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青の塔  作者: あきお
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5   日々






 書くものが欲しい、という要望も通らなかった。


 昼食の時間にロザンナから通達があり、やはり王宮から許しが出なかったと聞いた。

 それを訊いてもなお、茅乃はいくつかの要望を出してみた。この離宮と後宮の中の案内をしてほしいこと、ほかのメイドたちとも話ができるようにしてほしいこと。けれどもそれはロザンナ預かりの後、同じ答えが返ってきた。許しが出ないのだと。

 その昼食の場でも相変わらず好みが偏り、半分ほども食べることができない。

 ほぼフルーツと水だけの食事を終え、茅乃はロザンナに言われた言葉を反芻する。


 花でも見ていろ、というのが王宮からの返事だという。芸のない答えだ。


 実際、花を愛でることが悪いことなのではない。きれいなものを見ていれば癒されるものもあるだろう。

 だがそれは茅乃の要望ではないのだ。日中の時間を持て余し、暇をつぶすこともできず、なにかを書き留めておくこともできない。


 ご飯を食べてるだけね。


 食堂から寝室へと移動させられる。廊下から見える庭園はきれいな光景のはずだが、この景色を見るときはいつもため息を吐いているような気がする。


 この離宮の一部の区画と庭だけが、茅乃の行動できる範囲だった。


「夕食まで休みます」


 そう言うとロザンナとメイドは下がる。


 カーテンが引かれ、薄暗くなった寝室の中で茅乃は唸るようにして息を吐いた。

「・・・・・・」

 クローゼットの扉を開け、補充されているシーツを抜き取り丸めて、掛布をはがしたベッドの中に仕込む。なるべく人が寝ているような膨らみになるよう、頭まですっぽり被っているかのように調節する。

 ベッドから二、三歩ほど離れて確認し、なかなかいい出来に仕上がったのを見てひとり頷く。


 これなら大丈夫だろう。


 時計は相変わらず置かれていない。

 レオトール国に時計がないのか、この場にだけ置かれていないのかはわからない。けれども遅めの昼食を摂った後だ。そこから夕食の時間まで、と言ったのだからある程度のまとまった時間は確保できるだろう、と予想する。


 ポフポフと掛布を均しながら思う。


 軟禁っていうのよね、これ。


 ここは王宮だ。その奥にある後宮という場所だ。国の中枢に在り支配下に置かれている場所。

 希望のものは与えられず、王宮が否と言えば否であり、自由に制限がかけられる。

 でも、と茅乃は思う。

 茅乃は異なる場所、異なる文化で育ってきた。


 大きな掃き出し窓に近付く。メイドが開けたこの窓の錠は決して複雑な錠ではない。茅乃もよく見たことのある、サッシについている錠となんら変わりはない普通のものだ。それをゆっくりと開け、さらに音もなく窓を開け、茅乃は庭へと足を踏み出す。


 どっか、ザルなんだよね。


 茅乃は異なる文化で育ってきたのだ。地球生まれの日本育ち。その中で茅乃は、女子高生という生き物は世界でいちばん自由な生き物であると思っている。閉じ込めてなにもさせる気がないのなら、常に見張りくらい付けておくべきだ。


 慎重に様子を見よう、と思ったことは覚えている。だが案内が得られないというのなら自分で見に行くしかない。幸い後宮を隔てる壁は白、茅乃が着ている服と同色なので目立たない。壁に沿うようにして、なおかつ自分がいた建物を拠点として散策を進めていく。

 おそらく茅乃がいた離宮は大きな庭園を中心に配置された建物のひとつであるらしい。趣や規模がちがうが、おなじように点在する離宮らしき建物をいくつか見かけた。中には装飾過多の目が痛くなるようなものもあり、茅乃はあの離宮でよかったこともあるんだな、と思った。

 いくつかの離宮が存在するのは、やはりここが後宮という場所だからだろう、と茅乃は考える。ここは本来この国の王の妻たちが住む場所だ。

 一夫多妻制か、今の日本とはちがうな。

 あまり理解できないので散策に意識を戻すことにする。場所は中央の庭園から少し離れた場所になるだろうか、煌びやかな離宮も見当たらないような位置に、すこし趣の異なる建物が見えた。

 くすんだ土壁の、一階建ての建物だ。大きな両開きの扉は開け放たれたまま、中から人の声となにか雑音が聞こえてくる。屋根にある煙突からはうっすらと白い煙が立ち昇り、ふわりと食欲を刺激する香りが流れてきた。


 もしかして厨房だろうか、と茅乃は離れたところで観察する。しばらくすると扉から人が三人出てきた。いずれも女性で、薄い灰色のワンピースを着ている。袖をまくり、手に手にかごを持っている。

