43 自由時間 4
王城の三階に茅乃は居候しているわけだが、階下へとつながる部分には隊員の人がいて警護をしている。同じ階にはキアヒムの部屋があるので、無人というわけにはいかないのだろう。
陽が落ち、明かりは灯されているけれども回廊には暗がりのほうが多い。そこに立つ隊員のひとに用があったので、茅乃は声をかけてみることにした。
「こんばんは」
すると、秒もかからずに応えがかえってくる。
「閣下! お出かけですか?」
そう言って膝を着く姿勢を取る。この大きくハキハキとした声は。
「い、イフラスさん」
内心で思わずしまった、とつぶやいた茅乃は反射のように半歩後退してしまう。部屋に戻って来たときは見たことのない人が立っていたので油断してしまった。当惑する茅乃に、イフラスは青い眼を真っ直ぐに向けてくる。
「じぶんの名前を覚えていただけるとは光栄であります!」
「いや、さすがに覚えてますけど・・・・」
紹介され、また自己紹介をしたのは今日の朝なのだ。忘れるほどの時間ではない。じりじりと後退してしまったが、用があるのは階下、イフラスが立っている方向だ。逃げ場所が、と階段あたりに視線をさまよわせていると、知らない声が聞こえた。
「・・・・隊長?」
怪訝そうな声音の人物を探してみると、イフラスの向こう、階段の端の暗がりに誰かが立っているような影が見えた。訝しく思いながらそちらを見ていると、のっそりと明かりの範囲に姿を現した人物がいた。
ほかにもひとがいたんだ、と思いつつその人物を見上げる。イフラスと比べて見劣りするものの、それでも体格のよい男性だ。三十代半ばくらいだろうか、オイルランプに照らされたのは黒に近い茶色の髪と、色素の薄い透明感のある黄色の瞳を持つ人物である。その姿は軽装で、シャツとズボン、そしてブーツのような革靴、といった出で立ち。カシュアの姿で見慣れた、軍部のひとたちの制服である。そして先ほどイフラスを隊長と呼んだことから、この人物も隊の一員なのだろうと予想が付いた。
「あの、隊員の方ですか。わたしは茅乃と申します」
そう挨拶をすると、当の人物は思い出したように片手を胸の前に当てる姿勢を取った。
「はじめまして、当代の神子様ですね。わたしは第二隊のもので、ザイドと申します」
「ザイドさん、よろしく」
お願いします、と続ける前に、立ち上がったイフラスがすさまじい勢いで流れをぶった切ってきた。
「貴様! ザイド、俺を差し置いて閣下と会話をするつもりか!」
「・・・・・」
「・・・・・」
ええ・・・、と驚き、絶句しながらザイドを見ると、こちらはちがう意味で無言でいるようだった。
めんどくせえ、という表情を隠しもせずにザイドはイフラスから物理的な距離を取っている。そのしぐさと表情から、もしかしてイフラスのこのような態度、行動は日常的なものなのかもしれない。そんなことを考えつつ、巻き込まれ事故で怒鳴り声を受けてしまった茅乃の眉が下がる。
「・・・・あの、イフラスさん」
「はっ。なんでしょうか」
イフラスを見上げると、先ほどザイドに詰め寄ったときとは別人のように応じてくれる。だが、茅乃はそうしたものを求めているわけではないので、視点をイフラスに定めて口を開いた。
「わたしはレオトールにいたとき、会話の相手を制限されていました」
ハッ、としたようにイフラスだけでなくザイドも茅乃を見た。
「でも、アズイルではそのようなことは起きないとキアヒム君から聞きました。それでここに来ることを決めたんです。だから、この国でそんな言葉を聞くのは悲しいです」
イフラスが大きな声で牽制をかけた相手はザイドだ、ということは理解している。だが、ザイドが神子と口を利くのを許さないということは、逆に捉えると茅乃自身もザイドと話をすることができない、ということだ。
茅乃はキアヒムの言葉をひとつの指針としている。アズイルとレオトールがどうちがうのか、その目で見てみればいいと言ったあの言葉だ。そしていま茅乃はアズイルを見ている最中である。いろんなものを見てみたいしいろんな場所に行ってみたい。そしてたくさんのひとと話をしたいのだ。
ザイドを牽制すること、ひいては茅乃も牽制されることになるのは困る。困るし、悲しいと思う。だからそんなことはやめてほしい、と頼むのであれば、茅乃自身の思考の経緯と気持ちを伝えることしか茅乃にできることはなかった。
