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青の塔  作者: あきお
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4   物理






 目が覚めた。


 パチリと開いた目の前にあるのは眠る前に見た部屋の天井で、やっぱり夢オチにはならなかったんだなとガッカリしながら起き上がる。

 ググっと伸びをすると、瞼はすっきりと上がった。眠気はどこにもない。自分でも驚くくらいしっかりと眠ったようだ。その図太さに感心しながら足を床へと降ろすとなにか硬いものを踏んだ。

「いたっ」

 足の裏に走った激痛に思わずしゃがみ込む。

「なんなの」

 殺風景な部屋だと思ったけれど、なにか落ちていただろうかと訝しむ視界にそれは映った。


 あの、釣竿だった。


「えっ? ええっ?」


 夢じゃなかったの? と思いつつも事実それは落ちているので、混乱したままの頭でそれを手に取って、みようとした。

 が、思いがけない反発にあって釣竿が手から落ちてしまう。夢の中程の重量ではないが、グッと引っ張られる力があって取り落としてしまったのだ。

 テグスの先がカーペットに埋まっていた。毛足が長いカーペットなので、針と絡まったようだ。

 解こうとテグスをたどってみる。十センチほどはあるかと思われる毛足を探って茅乃は眉根を寄せた。

「んん?」

 針が見つからない。針が絡まっているというより、テグスの途中からかき分けたカーペットの生地の中に埋もれている。


 どういうこと?


 ためしにテグスそのものを指でさらに探ってみる。が、どうしても糸が埋まっているようにしか見えない。糸を引っ張るとカーペットが浮いた。


 これ、物理的にどうなってんの?

 単純に絡まってるんじゃなくて、糸の先が埋まるなんてことがある?


 テグスの先に目線が釘付けになった茅乃の背後で、ノックの音が響いた。

「神子様。お目覚めですか」

 ロザンナの声だ。

 とっさに釣竿をベッドの下に押し込んで茅乃は立ち上がった。

「はい、起きてます」

 答えるとドアが開いてロザンナと二人のメイドが入ってくる。昨日のメイドとは交代したのか、見たことのない二人だな、と茅乃は思った。

「朝食の用意ができております。食堂までお越しいただきます」

 ロザンナがそう言う間にひとりのメイドがカーテンを開け、もうひとりがベッドへと向かう。その手にはリネン類があるので、ベッドメイキングに取り掛かるのだろう。

 ロザンナに促されるまま食堂へと足を向ける途中、ベッドの下の釣竿が気になったが、夢の中のレンという人物の言葉を信じるなら取り上げられても大丈夫、らしい。

 なので茅乃はロザンナの後についていくことにする。


 と、その前に。


 キリリと顔を上げて茅乃は先導するロザンナに声をかけた。

「あの、朝ご飯の前に教えてほしいことがあるんです」

「なんですか。職務以外のことはお教えできませんよ」

 チラリと、ほぼ目線を寄越すだけのロザンナに茅乃ははっきりと首を振った。

「いいえ、そういうことではありません」

「ではなんですか」

「お手洗いはどこですか」

「・・・・・・」

「そろそろ限界なんです」




 早急に目当ての場所に案内された後、改めて食堂へと連れていかれた。

 朝食はあっさりとした品数で、サラダとパン、フルーツが並べられていた。

 昨日食べられたものが多めに並んでいたので、茅乃は嬉しくなって手を合わせる。

「いただきます」

 相変わらず繊細なカトラリーを慎重に手に取る。パンは後に取っておこう、フルーツはデザートだから一番最後ね、と順番を考えながらサラダのお皿を取る。相変わらず素材がなんなのかわからない温野菜サラダのようなものを口に運ぶ。

「・・・・!」

 おいしい! と茅乃は驚いた。昨日はよくわからないまま食が進まなかったのだが、今日のサラダはすごくおいしい。パクパクと食べ進み、完食する。次はパンだ、と今日も盛られたパンのひとつを手に取る。ちぎると眉根が寄った。

「・・・・?」

 昨日のような芳醇な香りがしない。


 焼きたてじゃないのかな?


