52 レッツクッキング
ラムジの部屋で菓子を配ると、補佐官のふたりから美味しいという感想が返ってきた。
アズイルにはない菓子もあると聞いたが、これまでのところ全員の口に合っているようでなによりだ。
・・・・そもそも甘いものが苦手ってひとはいないなぁ。
とくにここのようなラムジの執務室という場所であれば、事務仕事が多いだろうから本能的に糖分を求めるのかもしれない、と茅乃は思う。
・・・・好みもあるだろうけれど。
中でもシャノンは受け取った菓子を大事そうに包んで、机の引き出しにしまいに行っていた。追加でほかの種類の菓子も渡しておいた。
淹れてもらった茶の礼を言い、執務室を辞去して厨房に向かうこととする。
半歩先を進むラムジは王城の外側を歩く、ということはなく、回廊を使って王城の西側を目指していく。
ということは、これが正規のルートなんだな。
さすがに外を突っ切っていくことはしないよね、ときちんとした進路を、後をついて歩きながら頭に叩き込んでおく。
「料理長は、カーヤ様にかれえなるものを教わると言っておりましたが」
ラムジの声に目線を上げれば、かなり高い位置からラムジが首をひねるようにしてこちらを見ている。
「それは、どのような料理ですかな?」
「ええと、とても一般的な家庭料理なんですけど」
元は異国の料理であった、というのが信じられないくらい日本風にアレンジされまくっている料理のひとつである。
「今日のご飯の献立を考えるのがめんどくさいときに大量に作って三日くらい持たせる、というとてもありふれた、よく食べられている料理です」
・・・・三日・・・・よく食べられている・・・・と、茅乃の言葉を聞いていたほかのものは、奇しくも内心で同時に首を傾げた。
王城で働き、食堂や部屋で賄いが出るような人間は三日もおなじものを食べることはほぼない。なので家庭料理、という部分だけを拾って認識することにした。
「野菜や肉を香辛料で炒めて、水分を足して煮込んでいく料理なんですけど。・・・・マリクさんに料理を教えることになったのは成り行きですが」
と茅乃は胸の内をつぶやく。
「わたしのような素人が、とは思うんですけど。わたしはじぶんの作ったカレーに飽きていたところでして。なので、きっとマリクさんが作ってくれると、とっても美味しいカレーが出来上がると思って楽しみにしてるんです」
それぞれの家庭の味、とでもいえばいいのだろうか。作り方も材料もみんながおなじというわけではなく、だからこそじぶんが作っていればおなじような味にしか仕上がらない。
ルーを替えても、好みがあるんだよね。
心底飽きていた。スパイスを集めるような本格的なカレーにすると材料費がかさむので却下である。結果、だれかが作ってくれれば嬉しいし、それが王城の厨房を任されるような人物であれば、期待値も跳ね上がるというものである。
毎回の食事に付けられている薄いパンのような食材とも合うと思う。いや、むしろ合わないはずがない、と茅乃の心はいまとても期待で満たされている。
といっても、似たような料理があったらどうしよう。
かれえとはなにか、とマリクには訊かれたけれど、もしかしたらカレーという名称ではないだけでおなじような煮込み料理は存在するかもしれない。ここで出された料理でカレーに似たものは見たことはなかったのでないのだろうと考えていたが、夜には煮込み系の料理が多いとシャノンが言っていたし、と考えているところで厨房に着いた。
外側からの裏口ではなく、正面から来たのははじめてだ。入り口の大きな二枚扉は両方とも解放されている。
外気を漂っていた空腹を刺激する匂いはここまで来ると濃厚だった。回廊には料理人と見受けられる格好のひとや、侍女と思われるひとたちが忙しそうに行き交っている。
タイミングが悪かったな・・・・。
さすがにいまが適切でないことはわかった。ときの頃は夕方くらい、つまり夕食の前なのだ。
「ラムジさん、これは、もうすこしあとのほうがよさそうです」
ひっきりなしに厨房内から聞こえてくる、器具や皿のぶつかる音と飛び交う声。静かになる瞬間はなく、また立ち止まるものもいない。殺気立った、といっても過言ではないくらいの張り詰めた空気感は中に入らなくても伝わってくる。
さすがにあの中にのこのこと入って行っていいものではない。なので茅乃は裏口へ回ってみることを提案した。
「裏口、ですか」
と返してきたラムジの表情が少々渋いものになる。
「はい」
もしかすると、ハウラがいるかもしれない、と茅乃は考えたのだ。
「いつもそこで、厨房のお手伝いをしているので・・・・」
今日は玉ねぎの皮剥きです、と茅乃が説明すると、ラムジの表情に変化はなかったものの、渋みの残る顔つきでこう言った。
「では儂はすこし庭を歩いてまいりましょう」
「え」
「父上、お供します」
シャノンまでもがそう言う。
厨房まで来て、庭を?
