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青の塔  作者: あきお
8/55

7   後宮






 頬になにかが刺さる感触で目が覚めた。


「いた・・・・・」


 寝ぼけ半分で目を開けると、ぼんやりとした視界に暗色の塊が映る。

 小さく動いているそれがなんなのか理解できず、しばらく見ているとようやく焦点が合ってきた。


 まあるく白みの強い頭部と、その中央に黄色から先端にかけて黒色に変化する鋭いくちばし、頭から下は茶色というか暗褐色と白が混ざるきれいな羽があり、足はくちばしと同じ色、ただしこちらも鋭い爪があり、実際シーツに穴が開いている。

 くちばしの横にある目は金色に黒の虹彩と美しく、その真ん丸の目がこちらを見ていた。ときおりこちらの様子を窺うかのように小さく頭が上下している。


「とり・・・・?」


 起き上がると、鳥はベッドの上を跳んでカーペットの上に降りていく。そのまま窓の前まで行き、催促するように閉じた窓の前で跳んでいる。

「なに? 開けるの?」

 よくわからないながらも窓を開けてみる。すると庭に出たその鳥はふわりと羽ばたきも少なく上昇し、吸い込まれるように青空へと飛んで行った。

「・・・・・ええ?」

 寝起きのよく回らない頭でそれを見送り、振り返ってベッドの上を見る。その端には砕けた卵の欠片が散らばっていた。


「えっ、孵ったの? ていうか、あの鳥、成鳥だったよね?」


 卵から孵ったものといえばヒヨコくらいしか知らないが、孵化したばかりの鳥の雛というのはもうちょっとフワフワしていて小さくてかわいいものなのでは、と茅乃は思う。

 けれどもさっきの鳥はフワフワの名残もなく、大きさもそこそこあり、全体的に締まった形である。おまけに、軽々と飛んで行った。

 茅乃にとって不思議だらけのこの世界で、卵から鳥が孵ったという至極当然の出来事に疑問を抱くべきか、けれどもその孵った鳥が成鳥であったことに疑問を抱くべきなのか、しばらく考えてみた。が、飛んで行った青空を見ているとなんだかどうでもいいような気がしてきた。


 まあいいか。


 ベッドの上に散らばった卵の欠片を集めて、庭に出て花壇の隅に埋める。肥料になるだろうか。

 さて、と茅乃は顔を洗うために部屋の外に出ることにする。

 今日は後宮内の散策をもうちょっと丁寧にやっていく予定だ。


 朝食を済ませた後、昼食は不要だと告げ、いつもどおり部屋にこもる振りをして散策を開始する。だいたいの場所は見てみたが、人がいて近寄らなかった場所もある。必要以上に接触する理由もないが、完全に把握する、というまでにはいろいろ足りないのでもう少し詰めたいところだ。

 この後宮は大きな長方形の形をしていて、縦の端から端まで歩いてみるとだいたい三十分くらいのような気がする。あくまで体感でしかないが。横の幅はもう少し短く十五分程度、範囲としては大きな敷地だと思う。

 その敷地には離宮がおそらく二十ほどあって、現在住んでいる人がいるのは八つ。茅乃がいる離宮も含めると九つだ。離宮以外の建物は、いちど見かけた厨房らしき平屋の建物と、あとは物置らしき小さな小屋がいくつか。

 茅乃が滞在している離宮は後宮の中ほどに位置していて、庭園が美しく見える配置のような気がする。そこから奥へと散策を進めることが多かったが、思えば後宮の入り口、門の方はあまり行ってみたことがないのではないか。


 ということで今日は門の方までやってきた。

 門の方といえば門番がいてロザンナやメイドたちと会った、という記憶しかないが、内部から見てみると新たな建物を発見した。

 厨房と同じくくすんだ土壁、開け放された扉。異なる部分は、建物の近くの戸外に井戸と水場がある点だ。

 地面の一画にレンガ造りの水溜め場があり、そこには色とりどりの衣服と思われる布と、茅乃が離宮で使っているものと同じと思われるリネン類が広げられている。しゃがんで小さな布地を揉み洗いしている者、大きなリネンを踏みしめている者、高級そうな服をそっと洗っている者など、結構な数の人がいる。誰もが女性で、生成りのような淡い色のワンピースを着ている。あれが洗濯場の制服のようなものだろうか、と思いながら生垣の陰から覗き見る。

