42 贈り物
部屋の前でカシュアとシャノンと別れる。
明日は始業の鐘の前にカシュアがこの部屋まで迎えに来、そしてシャノンとは王城の入り口で待ち合わせ、そこから城下街の職人の店に案内してくれるということになった。
なんだか待ち合わせって聞くとお出かけみたいだな。
実際は銭湯の準備のために外出するという理由だが、誰かと待ち合わせて行動する、ということが久しくなかったのでその事実だけでもなんだか茅乃は嬉しくなってしまう。
寝坊しないようにしなきゃ。
シャノンに釘を刺されてしまったこともあり、今日はやることをやってしまったら早めに寝ようと決める。
昨日教わったことを思い出しながら外套を払い、部屋に入る。
陽が落ち暗くなった外とはちがい、中は程よく明るかった。壁際のチェストの上、窓際、机の上と、オイルランプが灯っている。マーサが部屋を整えてくれたのだろうか、と部屋の中を見回してみたが、いるのは茅乃ひとりだけだ。夜の用意をしてからいったん部屋を出たのだろう。
背中側に差していた釣竿を抜き、明日も必要になるだろうと出入り口の扉の横に立てかけておく。そして奥にあるベッドへ向かい、掛布を折り曲げて寝る準備を行っていると、サイドテーブルの上の花が今日も変わっていることに気が付いた。
朝の花とは別の、まだ咲く前の蕾の状態だ。萼にしっかりと包まれ、花弁の色が何色なのかはわからない。
・・・・咲いたら、どんな花になるんだろう。
このとき、茅乃ははじめて花に興味を持ったのかもしれない。
アズイルの気温だと、咲くまでは早いような気がした。朝起きたときに観察してみよう、と茅乃はこの花が咲くのを楽しみに待つことにする。
寝台がある空間から戻ってくると、机の上に黒いなにかが置かれてあるのが見えた。あんなところになにか物を置いていただろうか、と記憶を掘り返しながら近づいて見ると、それは今朝レンの部屋に置いて来たはずの黒板だった。
「えっ、返事が来てる!?」
意外と早かった返信に茅乃は飛びついた。
大きくはっきりと書かれた文字に目を通してみる。
いわく、ソラからもらった菓子については茅乃のものなので自由にすればいいこと、そして調整の際になにも引っかかる感覚がないならそれは滞りがないということなので、良いことだ、と記されている。そして最後にだからといって調整を怠るなよ、と括られていた。
「・・・・・」
菓子の件は理解したとして、調整の件がよくわからなかった。
滞りがない・・・・?
それはどこの、なにを指しているのか。
以前、レンと初めて会ったときのことを思い出す。あのときレンが釣り上げていたのは剣とも人形ともいえない悍ましいなにかだった。それを、レンは世界の汚物と言っていなかっただろうか。
「汚物・・・・?」
そして、それを取り除くのが神子の役割だ、というようなことを言っていた気がする。だから調整が欠かせないのだと。
なんとなく黒板から離れ、いったん置いた釣竿をふたたび手にする。
「そうだ、今日の調整をやらなくちゃ」
別に忘れていたわけではない、とじぶんに言い訳をしながらいつものように正座をし、糸を垂らす。
「おぶつおぶつ・・・・」
だとすると、この世界には釣り上げるほどの汚物がないということだろうか。いや、たしかレオトールで行ったときは手応えがちがっていたはず、と茅乃は思い返す。レオトールではときおりなにかに引っ掛かるような感覚があった。だからアズイルに入って調整を行ったときに手応えがなさ過ぎて違和感を覚えたのだ。
「ということは・・・・」
滞りがないというのは、アズイルにおいて、という意味だろうか。
「つまり、アズイルには汚物がない?」
目の前に答えをくれるレンがいない以上推測でしかない。が、もしこの仮定でさらに考えるのだとしら、レオトールには引っ掛かりがあり、アズイルにないというのは、統治者の問題だろうか。
「・・・・キアヒム君、やるぅー」
部屋にじぶんしかいないのをいいことに、適当なつぶやきをして調整を終えることにする。
本日の釣果もなにもなく、だがこれは良いことであるらしい。昨日とはちがい、首を傾げながらではなく頷きながら釣竿をしまえるようになったのはひとつの前進だろう。
ふむふむと浮かれた気持ちで机に向かい、本を読むことにする。
昨日読みかけになった本は暗いところで読むには向かないので、神殿の記録ではなく風土や文化を記した本のほうを選ぶ。
昨日の城下街でシャノンが言っていたことを思い出すと、アズイルの北部では畜産が行われており、山や牧草の生える地帯もあるのだという。
聞いただけだと自然豊かで長閑なところなのかなぁと茅乃は想像する。いつか見ることができれば、と心のどこかに期待めいたものが芽吹いたのを感じていると、扉のほうで声がした。
「カーヤ様、お食事をお持ちしました」
マーサである。
「はーい」
立ち上がり、扉を開けに行く。外の闇が多くなった回廊にはトレイを持ったマーサが立っていた。
入りやすいように、と扉を大きく開けると、マーサの目が丸くなる。
「まあ、部屋の主に扉を開けていただくなんて恐縮でございます」
「そんな、マーサさんは両手がふさがっているんだから手伝います」
ふつうに開けてしまったが、これはもしかしてお仕事の邪魔をしてしまうことになるんだろうか、いや、そんなはずないよね、とマーサが部屋の中に入るのを見て扉を閉める。
そういえばいつもどうやって扉を開けているんだろう、と疑問を持ちつつもマーサの後に続くと、机の上に置いたトレイからマーサがなにかを取り上げているのが見えた。
「カーヤ様、お食事の前にすこしよろしいでしょうか?」
「はい」
頷くと、マーサから厚めの紙のようなものを渡される。
「お預かりしたものが二点ございます。まずはこちら」
「はあ・・・・、これは?」
「カーヤ様が申請に行かれた部署からのようです」
「ああ、お昼前に行った・・・・」
今日の午前中に向かったところからのものだという。シャノンに案内されて行った申請は終わったものだと思っていたから、こんな手紙のようなものをもらうとは思わなかった。
内容はなんだろうか、と開いて確認してみると、開店する店についての詳細を報告するように、と書かれていた。
店舗の責任者の名前、店長が異なる場合にはその人物の名前と、従業員の数、給料形態と事業内容の分類はどういったものが該当するのか、など。
・・・・事業報告書、みたいな?