どうだろう、聞いてくれるだろうか、と茅乃は不安を抱えつつイフラスを見上げる。
どのみち気持ちを口にしたところで、それを聞き入れるのか、またどう行動するのかは相手次第だ。
様子を見ていた茅乃の前で、イフラスが動いた。
片手を胸の前に。けれどもそれは、この場において敬意を示す姿勢ではない。
「―――出過ぎた真似をいたしました」
謝罪を受けたのだ、と気付いた。と同時に、このひとは聞いてくれるひとなのだ、と茅乃は認識を改めた。はっきりいって押しの強い人物だと思っていたので、きちんと受け入れてくれたことに驚き、そして同時に感謝を覚える。
「・・・・イフラスさん」
「なんでしょう」
「ありがとうございます。ちゃんと聞いてくれて、嬉しいです」
まちがいなくイフラスは押しの強い人間であるが、それを受けて引いてしまうのは茅乃自身の問題なのだ。踏ん張れることも真っ当から相対することもできないのは茅乃自身の器の問題であって、イフラスの問題ではない。
・・・・・もっと成長しないといけないなぁ。
心の中で反省しながら視線を上げると、ザイドと目が合った。ザイドは先ほどのイフラスを見ていたときの表情からは一変しており、ピョコッと眉を上げると、茅乃に向かってにっこりと笑顔になった。
「・・・・・?」
ザイドの笑顔が理解できず、またそれを向けられる理由もわからなかったので茅乃が首を傾げると、ザイドは口を開いた。
「解決策を見出しました。今後、隊長に関しての面倒ごとは神子様にご相談すると良さそうです」
「・・・・・はい?」
さすがに荷が重そうなことを言われたような気がするが、茅乃が問うよりも先にイフラスがザイドに詰め寄る。
「おい、ザイド。俺に関する面倒ごととはどういう意味だ」
「こういうところですよ、隊長」
―――実際のところ、イフラスの力がすべてという思考に基づいた行動は第二隊の中でまるで法令のように振舞われていた。軍紀としての決まりを遵守することとは別の、厳格なまでの縦割り制度と圧力。新人への教育としてではない。隊にはあらゆる年齢のものがいる。その中で強引なまでのイフラスのやり方は次第に隊員との軋轢を生んでいた。隊長であるイフラスだけが事態に気付いていなかったこともまた拍車がかかった。隊長に就任した当初、その言動をたしなめたものは少なくなかったが、イフラス本人が聞く耳を持っていない。隊長とは一個の隊を管理するものであって、支配するものではないということを理解していなかった。次第に隊の誰もが口を閉ざすようになったのは決して隊長であるイフラスを甘やかしたわけではなく、むしろ見限ったからだ。
けれども第二隊に在籍している以上隊長であるイフラスは上官だ。従わなければならない状況がどうしてもある。
不満が高まっていたのだ、隊員の間で。そんな中での、神子の出現。
イフラスが忠誠を申し出、乞うている最中だと聞いた。吹聴しているのはイフラス本人なので噂が出回るのも速い。
ザイドとしては目の前の、ただ珍しい色彩をもつ娘に過ぎない存在がなにをイフラスの興味を引き付けたのかは知らないし興味もないが、神子という存在、そしてイフラスの上役のような立場になった存在としてはてとも、大いに興味がある。
結局のところ、このただの小娘がイフラスを牽制はおろか制御できるなどとは毛頭思っていないが、なにかあれば密告ってやるぞ、という対象ができただけでもいくらかは胸がすくような気がするのだ。
「神子様、これから仲良くしましょうね」
万感の思いを込めた笑顔を見た神子はなにかに勘付いたのかジリッと後退した。
「・・・・なんでしょう、ザイドさんが言っている言葉には諸手を上げて賛成したいのですが、頷いてはいけない気がします」
ほう、とザイドは感心する。ほんとうに勘が良いようだ。
などとザイドが考えているとは知らず、茅乃は茅乃でどうして警護をしている隊員に声をかけたのかを思い出した。
「ええと、イフラスさん。訊きたいことがあったんです」
「なんなりと」
従順なまでの返答をするイフラスに若干のやりにくさを感じつつも、茅乃は質問をする。
「イフラスさんとザイドさんはここに立って警護をしてるんですよね?」
「おっしゃるとおりです」