 彼女らは建物の裏手に回っていく様子で、茅乃はこっそりと後ろをついていく。

 裏手には地面に掘られた穴があり、彼女たちはかごを返して中身を穴に落としている。それらは野菜の端や切りくずのようで、どうやらここはゴミ捨て場であるらしい。

 ゴミを捨てた三人はまたかごを持って建物へと戻っていく。

「・・・・・」

 その後ろ姿を見つめながら、茅乃は首を傾げる。


 すごく、静かな人たちだったけど・・・・。


 彼女たちは茅乃よりも年上に見えたし、学生ではないからおなじように考えてはいけないのかもしれないが、女性が複数いるともうちょっとおしゃべりしてしまうものなんじゃないのか、と思ってしまうのだ。クラスメイトの女子たちと集まれば、よくたわいもない話をしていたのを思い出す。それに比べたら彼女たちは一言も発さず、脇目も振らず用事を済ませて黙々と戻っていった。


 なんか、この国って・・・・。


 王宮に入る前の城下街の様子を思い出す。誰もしゃべらず、負債を抱えているような表情を浮かべていた人たちのことを。


 やっぱり、もうちょっと話ができる人がいたらなぁ。


 状況を説明してくれる人がいないというのはなかなかつらい。ため息をひとつ吐いて視線を落とすと、地面に捨て置かれた食器類や調理器具の類が目に入った。その中の小ぶりな鍋を手に取ってみる。

 ためしに摑んでみた。

 クシャリと潰れる。無事に残っている部分で餃子包みをやってみた。できてしまう。続いて紙を丸めるみたいにクシャクシャにして、最後には手近な花壇の隅に埋めた。

 相変わらず物理が狂ってる、と茅乃はここまでにして離宮に戻ることにした。





 日々は漫然と過ぎていった。

 与えられるものは食事のみ、欲しいものはなにひとつ許されず、手元にはなにも物が増えない毎日だ。

 食事も相変わらず食べられるものとそうでないものがあり、首を傾げつつ食べている。

 ベッドの下に隠した卵の様子を思い出したときに見ているが、卵が揺れるわけでもひびが入るでもない。孵化するのかな、と思いながら放置している。

 できることは時間の都合をつけて散策をすることだけだった。

 幸いなことに、今まで誰にも見つかっていない。後宮の中だからだろうか、思ったよりも出歩いている人が少ないのだ。庭園が広がっているということもあって、廊下や狭い場所で人と鉢合わせることもない。逃げることや隠れることが可能なのだ。


 なんか、緩いんだよね。


 最初に思ったとおり、警備がザルなのである。茅乃は今日も散策の歩を進める。


 意外なことに、というか、庭園の周囲にある離宮には幾人か住んでいる人がいるようだ。離宮の敷地をうっかり通りかかったときに、華やかな女性を見かけたことがある。そのときにここがどういう場所だったのかを思い出して、茅乃はそれ以降主人がいる離宮には近づかないようにしようと決めた。主人がいる離宮は、当然だが主人である女性以外に世話をする人たちもいる。いくらここが人と出くわすことが少ない場所とはいえ、わざわざ人数の多いところを通って見つかるようなことはしたくない。


 そんなことをしながら過ごしていると、体感時間で二週間ほど経っていた。

 なにせ時計もなければカレンダーもない。日数を書き留めるものもない。体感時間で過ごすしかないのだが、茅乃はもうこの感覚に自信が持てなくなっていた。

 同じようなことをして過ごす毎日に、数えていた日数が今日なのか昨日なのか、それとももっと前の数だったのかおぼろげになるときがある。


 ちょっとおかしくなってきてるな。


 自覚は持てども対処のしようがない。

 話し相手はロザンナひとりだけ、言葉を発すると返ってくる言葉はあっても応えられている気がしない。通じない、と感じることが多く、茅乃は要望を言うことが減り、さらにはなにかを話す必要性も感じなくなっていた。


 一日の中で話すことが極端に減り、ロザンナの声掛けにも緩慢な返事を返す。怪訝そうな表情で見られたことが幾度かあるような気がするが、どうしてロザンナがそのような表情をするのか茅乃にはわからず、おなじような表情で見返していたと思う。

