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青の塔  作者: あきお
51/55

50   書類






 部屋まで戻ると、茅乃は件の書類をシャノンに渡した。

「これなんですが」

 受け取ったシャノンは書類を開き、真剣な眼差しで読んでいく。そしてひととおり確認し終えると、首を傾げるようにして言った。

「カーヤ様、申し訳ございません」

「えっ?」

「正直に申しますと、わたしも見たことがない書類のようです。父のところへ確認をしに行こうと思いますが、カーヤ様はこの後どう過ごされますか?」

「どう、とは・・・・?」

 今日はもう特に予定のない身であるが、この後の過ごし方と書類の関連性がわからず、ただぼんやりと訊き返してしまう。

「お任せいただければ、書類の確認はわたしひとりで行ってまいります。詳しくわかり次第、またお部屋にうかがってお伝えいたしますよ」

「ああ・・・・。でも、そうすると、シャノンさんは二度手間になってしまうので、一緒に行ったほうがいいのでは?」

 お任せできないって意味じゃないですよ! と茅乃が念を押すと、当のシャノンは小さく笑った。

「かしこまりました。それでは、行きましょうか」

 ふたたび部屋を出る前に、茅乃は同室内のカシュアを振り返って確認してみる。

「ということでカシュアさん、もうすこし付き合ってもらってもだいじょうぶでしょうか?」

 ともすればこの時点で本日は終了してふたりを解放、ということもできたのだが、用事が出来てしまった。カシュアがもし帰りたいなーなどと思っていたら申し訳ないと思って言ったのだが、カシュアにとっては軽く片方の眉を上げる程度のようだった。

「おや、私はカーヤ様の警護を職務だと思ってお付きしているのですよ。本日のご予定が増えようが増えまいが、カーヤ様が自室に戻ってゆっくり過ごされるまでは私を連れていただかないと困ります」

 などともっともらしいことを言っているが、じつのところカシュアの本音としてはほとんどシャノンとおなじである。まだ鐘は鳴っておらず職務中の時間だ、という点はあるものの、カシュアは無駄に兵舎というむさ苦しい空間に戻りたくないだけなのだ。

 そんな本音など汲めるはずもなく、茅乃は他意もなくありがとうございます、と礼を言う。人間というものはたいてい透明なものを目の前にするとじぶんの汚さがより反映されるものだが、かといってそれで痛むような良心を持ち合わせていないのがカシュアという男である。

 それはともかくとして、茅乃はふたたびシャノンとカシュアを伴って部屋を出る。

 まだ昼を過ぎてからそう時間は経っていない。体感的には三時のおやつ前くらいかな、と茅乃は思っている。

「おっと、そうだ」

 ラムジのところに向かうというのなら、まだ振舞っていない焼き菓子を持っていこう、と思いついたのだ。

 部屋に戻り、白い缶を持って戻ってきた茅乃を見て、シャノンは不思議そうにする。

「カーヤ様、それは?」

 訊かれて、シャノンにもまだだった、と認識する。

「これには、おやつが入っています。ラムジさんのお部屋で、可能であればおやつ休憩を提案したいと思います」

「・・・・おやつ休憩、ですか」

「はい」

 こっくり、と茅乃は頷く。

 もしかしたら多忙かもしれないので、そのときはおやつだけ置いて戻ろうと思う。そんな茅乃の背後で、軽いカシュアの声がする。

「私は先にいただきましたが、とても美味しかったですよ」

 珍しいものもありましたし、と話すカシュアに茅乃も同調する。

「ですよね。いろんな種類があるので、見ても楽しい缶となっております」

 という会話をしながら階下へと降りていく。

 脳内の王城マップを広げながらなんとなくシャノンに連れていってもらううちに、そこが見覚えのある場所のように思えた。

「んん・・・・? もしかしてこのあたりは、キアヒム君の執務室に近いのでは?」

 ルートは別のものだったが、位置的には近いような気がする。現実的に目で見ている場所も、似たような回廊の景色、というよりは王城の中枢に近い装飾のある回廊の景色へと変化しているのだ。それはキアヒムの執務室の付近で見かける装飾とおなじであるように思われた。