茅乃はそう思ったが、ラムジはカシュアにしばらく頼む、と言い置いて踵を返してしまったし、シャノンもきびきびとした足取りでその後に続いて行ってしまった。
「・・・・え」
ポカンとしたままふたたびつぶやくと、警護として残ってくれているカシュアが言った。
「あの親子は普段、料理なんてしないでしょうねえ」
「・・・・・」
茅乃は無言で背後を振り返る。
手伝いの件は茅乃がハウラと交わしているだけなので、巻き込むつもりはなかったのだけど。と考えつつ、この場から立ち去る気配を見せないカシュアを見上げる。
カシュアはここに残されてしまったが、それは警護として止むなくだろうか。
「もしかしてカシュアさんは、料理されるんですか?」
「刃物は扱えますよ」
野営のときに料理くらいできないとまずいですからねえ、とあっさり答えが返ってきた。
なるほど、軍属ゆえに料理はできる、と。その理由には納得したが、チラ、と茅乃はカシュアの腰元に提げられている武器を見てしまう。
いま、料理用のナイフと剣を同列に言った・・・・?
よく理解できない感覚だが、軍に属していると様々な武器や刃物を扱うことがあるのだろう。まとめて刃物と思えばおなじ括りに入るのかもしれない、と半ば無理矢理納得しつつ回廊から出て裏口へと向かう。
ここも忙しそうだったらラムジとシャノンの姿を探そうかな、と思いながら戸口の近くまで行ってみると、中には見知った顔、ハウラとファリダがいた。
ほかにも数人立ち働いているひとがいる。かまどの近くで作業をしていたり小さなイスに座って作業をしていたりするが、さっきの正面入り口から見た状況よりかは殺伐としていないように感じた。
イチかバチか、声をかけてみる。
「お、お疲れ様でーす」
パッと顔を上げたのはイスに座っていたハウラである。
「あっ、カーヤ。今日は早いの、ね・・・・」
笑顔で放たれた声は、茅乃の背後を捉えるなり消えていった。
「・・・・カシュア将軍?」
ハウラのつぶやきに、エッ、とファリダを含む料理人たちの動きが一瞬止まり、振り返る。注目を集めた当の人物は
「はいはい、お邪魔しますよ」
なんとも気兼ねのない様子で茅乃に続いて裏口から足を踏み入れている。
「えっ、なにこれ、なんで将軍が裏に来てんの」
手に持っていたカゴを落として呆然としているハウラに、
「カシュアさんにはいつも警護をしてもらっています」
と説明すると、
「なに言ってんの、あんた、いつもひとりで来てたわよね?」
ひとりに見えてじつは護衛が付いていました、と言うわけにもいかない。玉ねぎの皮剥きは、と切り出しにくい中で、いつもと変わらないカシュアの声がした。
「後ほど宰相と補佐官も来ますよ」
「えっ、なんでですか」
「カーヤ様の視察に伴う随行ですねえ」
「あ、・・・・ああー」
そういや親方が言ってたわ、とハウラが天井を振り仰いだ。
「もうちょっと後になるんだと思ってました。・・・・それで? あんた、今日は早いのね」
そう言いながらハウラは先ほど落としたカゴと中身を拾い直している。口を動かしながら手も動いていて、拾い終えたハウラは茅乃へ話を戻した。
「はい。今日は用事が終わったので、早めに来ることができました」
「あんたも仕事が早く終わったのね。こっちも下拵えが済んだから、玉ねぎ運んでくるわ」
カゴをかまどの近くに置いたハウラはクルリと振り返って茅乃、ではなくカシュアを見上げる。
「カシュア様も手伝ってくださるんですか?」
その言葉を聞いたファリダが
「ちょっと・・・・!」
と慌てたように止めていたけれど、カシュア本人が
「いたしますよ」