 ルーティンのように毎日散策をして、さらに数日が経ったときに気が付いた。

 知っている場所を歩いている、と。

 いつの間にか後宮の中をすべて散策しきっていた。

 大体の建物と場所を把握してしまった。たぶんもうこの中で迷子になることはないだろう。


 やることがなくなっちゃったなぁ・・・・・。


 肩を落としながら自分に与えられた離宮へと戻る。これもまたルーティンのひとつとしてベッドの下を覗き込み、孵化しない卵にため息を吐く。

 ちゃんと孵るのかなぁ。

 温めたほうがよかったんだろうか、と思うがもう遅い気もする。

 相次ぐため息をこぼしたとき、ドアの外からロザンナの声がかかった。

「神子様、夕食のお時間です」

 はい、と思うが声が出ない。

 無言で立ち上がりドアを開け、食堂へと向かう。

 あとにゾロゾロと続くロザンナとメイドたちにももうなにも感じなくなっていた。


 偏食の夕食を済ませて、茅乃は部屋に引っ込む。

 その前にふと思いついてひとつロザンナに要望を伝えた。

「新しいパジャマをくれませんか」

「ぱじゃま・・・・?」

 きょとんとした、というか、なんの感情も乗せずに繰り返すだけのロザンナの様子は、普段の彼女を知っていると珍しいものだった。

 ただ、それをどうこう思う感情がほとんど残っていなかった。

パジャマという単語はここにはないんだな、という認識だけをして、茅乃は説明をした。

「夜に着るときの服です。いつもこれですけど、寝るときに白色は寝にくくて」

 ああ、とロザンナは合点がいった顔をした。

「夜着のことですね。かしこまりました。ほかになにかご要望がありますか?」


 どうして、そんなことを訊くの?


 どうせ通らないんでしょう、と茅乃は自分より少し背の高いロザンナを見返す。わずかに退く素振りを見せたロザンナに首を傾げながら、茅乃は言うだけ言ってみた。

「黒色がいいです」

「・・・・か、かしこまりました」


 その日はもうなにもやることがなく、茅乃は眠ることにした。




 次の日、眠りが浅かった茅乃は夜明けと同じくらいに目が覚めた。

 起きてもやることがなく、だいぶ時間が過ぎてから声がかかる。

「神子様、朝食のご用意ができました」

 ベッドの上に座ったまま、どうせ食べられないんだよね、と考える。

 そう言えば自分は日本でどんな朝ご飯を食べていただろう、とふと天井を見て考えてみる。考えてみようとした。けれども視線が天井を向いただけで、なにも頭が働かなかった。

 思い出せない。それ以上に頭が回転しない。

 ぼんやりしていると小さなノックの音とともにドアが開く。

「神子様・・・・?」

 返事もなく、茅乃が出てくることもないので様子を見に来たようだ。

「神子様? 天井になにかありましたか?」

 座ったまま微動だにしない茅乃の視線をロザンナも追いかけたようだが、なにかあるはずもない。

「なにも」

 ポツリと答えて茅乃はさっさと食堂へと向かうことにした。


 朝食を終えて応接室のような部屋で座ることにする。

 なにも言わなくてもお茶の用意がされたが、なぜ要望は通らないのに希望していないものは出されるのかが理解できず、ただティーセットを眺める。

 お茶を飲むこともなく、午前が過ぎた。


 昼食の用意ができた、と促されたが、もはや食べられないものを見る気も起きず、食堂に行くことはせずに庭に向かうことにした。

 名も知らぬ花を見ているうちに陽が傾いていた。空気が冷たくなってきたことに気が付いて部屋に戻ることにする。


 相も変わらずよくわからない夕食を済ませ、ひとりでは入れない浴室でたいして汚れてもいない体が洗われた後、寝室へと戻される。

 眠くないんだけど、と思っているとロザンナがなにかを手に持って部屋に入ってきた。

「神子様、ご要望のものが届きました」

「ごようぼうのもの」

 なにかあっただろうか。頭が働かないので思い出せない。

 視線をロザンナの手元に向けると、漆黒の布地が映った。

「神子様がおっしゃったとおり、黒色の夜着をご用意いたしました。今お着替えになりますか?」

「・・・・・・はい」

 白色のワンピースを脱ぎ、黒色のワンピースに着替える。

 髪色と同じ布地を見て、茅乃はひとつ頷いた。

「もう休みます」

 そう言うとロザンナはホッとしたような、それでもどこか複雑な表情をしながらもメイドたちとともに下がる。

「・・・・・・」

 袖口をつまみながら、どうして自分は黒色のワンピースを望んだのかを思い出そうとする。

 首を傾げながら、ふと窓の外を見る。カーテンは引かれないままになっている窓の外には夜陰が広がっていて、そうだった、と茅乃は思い出すことができた。


 夜だったら時間がたくさん取れるよねって、思ったんだった。


 夜陰の中にあって白色は目立つ。黒ならまだマシだろう、と。


 後宮の中は把握した。だとしたら後は外側だ。

 掛布に膨らみを仕込むようなことはせず、窓を開け、庭に降りる。

 庭園越しに見える城壁と、そこから続く尖塔を見上げた。




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