 そう考えながらちぎったかけらを口に入れる。飲み込んだとたんに唐突にもの凄い胸やけが襲ってきた。

「・・・・ッ」

 食べたものがせり上がってくる衝動に焦りつつ、水を手に取ってなんとか流すことにする。

 ダメだ、このパンは無理だ。

 昨日はおいしかったのになぁ、と茅乃は断念して最後のフルーツを食べてしまうことにする。

 こちらもまた新鮮な香りがなかった。

 これもちがう、と茅乃はフルーツも断念する。

「・・・・・」

 食べられなかった料理のお皿を見ながら、自分はこんなにグルメだっただろうか、と茅乃は首を傾げる。

 そんなはずはないんだけど、と茅乃は考える。なんなら賞味期限ギリギリどころか超えていたって食べていたくらいだ。

 おかしいな、と思いつつも手を合わせる。

「ごちそうさまでした」

 その様子を昨日と同じようにロザンナが見ていた。

「こちらはお口に合いませんでしたか」

「はあ・・・・」

 なんか同じようなやり取りをしたなと思いつつ、またも曖昧に答える。

「そうですか。では部屋にお戻りください」

 そう言ってロザンナは食堂の出入り口へと向かう。さっさと部屋に返すつもりらしい、と気付いて茅乃は促されるまま立ち上がり、ロザンナの後に続く。

「あの、わたしはここでなにをすればいいんですか?」

 滞在しろ、とは言われたが、ほかにはなにも言われていない。ご飯の後は部屋に戻れと促されるが、この建物の案内とか説明をしてくれてもいいのじゃないだろうか。そもそも茅乃にはレオトール国の、ひいてはここの知識がなにもないのだ。

 だが、返ってきたのは突き放すような一言だった。

「それにお答えするのはわたくしどもの職務ではございません」

「・・・・・」

 そうだった、こういう反応だった、と茅乃はため息を吐いた。


「そうですか」

 世話をすることが職務だって言ってたな、と茅乃は思い出す。

「では本をください」

 それを聞いてロザンナが振り返る。

「本、でございますか」

「そうです。やることが定まらないので、本でも読みます」

 ロザンナは少し考える様子を見せた後、返答した。

「王宮に確認してみませんとなんとも言えません。それまで神子様はお部屋でお寛ぎください」

「わかりました。期待して待ってます」



 部屋に戻った茅乃は無意識で大きく息を吐いていた。


 なんか、息が詰まっちゃうな。


 メイドはいれども誰も口を利かないし、ロザンナは唯一会話のできる相手だが慇懃を通り越した印象だ。会話をしても噛み合っている感じがしない。

 もしかしてずっとこんななのかな、と茅乃はふと大きな窓の外を見やる。


 綺麗に手入れされた庭の向こうには、城壁と尖塔が見えた。




 おそらく昼前だろうと思われる頃にロザンナが部屋にやってきた。

「神子様、朝におっしゃっていた本の件ですが」

 思わず期待感を募らせてロザンナを見たが、すぐに

「許可が得られませんでした。神子様には庭の花でもご覧いただくよう、とのことです」

「・・・・・・」

 拒絶の言葉が返ってきて、少なからず落ち込む。

「そうですか・・・・。じゃあ、お花でも見てます」

 そう応えると、部屋の中に立っていたメイドが窓を開ける。大きな掃き出し窓からは直接庭へと降りることができ、散策ができるようになっているようだ。

「あの」

 部屋から降りながら、茅乃はロザンナを振り返る。

「あとで、お茶をいただけますか」

 よく言われ慣れていることなのか、ロザンナは表情ひとつ変えることもなく、これには頷いてくれた。

「かしこまりました。ご用意しておきます」

「ありがとうございます」

 ロザンナは部屋の中にいたメイドのひとりに声をかけ、お茶の手配をするよう告げると茅乃に続いて庭へと降りてくる。

「・・・・・」

 ぼんやりと庭へ視線を向けながら茅乃は考える。


 少なくともここは日本ではない。神子という存在を信じているというのなら、ここは地球ですらないのだろう。夢を見ようが釣竿を渡されようが、茅乃は自分のことはただの女子高生だと思っている。だがそう思っているのは茅乃だけで、茅乃が持っている常識はここでは通用しない。そもそも初対面の人間を強制連行してくるお国柄なのだ。そして、そんな国の一般的な常識すら教えてもらえないという状況だ。

