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青の塔  作者: あきお
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39   ヤキトリ






 茶器の片付けをやっておいてくれると言うマーサにあとを任せ、茅乃はカシュア、シャノンとともに出かけることにする。その際、忘れないようにと置いておいた釣竿と黒板を手にする。

 釣竿はウエストラインの背中側に差し込んで、空いた手には黒板を持つ。階段にほど近いところにある部屋の扉の前に立つと、茅乃は横を歩いていたシャノンに確認した。

「ええと、レンさんの部屋はここで合ってましたっけ?」

 昨日部屋をどこにするのか決めているのを目にしていたが、まだ慣れない建物の中である。似たような扉が多く、うっかりまちがえて空き部屋の中に黒板を置いてしまえば、頼りにしている質問の返答が得られなくなる。


 たしかサウナ部屋のふた部屋隣・・・・、だったような。


 不確かな記憶を探り探りシャノンに訊いてみれば、シャノンはしっかりと頷いてくれた。

「はい、そちらの部屋をご用意させていただきました」

 合ってた、と茅乃は記憶を上書きしていちおう部屋の扉をノックする。

「失礼しまーす」

 部屋の主からの返答はなかったが、不在だろうと予想していたので遠慮なく開けて中に入る。

 内部は茅乃が間借りしている部屋とそう大差ない造りになっていた。

 チェストと、小ぶりな書き物机とイス。奥のほうには大きなローベッドがあり、寝室としての空間となっている。茅乃の部屋とちがう点を挙げるとすれば、寝台の上に天蓋がなかったということくらいだろうか。

 覆いもなにもない寝台には皺ひとつないシーツが掛けられたまま、用意された部屋が使われた痕跡は見受けられない。

「・・・・・・」

 家具のほとんど置かれていない部屋の中で、黒板の置き場所はここしかないよね、と茅乃はなにも物がない机の上を黒板の設置場所とする。


 なるべく早めに返事がきますように。


 まるで返信までかなりのタイムラグが生じるメールみたいだ、と思いながらレンの部屋を後にする。

 回廊で待っていたカシュアとシャノンとともに階段へと向かう。

 階段付近で警護として立っている軍部のひとに行ってきまーすと声をかけると微笑みながら見送ってもらえた。背後のカシュアとは敬礼のやり取りをしている。

「そういえばシャノンさん、手続きってあとどれくらい残ってるんですか?」

 と、さっそく訊いてみると、

「そうですね、申請はほとんど終わっていますが、あと二か所ほど行かなければならない部署があります」

 お昼前には終わると思いますよ、と教えてくれた。

「お昼以降は時間ができると思います。カーヤ様は、行きたいところがありますか?」

 と訊かれて、まだこの国のことをよく知らないしな、という躊躇は茅乃にはなかった。

「あります!」

 なんせ知らないほうが多いということは興味もそのぶん大きいということになる。

「どちらでしょう?」

「城下の、お店とか見てみたいです!」

 昨夜は飲食店が多く並ぶ一角を見たが、城下にある商店がそれだけのはずがない。飲食店だけでなく、ほかの種類の店もあるはずだ。

 どのような店があるのか見てみたい。それによって産物を確認することもできるし、文明の度合いもよくわかるかもしれない。

 見てから考えよう、と茅乃はシャノンに述べてみる。シャノンは頓着なく頷いて、

「かしこまりました。それでは申請の後は城下街に行ってみましょう」

 あっさりと今日の予定に組み込んでくれる。そのやりとりを後ろから見ていたカシュアが、

「でしたら、今日の昼食は城下の店に入ってみますか」

 と提案してくれた。してくれたのはいいのだが、いまだに現金の持ち合わせがない茅乃はここで躊躇してしまう。

「お金が・・・・」

 と言いかけた茅乃の前に、シャノンが衣服のあわせから分厚い布の塊を取り出して見せる。

「ご心配には及びません。今朝、家に置いてあった父の財布を持ってきました」

「ええ・・・・」

「もちろん父には了承を得ています。本来なら宰相である父が直接応対するべき状況なのですが、それができないことを謝罪しておりました。かわりと言ってはなんですが、カーヤ様の興味があることは可能な限りご説明し、ご案内するようにと言われております。これはいわば、軍資金というものです」

「そう、なの、ですか・・・・?」

「そうなのです」


 そうなのだろうか。


 力強く頷くシャノンに首を傾げていると、背後からなんとも気楽な声がした。

「それは素敵ですねえ。遠慮なくご馳走になりましょうか」

 カーヤ様はなにが食べたいですか、と訊いてくるカシュアへ答える前に、シャノンの厳しい声が飛んだ。

「言い忘れておりましたが、父からカシュア様の会計は別にするよう厳命されております」

「おや・・・、私だけ仲間外れですか。寂しいですねえ」

 と言いながらほんとうに悲しそうな表情を茅乃のほうへと向けてくるので、茅乃はどう答えるべきか悩んだ。

「あの、シャノンさん」

「カーヤ様、惑わされてはなりません。そもそもカシュア様は将軍位にある方です。軍部をまとめているような方が他人の財布を当てにするようなことをする必要がありません」

 きっぱりとシャノンに言われて、茅乃はようやくハッとした。

 思わずじぶんと同様の懐事情なのかとカシュアに共感するところだったではないか。シャノンの言葉どおり、カシュアは軍部のトップなのである。軍部の食堂での食費が軍事予算として組み込まれているのなら、カシュアの俸給というか、どういう制度なのかは知らないがお給金もまた予算のうちなのでは、と茅乃は考えた。ということは、軍部のトップに立つ人物のお給金は軍部の中でもトップクラスのもののはずだ、という結論に至る。