と普通に返していたので、茅乃はほんとうに手伝ってくれる気なんだ、と内心で驚いてしまった。
「わかりましたー、じゃあちょっと道具も取ってきますね」
そう言っておなじように働いていた数人とともに裏口から出て行く。
「・・・・カシュアさん、お手伝いはわたしの約束なので、付き合っていただかなくてもいいんですよ」
いまは横に立っているカシュアにこっそりと小さな声で言ってみれば、カシュアは苦笑した。
「この状況でなにもしない人間が突っ立っているだけであれば、それはただの邪魔ものでは?」
できないことでもないですし、となんでもないことのように言う。
できるできないという以前に、警護上離れることのできないカシュアを巻き込んでしまったのだ。
「すみません」
と茅乃が謝ると、
「お気になさらず」
となんとも柔らかい返事が返ってくる。ちょうどそのとき裏口からハウラが戻ってきた。
「はい、あたしたちの今日の最後の仕事でーす」
ドンッと台の上に置かれたのはハウラとハウラの同僚が運んできた玉ねぎ山盛りのバケツだ。
「カーヤとカシュア様はこちらをどうぞ」
ハウラは小さなナイフを台の上に置く。こうしていつも借りていることから、予備があるんだなと茅乃は思いつつ受け取る。
「ありがとうございます」
「いいのよ。ヘタと根っこの部分を落として皮剥きしていってね。あとで洗うから皮が多少付いてても気にしなくていいわよ」
「わかりました」
説明を受け、台の周囲に点在しているイスのひとつに座る。カシュアは座らない。バケツのひとつを足元に運んで手を伸ばしていた。
茅乃も玉ねぎを手に取って見る。
手のひらに収まるくらいの小さめの玉ねぎがほとんどだ。これを王城の厨房という規模で消費するとなると、それは山盛りの玉ねぎが必要となるだろう。
三人で玉ねぎの処理をこなしていく。
果樹ではなく、農作物の栽培はどこで行われているのかという質問に、農地は砂漠を越えたところにあるだとか、果樹園が裏にあるのは日にちをかけて運べる作物ではないからだという返答をカシュアやハウラから受けながら進めていると、ほかにもそれぞれの作業を終えた料理人たちが集まってきた。
大半は茅乃やカシュアと距離を取るかのように台を遠巻きにする位置で座ったが、中でも顔見知りであるファリダは近い位置に、それも、とても近い位置にイスを持ってきた。
「・・・・・」
ほぼ茅乃の真横である。
ファリダさんもおしゃべりがしたかったのかな、と茅乃は思いながら手伝いを進めていると、ファリダは壁際に立っているカシュアに声をかけていた。
「カシュア様」
「なんでしょう」
「作業が終わったら、お茶を淹れるのですが」
というやり取りを背中越しに茅乃は聞いている。というよりすぐ横なのでどうしたって聞こえる。
「よろしかったらカシュア様もお飲みになってください」
「結構です」
カシュアの返答は短かった。
「そんな、いつもみんなで飲んでるんですよ?」
「では皆さんでどうぞ」
「どうしてそんなに冷たいことをおっしゃるんですか? 美味しく淹れますよ?」
「業務中ですので」
カサカサ、と乾燥した皮を剥きながら、茅乃は思った。
・・・・・これは、かなりな、塩対応・・・・。
カシュアに対して、茅乃は穏やかで愛想のよい人物だ、という印象を持っている。それが例えキアヒムやラムジが聞けば首を傾げるような感想であったとしても、茅乃から見れば読みにくくはあるけれど温和そうな年上の人物、と感じていた、のだが。
なにやら世間話のようでいて緊張感を覚えるようなやり取りに、茅乃の集中力が途切れた。玉ねぎから視線を上げてそっと台の周囲を窺ってみると、おそらく茅乃とおなじような表情になっている料理人が数人と、とくに変化のないハウラと眼が合った。そのハウラが口を開く。
