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青の塔  作者: あきお
31/55

30   再会






「え?」


 茅乃が顔を上げたと同時に、室内にいたキアヒムとカシュアもまた動いていた。


 イスに座っていたはずのキアヒムは一瞬で立ち上がり、扉へと振り返っている。

 カシュアはもたれていた壁から背を離し、キアヒムと同様に扉の方向へ向き直っていた。ふたりともに、腰に下げた剣の柄へと手が掛かっている。そしてそのふたりの手の甲を上から押さえつけるものがあった。

 抜かれていない剣の鞘、それを持つのは、たったいまこの部屋に入ってきたレンの手である。

 双剣をそれぞれの手で持ち、瞬時に反応したキアヒムとカシュアの動きを一本の剣だけで止めている。

 黒髪黒目の美丈夫は睥睨するような視線を向けて言った。

「抜けばお前らの首が落ちるぞ」

 いっそなんの感情もないような警告に本気を感じて、茅乃は慌てて立ち上がる。


「レッ、レンさん!」


 というか、どこから入ってきたの、と茅乃は開け放たれた扉の向こうを見やる。そこには口を開けたまま立ち尽くすプラトの姿があった。


 外を警護していたプラトが驚きを見せているというのなら、レンは普通に入ってきたわけではない、と茅乃は考えながらキアヒムとカシュア、そしてレンの間に割って入る。


「こういう物騒なのは困ります!」


 目の前を阻むように立った茅乃を見ると、レンはあっさりと剣を腰に戻した。

「なんだ。呼ばれたから来たが、思ったより窮地というわけではないようだな?」

「・・・・はい?」

「どうにもならなくなったら呼べと言っただろう」

「・・・・・あっ」

 そういえばそんなことを言われていた、と思い出した茅乃の横で、キアヒムが静かに体勢を戻している。背後のカシュアは茅乃からは見ることができない位置にいるが、金属音がするのでおそらく警戒態勢は解いたのだろう。

 一瞬で膨れ上がった緊張感はあっという間に消えたようだ。ホッとする茅乃に、キアヒムの訝し気な目線が向けられる。

「不審者かと思ったが・・・・、カヤノの知り合いか?」

「ええっと」

 よく知っている、という相手ではない。はっきり言ってしまえば会ったのは一度きり、これが二度目だ。だが自己紹介も済ませているし、知らない人ではない。なにより答えようによっては先ほどの緊張感がまた生じてしまうかもしれない、と考えた茅乃は机の上に置いた神殿の記録に目を留めた。

「このひとは、レンさんです」

 そう言って書物を手に取り、読んでいた頁を指す。

「レン?」

 訊き返したキアヒムとは反対に、アビダがハッと顔を上げるのが見えた。

 神官を職業にしているだけあって、この名に思い当たるところがあるのかもしれない。だがアビダ以外のひとたちが不思議そうな表情をしているのを見て、茅乃はもうすこし丁寧な紹介をした。

「ここに記録されている、アズイルに滞在したふたりめの神子、レンさんです」

 じぶんで言いながら、もしかしたら同姓同名かもしれない、と不安になった茅乃はチラリとレンを見上げる。

「・・・・・で、合ってます?」

 レンはあっさりと頷いた。

「そうだ」

 途端に、茅乃とキアヒム以外は膝を着く姿勢を取った。

 片手を胸の前に、頭を垂れるようにする。その姿勢を見て茅乃もそろそろ学んできた。この姿勢はこの国で敬意を表すものなのだ、と。

「神子様のご来訪を心より歓迎いたします」

 硬く、生真面目な声で言ったのはアビダである。その姿を見たレンは次いで室内をぐるりと見渡し、軽い口調で答えた。

「堅苦しいのは好きじゃない。楽にしろ」

 畏まった様子のひとたちを気にするふうでもなく、そう言う。そして茅乃を一瞥するように見下ろした。

「アズイルを選んだか」

「はい」

 レンはひとつ頷くと、踵を返した。

「お前が無事ならいい。特に用もないようだから戻るが」

「えっ!?」

 頓着なく歩を進めるレンの上衣を茅乃は思わず摑んだ。

「ちょっと待ってください、来たばっかりじゃないですか!?」

「呼ばれたから寄っただけだ。なにもないならそれでいいだろう」

 茅乃が制止しようとしているのを気にも留めず、レンは茅乃を引きずる強さで歩いていく。


 じぶんの力で服が破れるのでは、と心配しつつも、茅乃は手を離そうとは考えなかった。

 現在、レンの服を摑むことができている。

 いつかの初対面であったときのように、ここではない場所の夢のような空間で相対しているわけではない。実際のものとして服を摑んでいる以上、レンのこの体もまた実体のものであるという証拠にほかならない。もちろん茅乃もあのときとはちがい実体である。目が覚めるから意識が薄れる、というようなことは起きない。