「・・・・あぶないあぶない」

 じぶんはなにを言うつもりだったのだろう。思わず口元に手をやっていると、後ろのカシュアからケロリとした声がした。

「手強いですねえ」


 それはカシュアさんのほうでは。


 思わず半目になって振り返ると、さきほどの悲しそうな表情を見事に消したカシュアがいる。

 次いでシャノンを見ると、振り返ってはいないものの茅乃と同じような半目で正面を捉えている。もしかしてシャノンはいつもこんな調子のカシュアの対応をしているのだろうか。

「さ、カーヤ様。目的の部署に行って用事を済ませてしまいましょう」

「は、はい」

 三階から一階へ降り切ると、そこは建物に囲われた中庭のようになっている。王城の中は石畳が敷かれているが、ときどき景観のためか植栽が見られる場所もあるようだ。植物が育つくらいだから思ったよりも乾ききった環境ではない、ということだろうか。この中庭の中には建物の上部に達するくらい高さのある樹が植えられている。

 案内をシャノンに、そして警護というものをカシュアに頼む形で向かおうとしたとき、その樹の上部からばさりと大きく羽ばたく音がした。

「・・・・・」

 過去なんどか聞いたことのある音に、茅乃の目はさらに細くなった。


 ばさりばさり。


 大きな音とともに、頬に風を感じる。煽られている、と茅乃が顔を上げたとき、それはすでに茅乃の肩に留まっていた。

「いつも思うんだけど、どうして当たり前のようにわたしの肩に来るわけ?」

 眼が合ったのは、金色に黒の虹彩のまん丸の眼。神域の手前で別れたあの鳥である。いまもまた留まられた肩には鋭い爪が食い込んでいる。

 外套と肩の肉に穴が開くからやめてくれないかな、と茅乃が眉を寄せていると、背後から感心しているような声がした。

「カーヤ様、その鳥に褒賞を与えてもいいと思いますよ」

「褒賞、ですか?」

「ええ。大変よく飛ぶ鳥です。キアヒム様から聞いた話から計算しましたが、どの鳥よりも速く王都に伝令を届けております」

「・・・・・」

 茅乃が疑わし気に鳥を見ていると、シャノンからも声がかかった。

「わたしは伝令の鳥がどのくらい速く飛ぶのかはわかりませんが、その鳥が王城に飛び込んできたときは凄まじい勢いでした。その鳥はとても頑張ったと思います」

「・・・・・」


 この鳥が、ねえ・・・・。


 どこか胡乱げな眼差しになってしまう。そしてその目つきのまま超至近距離にいる鳥を見て、考える。

 鳥に与える褒章とはいったいなんなのだろうか。

 そのあたりに詳しそうなカシュアを見上げて訊いてみる。

「カシュアさん、鳥に与える褒章とはどのようなものですか」

「そうですねえ、軍部ですといつもより良い肉を与えたりしますね」

「良い肉・・・・」

 良い餌を与える、と。そう聞いて茅乃は肩にいる鳥に訊くだけ訊いてみた。

「お肉、だそうだけど・・・・」

 どう、と訊いてみると、鳥からは

「ピヤッ!」

 という鳴き声が返ってきた。

「・・・・・・」

 ピヤ、だけでは是か非かもわからない。

「えーと・・・・、はい、のときは鳴く、いいえのときは鳴かないってことで、もう一回訊くわね。良いお肉が欲しい?」

 すると、今度は鳥は鳴かなかった。無言である。

「そう・・・・。すると、ほかに褒賞というと・・・・、なにかあります?」

 ふたたびカシュアを見上げて、ほかの種類の褒章があるのか訊いてみる。

「ほかで言いますと、しばらく自由に飛ばせてやる例もありますが・・・・・」

 とカシュアが言葉尻を濁したので、茅乃もそうですよね、と頷く。

「この鳥はそもそもいつもどこかに行ってますしね」

 どうしたものかな、と考えたとき、ふと以前言われたことを思い出した。


 そういえば夢のようなあの場所で、絶世の美女にこの鳥は茅乃の鳥なので名付けるように言われたような気がする。


「名前を付ける?」

 すると鳥は、

「ピィッ」

 と短く鳴いた。なにやら全身の羽を膨らませて、より爛々とした目で茅乃を見てくる。

 その目からなるべく距離を取ろうとしつつ、茅乃は鳴いたということははいという返答だよね、と捉える。


「そう。じゃああなたのなまえはヤキトリね」


「・・・・カーヤ様」

「それは・・・・」


 背後のふたりがドン引きしているのもものともせず、茅乃の中でこれは決定した。


 命名、ヤキトリ。


 ピエェ・・・・、と弱く鳴いている鳥、ヤキトリに向かって、茅乃は据わった眼でさらに告げる。

「この命名は覆らないわよ。そもそも初対面に近いような段階で手を突かれたこと、忘れてないんだからね」

「ピヨォ」

「なによ。わたしの鳥だって言うんなら、ひとを突いちゃいけないってことくらい覚えてもらわないと困るんだけど」

 ふん、と茅乃が言い切ると、肩に留まっていた鳥はピエェーと泣き声のような声を上げて飛び立っていった。

 どうせまた忘れたころに戻ってくるでしょ、と思っていると、シャノンから控えめながらも声をかけられる。

「あの、カーヤ様。あの名前では褒章にはならないのでは・・・・」

「トリカワのほうがよかったですか?」

「・・・・・」

「どっちもどっちですねえ」

「そうだ、今日のお昼ご飯は鳥料理があるお店でどうでしょう」

「・・・・・」

「・・・・・」



 結局、申請後の昼食は鳥料理を食べた。




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