「ファリダ、あんたいい加減にしなさいよ」
「なによ」
不満そうな声を上げたファリダにかまわず、ハウラは続ける。
「あんたの悪い癖よ。口だけ動かすのは止めてくれる? 働かない奴がひとりいたら複数でやっている意味がなくなるでしょ」
「・・・・・」
さすがにこの言葉にファリダは言い返さなかった。それでも声同様、不満げである表情は隠しもしない。仕事を思い出したファリダは今度は口を閉じて皮剥きを始めるが、空気はちょっとした地獄のようになっていた。
・・・・前は、ファリダさんはふつうのお姉さんだと思ったけれど。
ふつうに会話をし、仕事をしていたような気がする。そう茅乃は思い出しながら、作業の手を速める。この空気から逃れるにはもはや手伝いを終わらせるしかない。
他の料理人たちもそう考えたのか、会話の弾まない中で作業が爆速で進んでいく。
やがてバケツの中身は茶色の玉ねぎから白い玉ねぎで満たされた。
「終わったわね!」
居づらい空気もなんのその、ハウラが笑顔で立ち上がる。
「マリクさんはお時間ができたでしょうか・・・・」
と茅乃が訊いてみると、ハウラが先ほど茅乃が立った厨房、正面入り口のほうの様子を見た。
「・・・・うん、あっちも落ち着いたんじゃないかしら」
「そうですか。じゃあ」
そう言って茅乃は台の端に置いていた白い缶を開けた。
「あっ、それ」
とハウラが指さす。
「みなさん、よかったらお茶のお供にどうぞ。わたしは視察に行ってきますので」
またあとで缶を回収しに来ます、と言って背後のカシュアを振り返る。その足元には切り口も滑らかな処理済みの玉ねぎがバケツに積まれている。なんとも丁寧な仕事ぶりだ。
茅乃はじぶんが触った玉ねぎの歪な断面を見ながら、もうすこし丁寧にするべきだったと反省する。
「いったん失礼しますね」
とカシュアを伴って正面のほうへ移動すると、ハウラもついてきた。
「カーヤ、今日も手伝いありがとうね」
「いえ、そんな」
比べると、まだまだ荒いので手伝いになっているだろうかと不安になる。
「明日と明後日は休日だから、手伝いもないわよ」
「えっ、でも厨房のひとは常に働いてますよね?」
王城において、食事を必要としない日などあるだろうか。茅乃はそう考えて言ったのだが、ハウラはため息をつきながら返してきた。
「そう言うと思ったわ。たしかにここは常に動いてる場所だけど、あたしたちはきちんと交代でお休みもらってるからいいのよ。逆にあんたは厨房が空いてるからって来てたら、いつ休みがあるのよ」
「はあ・・・・」
べつに夜は時間があるのだけど、と考えた茅乃を見透かしたように、ハウラが念を押してくる。
「いい? きちんと休むのよ」
「・・・・わかりました」
それから、とハウラはカシュアを見上げる。
「先ほどはすみませんでした」
ファリダが、と続けているところを聞くに、あの空気感は察知していたようだ。
「あなたが謝ることではないですねえ」
苦笑交じりにカシュアは返答しているが、それが謝罪を受け入れているのか本人に謝らせろと言っているのかの判別がつかない。
・・・・ここにはやっぱり、夜に来よう。
そうすればカシュアを伴うこともない。
「それじゃあ二日後にまた来ます」
「べつに来れるときでいいのよ?」
と言葉を交わしたハウラと別れ、厨房の中を進んでいくと、正面入り口に立つラムジとシャノンの姿が目に入った。その傍らにはマリクがいて、なにやら話をしている。
「おや、カーヤ様。お手伝いは終わりましたか?」