 水溜め場の横の井戸から数人が水を汲み、流していく。小物から洗い終わり、張られたロープに掛けたりしながら干されていく。最後に大きなリネンを十数人がかりで踏んで洗って、絞ってロープに干して終了のようだ。


 彼女たちの手際はものすごく良かった。無駄もなく、誰もがそれぞれの役割通りに動いて仕事を終えていく。そしてその中で誰も声を発しない。唇を引き結び、しゃべらない。黙々と動き、終わりにする。


 厨房のときと同じ光景に見えた。

 まじめで無駄のない、といえばそれまでなのだが、やはり陰気に思えた。引き結んで下を向いた口角は、一言も発さないという意思さえ感じられる。


 休憩時間だったらもうすこし賑やかなのかな、と考えている前で、洗濯を終えた彼女たちが建物へと戻っていく。その中が見える位置に静かに動き、見つからないような場所から様子を見ることにする。

 空き缶に取っ手が付いた器具のようなものを、布に押し当てているのが見えた。スイスイと動かす手の動きを見て、あれはアイロンのようなものかな、と見当をつける。すでに取り込みの終わった布類を畳んでいる人もいて、自分の制服もこうして洗われて畳まれたんだな、と理解する。


 出ていってみたら、ダメかな。


 ふとそんな考えがよぎった。

 茅乃の制服をきれいにしてくれ、いつも使っているワンピースやリネンを洗ってくれているのはこの人たちだ。ひとこと話してお礼を言ってもいいだろうか、と。


 生垣の陰でうじうじと考えていると、背後から声をかけられた。


「さぼってんじゃないよ」

「!!」

 思いっきり肩が跳ね上がった。

 どっしりと重量感のある女声と、凄味のある口調。反射的に振り返った先には、白髪まじりの髪をまとめた四十代くらいの女性が立っていた。

 よくやけた肌と、鋭い眼光。背が高くスラリとした体形で、その身には建物の中の女性たちと同じワンピースを着けている。その上に白かったのであろう薄汚れたエプロンを重ねている。よくよく建物の中の女性たちを見ると、エプロンを着けている人は見当たらない。この人だけだ。

 そこまで観察している間に、相手も茅乃のことを観察していたようだ。

「あんた、見かけない子だね。それにその黒の服。どっかの離宮にいるっていう神子様かい」

 疑問、というより断定する口調だった。

 言い逃れできない、ということを直感的に悟った茅乃は観念して頷く。

「はい、そうです」

 答えると同時に気が抜けた。そして体の力が抜けると同時にお腹が鳴った。


 こんなときに!