事業どころか社会人の経験もない茅乃は、書面を見ても首をひねるしかできない。
・・・・いや、報告できることはまだなにもないから、これは別の届なのかも。
とりあえず書き出せるものはやっておこう。そして詳しいことは明日シャノンに教えてもらおう、と茅乃は予定を立てる。そして書面の最後に、期日は月末まで、という文字を見て慌てて金庫にしまったカレンダーを取り出す。
あと一週間もない!
間に合うようにしなきゃ、と気持ちを引き締めてカレンダーをしまい、金庫の上の目に付くところに文書を畳んで置いておく。
よし、とつぶやいたあとに、マーサから次のものを渡された。
「そして、こちらなのですが」
それは光沢のある布に包まれた品だった。受け取った茅乃の指先には滑らかな布の質感と、布越しに感じる硬質な感触。なにか硬いものが包まれているようだ、という予想が付いたものの、思い当たるものがなにもない。
なんだろう、と首を傾げたとき、マーサの手がはらりと布の包みを解いた。
「・・・・・」
光沢のある布の中にあったのは、手のひらくらいの大きさの瓶と、それより半分くらいのサイズの瓶のふたつ。室内の明かりを受けキラキラと反射するその瓶は、あたかも宝物のような・・・・・。
「えっ?」
これは、パリサの店で茅乃がお試ししたものと同じ品だ。しかも保湿剤だけではなく乳液のようなものまである。
「マーサさん、これは?」
机に向かって食事の用意にとりかかっていたマーサが振り返り、にっこりと笑う。
「シャノン様からの贈り物です」
「―――シャ、シャノンさん!」
思わず名を呼んでしまう。
「パリサさんのお店のものは、高級そうなものばかりだったのに!?」
「そうですね、パリサのお店はアズイルの中では有名ですし、女性たちが常用したいと憧れている品でもあります」
「そんな有名なお店だったんですか!」
「城下にあるということはそういうことなのですよ」
「へえぇ・・・・、いや、それよりですね、高級なものをもらうなんてそんな、どうしたらいいんでしょう・・・・」
途方に暮れた茅乃は手の中の瓶を見る。
キラキラ、キラキラと輝くその瓶は、見れば見るほどきれいで高級感を振りまいている。うなだれるように下を向いている茅乃を見て、食事の用意を終えたマーサが答えた。
「どうしたらもなにも、簡単じゃありませんか」
「簡単、ですか・・・・?」
「シャノン様に会ったときに、お礼の気持ちを伝えればいいのですよ」
「・・・・・・」
動揺したのは、高級なものに慣れていないからだ。そしてこれが贈り物だという以上、返すこともできないと思ったからである。けれどもマーサに言われて、受け取る、ということを考えたときに、ストンとその返答は茅乃の中に落ちた。
・・・・・そっか。
「明日も、シャノンさんに城下街に連れていってもらうんです」
「さようでございますか」
「そのときに、きちんとお礼を言おうと思います」
「それがいいと思いますよ。さ、冷めないうちにお食事を召し上がってください」
「はい」
促されて、席に着く。
「いただきます」
例の姿勢を取りつつ、机の上に目をやる。今晩の夕飯は昨日と似ているメニューに見えた。もしかして王城のメニューは固定なのかもしれない、と考えながらメインの肉料理を口に運ぶ。
「・・・・これは」
昨晩の肉はなんの肉かわからなかったが、今日の肉はわかった。昼に食べたばかりである。
「鳥・・・・」
「今朝、畜舎から幾羽か運ばれておりましたよ」
「絞めたて」
「鮮度は重要でございます」
冷蔵庫もなく、気温が高い環境だとマーサの言うことももっともである。
一口大の大きさにカットされた肉は、茅乃の知らない香辛料で調味されている。かといって辛味があるというわけではなく、肉の生臭さがないので大変美味しい、と茅乃は思う。
咀嚼していると、茶の用意を始めたマーサが興味に満ちた目を茅乃に向けてきた。
「それで、カーヤ様。新しいお店の準備はいかがですか?」
「それがですね、大変順調に進んでいます」
土台となる部分はできた。明日の用事も含めて細かな調整はまだまだ必要だが、いちから修繕を行うことを考えるととても早く仕上がっている。レンの言葉を借りるなら、修繕にかかる手間を省いた、というところだ。
「早ければ来月には開店できるんじゃないかと予想しています」
「まあ、そんな早くに? 楽しみでございますね」