「今日、キアヒム君が部屋に戻ってきたのを見ていますか?」
「陛下・・・・ですか? いいえ、まだお戻りになっておりません」
なるほど・・・・、と茅乃は無意識のうちに手に持っている缶に視線を落とす。
「そうですか。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げ、茅乃は明かりに照らされた回廊と、そこに立つ隊員のふたりを見る。
「・・・・イフラスさんは今朝お仕事をしてたと思うんですが、もしかして今晩もずっとここで警護を担当しているのですか?」
大変な業務なのでは、と続けて言った言葉に、
「場所が場所でありますので、新人や下級の兵士には最上階の警護は務まりません。限られた人員の中で交代していくのは正直大変な部分もありますが、誉れある業務だと考えております」
昼間は業務がない日だったので睡眠はとっていますよ、とイフラスは言う。
国の要所での要人警護とは、とても大変なことなのだなぁと茅乃は思う。
「お疲れ様です」
そう声をかけると、軍属のふたりは背筋を正し、きれいな形の敬礼を返してくれた。お手本のように見事な形だ。
あまり迷惑をかけないように、早めに戻って来ようと茅乃は決めて階段を降りることにする。
昨日は王城の外を歩いたので、今日は内部を歩くことにする。
所々にオイルランプは設置されているけれども、それでも茅乃の感覚からすると闇色のほうが多いと感じる。慣れない建物の中で現在地と昨日歩いた場所を思い出し、脳内で見取り図を展開しながら進んでいく。いずれはどこにでもひとりで行くことができるようになるのが目標である。
慎重に王城の一階部分の廊下を進み、目的の部屋の前に着いた。
石造りの大きな扉。昨日見た扉と同じもののはずだ。
「ワンワン君、ここは執務室で合ってますか?」
背後で影のようについてきたワンワンに確認をすると、
「合っています」
と答えが返ってきたので、内心で安堵する。なんとか迷わずに来れた、と思いながら茅乃は辺りを見てみる。
三階の階段部分とはちがい、警護や取り次ぎをするようなひとは見当たらない。ここにも警護の人が必要なのでは、と思いながらも声をかけてみる。
「こんばんは、キアヒム君はいますか」
大きく声を張った直後に、扉が開かれる。
「おや、カーヤ様」
中から扉を開けてくれたのはカシュアである。
一日の最後の鐘の後に別れたはずだが、今日もカシュアの業務は終わってはいないようだ。
・・・・カシュアさんのお仕事も大変そうだなぁ。
そう考えている茅乃のもとへ、部屋の中からふわりと芳香が漂ってくる。
この香りは・・・・。
思い出すよりも先に、部屋の中から声がかかる。
「カヤノ? なにかあったのか?」
奥にある執務机に座っているのは部屋の主であるキアヒムだ。そのキアヒムからかけられた言葉に、茅乃は思わず二の足を踏んでしまう。
「いやー、あの、特に用ということのほどでは・・・・」
そうだ、ここは執務室だった、ということを思い出したのだ。たいした用でもないのにのこのこと来てしまった、と躊躇していると、カシュアが大きく扉を開けた。
「どうぞ、カーヤ様」
「入っても、いいんでしょうか」
「お通しするようにと仰せつかりましたので」
「はあ」
ワンワンは、と思って振り返ると、廊下には茅乃以外誰もいなかった。時と場合によって姿を消すことはあっても護衛はしている、と言っていたので、いまがその状態なのだろうと判断してカシュアに向き直る。
「あの、でも、忙しいですよね?」
現時刻でも執務室にいるというのはそういう意味だよね、と反省していると、キアヒムが机の上の湯気の立つカップを指し示した。
「休憩中だ」
ああ、さっきの香りはこれだったのだ、と思い出した茅乃に、別の声がかかる。
「カーヤ様のお茶もご用意してよろしいですか?」
聞き慣れたその声に誘われるように執務室に足を入れた茅乃は、部屋の一画で茶の支度をしているマーサと、ほかに数人の侍女のひとがいるのを見付けた。
「マーサさん」
マーサは先ほど茅乃の部屋で食事の用意をして、片付けてくれたと思ったらここでキアヒムの茶の用意をしている。侍女のひとのお仕事も大変だよね、と茅乃は思う。
「カヤノ、マーサの茶を飲んでいくか?」