ラムジが茅乃とカシュアの姿に気が付いて声をかけると、マリクも気が付いて振り返った。その目つきは今日も鋭い。もしかすると目が悪いのではないだろうか、と茅乃は思う。
「はい、ぜんぶ終わりました」
茅乃が答えると、ラムジが頷く。
「お疲れ様でございました。それでは視察を行いましょう」
その言葉に、厨房内の空気がふたたび張り詰めるのがわかった。
ハウラが答えてくれたように、こちらでの作業も落ち着いたはずなのだ。事実動いているひとはいるが忙しない、というほどでもない。さらに先ほどは激しかった物音もいまは鳴っていない。会話や指示の声もなく、厨房内はほとんど音がしないくらいに静かだった。
「・・・・どうして、こんなに静かなんでしょう」
やっと地獄のような空気から逃げ出せたはずなのに。
茅乃がだれにともなく問うと、マリクが答えた。
「みな神子様の視察とあって緊張しているのですよ」
「そんな。わたしのことなど空気と思ってほしいのに。・・・・みなさーん、どうぞおかまいなくー」
後半は厨房内の料理人に向けて言ったのだが、ほとんどのひとがギョッとしたようにこちらを見返してきた。
・・・・ここも早めに終わらせるべきかな、と考えて茅乃はマリクと向き合う。
「マリクさん、先に視察をしたいと思います。そのあとにカレーをいっしょに作りましょう」
「・・・・いっしょに?」
「はい」
茅乃は家庭科の調理実習くらいの気持ちで臨んでいる。
「では、厨房内の案内と食材の説明をお願いします」
ペコリ、と茅乃が頭を下げると、マリクはかしこまりました、と答えて足を踏み出した。
最初に案内されたのは裏口だった。ハウラの持ち場であり、茅乃がお世話になっている場所である。
下処理の場であるという。泥が落ちることも多いため、足元は土間のように剥き出しの土が見えている場所だ。そこから中に進むと石畳へと変わり、大きなかまどが六基設置されている。その傍らにはレンガ造りの流し台があるが、肝心の水道、つまり蛇口がない。ハウラが外に汲みに行ってたな、ということを思い出しながら見渡してみると、流し台の端に大きなバケツがある。覗き込んでみるときれいな水が湛えられていた。洗浄の際はここから水を使う、と説明を受ける。料理用には汲み置きしている水を別にして瓶に入れてあるという。
流し台の反対側を見れば、厨房でいちばん面積を多く取っている腰の高さくらいの台があった。
「マリクさん、あの台はなんのための台ですか?」
と質問をすると、
「盛り付け用の台です」
という答えが返ってくる。
なるほど、出来上がった料理をあそこで仕上げていくんだな、と茅乃は理解する。
「次に食材ですが」
マリクはそう言って厨房の片隅に歩いていく。
「ここが貯蔵庫です」
そう言って小さな扉を開けると、中はとても広かった。
石で造られた棚がいくつも並び、そこには大小さまざまな壷が置かれている。壁際には棚よりも大きな壷が床の上に整然と並べられていて、重さのある食材はあちらに入っているのだと説明された。
「重さ・・・・」
「調味料や、日々大量に使用するものも分類されています」
「ということは小麦粉も・・・・」
「ございますよ」
「では、このあとのためにすこし小麦をもらいます」
さらにいくつかの調味料と、臭みを取るための香辛料、辛味のあるもの、などマリクに選んでもらっていくつか持ち出すことにする。
「最後に、地下にも貯蔵庫があります」
マリクは陽が傾いてきた室内で、オイルランプに火を点けて足元にかざした。
「こちらです」
床とほぼ一体化している窪みのような部分に指を掛け、引っ張り上げると薄い石板のような扉が持ち上がる。
「おおー」
