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青の塔  作者: あきお
39/55

38   子分






「感覚が摑めないんですよね」


 ため息を押し殺しながら、茅乃は言った。


「感覚、とおっしゃいますと?」

 傍らに立つカシュアが不思議そうな表情をして問うてくる。

「なんというか、重いとか硬いとか、そういうのがよくわからないんです」

「そのようですねぇ」

「それで、うっかりやってしまうとすごい目で見られますよね・・・・」

 さきほどの、ラージ―ともうひとりのひとの目を思い出す。


 明らかに異質なものを見るかのような眼で見られた、という現実はけっこう抉られる思いがする。うっかりを無くせば済むことだが、茅乃はまだこの世界での感覚と力の加減が摑めていない。コントロールできるのかどうかわからないが、すくなくともできるまではああいった目に晒されるのも覚悟しないといけないのだろうか。そう考えて告げた言葉を、カシュアは考えてくれたようだった。

「そうですね・・・・」

 そう言うと、背後のふたりを振り返って命令する。

「お前たち。今後なにかを運ぶときは神子様の手を煩わせるな。所定の場所まで運んで差し上げろ」

「は」

「かしこまりました」

 短く返答するふたりに、すみません、と茅乃は頭を下げる。

 今回は茅乃が考えなしに運んだことが良くなかった。煩わせるもなにもない。そしてカシュアの命令は、今後隊のひとがなにかをきちんと運ぼうとしてくれる際はふつうの範囲で重たいもの、という予想をつけることができる、というものだ。

 ありがたい、と茅乃はカシュアにお礼を言う。

「ありがとうございます。今後に役立ちます」

「それはなによりですねえ」

 そんなやりとりをしている間に、なにやら視線を感じた。

「・・・・・・」

 なんとなく茅乃は振り返る。そして同時に、見られていたことを知った。


 濃い青の目が、まっすぐにこちらを、というより茅乃を見ている。


 ―――なんだか、どこかで見たことのあるような視線・・・・。


 と考えて、そういえば、このやたらにキラキラとした目で凝視してくる感じは、あの鳥に似ているのだと気が付いた。内から溢れるものでキラキラしているのだろうが、その理由や真意がきっと茅乃の中にないものなので理解が及ばない、といった具合の目線である。


 とはいっても以前こういった視線を向けてきたのは鳥だった。鳴くだけの言葉が通じない生き物だったのだ。だが、いま目の前に立っているのは人間である。同じ言語を解しているのだから訊けばいいだろう、と茅乃は口を開くことを選んだ。

「あの、どうしてそんなに私を見ているのでしょう?」

 そもそもこのひとは誰なんだろう、と考えたとき、隣のカシュアが思い出したように言った。

「そういえば、カーヤ様は初対面ですね。これは第二隊隊長のイフラスです」

 イフラスさん、と茅乃は繰り返す。カシュアという上司に紹介された身であるイフラスという人物は直立の姿勢を取り、変わらず真っ直ぐに視線を茅乃に向けてきて、口を開いた。


「閣下、力とはすべてであります」


「・・・・かっかぁ・・・・?」


 自己紹介なり、挨拶の言葉が出てくるのだろうかと予想していた茅乃は、見当外の言葉にポカンと繰り返すことしかできない。


 ちょっと待って、かっかってどういう漢字だっけ、と考えている間にイフラスの言葉が続く。


「スライとイマーンから聞いたのですが」

「えっ、スライさんとイマーンさん・・・・って、誰ですか?」

「昨夜、貴賓館を警備していた隊員たちの名です」

 後ろから、ポソッとラージ―の声が聞こえる。

 ああ、あの熊のようなひとたち、と考えていると、なおもイフラスの言葉が続く。

「神子様は昨晩も、男数人がかりで運ぶような代物をひとりで軽々と運んでいたと」

「は・・・・」

 たしかに、作業を終わらせようとして家具類を運び出した。すこし重たかったような記憶はあるが、そうか、あれもここではとても重たいものに分類されるものだったのか、と茅乃が遅ればせながら気付いていると、直立の体勢だったイフラスが動いた。

 膝を着き、片手を胸の前に、頭を垂れる。

 この国の、敬意を込めた挨拶の仕草。


 どうしてそれを、いま、ここで?