 本とはなにか、と聞き返されなかった以上、ここには文字があり製本の技術がある。ある程度の文化は発展しているように思うが、神域という場所からの移動は馬車だった。電気という文明はここには存在しないようだ。


 中世・・・・みたいな感じなのかな。


 この国が洋風なのでそう思ったが、歴史の授業の内容を詳しく覚えているわけではない。そもそも地球とはちがうのでなぞらえることも難しいのかもしれない。だが文化の土台があるのだとしたら、ある程度は思考の基準にはなる。


 ・・・・もうちょっといろいろ教えてくれたらなぁ。


 溜め息をついて茅乃は庭に咲いている花を見る。

 あいにく花を愛でる心は持ち合わせていない。きれいだな、ということはわかるが種類がどうだとか、そういった細かいところまでは興味を持てない。

 花を見つめながらそんなことを考えていると、後ろについてくるロザンナは別のことを思ったようだった。

「その花がお気に召されましたか。お部屋に飾ることもできますが」

「あ、いえ・・・・。けっこうです」

 ぼんやり花を見ているから勘違いされるのだろう。だが本来なら今頃授業でも受けている頃なのだ。時間が余って仕方がないから、ぼぅっとしてしまうのだろうと茅乃は部屋に戻ることにした。


 寝室とは別の部屋に案内された。

 ソファとローテーブル、よくわからない戸棚と壁にはなにかの絵画が飾られている。寝室よりは家具や装飾が多く、応接室のような印象を受けた。そのテーブルの上にお茶の用意がされている。

 食事の時にも感じたが、相変わらず繊細そうなカトラリーと触れただけで割れそうなティーセット、そのカップには紅茶によく似た色の液体が注がれていた。

「いただきます」

 飲んでみると、ほぼ紅茶だった。茶葉や製造工程が似てるんだろうな、と茅乃は考え事をしながらソーサーの上のティースプーンへと目を転じる。

 傍らにはシュガーポットとミルクピッチャーがある。牛乳なんだろうか、と思いながらスプーンに手を伸ばす。

「あっ」

 カチャンとソーサーの上でスプーンが跳ねて、床の上に落ちた。厚めのカーペットなので音もなく落下したスプーンを、茅乃はカップを戻して探す、振りをする。実際にはカーペットの上、指先にあるスプーンをそっとつまんで柔らかな靴の中に入れた。

「すみません、スプーンがどこかにいっちゃったみたいで・・・・」

 足元を覗き込むようにしながらそう言うと、なにも気付かなかったロザンナが大したことのないように答えた。

「替わりのものをお持ちします。スプーンは後でメイドが探しますので」

「す、すみません・・・・」

 たぶんスプーンは見つかりません、と茅乃は申し訳なく思う。

 ほどなくしてメイドが持ってきてくれたスプーンを使い、ミルクティーにしたものを飲む。

 香り高く、おいしいと思う。

 もしかしてご飯が食べられたり食べられなかったりというのは香りに関係しているのだろうか、とひとり首を傾げてみるも、自分でもよく理解できない現象なので考えてみても結論が出ない。

 小さめのティーポットの中をゆっくりと時間をかけて飲み終えた頃、ロザンナがひとつ提案をしてきた。

「いまお茶を終えたところですので、昼食は少し遅めにご用意いたしましょうか」

「あっ、そうですね・・・・」

 なにも考えずにお茶をのんでいたが、確かに今は水分でお腹が膨れている。今昼食に移ってもそれほど食べることができないだろう。そもそも自分のよくわからない選り好みで食が細くなっている。食べられるときにきちんと食べているほうがいいだろうと思った。


