南の街、リース・ヴィアラのべるしぇっどに行け!」
聞きなじみのない地名だからか、わずかに発音が怪しい。それは誰にとっても同じなのだろう。突然聞かされた目的地に彼らは困惑を隠せない。
そして、ざわめく広場に、彼の次なる一言が響き渡る。
「かの地への道はこの者たち、イオニアの兵士どもが案内してくれるであろう! この者たちとともに行け、なんとしても生き残るのだ!」
「っ! 何を!」
勝手な言い分にユーリが食って掛かるも、そこまでだった。逃がされるセイヴァの民たちが、一斉にユーリのほうを向く。恨み、怒り、不安、期待、懇願……様々な感情が入り混じる視線に二の句が継げない。
「よいか! 何としてもだ! お前たちが生き残れば、儂らの勝ちなのだ! さあ、行けッ!」
都市を感じさせない老人の威圧感に、彼らは身を震わせ一斉に動き出す。子供をなだめながら、体の悪い者に肩を貸しながら、人々はそそくさと集落を去ってゆく。
その背後で、ユーリは老人につかみかかる。
「いったい何を! あなた達に白兵戦は無理です!」
頭二つ分ほど違う少女に食って掛かられ、恐怖などみじんもないだろうに、老人はバツが悪そうに眼をそらす。
「……すまなかった、娘、ユーリよ。お前の言うことは正しかった。」
あれほど自信に満ち溢れていたにも関わらず、彼は少し小さくなって。圧倒的な戦力を前にして却って冷静になったのかもしれない。老人はここにきて、状況を正確に把握できていた。顔にもどこか覇気がない。
「イオニアの兵士に頼りたくなどなかったが、しかし……儂らはべるしぇっどなんぞ知らん。お前たちが知っているのであれば、お前たちが道案内となるべきだ。」
そして、老人はそらした視線を戻し、ユーリの澄んだ瞳を見つめてまっすぐに言う。
「それが、あやつらを守る、最も確実な方法だ。」
「っ……っ!!」
その、老いた男とは思えない信念の言葉に、ユーリは言い返すことができなかった。
「……待ってください。実際、あの数を相手にあなた達だけでは荷が重いでしょう。」
方針は決まったか……そう思われた直後に、会話に入ってきたのは、昨日ユーリを止めた青年兵。
「ぐっ……それは、そうだ。しかし、あやつらが森に逃げるだけの時間を稼げれば……。」
「それでは確実ではありませんよ。あいつらが森にまで追撃をかけたら? 確かに我々は森での戦闘を得意としていませんが、それでも戦いの心得がない者に後れを取るほどではありません。そこで、なのですが……隊長。貴方は、一人でベルシェッドまでたどり着けますね?」
もはやそれは、確認の体をなしていなかった。確信のもと前提として提示されたその言葉が、指し示すことなど一つしかない。
「は……?」
「我々も残ります。隊長は森に行って、彼らを導いてあげてください。貴方がいれば、あなたのご友人も、状況がすぐわかってよいのでは?」
道理である。イオニアの兵は大群だが、あくまで未だ祖国の方面、北側に展開している状態。南に突然イオニアの戦力が湧き出てくることがないのであれば、そちらに割く戦力は最低限でいい。そのうえ、彼らが逃げる先が結局ユーリのつてでしかなく、その事実がなければ単なる他国である。本人がその場にいることの利は大きい。
しかし、ユーリにとってはそういう問題ではない。
「それは……それは、わたしに、あなたたちを、みすてろ、と……?」
実際のところ、ユーリが一人増えたところで戦いの結末は変わらない。しかし、戦場でともに命を散らすのと、戦友の死を確信しながら、一人逃げ出すのとでは……ユーリにかかる心理的負荷が、あまりにも違いすぎる。
「違いますよ。これはただの時間稼ぎです。十分な時間が確保できたら、尻尾を巻いて逃げ出します。誰だって命は惜しいですから。」
そう言って、青年は笑った。それで十分だった……十分な程度に、ユーリの信念もまた強かったのだ。
「~~~っ!」
もう時間がない。ユーリは青年を押しのけるようにして駆け出し、そして走りながら振り返る。
「ベルシェッドにて待っています! 私が知る、最高のお店で! 私の奢りですッ!」
少女の体が輝き、みるみるうちに加速してゆく。ものの数秒で、彼女の美しい金髪は小さく、小さく、見えなくなる。
それを見届けて、青年は敵のほうに振り返った。
「だ、そうだ。よし、気張っていくぞみんな! ユーリ様を破産させてやろうぜ!!」
彼らは後ろを振り向かなかった。鬨の声を上げ、一斉に武器を抜き、とっさに組んだ陣形で集落の道を進む。セイヴァの民はその周囲を、屋根を飛び交い移動する。
先頭を進む老人は、青年は。誰よりも大きな声を上げ、ついに集落に到着したイオニア兵の大群に襲い掛かった。
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その集落が制圧されるまで、さほど時間はかからなかった。
それでも彼らがイオニア兵に与えた被害はそれなりであり、少なくとも、無策での追撃をためらわせる程度の効果はあったようである。被害はそれなり、というと大したことがなさそうに思えるが、それはつまり、ユーリ隊最高戦力たるユーリ・スティテイアがいなかったにもかかわらず、それなりに被害を受けてしまった、ということでもある。
ユーリほどの使い手を自由にしておくのは得策ではない。ゆえに彼女を捜索する斥候が放たれたが、半数は情報をつかめず、残りの半数はそもそも帰ってこないと散々な有様。
その報告を聞いたカートンは、少し不安そうな顔でこうつぶやいたという。
「できればこちらで仕留めておきたかったが……仕方がない。あちらがうまくやることを期待しよう。」