41 改装
さて、城下街からすこし王城のほうへと戻り、途中にある貴賓館に着いた。
入り口で警備している隊員はふたり。ふたり一組の決まりでもあるのだろうか、と茅乃は思う。
さすがに昨日のスライとイマーンという名のふたりではなく、交代しているようだ。熊っぽくはない見たことのないふたりに挨拶をして中に入る。背後ではカシュアと敬礼のやり取りを行っていた。
正午になると陽射しの入りにくい建物内はすこし薄暗い。だが昨夜ほど真っ暗というわけではないし、どこになにがあるのかくらいは見て取れる。
茅乃は入って廊下を進んだところにあるリビングのような空間を見渡した。ステンドグラスのある場所である。ここだけは天井からの光で明るい空間となっている。
「・・・・・・」
修繕のため運び出している、とキアヒムが言ったように、そこには置かれているものがなにもなかった。
続く扉も開けて、ほかの部屋も見てみる。昨夜運び出した甲斐もあって、大きな家具類はもちろんなくなっている。そして残っていたこまごまとした装飾品や置物といったものも撤去されている。第四部隊のひとたちが片付けてくれたのだろう。
あとでお礼を言わなくちゃ、と茅乃は考えながらさっそく背中側に差してあった釣竿を手にした。
もたもたと、レンのように慣れた仕草とはいえない動きで針を外し、糸を解いていく。その針を指先で持ち、コホンと茅乃はひとつ咳払いをする。
「それでは、か、かみのみわざを披露したいと思います!」
特に意味はない。言ってみたかっただけである。
だが成り行きを見守っていたカシュアが微笑み、大きな手で拍手をしてくれた。その音を聞いたシャノンがハッとしたように顔を上げ、同じように手を打ってくれる。
パチパチ・・・、と響く音に気を良くした茅乃は、つまんでいた針をポトリと絨毯ではなくタイルになってしまった床に落とす。よくよく考えてみれば、じぶん以外の人がいる場所では、針は投げるのではなく落とすほうが安全だ。
相変わらず針はタイルの上で跳ね返るということはなく貫通して消えていく。そして茅乃も相変わらずそれを見ながら首をひねる。いまだに慣れないし理解できない。が、これもまた世界の仕組みなのだろうと思うしかない。
それよりもこの建物のことだ、と茅乃は思考を切り替える。
メインはこのリビングである。これほどきれいなステンドグラスがあるのならいろんな人が見られるようになったほうがいい、と考えた。ゆえに主の部分はここである。空間としてはとても広いので、いくつか区切ってもいいかもしれない。排水溝も忘れずに作って。そしてここに伴う施設も必要である。隣の部屋にはよく乾く床と棚、それも数があるほうがいい。
うん、と茅乃は釣竿を握っている腕に集中する。頭の中に浮かんでいたイメージをまとめて、想像で全景を作り上げる。
大きめなものと、中くらいのものと、小さめのもの。深さも変えて、様々なひとが利用できるようになればいい。換気のために窓は必要。でも天井に近いくらいの高さに設定する。天井のステンドグラスとその窓で光は採れそうだ。水道栓を個別に作るのは面倒な気がした。なので、神域から流れている水路を参考にして、壁際に小ぶりな水路を設置するのはどうだろうか。そして隣の部屋の棚は利用するひとが狭いと感じることがないようにゆったりとした幅を取ろう。
そこまで考えて、茅乃は悪くないとひとり頷く。そのとき、手首に負荷がかかった。
昨日レンに教えてもらったときのように、ここだ、という確信を感じる。
「えいっ」
という掛け声とともに針を引き上げると同時に、建物の内部に眩いくらいの光の粒子が散っていった。
音さえ聞こえるのではないかと思えるくらいの速さと光量で粒子が駆け巡っていく。
予想よりもすさまじい勢いの光景に茅乃はポカンとして、そして室内の明るさが落ち着いたときには内装は一変していた。
茅乃の想像通りに、大中小とみっつの浴槽。個別に水栓を作り洗い場を設けるのではなく、両壁の端に水路を作った。そこから湯を汲んで使ってもらう予定だ。床と合わせて水色のタイルが張られた浴槽は気温の高いアズイルの中で見た目にも涼しげに感じてもらえるだろうか。そして浴槽から上の壁部分は真っ白。そこは茅乃自身の細やかな想像が及んでいなかった部分だが、神域の建物やそこからの水路を彷彿とさせる色をしている。
じっくりと眺めた貴賓館の内部は明るく広く、余裕で三十人くらい利用できるのでは、と思える理想的な空間へと変化していた。
――――いいと思う!