 低く鳴り響いた音に本気で焦る。

 食べられないものが多いので、よくお腹が空くな、とは思ってはいた。が、さすがに人前で鳴るのは恥ずかしい。

 ヒイィ、と小さく声を上げ赤面していく茅乃を見てか、目の前の女性はふっと目尻を下げた。

「あんた、お腹空いてるのかい。ちょうどいい、そろそろお昼の時間だ。ついてきな」

「は・・・・」

 女性のすこし笑ったような表情は思いがけず柔らかく、刻まれたような笑い皺が印象的だった。



 言われるままにのこのことついていくと、裏手に陽の当たるひらけた場所があり、ベンチというよりは転がっている石に腰掛けるように言われた。

 茅乃は女性とともに、ふたつの対のような石の上に座る。すると包みを持った女性がなにかを差し出してきた。

「食べな」

 反射的に受け取って、それがパンに肉を挟んだ、ハンバーガーのようなものだと気付いた。

「あの」

 戸惑って茅乃が声を上げると、もういちど同じ言葉を言われた。

「食べな。そんな顔色でフラフラしてんじゃないよ」

 そんな悪い顔色なのだろうか。離宮の洗面室に鏡はあるが、ここ最近まともに見ていなかった。

 頬に手を当てて考え込む茅乃の横で女性はもうひとつのハンバーガーにかぶりつく。

 もしゃもしゃとそれが食べられていく様を見て、茅乃は自分の手の中のハンバーガーを見る。とてもおいしそうだ、という感想に気付いて口を開く。

「ありがとうございます。いただきます」

 大きくかぶりついて、咀嚼する。

 もぐもぐと噛むほどに、焼かれた肉の香ばしさと甘辛い独特のソースがパンに絡みつく。自然と頬の筋肉が緩み、つぶやいていた。

「おいひぃ・・・・」

「そうだろう。旦那のお気に入りさ。昔はこうして一緒に食べたもんだ」

「旦那さん・・・・も、このお城で働いてるんですか?」

「もうだいぶ前に処刑されるまではね」

「・・・・・」

 聞き慣れない言葉に、咀嚼の動きが止まる。

 女性はとっくに食べ終わって、茅乃を見ていた。その射抜くような強い眼に喉がコクリと引きつる。

「神子は国に繁栄をもたらすと言われてるけれどね。あんた、なんでこんな国に来ちまったんだい」

「こんな、国」

 本当にそうだと思う。だが茅乃は連れてこられた存在だ。いまだにこの国のことを知らないしわからない。けれどもこの女性はこの国に住んでいる人ではないのか。

「神域で捕まって、そのまま連れてこられて・・・・」

 見つめられるままそう口にすると、女性は苦い顔をした。

「神子を捕まえてきたってのかい。罰当たりが」

 苦渋に満ちた声だった。ただ、ことの成り行きを神子から聞きたかった、というのではなく、その行く末を憂うかのような。

「ごらんよ」

 片手を上げて、女性は庭園の向こう側を指す。

「立派な城だろ」

 言われるまま目にしたのは、後宮の仕切りを隔ててそびえる城壁。連れてこられたときに見ただけだが、それはたしかに大きく立派なものであったように覚えている。ここから見える城は茅乃がいる離宮からとは方角が異なるので、目にする範囲が増え、当初のときよりさらに威容な感じがした。

「そう、ですね」

 茅乃が頷くと、女性はひとことで切り捨てた。

「見かけ倒しだよ。中身がない」

「・・・・・」

 キツい言葉だと思った。視線を転じると、言葉の内容のわりに女性は静かな表情をしている。その眼は鋭いものの、荒いところはどこにも見受けられなかった。見かけ倒し、と言わしめるほどのなにかを内包したまま、その眼はふと茅乃に向けられる。

「神子は加護を授けるものって聞くけどね。あんた、この国に施してていいのかい」

「・・・・加護?」

 聞いたことのない言葉に茅乃が訊き返すと、女性もまた怪訝そうな表情になり、首を傾げた。

「・・・・ちがうのかい? 教会ではそう教えられたけどね」

「教会? 教会があるんですか? そこで神子のことを教えている?」

「神子のこと、というより、それを含めた教えを広めていると言ったほうがいいだろうね。この国の人間なら子供のときからいろいろ聞かされるよ」

「どんなことを、ですか?」

「昔からの言い伝えのようなもんさ。神子は創造主に遣わされた存在で、人に似た形をして地上に在り、世界に加護を与えるものだとね」

 前半はレンから聞いたこととほぼ同じだった。けれども後半はどうだろう、と茅乃は思わずパンを持ったままのじぶんの両手を見る。人に似た形。だとしたらこの手はいったいなんだというのだ。そう考えるどこかで、苦い思いも感じた。日本にいたときの経験則でいうなら、普通の人間はあんな簡単に壁登りはできないし鍋を丸めることもできない。ここは不思議な世界と思っていたけれど、不思議なのは世界の方ではないのだとしたら。


 コクリ、と茅乃の喉が鳴る。


 苦い。本当に苦い。

 わだかまりのような思いを無理矢理呑み込むようにして、茅乃はもうひとつのことを考えることにした。

「あの、加護ってなんですか? どういったものなんでしょう?」

 すると女性は呆れたように眇めた目を茅乃に向けた。

「知ったことじゃないよ、あんたの加護なんて。知ってるとしたらあんただけだろうさ」

 なるほど、と茅乃は思わざるをえなかった。もしかしたらレンが言っていた調整というものがそれにあたるのかもしれない。これもまた今度聞いてみよう、と頭の中のリストに綴っていく。そもそもまた会えるかどうかもわからないが。