ぽっかりと開いた空間は暗く、ヒンヤリとした空気とどこか慣れない匂いが上がってきた。
「階段があります。お気を付けください」
明かりを頼りに見てみれば、たしかに下へと続く段が見える。階段は石でもレンガでもなく、固められた土だった。
土で作られている・・・・。
と一瞬茅乃は思ったが、マリクに続いて降りてみるとそれが勘ちがいであることがわかった。
地下の貯蔵庫は床も天井も壁も土だった。土で作っているというよりも、ここは土を掘って作られた場所なのだ。
「ここでは肉類や乳製品を管理しております」
ランプでかざされた室内は、半分が棚でできており、マリクの言う乳製品の類がきちんと整頓されて置かれていた。
白っぽい色の、大きな分厚い円盤のようなものが見えるが、あれはもしかしてチーズだろうか。横の壷は中身が見えない。
「マリクさん、あの中身はなんですか?」
「乳脂です」
「にゅうし・・・・」
バターかな、と茅乃は見当をつけて、とりあえずそれも持ち出すことにする。
部屋の残り半分には、様々な肉が釣られていた。きつい、わけではないがどこか独特の、慣れない匂いの源はきっとこれだろう。
茅乃の胴体くらいの大きさや、もうすこし小さいもの、とても大きなものになると茅乃の身長を越えるようなサイズのものもあった。
それらはすでに血抜きがされて皮を剥がれ、内臓も抜かれ、首を落とされた状態だ。
わあ・・・・。
乾燥が進んでいる状態だったのでまだ見ることができたが、もし処理したばかりのものが釣られていたら茅乃は直視できなかっただろう。
これが小さくなってスーパーのパックに乗せられるんだよね、ということは理解していても、見慣れているかどうかという点はとても大きいのだ。
屠殺された家畜だったものから目線を外し、おそらく頭部も暗がりのどこかに保管されているだろうから見ないようにし、茅乃はマリクに注文した。
「ええと、肉も使いたいのですが」
「鳥と、猪類と、牛がありますが、どれを使いますか?」
「・・・・う、牛で」
茅乃はちょっと贅沢なカレーが食べたかった。
必要な食材と調味料を持ち出し、かまどの横へと戻ってくる。するとそこには、ハウラをはじめとした料理人たちが集まっていた。
「あれ、ハウラさん」
「見学したくて残っちゃったー」
・・・・調理実習、と思いながら茅乃は頷く。
「わかりました。それではみんなで作りましょう。班にわかれます」
「班?」
訝しげにするマリクに、料理人たちを幾人かの人数ずつにわけてもらってグループを作ることにする。茅乃はもちろんマリク班だ。
追加の材料と野菜類を用意してもらい、各班で野菜と肉を切っていってもらう。
さすがに料理人集団の下拵えは素早く、あっという間に終わってしまう。
「それでは、野菜に火を通していきます」
用意してもらった鍋に野菜を入れ、浸るくらいの水を加えてかまどにくべる、という工程をマリクにやってもらう。同様の手順を周囲の料理人たちが真似ていく。
「マリクさん、ここでただの水じゃなくて、いつもスープとして使っているものを入れても美味しいですよ」
そう告げると、不思議そうな表情で見返された。
「すうぷ、と申しますと?」
「あ、ああー、あの、肉団子の汁、です」
たしか団子汁って前に言っていたな、と思い出しながら説明する。
「旨味が出た、液体ですね。あれを使っても美味しく仕上がります」
「ああ、あれですか」
コンソメの素とか、ないもんね。そう思いながら茅乃は次の行程に移ることにする。
「それでは、野菜が煮える間に肉を炒めていきます」
別の鍋にバターを入れ、肉の臭みを消すためのスパイスと、香りのためのスパイス、そして辛味を出すスパイスを投入していく。