 そしてレンが過去このアズイルに滞在したことがあるというのなら、目の前の存在は生き字引そのものなのだ。


 この国のことを教えてくれる先生としてシャノンがすでにいる。だが、そのほかにも知りたいことや訊きたいことは山のようにある。茅乃にはじめて調整をしろ、と言ったのは目の前のレンだ。神子としての先達がいるのであれば、レンを神子関係の先生と定めるしかない。

「お、お願いしますレンさん! 教えてほしいことがあるんです!」

 このまま戻られては今度いつ会えるかわからない。

 お願いします、と頼み込むことしかできない茅乃をレンは無言で見下ろしていた。が、やがてその視線を茅乃から外し、机の横に立つアビダへと向けた。

「お前、神官だな」

 確信しているような言い方に、アビダは静かに頭を下げる。

「アビダと申します」

「そうか。アビダ、滞在の用意をしろ」

「は・・・・」

 返事をしたのか、唖然としたのかよくわからない声を上げたアビダから、今度はキアヒムを見てレンは言う。

「アズイルの現王だな」

「キアヒムだ」

「ではキアヒム、貴賓館があっただろ。使うぞ」

「あそこは・・・・」

 言い淀んだキアヒムに、レンがわずかに首を傾げる。

「問題が?」

「ある。レオトールの使者に荒らされて現在修復中になっている」

「・・・・・碌なことをせんな」

 なにが、とは言わないが、茅乃もレンが言わんとする主語を理解した。

 どうしてレオトールの使者がアズイルの王城の中の建物を荒らすことになったのかは知らないが、いま会話をしているのはレンとキアヒムである。邪魔をしないでおこう、と茅乃は口をつぐみながら手元の摑んだ服を見る。


 もう引きずられるような勢いは感じない。それはただ茅乃が摑んでいるだけのものになっている。


 以前、川のほとりでも思ったことだが、レンは不愛想に見えてその行動はとても親切だ。現にいまも戻ろうとしていた足を止め、そして滞在を決めてくれた。

 きっと、ほんとうは忙しいよね、と考えている茅乃の前で、レンが滞在する先が話し合われる。

「王城の中で良ければ部屋を用意するが」

「寝床があればどこでもいい」

「そういうわけには・・・・。カヤノと近い部屋のほうがいいのか?」

「距離は問わない。扉さえあればどこでも繋げられる」

「・・・・・。では、とりあえず王城の最上階にある部屋を用意する」

「任せよう」

 トントンと決まっていく会話に区切りがつくと、レンが振り返った。

「・・・・」

 無言で茅乃が摑んでいる服を見ている。そのことに気付いて、茅乃は慌てて手を離した。すこし皺になってしまった布を手で伸ばしてみる。戻らなかった。

 ごめんなさい、とつぶやきながらも、表情が晴れていくのを止められなかった。

「アズイルに滞在してくれるんですね」

「しばらくな。それと、常にはここにいないぞ」

 忙しいからな、と念を押すように言われたが、それでも連絡が取れることとそうでないのとはだいぶちがう。訊ける相手がいるのだということはとても安心する。

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 満面の笑顔で見上げてそう言うと、レンは茅乃の周囲を探るように見た。

「お前、釣竿は?」

 持ってないな、と指摘されて、茅乃は正直に答えた。

「部屋に置いてありますけど・・・・」

「あれは常に持っておけ」

「釣竿を、ですか?」

 暇さえあれば常に調整をしろ、ということだろうか。そう考えた茅乃の予想とはまったく別の回答がレンから返ってきた。

「あれは神子の護身道具だ」

「・・・・釣竿が、ですか?」

 なにを言ってるんだろう、という気持ちでレンを見返す。護身用というのならキアヒムやカシュアやプラト、そしてレンが持っている剣を指すのではないか。チラリとレンの双剣を見た茅乃の視線を追ったのか、レンが軽く鞘を叩くようにする。