 ぼんやりと手元を見ていた茅乃を、女性が急かす。

「ほら、さっさと食べちまいな。いつまでも離宮を空けとくわけにはいかないだろ」

「は、はい」

 残りのハンバーガーを食べてしまう。最後の一口まで美味しい食事だった。

「ごちそうさまでした」

 じぶんの分をわけてくれた女性にお礼を言う。それとほぼ同じくして建物の表側から足音が聞こえてくる。休憩時間が終わったようだ。

 スカートを払いながら立ち上がった女性に、茅乃はもういちどお礼を言う。

「それから、いつもきれいな服と寝具をありがとうございます」

 女性は一瞬目を丸くしたが、すぐにニヤリと片方の口角を上げて見せた。

「あんた、珍しい子だね。離宮の女主人に礼を言われる日が来るなんて思わなかったよ。こんな洗濯女相手にね」

「好きで離宮の主でいるわけじゃないんです」

「ああ、あんたの場合はそうだったね。まあいい親御さんに育てられたんだろ」

「・・・・・」

 茅乃は曖昧に笑う。

「あんたも、もう戻んな。あんまりフラフラしていると見つかっちまうよ」

「はい」

 じゃあね、と踵を返した女性はまっすぐ建物へと戻っていく。その、いちども振り返ることのなかった背中に名残惜しさを感じた。


 もうすこし、話をしたかったな。


 けれどもここはあの女性にとっての職場なので、邪魔をするようなことをしてはいけない。


 茅乃はいわれたとおり離宮へ戻ることにした。




 なに食わぬ顔で離宮に戻り、ベッドのシーツを整えているところに部屋の外から声が掛けられた。

「神子様、昼食のお時間です」

 うんざりした。また食べられない料理を見るのかと。

「・・・・・」

 けれども、ふと考えなおした。

 少しドアを開け、こう言った。

「部屋で済ませます。持ってきてもらえますか」

 少しドキドキした。まるでわがままな令嬢のようだと。だがこういうことは後宮ではよくあることなのか、ロザンナはあっさりと頷いた。

「わかりました。それではお部屋までお持ちします」

「お願いします」

 ほどなくしてトレーに乗せられた食事が運ばれてきた。ドアのところで受け取ると、ロザンナとメイドはあっさりと廊下を戻っていった。もしかしたら彼女たちもこっちの方が楽だと思っているのかもしれない。

 真偽のほどはわからないが、茅乃はトレーをベッドの上に置き、クローゼットの扉を開けた。中にあるシーツの一枚を取り出し、さして労力もかけずに引き裂く。

 ジー、という音が響いたが、廊下に誰もいないことは確認済みだ。茅乃は大きなシーツをいくつかの布切れに引きちぎって、重ねて、結んだ。

 一枚布、というわけにはいかなかったが、風呂敷のような包みに似た形の端切れにパンをいくつか置く。布の端をキュ、と結び合わせてそれをクローゼットの中にしまう。

 そして茅乃は自分の昼食にとりかかることにした。


 食事を終えてドアを開けてみると、廊下には二人のメイドがいた。

「あの、ごちそうさまでした」

 話すことは許されていない、と聞いているが、茅乃はそれをいまだに疑問に思っている。

 食後の挨拶をしてトレーを差し出すと、メイドの方は驚いたように茅乃を見返している。見たことのない、ともすれば茅乃よりも年下に見えるメイドと、二十歳そこそこに見えるメイドと。

「どうぞ」

 もういちど受け取ろうとしないトレーを差し出すと、年下に見えるメイドが慌てたように受け取る。

 もうひとりの年上に見えるメイドに、茅乃は要望を告げる。

「夕食は要りません。それから、明日の朝食はまた、部屋まで用意してもらっていいですか?」

 反射なのだろう、メイドは頷いて、答えた。

「かしこまりました」

 小さく、本当に小さな声だったけれど、茅乃はたしかに聴いた。

 茅乃は会釈して部屋に戻る。


 時間にすればほんの少しの対応だった。

 けれども、と茅乃は思う。


 もしかしたら、歩み寄れるのではないかと。

 話してはいけないと聞いていたけれど、それをそのまま鵜吞みにして、実際話しかけることもしなかった。話がしたいと思っても、許されていないからと。けれども、もしかしたらメイドの人たちとも、言葉を交わしていけるのではないか。