 上手く反応することができず、突っ立つしかできないでいる茅乃の前で、イフラスはなおも続ける。


「どうして神子様のような小柄な体格からそのような怪力が出るのかはわかりませんが、スライとイマーン、そしてカシュア将軍をも凌いだという力。そして先ほどもじぶんとラージ―が運んできた箱をあのように軽々と持たれては認めざるを得ません。軍部内においての力自慢の首位は神子様のものとなりました」

「は、はあ・・・・!?」


 なんの、首位ですって!?


 ひとの悩みを、と肩を摑んで揺さぶりたい衝動に駆られたが、いくらなんでも初対面のひとの肩を潰すわけにはいかないので、ここは我慢するしかないと言い聞かせているうちにイフラスは言い切る。

「かくなる上は神子様にこの身の忠誠を捧げる所存です。なにか御用の際はこのイフラスにお申し付けください」


 まるでなんでも屋のようなセリフを口にして、イフラスはさらに首を垂れる・・・・というより、これはほんとうに頭を下げているのだ、と茅乃は直感する。

 敬意を表すという、その姿勢。


 これは、もしかして本心で言っている?


 ユスフの場合然り、イフラスも同様初対面の人物の真意など図れるはずもない。


 思わず助けを求めて見回すと、ラージ―は困ったような表情をしている。茅乃と似たような表情だ。次いでカシュアを見ると、困っている、というよりは困ったものを目にしている、というような眼つきでイフラスを見ている。

「か、カシュアさん、なんですかこのひとは。それに、力自慢ってなんですか」

「えー・・・・、なんといいますか、力自慢というのは軍部内での行事のひとつでして」

「はあ」

「スライとイマーンのふたりは毎年上位に食い込む常連なのですが」

「・・・・」

 なんとなく、嫌な予感がした。

「イフラスはそのふたりをおさえて毎年首位を獲っております。その行事の慣例として、行事に参加したものは首位の人物の配下となる、という余興がありまして」

「ええと、つまりこれは、その余興のうちということですか?」

 確認のためカシュアにそう言ったとたん、イフラスが静かに顔を上げる。

「神子様、これは余興などではございません。それとも神子様はさきほどじぶんが申し上げました忠誠という言葉をお疑いですか」

「いや、あの」

 どうやら本気でイフラスは言っているらしい。

 だとしたらなおさら、茅乃の眉は下がってしまう。

 ただの一介の学生であった身で、軍のひとの忠誠など受け取ってどうしろというのか。そもそもこのイフラスは初対面の最初っから距離感がおかしく、とても詰めてくる。イフラスの言葉を拾った茅乃が理解する前に次の言葉を、さらにいえば理解しがたい言葉を放ってくる、という現状もある。鳥とはちがうのだから訊けばわかるだろう、と考えてした質問に、力とはすべて、と返してくる始末なので、これはややこしくなる前に断っておこうと茅乃は考えた。

「あの、忠誠とかそういうの、受け取れないんですが・・・・」

「そんな、神子様はじぶんに恥辱を与えるとおっしゃるのですか!」

 ひときわ大きなイフラスの声を聞いて、その内容に茅乃はさらに困惑する。

「ち、ちじょく・・・・?」

 そんなおおごとになるの、ととっさにカシュアを見上げてしまう。

「まあ、そうですねえ。捧げた忠誠を返されることは辱めとなります」


 騎士、みたいな・・・・?


 といっても茅乃は騎士の仕組みやこの国の軍部の制度に詳しくはないので、どうしてもあてずっぽうな見当になってしまう。のだが。


 どうやらもうややこしいことになっている。

 かといってこの申し出を受ければさらにややこしいことになるのだろう、という予想は付いた。


 どうしたものかな、と下がりっぱなしの眉の状態になってしまった茅乃がいる部屋に、淡々とした声が響いた。


「この部屋は朝からにぎやかだな」


 その聞き慣れた声に振り返って見れば、陽光を受けて輝く色彩を持つ人物、キアヒムが部屋の入り口に立っている。その背後の回廊にはチラリとプラトの姿が見えた。

「おはようございます」

 反射のように朝の挨拶をして、

「おはよう、カヤノ」

 返ってきた挨拶を聞きながら、イフラスを振り返る。

「イフラスさん、対象はこちらですよ」

「神子様? 対象といいますと?」

「イフラスさんの忠誠を捧げる相手は本来、このキアヒム君ではないですか」

「それは・・・・、もちろん、陛下にはすでに忠誠を誓っておりますが。重ねて神子様にも捧げたく」

「ええと、だから、そういうのはですねぇ・・・・」

 それは受け取ってもどうしようもないのだ、ということが通じない。眉も口角も下がったまま言葉を探す茅乃を見かねたのか、キアヒムが部屋に入って来ながらイフラスに視線を向ける。