「これはせいぜい切るくらいしかできんだろ」

「・・・・・はあ」

 護身用なのだからそれ以上に必要な要素があるだろうか、と思う茅乃に、レンがあっさりと言った。

「お前、最近大物を釣ったんじゃないのか」

「・・・・・・」

 パカーンと、口を開けたまま茅乃は視線を上げることしかできなかった。


 大物。


 そう言われて思い当たるものはひとつしかなかった。

 そもそも茅乃が釣竿で釣り上げたものは過去にふたつ、卵と砂の壁、それだけだ。そしてその状況はどちらも、レンの存在がない場所だったのだ。


「・・・・どうして、わかるんです?」


 ここまでくるとうすら寒い。

 先ほどはレンの滞在を歓迎し、礼を言ったばかりだが、茅乃の表情はすでに変化していた。

 得体のしれないものを見るような眼になっていただろう、その視線を受けたレンの表情もまた無表情に近い顔からしかめるような顔つきになった。

「そういう眼で見るのはやめろ。いいか、神子が小物や調整以外で大物を釣ると世界が波立つ。それを察知したから動いたんだろ」

「動いた・・・・。レンさんが、ですか?」

「俺の前に、だ」

 そう言ってレンは片手を上げて、人差し指を上に向けた。


 ―――天へと。


「・・・・・・」


 なるほど・・・・、と絶句しつつも、納得するよりほかなかった。


「はい、わかりました」


 どこか呆然としたままとりあえずのように口にすると、さらにレンの眉根が寄る。

「お前、わかっていないことをわかったと言うな。なんのために俺がここに滞在するんだ」

「でもですね、これはわたしの知っていることとはだいぶかけ離れた内容なんですよ」

 あまりにも常識がちがいすぎる。

 レンの言葉で新たな知識を得ることはできたが、同時に同じくらいの疑問が生じている。質問すれば答えてくれる存在は得難いものだが謎もまたうまれているのだ。

「難しく考えるからだ。とりあえず慣れろ」

「はあ」

「とりあえずの返答ができるくらいなら、とりあえずそんなものだと思うようにしておけ」

 心の中を読まれたかのような的確な言葉に、茅乃はぎくりとする。

 サッと視線を逸らした茅乃の頭上から呆れたような声が聞こえた。

「釣竿を使いこなせたようだから大丈夫かと思ったが・・・・・」

 どこかで聞いたような言葉に、茅乃は小さく反論する。

「使いこなせたかどうかというより・・・・、まぐれだと思うんですよね」

 はっきり言って砂の壁を釣ったときのことはほとんど記憶にないのだ。

 茅乃の人生の中でもっとも極限だったのではないか、と思えるような事態の連続に、思考も記憶もおろそかになっていたことだけは覚えている。その中で目の前の事態がこれ以上転がってはいけない方向に転がらないことを願っていただけだ。茅乃の感覚としては糸の先がなにかに引っ掛かった、くらいにしか認識できていなかった。だからあれはまぐれのできごとだと思っている。

 茅乃の反論を聞いたレンはため息を吐いた。

「まぐれでできることではない。ということをとりあえず覚えておけ」

「・・・・ううっ」

 とりあえず、という点を当て擦りで言われているのか、そもそも茅乃にとっては当然のこととして認識しがたい内容なのである。小さくうめいた茅乃を見たからか、レンはさらに言った。

「慣れが必要だな。茅乃、釣竿を持ってこい」

「ええっと・・・・」

 本はまだ読みかけであったり手をつけていなかったりする。

 部屋にある釣竿を持ってくるということはいったん部屋に戻るということだ。この本は部屋に持ち帰ってもいいのだろうか。

 思わず机の横にいるアビダと、壁沿いに立っているシャノンと、本を見比べてしまう。それだけで察したシャノンが口を開いた。

「貸し出しは可能ですよ」

 陛下の許可が出ましたので、と添えてくれる。

「神殿の記録もお持ちいただいてけっこうです」

 アビダもそう言ったので、ありがたく本を借りていくことにする。


 来たときとは反対に、慌ただしく本をまとめて図書館を去る。

 今日借りた本を返しに来たときに、ゆっくり別の本を借りてみよう、と考えながら来た道をレンを伴って戻る。図書館を出たところでアビダとは別れ、寄り道をせずにまっすぐ王城に戻り、朝寝ていた部屋へ向かう。ひとまずサイドテーブルの上に本を置き、立て掛けておいた釣竿を手に取る。そうして部屋を出ると、階段にほど近い部屋の前で男性陣が立っているのが見えた。

「この部屋でいいか」

 とキアヒムが言っているのを聞くに、ここがレンの部屋になるようだ。

「寝られればどこでもいい」

 と答えているレンは、居住空間にはこだわらない性質なのだろう。

 同じように部屋の前にやってきた茅乃を見て、レンが言う。

「さっきも言ったように、いないときもあるからな。そのときは書置きでも残しておけ」

「わかりました」

 頷いた茅乃の手に釣竿があるのを見て、レンが階段のほうへと向かう。

「さて、調整以外の使い方をやってみるか」

「・・・・って、どこに行くんです?」

 階に足をかけたレンが振り返る。

「ちょうどいい教材があるようだからな」

「教材?」

「貴賓館だ」

 荒らされた、と言っていた建物のことだろうか。

 それがどうして教材になるのかわからないまま、茅乃はレンの後をついてくことにした。




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