 少し浮かれた気持ちで、部屋の窓を開ける。

 庭園に降り、見るともなしに手入れのされた花を見る。どうしたって花の良し悪しなどわからないが、花を見ようとする余裕が生まれたのはいいことだと思う。そう考えていると、近くの樹の梢が鳴った。

 枝をしならせて降りてきたのは、その存在をすっかり忘れていた茶褐色の羽をもつ、あの鳥だった。

「あれ、戻ってきたの?」

 てっきりどこか好きなところに行ったのだろうと思っていたが、案外近くにいたようだ。

 茅乃は思い出して、部屋にいったん戻り、クローゼットの中のパンをひとつ手にしてまた庭に降りる。

「食べるかなぁ」

 小さくちぎって投げると、その鳥は欠片のパンを幾度かくちばしで小突き、ふわりと羽ばたくと茅乃の手の中の大きなほうのパンをかっさらって飛んで行ってしまった。

「・・・・・・はあ?」

 目を丸くしている間に鳥はあっという間に見えなくなってしまう。

 なんなの、と思いつつ地面に落ちたパンをつまんで花壇に埋める。


 そんな餌付けとも言えない時間をのんきに過ごしている茅乃は、気付くことができなかった。

 

 庭とは反対側の廊下で、茅乃に応えたメイドがそのやり取りを別のメイドに見られ、糾弾されていたことを。




 その日の夕方ごろだった。

 特になにもすることがない茅乃は部屋で釣竿を持っていた。


 調整をしろ、と言われたけれど、あの夢の中の川に行くことは茅乃の意思ではどうにもできない。だがレンは普通に、調整をするようにと言った。ということは普通にできるのではないか、と考えたのだ。

 部屋のカーペットの上に座り、釣竿から針を抜き、テグスを解く。

 できるかな、と考えながらもやるだけやってみようと釣竿を振る。軽い動作で振られた針がカーペットに当たる、と思った瞬間に沈んでいく。貫通した、といってもいい。

「・・・・・」

 どうなってるの、と常々思う。

 茅乃の方がおかしい、とされている世界のようだが、これだって重々おかしいのではないか。

 釣竿が不思議アイテムだからだろうか。

「・・・・ううん」

 考えてもわからないことだらけだ。

 まあ針はどこかに沈んだようだからいいか、と茅乃は考えないことにする。

 ちょいちょい、と釣竿を動かすと、なにかに当たる感触はする。けれどもこのカーペットの下に海や川が広がっているわけでもないはずなので、この針がなにに当たっているか想像もつかない。


 また卵が釣れるのかしら。


 そう思いながらなんどか釣竿を動かすことを繰り返したけれど、結局なにかが掛かることもなかった。

「・・・・こんなんでいいのかなぁ」

 釣果は得られなかったが、これでいいのだろうか。とりあえずテグスを巻き針を留め置き、終わりにしようと思う。

 片付けた釣竿をベッドの下に放り込んだとき、ノックの音が響きおまけにドアが突然開けられた。

「神子様!」

「!」

 夕飯はいらないと言っていたので、明日の朝までは放っておかれると思っていた茅乃は心底驚いた。床の上に座った体が飛び上がるかと思った。

 そもそもノックされ声を掛けられたことはあっても、いきなりドアを開けられることは今までなかったのだ。

 なにごと、と振り返った茅乃の視線の先で、少し髪を乱した様子のロザンナが立っていた。

「神子様、お喜び申し上げます!」

 彼女にしては珍しく端的で、感情的な言い方だった。

「な、なにがですか?」

 なにが彼女を駆り立てているのかわからず、なにがお喜びかもわからない。

 ポカンとしている茅乃に詰め寄るような距離でロザンナは言った。

「王子が後宮にお渡りになられました!」


「・・・・・・は?」




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