「イフラス」

「はっ」

 直立し、姿勢を正したイフラスがキアヒムに向き直る。

「スライとイマーンにも通達が必要だが、神子の力に関しては重要機密だ。兵舎に戻ったら口外しないように知らせておけ」

「かしこまりました」

「それから、当代神子はまだこの国の仕組みや文化について詳しくない。忠誠を捧げるというのなら神子がもうすこし理解を深めてからでいいだろう」

「・・・・・仰せのとおりに」

「それまでイフラスの忠誠心はオレが預かっておく。異論がなければラージ―とともに持ち場に戻れ」

「かしこまりました」

 返答してイフラスとラージ―の両名が部屋から退室する。

「あの、金庫、ありがとうございました」

 慌てて茅乃がお礼を言うと、ふたりからは静かな目礼が返ってくる。内一名は先ほどまでグイグイときていた人物と同じとは思えない。

 ともあれ、朝からなにやら濃い人物との接触はこれで終了となった。

 はー、と人知れずため息を吐いたとき、キアヒムと目が合う。

「・・・・・」

 初対面であるイフラスの強さに押され、困り切っていた茅乃を見たから、というわけではないだろうが、じぶんではどうしようもできなかった事態を収めてくれた。さすが、と感嘆しながら茅乃は口を開く。

「キアヒム君、ありがとうございます。助かりました」

「・・・・カヤノは、イフラスみたいな人間は苦手なのか?」

「みたいな、と言いますと・・・・?」

「あいつ、距離感ないだろ」

 素っ気ないながらも的確な言葉に茅乃の目が見開かれる。

「やっぱり、そうですよね」

「本人が言ったように、力がすべてだという思考回路だからな。毎年行事で優勝していたじぶんよりも強いものが現れたからつい暴走したんじゃないか」

「・・・・」

「まあ、悪い奴ではないんだが」

「はあ・・・・・」

 おそらく、苦手かどうかというより、じぶんにはない精神の持ち主だから理解が難しいだけのことなのだ、と茅乃は考える。いままで出会ったことのない思考回路だから、それを知ることから始めなければならない。意図を汲んだり図ろうとするのはそれからの話になる。

「苦手というより・・・・・」

 なんとなく思考しながら茅乃は口を開く。

「こう、グイグイ来られると、なんだか流されてしまいそうな気がするんですよね」

 えっ、とか、なんなの、とか考えているうちに、知らない間に押されてしまいそうだ。そして結果、なんで押されてしまったんだろう、と首を傾げるようなことになりそうな予感がする。