侍女仲間も噂し合っております、というマーサの言葉を拾って、茅乃はここぞとばかりに発言してみる。
「あの、マーサさんにお願いがあるんですが」
「カーヤ様が、わたくしに? どうぞおっしゃってくださいな」
胸を張って朗らかにそう言われると、なんでもお願いしてしまいそうな安心感がある。
頼りすぎては良くない、と茅乃は店についてのお願いだけを口にすることにした。
「ええと、お店が正式に開店する前に、限定でお客さんに入ってもらおうかと考えているのですが」
いわゆるプレオープンというものである。事前に客として入店および利用してもらうことによって、感想を聞くことができ、改善点を見付けることができる。それをマーサと侍女のひとたちにお願いできないだろうか、と茅乃は言ってみたのだ。するとマーサの反応は、
「まあ、まあ、まあ!」
喜びに満ちた笑顔で茅乃に迫ってくる。
「楽しそうですわね! 特別なお客様にじぶんがなるなんて、思いもしませんでした!」
「あの、それでは・・・・?」
「お受けいたしますとも!」
「ありがとうございます!」
侍女の人選についてはお任せくださいませ、とマーサが言うので、五名ほどお願いしますと伝えてあとはマーサに任せることにする。
「・・・・あれっ、でも、そういえばマーサさんはまだわたしがどういうお店をするのかご存じないですよね?」
内容がわからないまま引き受けてくれたのだろうか、と考えた茅乃に、マーサがにっこりと笑う。
「それはいま侍女たちの間で話題となっております。休憩時間になると、それぞれが予想しながらおしゃべりしておりますよ」
話題を提供できたのなら嬉しいことだ、と茅乃は思う。
「マーサさんは、いまここで答え合わせをしますか?」
そう訊くと、マーサは首を横に振った。
「まだ予想段階ですから、これだというものが出ましたらカーヤ様に確認させていただきます。それまでは正解と開店を楽しみにしながらおしゃべりに興じます」
「わかりました」
いまは内容がわからないままでいい、と言うマーサから渡されたお茶を感謝とともに受け取り、食事を終える。
おやすみなさいの挨拶を交わして食事の用意を片付けていくマーサを見送り、机の上に置いた書類をふたたび広げる。
現在使う予定のない黒板に必要事項を書き出し、清書する前にこれでいいのかシャノンに確認をしてもらおう。明日は王城の入り口で待ち合わせなので、シャノンのほうに予定がなければ帰りに部屋まで来てもらえるか訊いてみよう、と考えて茅乃は書類と黒板を重ねて置いておく。
ついでに読み終えた本を神殿と図書館とでわけ、返却できるように別にして並べる。神殿から借りた記録類は朝のうちに呼んでしまおうと予定を立てる。
雑務を片付けると寝台のほうへ行き、サイドテーブルの上にある白い缶を持ち上げた。居室のような空間に戻ってきて茅乃は昨日と同じように天井を見上げる。
「ワンワン君、出かけます!」
そう言うと、昨日とはちがい、あっさりと天井板が外れた。
ドサリと天井から黒い塊が落ちてくる。
「神子様は、夜の散歩がお好きなんですか」
もそりと立ち上がりながらワンワンがそう訊いてくるので、茅乃は首を傾げながら答えた。
「好きかどうかというより、レオトールで自由に探索できる時間が夜だけだったんで、癖になったみたいなんですよね」
「そうですか」
「そもそも、わたしが勝手に見たいし行きたいだけなんで、ひとりのときに行った方がいいかなと思ってたんですが」
「ですが?」
「ワンワン君という案内が付いてくれたんで、安心してます」
「安心・・・・!? ボクは、そもそも案内のつもりで付いているわけじゃないんですけど!?」
そういえば護衛のためだと言っていたような気がする、と茅乃は思い出したが、流すことにした。
「まあまあ、いいじゃないですか。わたしよりこの王城は長いんですから、いろんなところ知ってますよね?」
「神子様に比べたら誰だって長いことになります!」
「それもそうですねー」
軽口を言い合いながら茅乃は外套を着なおした。今日は帰って来たときに警護をしている隊のひとを驚かさないように、きちんと出入り口を使って部屋を出ることにする。
「それで、神子様はどちらへ?」
「まずはキアヒム君の執務室に行きます。その後厨房へ!」
昨日ハウラと約束した、豆の筋取りを手伝いに行くのだ。
「かしこまりました」
そうして茅乃はワンワンと連れ立って今夜も王城探索に出向くことにした。