そのように訊かれては頷くという選択肢しか浮かばない。茅乃はすでにマーサが淹れてくれた茶が美味しいことを知っている。そして、いまじぶんはとてもお誂え向きなものを持っているのだ。
「いただきます」
のこのこっと部屋の中の勧められたイスに行き、座る前に執務机の上に白い缶を置いた。
「これは?」
というキアヒムの当然な質問に、パカリと蓋を開けながら茅乃は答える。
「お茶菓子です!」
ひとりで食べきれない美味しいものはみんなで食べればいい。
よければみなさんも、とマーサや侍女のひとたちも誘ってみると、侍女のひとたちは困惑したように顔を見合わせ、代弁するようにマーサが発言した。
「ありがたいお誘いですが、業務中ですので・・・・・」
その言葉に茅乃はハッとしてふたたび反省する、ということをしていると、キアヒムが口を開いた。
「休憩にするといい」
「・・・・よろしいのですか?」
「息抜きも必要だろう」
許可が出たということで、マーサや侍女のひとたちの顔が晴れやかなものへと変わる。
ソーサーのような小皿に菓子を取り分け、キアヒムと茅乃の用意をしたマーサが缶を覗き込むようにする。
「見たことのないお菓子がありますね」
「あ、そうなんですか?」
そういえばレオトールでもアズイルでもお菓子の類はまだ見たことがないな、と茅乃は思う。なので茅乃はここでどのような菓子が普及しているのか知らないのだ。
「私もいただいてよろしいので?」
カシュアも興味深そうに覗き込んでいるので、満面の笑顔で茅乃は頷く。
「もちろんです。美味しいので、ぜひ!」
そして各々に茶と菓子の確保がなされ、最初にキアヒムが手を付けたことにより臨時のお茶会が開始される。
サク、と焼き菓子を口にしたキアヒムから感心したような声が発された。
「食べたことのない味だな」
「ど、どうですか!?」
「甘すぎないのでちょうどいい。これは、マリクに作ってもらったのか?」
そのなにげない質問を聞いて、菓子をかじっていた茅乃の笑顔が固まる。護衛や警護といったひとが付いている以上仕方のないことだとは思うが、やはり自分の行動は報告として上がっているのだな、と認識する。プライベートやプライバシーといったものの線引きが必要だろうか、と頭の片隅で真剣に検討する。
「・・・・いえ、厨房にはこれから行きますが」
そもそもマリクとは自己紹介しただけの関係性だ。なにかを作ってもらえる仲ではない。
茅乃がそう答えるとキアヒムは不思議そうな顔をした。
「ではこれは、誰が作ったものなんだ?」
「ソラさんです」
「それは誰だ?」
「ええと・・・・」
作ったのはソラである。と答えることはできるが、ソラが誰であるのか、ということを考えて、茅乃はソラという人物を詳しく知らないことに気が付いた。
なのでレンがやっていたように指先を上に向けて、事実だけを述べた。
「レンさんの知り合いらしいです」
―――ゴフッ、と濁った音が背後で聞こえた。振り返ると侍女のひとが咽ていて、傍らにいたマーサがその背中をさすっている。
うまく飲み込めなかったんだな、と思いながらカシュアのほうを見ると、イスに座るでもなく壁に背を預けた姿勢のまま、その手は食べかけの菓子をつまんで動いていない。次いで執務机のほうに視線を戻すと、キアヒムは静かに茶を飲んでいた。
「・・・・オレはいま、とてつもないものを口にしているな?」
「美味しいお菓子だとは思いますけど?」
「そういうことを言っているのではない」
「はあ・・・・?」
キアヒムの言っていることがいまいちよく理解できず、それでも咳き込む音以外は静かな部屋の中で、茅乃だけがボリボリと菓子をかじっている。その様子を見たキアヒムがふたつめの菓子に手を伸ばした。よくわからないが、まあいいか、と茅乃も次の菓子を手に取る。
「カヤノは、明日の予定はできたのか?」
いまは机の上の書類らしきものを横に避け、イスの背もたれに身を預けて菓子と茶を前に寛いだ様子を見せているキアヒムが茅乃に話を振る。執務机の横に置かれたイスに座ってカップに手を伸ばしていた茅乃は顔を上げた。
「明日はですねえ、お店に必要な設備を整えたいので、城下街の職人さんのところに連れていってもらうんです」
「職人?」
「棚に鍵を付けたいので」
「ふうん? 準備の進み具合はどうなんだ?」