思わず頬が緩んだと同時に、同じ光景を見ていたカシュアとシャノンの視線が茅乃に戻ってくる。
「・・・・カーヤ様、これは?」
端的なカシュアの問いに、茅乃はよくぞ聞いてくれましたと胸を逸らす。
「これは、銭湯と言います!」
「せんとう・・・・ですか?」
「はい! いわば、公衆浴場です!」
「浴場? 蒸気の設備がないようですが・・・・?」
そう言ったシャノンが、困惑したようにもういちど内部を見渡す。その言葉を聞いて、茅乃はそうだった、と気付く。
アズイルはサウナ風呂が主流なので、蒸気の設備があって当たり前なのだ。だからシャノンはその設備を探している。浴槽の文化というものはシャノンやアズイルのひとにとって見たことがないものなので、不思議に思うのも仕方がないことなのだ、と。
「そう、仕上げがまだでした」
カヤノはそう答えて、もういちど針を落とした。こんどは床ではなく、いちばん大きな、空の浴槽の中へ。
できたら、あんまり匂いが強くないお湯で、アズイルは気温が高いからぬるめのほうがいいかな。
そう考えたとき、釣竿が震えた。
「えい」
先ほどに続いて二度目の引き上げとなった瞬間、光の粒子は出現しなかった。かわりのように無臭無色透明の湯が浴槽をあっという間に満たし、一部は浴場内の水路を流れていく。溢れた湯が足元にまで流れてきて、茅乃は慌てて履いていた靴を脱ぐ。
「おっと」
浴場の入り口まで避難したカシュアの足元にも湯が流れていき、逃げ遅れたシャノンの靴は広がった湯の中に浸かってしまった。
革靴が、と思った茅乃の視線の先で、シャノンが無言でじぶんの足元を見下ろしている。
「あの、シャノンさん、ごめんなさい」
せめてひと声かければよかった、と後悔していると、顔を上げたシャノンが首を横に振る。
「いえ、いいのです、カーヤ様。わたしはよく父に鈍くさいと言われますので・・・・」
そう言って諦めたようにシャノンも靴を脱ぐ。
それぞれ乾いた靴と濡れた靴を手に持ち、カシュアは無事の靴を履いたまま、湯が出現したことにより湿気が立ち込める中で茅乃は浴槽を指さす。
「わたしがいたところのお風呂は、ああいうふうにお湯を溜めた浴槽の中に浸かるのが一般的なんです。なので、アズイル式ではなくあの形のお風呂を造ってみました」
「お湯を、溜めるのですか?」
シャノンの視線は排水溝へと流れていく湯を追っている。
「そうです。たっぷりのお湯だと気持ちがいいです」
「そんな贅沢なお風呂があるのですね・・・・」
もしかして異文化すぎただろうか。茅乃の視線も排水溝を捉える。いまも浴槽から溢れた湯はタイルの上を流れ、排水溝へと流れていっている。あの湯もまた神域へと戻り世界の中で循環するのだろうか。
浴室内から出、隣に設えた脱衣所を見る。
上中下段と造られた棚はゆとりがあり、服を脱ぐときも隣同士が邪魔にならないくらいにちょうどいい。床は石造りで、裸足で触れるとサラリとした感触。これなら落ちた滴も乾きやすそうだ。この部屋にも天井に近いくらいの位置に窓を設置している。湯上りにちょうどいい爽やかな風が入れば、それは素敵なのではないだろうか。
茅乃は背後の浴場と、目の前の脱衣所を交互に見て確認した。
どちらも、とてもよくできたと思う。
ふるふると口角を震わせ、無言で満足の頷きをしていると、脱衣所出入り口から建物の出入り口へと続く廊下を見ていたシャノンが声をかけてきた。
「あの、カーヤ様」
「はい!」
満面の笑みで振り返ると、シャノンの唇が震えるのが見えた。だが、肝心の言葉が発されない。
「どうか、しましたか?」
「ああ、いえ・・・・」
そして口を噤んでしまう。なんだか歯切れが悪いような、と茅乃が首を傾げると、シャノンが
「いえ。わたしの思い過ごしかと思いますので」
と続きを口にしようとしない。なにか訝しく思うものでもあっただろうか。だが、当のシャノンがそれきりなにも言わないので、茅乃は銭湯となった建物の内部の観察に戻ることにした。
浴場はとても上出来だと思えた。ひとまず釣竿を片付け、背中側に差しておく。チャプチャプと小さな音を立てて流れていく湯とその蒸気を見つめる。浴槽のタイルの上、光を反射しながら零れ続けている湯に触れ、浴槽の中に手を入れてみる。
―――うん、良いお湯。
思い描いた通りの、熱くはない温度。気温の高いアズイルで湯温の高いお風呂に浸かればのぼせてしまうかもしれないし、風呂上がりに汗が引かないとあっては風呂に入る意味がなくなる。
仕事帰りにちょっと寄る、くらいの場所であってほしいと願いながら茅乃は裸足の足で床のタイルに触れる。肌に触れる部分だから、と念入りに確認してみたがどこも滑らかで引っ掛かりを覚えるような場所はない。どこを踏んでもだいじょうぶそうだということを認識し、浴槽内のタイルはまた今度確認しようと頭の中でメモを付ける。
「外まで見てきます」
そう言って靴を履き脱衣所を出て廊下を進むと、カシュアと、濡れた靴を履きなおしたシャノンが後に続く。
そういえば、番台がいるなぁ。