「あとでこれはネッチャリした物体になるので、火加減は弱めのほうがいいと思います」
かまどが六基もあるというのはとてもやりやすい。
パチパチ、と軽くバターが爆ぜてきたところでスパイスの香りが上がってくる。そこで牛肉を追加投入し、しっかりと炒めていく。塩と胡椒っぽいものを振りかけると、それだけでとても美味しそうだ。
「ここでのお肉はべつに牛でなくてもかまいません。貯蔵庫にあった肉類ならどれでも合うと思います」
と茅乃なりに解説を入れておく。
タンパク質であれば具として成り立つけれど、さすがにここにはシーフードがないなぁ、とすこし残念に思う。
肉に火が通ったところで、持ち出してきた小麦粉を振りかける。
慎重に、具があるといえどダマにならないように少しずつ入れていく。完璧に目分量だ、入れすぎると重たいカレーになるので要注意である。
炒められた肉が小麦を纏い、ねっちりとしてきたところで炊いている野菜の様子を見る。
箸のような棒を使って刺すことができた。野菜の鍋を火から外し、野菜スープとなった水分を肉の鍋のほうに入れていく。
少しずつ少しずつ伸ばしていくと、市販のル―で作ったときのような濃い茶色のカレーではなく、もっと薄い色の粘度がある物質ができた。
その粘度の濃さを気にかけつつ、野菜も投入して、味がなじむまでコトコトと炊く。この過程で味付けも終わらせる。
ほわぁ、と空腹中枢を刺激するスパイスの香りが厨房内に立ち込めた。
「うん、美味しいカレーができました」
最後の味見をして、茅乃は頷く。
「マリクさんも、どうぞ」
横でまだいちども味見をしていないマリクに勧める。
「・・・・・・」
小皿にとって味を見たマリクは、数秒無言のままカレーの鍋を見つめ、
「夕食向きですね」
と言った。粘性のある物質は保温性が高く、アズイルの夜ご飯には最適だろうと茅乃も思えた。
「辛いのが好きな人には、辛味のある香辛料を足したものが舌に合うと思います。逆に辛味を抑えると小さな子供でも食べやすいと思いますよ」
茅乃としては後味に少しの辛味を感じる程度が好みだ。ちょうどこの鍋のカレーのように。
なお、これは茅乃が節約重視として作っていたカレーの作り方なので、別の作り方がある、という異論は認める。
「水分をもっと足せば汁として食べることもできますし、小麦粉を足せば垂れることも少ないので、いつも付けてもらってる、あの、薄い食材にも合うと思うんです」
ようするに作り手の作りかたによっていくらでも変えることが可能である、とカレーの基本を茅乃はマリクに伝える。
「似たような料理があったら申し訳ないのですが」
せっかく時間をもらって作ったのが既知のものであれば時間泥棒もいいところだ、と茅乃は思ったのだが、それは余計な考えだったようだ。
「いいえ、神子様。小麦は主に主食に使っておりましたので、このような使い方ははじめてです」
「あっ、じゃあ、カレーはアズイルではじめての料理ということで?」
確認すると、マリクはひじょうに重々しく頷いた。
「勉強させていただきました」
「そんなたいそうなことじゃないです」
むしろ茅乃はアズイルの気候やお国柄的な意味でカレーが存在しなかったほうが不思議に思っている。
けれども料理というものは文化だ。発明という点でアズイルが日本とは異なるのは当然であるから、文化の開きかたも異なるのは当然だろう。そして文化とは様々なものを取り入れて進化していくものだ。
・・・・もしかして新しい美味しい料理が発見されたりして。
という点を茅乃はおおいに期待している。