「おわかりになりますか?」

 なにやら背後から面白そうな声音で訊かれたので振り返ると、カシュアが微笑みながら茅乃を見ている。

「ぜんぶは、把握できてないですけど・・・・」

 王城の中にはまだ行ったことがない場所があるので、脳内マップは空白の部分がある。けれども行ったことのある場所であれば空間がどれくらいか、回廊の奥行きがどれくらいかはなんとなくだが摑めるので、マップを埋めていくことができる。とくにこの王城は階層はちがえど似たような構造になっているのでわかりやすいのだ。

 茅乃が答えると、カシュアは口角を上げた。

「カーヤ様は早いうちに王城内を把握してしまいそうですねぇ」

「そうですね、いろいろな場所に行ってすこしずつでも覚えたいと思います」

 最終的にはワンワン君が使っている通路も把握したいです、と茅乃が言うとカシュアは吹き出した。

「いいですねえ。いまのところあの通路は諜報部の専用となっていますので、そのうち公開して面目を潰してやりましょうか」

 協力しますよ、とカシュアが言った言葉には多分に私情が含まれていやしないだろうか。

「いえ、けっこうです」

 神妙に首を振って断っておく。茅乃としてはマップを埋めたいだけであって諜報部の面目とやらを潰したいわけではない。それに、回廊の天井のほうで小さくガタンと鳴った。おそらくそのあたりにワンワンがいるのだろうとは思うが、茅乃に聞こえた音がカシュアに聞こえていないとは思えない。


 なんだか、やっぱり、仲が悪い・・・・?


 だれと、とはいわないが、内心で首を傾げているとシャノンが回廊の前方を指した。

「あの角を曲がると陛下の執務室があります。そして、父の執務室はこちらです」

 回廊の、とても近いところで繋がっているらしい。

「もしかして、隣の部屋くらいの距離なのでは・・・・」

 茅乃がそう言うと、シャノンは頷いた。

「壁の部分でいえば隣り合っていますね。父の職務上、このような配置となっています」

「へええ・・・・」

 有事の際には連絡がすぐ取れるように、ということだろうか。

 なんとなく回廊を見渡しているあいだに、シャノンは宰相であるラムジの執務室の前で声をかける。

「父上、ご相談したいことがあります」

 そして返答がないうちにその扉を開けてしまう。

 スタスタと中に入って行ってしまうシャノンの後を、カシュアに促されておずおずと続く。

 中に入ってみると、そこはキアヒムの執務室と似た造りになっていた。

 同等の広さ、というわけではなく、こちらの部屋には会議机のようなものがないので、そのぶんひとまわりくらい小さい規模となっている。だが茅乃が知る教室くらいの広さはありそうだ。

 奥には部屋の主、ラムジ用の机があり、入り口に近いところには応接用に使われそうなコンパクトなテーブルとイスのセットがある。入り口の奥側にはオフィスを彷彿とさせるような机が四つほどまとめて置かれている空間があった。そのうちのふたつは空きとなっており、ラムジ以外にふたりの人物が机に向かっている。どちらも男性で、シャノンやラムジが着ていた服とおなじ服を着ているので、シャノンとは別の補佐官だろうか。