入り口のあたりに料金の受け渡しができる場所を造ろうか、と検討しながら廊下を歩き、建物の外に出る。警備をしている隊員のふたりに
「あの、中の片付け、ありがとうございました」
と礼を言うと、ふたりの内の若く見える人物が硬い表情でいいえ、と返してきた。
「業務ですので。お気になさらず」
「・・・・・」
業務、業務かあ、と茅乃が眉尻を下げたところで、もうひとりの、四十代くらいに見える隊員の人物が朗らかに笑いながら質問をしてきた。
「神子様、質問をしてもいいですかな?」
「はい、なんでしょう?」
「先ほど建物から光が漏れていましたが、なにをされていたのでしょう」
「あ、あれはですね、内部の改装をやっていました」
「改装、ですか。それは神子様がいずれここに滞在されるためですか?」
「いいえ、わたしはもうお部屋を用意してもらっていますし。それに、ここはお店として生まれ変わる予定なのです」
「店、ですか」
そう言ったきり絶句してしまったようだ。目の前の隊員はチラリと窺うように茅乃の背後のカシュアに視線を送った。背後で端的な答えがなされる。
「陛下の許可済みだ」
上司の言葉に、隊員は納得したようだった。
「そうですか。それではなんの問題もありませんね」
それで、と隊員は続けた。
「ここはどういった店になるんですか?」
「それはまだ秘密です。でも、開店したらよろしくお願いします!」
侍女のひとたちばかり頼るのではなく、茅乃自身も営業をしておく。
開店当日まで秘密にして、サプライズを仕掛けたいという願望は一切ない。だがマーサと謎かけをしている最中なので、業務内容を明かすことはできなかった。その中で新しく店ができる、という情報を伝えておけば、興味がある人は様子を見に来てくれるかもしれない、と考えた。
隊員のひとに手を振り振り建物から去りつつ、茅乃はまだ完成していない改装の続きを考える。落とした視線の先で、じぶんが履いている靴が見える。
そうだ、番台も必要だけど、靴箱も必要だよね。
日本では靴箱も脱衣所の棚も鍵付きであったけれど、ここでもそのような設備が必要かもしれない。仕事帰りであれば荷物も貴重品も持ち歩いているだろうから、管理は重要だ。
新しく靴箱を作って、棚はもういちど手直しをして扉を付けよう。そこまで考えて、いや、待てよと考え直す。
扉を作った後は、当然ながら鍵が必要だ。
茅乃はふと顔を上げ、横を歩くシャノンに声をかけた。
「あの、シャノンさん」
「はい」
「城下街には、職人の方がいますか?」
鍵や錠前を扱うような、と茅乃が問うと、あっさり頷かれた。
「はい、おりますよ」
「お話をしてみたいのですが」
茅乃が言うと同時に、大きな音が鳴り響いた。
四度鳴ったその音に飛び上がりかけたが、そうだ、鐘の音だと思い出した。
「もう、そんな時間・・・・」
「お店のほうも閉まる時間ですね。鍵職人のお店に行くのは明日にしましょうか」
「わかりました。明日、よろしくお願いします」
「朝のうちに行きましょう。お昼からは時間ができると思いますが、ほかに行きたいところはありますか?」
「あっ、できたら、果樹園を見てみたいです!」
「わかりました」
そう請け負ってくれたシャノンの足が、真っ直ぐに王城のほうへと向かっている。
昨日のように終業の鐘の後に付き合ってくれる、というわけではないようだ、ということを見て取って、茅乃は開こうとしていた口を閉じた。
二日連続で残業してもらうのは、ダメだよね。
昨日は鐘が鳴った後でも案内をしてもらえたけれど。いくらふたりが残業に慣れている様子だとしても連日付き合わされては迷惑だろう。
そう考えながらも、茅乃は夕暮れ時の喧騒漂う街中にせわしなく視線をやってしまう。
今からが営業時の飲食店、どういった種類の料理を出すのか。似たような種類であっても佇まいの異なる店を見ているのは楽しかった。それに、開店準備をしている店員や、仕事終わりらしき客たちの足取り、その表情を見ているのも楽しかった。
目新しい街並み、そこに住むひとたちに興味がわく。
ダメかなあ・・・・。
そわそわとしていた茅乃に、横のシャノンから釘を刺すような言葉があった。
「カーヤ様、今日は早めにお部屋に帰っていただきますよ」
「・・・・・」
やっぱりふたりとも早く帰りたいよね、とひとり考えた茅乃に、シャノンが続けた。
「カーヤ様は昨夜、遅くまで起きていたと聞いております。あまり夜更かしや無理をされますと、わたしの父のようになりますよ」
「ラムジさん・・・・・」
たしか、疲労がひどいので家で安静にしている、というようなことをシャノンが言っていた気がする。
それはもはや過労では、と思いはしたものの、そのように理由を述べられては茅乃もシャノンの言うことを素直にきくしかなくなった。
「はい・・・・」
今日は落ちるような寝方をしないでおこう、と茅乃はシャノンの言い付けを守ることにする。
「そのかわり、明日は職人のお店と王城の果樹園をじっくり見学いたしましょう」
「・・・・はいっ」
王城に帰りながら明日の予定を立てる。
その帰り道はなんだかほのぼのとしているように茅乃は感じていた。