 そう説明した茅乃にキアヒムは仕方なさそうに頷いた。

「適当に相手してやってくれ」

「・・・・」


 相手、できるかしら。


 なんとなくそう思ったが、それよりも先ほどのキアヒムの発言で気になったことがあったので訊いてみることにする。

「さっきキアヒム君が言ってましたけど、神子の力は、重要機密なのですか」

 あまりなにも考えずにレンガを潰したり家具を運んだりということをやってしまっていたが、もしかしてもっと気を付けたほうがよかったのだろうか。

 そう考えながらした質問に、予想外の答えが返ってくる。

「そういうことにしておいたほうが良いと思うぞ」

「・・・・・はい?」

「軍部にはイフラスのような考えの持ち主が多い」

「イフラスさんのような・・・・」


 イフラスが言い、そしてキアヒムが言った言葉がよみがえる。


 つまり、力が、すべて。


 バッ、とカシュアを振り返って見れば、当の軍部を管理下に置いている人物からは苦笑とともに

「残念ながら・・・・・」

 と、肯定の言葉が返ってくる。


 無理無理! と茅乃は首を振る。


 イフラスひとり相対するだけでもいっぱいいっぱいだったのだ。おなじような思考回路の人物が増えればどうなるのか、想像もしたくない。

「はい、そういうことにしておきます!」

 力強く頷いた茅乃に、プラトが申し訳なさそうに言う。

「神子様にはご迷惑をおかけしておりますね」

「いえっ、もうだいじょうぶです。キアヒム君の言うように、重要機密の方針でいきますので」

「・・・・とはいっても、すでに兵舎で吹聴されているのなら噂は広まっていると思うが」

 キアヒムの冷静な指摘に、茅乃は悲鳴を上げる。

「そんな!」

「とりあえず通達という形を取っておけば抑止力くらいにはなるだろ」

「ほんとにありがとう、キアヒム君!」

 心の底から感謝の意を告げたとき、部屋の入り口のほうから小さな陶器の音がした。

「あら」

 振り返れば、マーサが茶器を乗せたトレイを手に立っている。

「先ほど隊長のおふたりとすれちがいましたが、陛下がいらしてたのですね。お茶の用意をいたしますが、飲んでいかれますか?」

「そうだな。あのふたりはオレが戻してしまったし、そのぶんのおこぼれにあずかろうか」

「まあ、おこぼれだなんて」

 ホホホ、と上品に笑いながらマーサは手際よく用意を整えていく。

 その中でトレイに残った一枚の板のようなものを手に取り、茅乃に差し出す。

「カーヤ様、こちらがめもちょうの代わりになるものでございます」

「ありがとうございます。・・・・これは?」

 壊さないように丁寧に受け取って見てみると、それは両掌くらいの大きさがある薄い板だった。

 板面は濃い色をしており、表面を撫でるとザラリとした感触がする。

「こちらを使って書きます」

 さらに受け取ったのは細長い形の白い石のようなものだ。

 板よりも柔らかい感触、そして指先に残る白い粉。


 もしかして、これは・・・・。


 細長い石で板面をなぞってみる。それは茅乃が持つ記憶の中のものと似ていた。教室で触ったときよりもずっと表面が粗く、ザラザラとしたものであったけれど、仕上がりは記憶にあるものとほとんど差がない。

「黒板・・・・」

「さようでございます。消すときはこちらをお使いください」

 マーサに肯定され、さらに小さな布を渡される。どうやらこれが黒板消しのようだ。拭ってみると若干の白色が残りはしたが、使った感としては黒板そのものである。

「マーサさん、ありがとうございます! 大切に使いますね!」

「まあ、カーヤ様に喜んでいただけてなによりです。その白い石と布は消耗品ですので、替えが必要なときはおっしゃってくださいね」

「はい!」

 慣れたものであるので、とても使いやすい。

 記憶の中のものと同じような道具があるとは思わなかったので、茅乃はすこし面白いなと気分が上がるのを感じる。その気分の中でさっそくレンへの質問を記すことにする。

 訊きたいことはいまのところ二点。

 もらったお菓子をどうするべきか、そして部屋で釣竿を振るった際の手応えのなさはどういうふうに捉えたらよいものか、という点である。

 簡潔に書いたものを、忘れないようにと釣竿と同じように部屋の入り口付近に置くことにする。ちょうどそのときにマーサから声がかかった。

「さ、お茶が入りましたよ」

 ありがとうございます、とイスに戻ると、もうひとつのイスにはすでにキアヒムが座っており、その前には湯気の立つカップが置かれている。カシュアとプラトにも同じようにお茶が振舞われているが、イスが足りないのでふたりとも立ったままカップを持っている。