「どうした、シャノン。カーヤ様のところでの務めはどうした・・・・・」

 部屋の主であり発言主でもあるラムジは机から顔を上げながらそう口にしたが、言葉の途中で茅乃と眼が合ったことによりその声が消えていく。

「お、お邪魔してます」

 ペコリと茅乃が頭を下げると、

「これはこれはカーヤ様」

 とラムジが立ち上がる。それによって仕事中の補佐官らしきふたりも顔を上げた。

「お仕事中にすみません」

 なんだか今日はお邪魔してばかりだな、と思いつつ、補佐官のひとにかまわず仕事を続けてほしいと訴える。

 補佐官のふたりは礼の姿勢を取ったが、茅乃の発言を汲んでくれたシャノンのとりなしによって仕事に戻っていく。ラムジには相談という用があるのでそのまま応じてもらう。

「父上、このような書類がカーヤ様のお部屋に届けられたらしいのですが」

 早速シャノンは書類を広げながらラムジに見せている。

「カーヤ様の?」

 訝しそうにしながらも受け取ったラムジは、目を通しながら応接用らしきソファを茅乃にすすめてきた。

「どうぞ、カーヤ様。お掛けください」

 そう言ってラムジ自身もシャノンもソファに座って書類を注視している。

 すすめられるままに茅乃もソファに掛けたが、背後ではソファと部屋の入り口の間にいるカシュアが立ったままだ。

「あの、カシュアさんは・・・・」

 座らないのだろうか、と声をかけてみると、カシュアは壁に沿うように移動して答えた。

「私のことはお構いなく。これは軍部に属するものの定位置ですし、性分というものもありますので」

「はあ・・・・」

 常に警護として気を張っているのだろうか、と心配になるものの、年上の人物からかまうなと言われてはそれ以上突っ込めない。

 それじゃあ、とテーブルに向き直った茅乃に、目線を上げたラムジが書類を指しながら説明を始める。

「これは、新店の手続きに関するものではなく、予算に関わる書類です」

「予算・・・・ですか」

「公庫から引き落としをかける際の審議書、その予備の書類ですな」

「はあ」

 と茅乃は返事をするが、よくはわかっていない。

 言われた意味はわかるが、なぜその書類をラムジが、いやラムジだけでなくシャノンも厳しい眼で見ているのかがわからないのだ。

 

 茅乃の背後であったので気付かなかったが、カシュアもまた感情の消えた眼で書類を見ていた。


 本来、アズイルの民が新しく商売を手掛けようとして、店を始める際に必要となる書類なのだ。

 民相手であれば神子のように積み立てた予算もないので公庫は使えず、ふつうに融資を受けられるかどうかの審議が必要となる。そのための書類だ。


 けれどもおかしい、とラムジやシャノン、カシュアだけでなく仕事をこなしながら聞き耳を立てていた同室内の補佐官たちでさえ思う。


 通達が出ているはずなのだ。

 王であるキアヒムから、神子に関してはほぼ許可を必要とせず制限を設けない、と。


 今回の場合、唯一王が言及した神子の身に関する危険性はない案件である。通達通りに動くのであれば、このような書類は存在しないはずなのだ。


 ・・・・・どこから出てきた?


 茅乃から見えない範囲で、その異色の眼を思考を巡らすように動かしたラムジに、部屋の端から声がかかる。


「それ、ちょっと見せていただいてもよろしいっすか?」


 丁寧なのか粗いのかよくわからない言葉遣いで挙手したのは仕事をしていたうちのひとりである。

 二十代後半くらいの、黒に近い髪と茶色の目をした細身の青年である。

 ラムジが軽く頷くと、青年は立ち上がってテーブルの横にやって来た。

 おなじように覗き込む青年に、ラムジが短く問う。

「どこの部署だ?」

「この筆跡は三部で見たことあるっすね」

「あそこか。わかった」


 ひじょうに簡素な、さっぱりわからないやり取りが交わされている。

「あのー・・・・?」

 戸惑うばかりの茅乃が声を上げると、ラムジが説明してくれた。

「こちらの書類は書式に不備があるようです。このものが正式な書類を請求しにまいりますので、この書類はこのまま預かりますが、よろしいですかな?」

「ええと、それじゃあよけいなお仕事を増やしてしまうのでは」

 と茅乃は遠慮しようとしたのだが、補佐官の青年からは

「帰りに寄るだけなんで、神子様は気にしなくていいっすよ」

 と言われ、ラムジからは

「ひとつの仕事しかできないものはここにはおりませんのでな」

 と言われてしまったので、任せることにした。




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