「ええと」
キアヒムの質問を受けて、チラ、と茅乃はカシュアを見る。警護として同行していた過程は報告事項として上がっている、わけではないのだろうか。薄く笑んだまま首を傾げるカシュアの表情からはなにも読み取れない。
どのみち報告していようがいまいが自身の口で話すことに抵抗はないのだが、ここにはマーサと侍女のひとたちがいる。正解はまだいい、とマーサが言っていたのでうかつなことは言わないほうがいいかな、と慎重に口を開く。
「大きな部分はできたんですけど、まだ細かな設備がどうなのか、じぶんでもよくわかってないんですよね。不足している部分とか出てくると思うので、整えながら様子を見て行こうと思います」
特になにがなんでも急いで仕上げたいという期日があるわけでもないし、と考えて茅乃はふと思い出した。
「そういえば、申請に関する不備があったようなので、明日またシャノンさんに教えてもらおうと思います」
「不備?」
「はあ」
茅乃は頷きながらカップを置いていたので、その間にキアヒムがカシュアに視線を向けたことに気が付かなかった。
「キアヒム君は、明日の予定はどうなんですか?」
「同じく城下のほうに行っているだろうな」
「そうなんですか。なにかの用事ですか?」
「職人たちの組合がある。そこに顔を出す予定だ」
「えっ、そうしたら、鍵職人のひととは・・・・」
会えないのでは、と危惧した茅乃に、キアヒムがいいや、と返答する。
「主に細工や家具を担当する職人たちだ。鍵職人には招集をかけていないから店にいるだろう」
「そうなんですね、よかった」
予定どおり、鍵職人のひととは会えそうだ、ということに茅乃は安堵する。キアヒムが顔を出すというからにはなにか会議のようなものでもあるのかな、と茅乃は予想する。
カップを手に取りつつ、茅乃はマーサと侍女のひとたちが座っているほうを見た。菓子を取り分ける小皿は数が足りなかったため、皿の代わりにハンカチのような布を敷いている。
「あのう・・・・」
茅乃が声をかけると、マーサがすぐに反応してくれた。
「どうされましたか?」
「その、お菓子の下に敷いている布、余ってたりしませんか?」
「こちらの布、ですか?」
マーサがそう言って指をさすので、茅乃は頷く。
「いくつか台車の下に用意がございます」
そう言ってマーサは実際に茶器を乗せている台車の下から数枚の布を取り出して見せてくれた。
「これは器を拭くときのものですが、このような端切れでよろしいのですか?」
ということは衛生的に問題ない、と茅乃は理解する。それに、端切れとマーサは言ったけれど、裁ち目も糸くずもなく、それどころか端はきちんと始末されているし、大きさもそろっている代物だ。
「もし差し支えなければ、いくらかもらってもいいですか」
「かまいませんよ」
頓着なくマーサはそう答えて、数枚を茅乃に差し出した。
「備品質に備えているものですので、いくらでもございます」
「ありがとうございます」
布巾として使っているのだろうか。茅乃はありがたく受け取る。
折しもカップは空になっていた。茅乃以外のひとは仕事中の休憩中であり、シャノンとは早寝をするように約束した。お茶会はここでお開きだろう、と茅乃は席を立つことにする。
「ごちそうさまでした。お茶、美味しかったです」
マーサと侍女のひとたちにそう言うと、侍女のひとたちはにっこりと笑顔になり、代表するようにマーサが口を開いた。
「こちらこそ、美味しいお菓子をごちそうになりました。楽しいお茶会でございました」
美味しかったでーす、また食べたいでーす、と侍女のひとたちの明るい声も聞こえて、茅乃は持ってきてよかったと実感する。
キアヒムとカシュアを振り返ると、ふたりのカップも空になっていた。
「お邪魔しました。お仕事頑張ってください」
「ああ。茅乃はこれから厨房に行くのか?」
「ハウラさんと約束しましたので。今日は豆の筋取りを手伝うんです!」
昨日は芋の皮剥きをしました、と茅乃が胸を張って言った背後で、侍女の全員が顔色を無くしていた。それは食堂にあった献立に含まれていたものではないのか。
食べちゃったわ、というつぶやきが聞こえることもなく、茅乃は受け取った布ともともと持っていた白色の缶を持って執務室を辞した。