その後、茅乃はカレーは傷みやすいこと、完全に冷ましてから蓋をすること、温め直すときは焦げやすいので要注意、という点を伝えて視察とカレーの教授を終えることにした。
「それは、私も食べられますかねえ」
マリクの鍋に味見として集まってくる料理人を見ながら、カシュアがそうつぶやく。
班にわけて作ったものの、すぐに胃袋に消えていきそうな、いわば賄いくらいの分量しかないのだ。
「宰相の執務室にもわけてくれるか」
とラムジも言う。
それぞれ夕食前ということもあって、スパイスの刺激を受けているようだ。
「・・・・かしこまりました」
なにか言いたそうな気配をマリクから感じたような気がしたが、結局マリクはそう返答し、それぞれの夕食にカレーを足すよう部下である料理人に指示した。
「神子様のお食事にも付けておきますね」
というマリクの言葉を聞いて、茅乃は顔を輝かせる。
じぶんの指示とはいえ、作ったのはマリクだ。先ほどの味見でも申しぶんなかった。
「ありがとうございます!」
それでは後ほど運ばせます、と言われたので、茅乃は裏口の缶を回収し、厨房を辞することにした。
ラムジとシャノンは仕事が残っているということなので、ふたりと別れ、茅乃はカシュアとともに部屋へ戻る。
今日は朝が早かったから、早めにヒノキ風呂に入って寝よう。
そう考えながら、ほくほくと王城の中を進んでいく。陽はいつの間にか暮れており、あたりは暗くなっていた。
いまは背後ではなく横に並んでいるカシュアがふと訊ねてきた。
「カーヤ様が厨房に赴くのは、なにか理由があるのでしょうか?」
「理由? とくにないです」
歩いていたら見付けて、誘われるままに入っただけだ。
答えると、カシュアは首を傾げるようにした。
「料理人見習いになりたい、というわけでもないのですか?」
「いやー、ないですねえ」
どうしてそんなことを訊かれるのだろう、と思いつつ、茅乃は厨房にいく理由というものを考えてみた。
「しいて言うなら、訓練にちょうどいいなあと思っています」
「訓練、ですか?」
「はい。食材を触っていると、力加減の訓練にちょうどいいんですよね」
イモや玉ねぎの皮剥き、豆の筋取りも。素材を慎重に、丁寧に持つことからはじめないと潰してしまうのだ。
そう言うと、カシュアは思い出したように声をもらした。
「ああ・・・・、そう言えばそうでしたねえ」
「すこしずつ、加減ができているような気がしてるんです」
最初はわけのわからなかった怪力ではあるが、慎重に取りかかればコントロールできる、と茅乃は感じている。食事のときはカトラリーを持つことができているし、本だって丁寧に扱えば破れることもない。
日常生活が送れそう、と感じているのだ。
「・・・・でも、普段は良くてもうっかりがあったら怖いんですよね」
「と、おっしゃいますと?」
「うっかり転んだ拍子にだれかにぶつかる、とかそういうことがあったら・・・・」
「ほお。興味深いですね。私で試してみますか」
「いえ、試すのは怖いです。確実に折れるだろうなって確信してます」
万全の意味で、日常はだいじょうぶ、とはいい切れないのである。
だがこの力に関しては、待てばなんとかなりそう、という確信もあるので待つよりほかない。
「まあ、気長に取り組みます」
そんな会話をし、休日のあいだもカシュアが警護として付くことを聞き、行きたいところがあれば予定を立てておくように言われる。
部屋に戻り、はじめての休みに思いを馳せつつ、茅乃はいつもより一品多くなった夕食と風呂を楽しむ夜を過ごした。
夜も更けたころ、ラムジから今日一日の報告を執務室で受けたキアヒムが、言った。
「・・・・オレのぶんがなかったんだが?」