 あ、でもご飯を用意してくれてるひとに迷惑だったかな・・・・・。


 今度から時間はあまり変えないようにこころがけよう、と考え、ふとここには厨房とかあるのかな、と思い至った。さすがに食事を毎回王宮から運んでいるわけではないだろう。


 隅々まで案内してくれないんだよね・・・・。


 寝室と庭とこの応接室。必要最低限の場所を行き来するだけで、この離宮にほかのどんな空間があるのかさえわからない。


 落ち着かないな・・・・。


 お茶が終わるといったん寝室へと戻るよう促される。

 相変わらず殺風景な部屋で、書き物の用意もなければ当然本があるわけでもない。暇つぶしできるものが一切なく、ここの人たちはほんとうにどうして自分をここに連れてきたのだろうと疑問に思う。

 それでもとりあえず要望は出してみようと、ついてきたロザンナを振り返る。

「あの、なにか書くものをもらえませんか」

「書くもの、ですか?」

 本が存在するなら筆記具もまた存在するはずだ。それがあれば日記くらい書けるだろう、と考えたのだ。

 またもロザンナは曖昧な返答をよこした。

「王宮に確認してみます」

「そうですか・・・・」

 自然と肩が落ちる。あまりあてにしないほうがよさそうな気がした。


「それじゃあ、お昼ご飯まで少し休みます」


 そう言うとメイドとロザンナが部屋を出ていく。

 茅乃がほんとうにひとりになるのは就寝のときくらいなのだ。


「昼食のお時間になりましたら、声をおかけします」

「あ、はい」


 パタン、と静かにドアが閉じられるのを見送って、茅乃は部屋の中を見回す。

 昨日も今朝も気付かなかったが、壁の一部に取っ手が付いていた。

 なんだろう、と思って摑んでみると、壁だと思っていた部分が開いた。中は少し広めの空間になっていて、リネン類と着替えのような衣類が置かれてあった。ここはクローゼットになっているようだ。

 その端のほうに、見覚えのあるものが置かれてあって茅乃は目を見開く。

 こじんまりとしたチェストの上に畳まれて置かれていたのは、白のシャツと紺色のベスト、そして紺地にチェックのスカート。チェストの前には茶色の革靴。

 制服一式だった。

 ここに連れてこられたときにはぎ取られて、どこにいったのだろうと思っていた。どうやら、きれいに洗濯され、知らない間にここに戻されていたようだ。

 ということは、厨房だけじゃなく洗濯する場所もあるはずだよね。

 たぶん顔も知らない誰かが洗って畳んでくれたのだろう。ロザンナや口を利くこともないメイドだけではなく、ここにはそういった人たちがいるのだ、と茅乃はそのことに気が付いた。


 もうちょっと、いろんな人と話せたらなぁ。


 もどかしく思いながら、茅乃はため息をついてベッドに腰掛ける。なんせこの部屋は殺風景すぎて座れる家具はこのベッドしかないのだ。

「・・・・・」

 チラ、と部屋のドアを確認する。

 おそらく部屋の前には誰かが控えているようだが、中に入ってくることはないだろう。休むときは放っておかれるというのなら助かるというものだ。

 ゴソゴソと茅乃は屈んで足元を探る。

 革靴を取り上げられた後、与えられたのは布で作られた柔らかな靴だった。その布靴の中に指を突っ込んで取り出したのはさきほど落とした振りをしたスプーンである。


 無断で拝借したのは実験してみたいことがあったからだ。


 どう考えても、カトラリーが繊細過ぎるのだ。

 細くて、脆くて、弱い気がする。デザイン、というレベルではない。単純に使いにくいのだ。気を遣って、慎重に扱わないといけないレベルなのである。

 もしかしてこれがこの国の常識で、壊れそうなカトラリーを扱うことがマナーだとでもいうのだろうか。

 茅乃は左手でつまんだスプーンに、右手を伸ばした。

 いわゆる首の部分を指先でつまむ。力を入れる、というほどの力も入っていないうちに柄がひしゃげた。

「・・・・・」

 上から圧縮した金属みたいに、法則性もなくグシャリとなった。まっすぐだったはずの繊細なスプーンは見る影もない。

「・・・・」

 もういちどつまんでみる。抵抗すら感じないうちにまた変形した。

 いやいや、おかしいでしょ、と少しムキになって左手と右手の指先でこねてみる。

 しばらくして出来上がったのは、金属のはずなのに綿埃のように小さくくしゃくしゃになったスプーンだったもの、である。

「これ、物理どうなってんの?」

 見れば見るほど信じられない。自分でやったことだが、繊細だとは思っていたが、スプーンとはこれほどまでに脆いものだっただろうか。

 もしかして、製鉄技術がそれほど発達してない?