「いただきます」

 手を胸に当ててつぶやき、お茶をいただく。

 ふとカップに口を付けながら机の上に目線がいく。その上に置いた金庫、という箱を見て、そういえばと茅乃は思い出した。

「カシュアさん、あの金庫、鍵がないですよね」

「ああ、そうでした」

 そう言うと、カシュアは持っていたカップを机の上に置く。

「開け方を説明しておきますね」

「説明・・・・」

「こちらの箱の裏側に」

 そう言いながら、カシュアの手が箱を持ち、箱の面を机の上面にくっつけたまま半回転させる。ゴトリと重々しい音が響く。

「指先くらいの凹みがあるのですが、ここを押します」

 実演を見せてもらいながら、カチリという音を聞く。

「すると、ここが飛び出てきますので、このひとつを押し込みます」

 カシュアの言葉の通りに、箱の反対側の箇所から石材の一部が飛び出した。

 どうやら細工箱であるらしい、と気付いた茅乃は親切に見せられる手順を見て記憶していく。いくつかの手順を踏んだ箱は、

「これが最後です」

 というカシュアの声とともにパカリと開いた。

「・・・・なるほど」

 と言ってみたものの、覚えきれたかどうか自信がない。

「あの、もういちど今度はじぶんでやってみます。カシュアさん、見ててもらっていいですか?」

「もちろんですよ」

 見せてもらった手順を思い出しながら、箱を潰さないように慎重に繰り返しやってみると、蓋はふたたび音を立てて開いた。

「できた!」

「お見事」

 誉め言葉を受け取りながら、こんどはその空っぽの箱に営業許可証と地図をしまうことにする。

「これで安心ですね」

 さすがに重量があるというこの箱を持ち去ることは難しいのだろう。

 金庫、と呼ばれていた箱を眺め、茅乃は考える。


 錠が付いているわけではない・・・・。

 細工箱ということは、こういったものを作る職人さんがいるのかもしれないな。


 城下をもうすこし見てみたい、と思っているとキアヒムから話しかけられた。

「カヤノは、今日はどういう予定なんだ?」

「今日はですね」

 よくぞ聞いてくれました、と茅乃は入り口の立てかけてある釣竿を指さす。

「貴賓館の中を造り変えます。設備を整えます!」

 大まかな家具は運び出せているので、あとは細かく整えていくだけだ。

「あそこは広さがですね、理想的なんですよー」

 ニマニマとしながら言う茅乃を見て、キアヒムが小さく笑う。

「そうか」

「はい! 空間を、二か所くらいに区切る必要があるんですけど、あそこの広さなら十分だなと思うんです」

「それは、出来上がったら見せてもらえるのか?」

「もちろんです! 営業開始前にぜひ見に来てください」


 見に来て、日本特有の文化の虜になるがいい、と若干悪い笑みで茅乃は頷く。


 その笑みを見ながら、キアヒムが言う。

「手続きは終わったのか?」

「ええと・・・・」

 営業許可証を手に入れることはできたが、これまでの手続きに不備があるのかどうかまではさすがにわからない。昨日同行していたカシュアをチラリと見上げると、カップを持ったカシュアが首を傾げた。

「おそらく、もう少し残ってるのではないでしょうか。そのあたりは不得意ですので、シャノン殿が来たら聞いてみましょう」

「だ、そうです」

 とキアヒムに言うと、

「そうか」

 と簡潔な返答が返ってくる。

 そのような他愛もない話をしていると、本日二回目の鐘が鳴った。始業の時間である。

「もうそんな時間か」

 オレも仕事を片付けないとな、とつぶやいてキアヒムが立ち上がる。同様にお茶を飲み終えたプラトがその後に続く。

 また今日もみんな夜の遅い時間までお仕事しているのかなあ、と思いながら茅乃はじつに気軽に手を振った。

「いってらっしゃーい」

 ヒラヒラ、と手のひらを見せると、いま部屋を出ていこうとしていたキアヒムが立ち止まり、動きを止めて振り返っている。

「・・・・・」

 おまけに無言である。

「え、なんです? もしかしてこの挨拶、やっちゃいけなかったですか?」

「・・・・いいや」

 そう言って踵を返してこんどはあっさりと部屋を出ていった。

「・・・・・?」

 首を傾げながら思わずマーサを振り返ると、マーサもまた首を傾げている。次いでカシュアを見ると、やんわりと微笑んだままカシュアも首を傾けている。

 なんだったの? と疑問に思っていると、部屋の入り口で新たな声がした。


「おはようございます、カーヤ様」


 シャノンである。


「おはようございます、シャノンさん」

 昨夜言っていたように、二回目の鐘の時刻に合わせて迎えに来てくれたようだ。思考を切り替えて茅乃はシャノンに挨拶を返す。


 今日も忙しくなるぞ、と茅乃は心の中で気合を入れた。




 活動報告を書いております。よろしければご覧ください。

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