 たぶんそうだよね、とひとり頷き、茅乃は大きな掃き出し窓をそっと開ける。

 庭の花を見る分には自由があるらしいが、なぜだか静かに開けてしまう。そのまま外に出て、先ほど見ていた花壇の端を掘り、埃のようなスプーンを埋めて土を被せた。証拠隠滅である。

 手を払い、部屋に戻り、ベッドの下を覗き込んでみる。

 そこには朝押し込んだ状態のままの釣竿があった。どのタイミングで掃除がなされているのかはわからないが、少なくとも今までの段階では見つからなかったようだ。

 手を伸ばして引っ張ってみるが、やはり糸の先が埋まったままビクともしない。

「なにが釣れるっていうの」

 ためしに釣竿を持ち直し、思いっきり引き上げるとわずかに手応えがあった。


 いける?


 釣り上げられるかもしれない、と茅乃はさらに力を込める。ずっしりと重いなにかがゆっくりと上がってくるような感覚がある。時間をかければ上げられるかもしれない、と茅乃は床に座り直した。


 そして、腕が震えて使い物にならなくなるんじゃないかと思い始めた頃、それはようやく姿を見せた。


 かきわけたカーペットの毛足の波から現れたのはつるりと滑らかな表面。

ゆるやかな曲面を描いたそれにはクリーム色を下地に灰色の斑点がある。竿先から繋がるテグスの先は正真正銘そのクリーム色に呑み込まれていた。


 なにこれ・・・・。


 軽く混乱しながらも震える腕で引き上げる。スポッ、と最後は軽い手応えでカーペットから上がったそれは。


 卵、だった。


「・・・・・・」


 たっぷりと、それはもうたっぷりと時間をかけて茅乃は卵を見つめ、眺め、そして見つめなおした。


「たまご」


 どう見ても卵だ。

 鶏卵より少し大きな気がする。なんの卵だろうか。

 夢の中でレンが釣り上げていたのは川からであったにもかかわらず魚ではなかった。そもそもあの行動を調整と言っていた。だからただ単に魚を釣るのではないのかも、と思っていたがどうしてカーペットから卵が出現するのか。


「不思議な・・・・世界だなぁ」


 唖然としたままそう呟いて、その卵がいまだ糸を呑み込んだままであることに気付く。

「吐けっ、割るわよ」

 強めにそう言うと、意外にもあっさりと卵から糸が落ちた。その先には針が付いているが、そこには普通の釣りのようにエサが引っ掛かっているわけでも中身の卵液が付着しているわけでもない。

 まったくもって普通の釣り針である。それがポトリとカーペットの上に落ちて、茅乃はテグスを釣竿本体に巻き付けて片付ける。最後に針を竿の身にすこし刺すようにして留めておく。


 問題はこの卵である。


「温めたほうがいいのかな」


 といっても孵すための機械があるわけではない。体温でやるにもワンピース一枚の身としてはこれを隠し通せる気がしない。

 少し考えた後、茅乃はクローゼットをふたたび開けてシーツを数枚抜き取った。

 転がらないようにクシャクシャに丸めて、その中に卵を置く。さらにシーツを被せてベッドの下に隠した。孵卵のための正確な知識があるはずもなく、なんとなく剥き出しよりはマシだろう、と考えた後の処置である。

「見つからないといいけど・・・・」

 そう呟くのとほぼ同じくして、ドアの外から声がかかった。

「神子様、昼食のお時間です」

 もうそんなに経ったのか、と茅乃は返事をしながら立ち上がった。




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