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青の塔  作者: あきお
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2   レオトール






 レオトールの国に強制連行された。


 なんていう扱いだろう、と茅乃は憤慨する。

 茅乃自身は馬車に繋がれたまま、クッションもなければ布が敷かれているわけでもない板張りの上で文字通り転がされていたので、地味に体が痛む。しかも引きずられた時にできた膝の傷は放置されたままだ。挙句に馬車を操縦していた兵士のような男はときおり水を飲んでいたが、それを茅乃にわけてくれようとする様子さえない。

 一口ちょうだい! と声を上げてみたが、やはりというか無視された。なんなの、と茅乃の苛立ちが募る。


 揺れる、というよりは跳ねる馬車の上で二度の夜を数え、その後にそろそろ王都に入るという声を聞いた。


 板張りの上で身を起こしていた茅乃はその王都の様子を眺めることしかできなかった。

 両手を縛られ馬車の一部に括り付けられたまま、大きな門を見上げる。それまで軽快に走っていた馬車の速度がはっきりとわかるほど落ちた。

 やけにゆっくりと、馬車の車輪が軋むほどの遅さで茅乃の乗る馬車が進んでいく。


 どうしてこんな遅く進むの・・・・。


 いつの間にか石で舗装された道へと変わっていた。王都と呼ばれるその場所には木材を中心とした造りの建物と、その前にはテントのような布が張られている。布の下にはちょっとした台が置かれていて、野菜や肉類、布類といったものが並べられているようだった。場所によっては布さえなく、露店のような佇まいのものもある。

 市場のようなところかな、と茅乃は思う。通りを行きかう人たちを見てみると、女性は簡素なワンピースを着ている人が多く、男性はシャツとズボンといった格好が多い。こういった格好が普段着なのだろうか、という感想を持ったが、その街の様子を見ていてふと気になったことがあった。


 街全体が、静かすぎるのだ。


 賑わい、というものがない。

 物を売り、買い物をし、用事を済ませる。歩いている人はいる。その数は多いようにも思えるが、人数のわりには話し声も商売の声も一切聞こえない。

 茅乃の耳に入ったのは、先導する兵士のような男がミコを連れてきた、というような言葉を張り上げる声と馬車の軋む音と、ほかには人々の足音と動物の鳴き声しかしない。


 なんでこんな、陰気なの。


 怪訝に思って通りの近くにいる人の様子を見てみると、その表情は硬く、暗く、中には目を合わせないように下を向いて足早に去っていく人もいる。

 これが、国の中心部で買い物をする人の表情だろうか。

 さらによく観察すると、こちらを見ている人の大半はその目に負の感情を乗せていた。

 憐憫、同情、よくよく見ればそういった類のものが。


 そして、その視線の先には自分がいる。

「・・・・」

 茅乃は、どうして馬車がやたらゆっくりと進むのか気付いてしまった。


 馬車に括り付け、ことさらゆっくりと進み、先導する男が声を張り上げる。ミコを連れてきたぞ、と。


 見世物にされているのだ。


 冗談じゃないわよ、となんとか括られた両手の縄が外せないかともがいてみるが、食い込むばかりで緩むことはない。馬車の上で茅乃が身をよじっている間に王都と思われる街は後方へと流れてゆき、別の敷地に入ったようだった。広い幅の道を渡り、そうして現れたのは広大な庭園と、その奥に見えるのは庭園よりも広い敷地を持つ城だった。


 ヨーロッパのお城みたい・・・・。


 庭園は全体に芝で埋められ、低い生垣で通路が造られている。生垣よりも少し丈のある花が植えられちらほらと景色に色彩を添えていた。庭園の中ほどには噴水もあるようで、どことなく優雅な空間のように感じられる。その庭園の向こうには白い石壁が眩しい城があり、全体を見るとやたら尖塔の目立つ建物だと感じた。左右非対称の、窓を見ればどの階なのかもわからないような実用重視の建て方だ。校舎や駅前の箱のような形のビルを見慣れた茅乃にとっては、とても不思議な形に思える。

 馬車はその庭園を抜け、さらに奥へと進んでいく。

 もう降ろしてよ、と茅乃は過ぎていく城の正面玄関らしき大きな扉を見ながら思う。


 というか、これ以上奥に進んでどこに行くっていうのよ。

 現にあの子供とお付きの男を乗せた馬車は城の入り口で停まっている。

 大きな馬車から子供と、お付きの男たちが降りていくのを見つめていると、茅乃を乗せた馬車はさらに奥へと進んでいく。


 体感時間でしかないが、馬車はさらに十分以上は進んだように思う。

 幅だけは広い道路のような通路のような場所を馬車は進み、ときにはちょっとしたトンネルのようになっている城の内部を突っ切りながら進む。もういっそ城の敷地を出るのではないかと思えた頃、王城の敷地の中のさらに塀で囲われている場所へと着いた。

 先ほど見上げた大きな門とは違い、こじんまりとした両開きの門が姿を現す。その両サイドに守衛のような兵士が二人立っていて、その前で馬車は停まる。


 馬車を操縦していた男が降りてきて、茅乃の腕をまとめていた縄の一部を解いた。それは馬車に括り付けられていた方の縄の端で、茅乃の腕を戒めている方ではない。

「ちょっと、これも解いてよ!」

 抗議をしてみるも、ここでもまた無視される。言葉も返されず視線も向けられない。乱暴に縄を引っ張られ、ほとんど落ちるようにして馬車の上から引きずられる。

「痛っ」

 なんとか地面の上にうずくまった茅乃をさらにその男は引っ張り、守衛のような兵士に声をかけ、門を開かせた。

 木戸のような頑丈そうな門が開くと、その内部には人が立っていた。

 女性ばかりが、ざっと見ても十人以上・・・・、もっといるかもしれない。

ベージュのワンピース、というよりは派手さのないドレスのような服を着たひとりの女性を先頭に、その背後の人たちは一様に紺色のワンピース、白色のエプロンといった格好をしている。


 メイドさんみたい・・・・。


 思わず茅乃は心の中でそう思った。

 といっても茅乃が見たことがあるような、ワンピースの丈が短いわけでもなく、厚底の靴を履いているわけでもない。個性のない実用的な丈と、なにも言わず頭を下げているだけの姿。


 えっ、まさか本物のメイドさん・・・・?


 ポカンとしている間に茅乃の腕にあった縄が解かれていた。間髪入れずに門が閉じられ、茅乃はその場の女性たちと向かい合うことになる。

 ベージュのドレスの女性が歩み出てきて、深くお辞儀をするような仕草をした後、顔を上げた。ドレス同様、派手さのないメイクと、金髪をきっちりと巻き上げている。三十代くらいだろうか、その顔には表情といったものはなく、どこか硬い印象を受ける女性だった。

「わたくしはこの後宮を任されておりますロザンナと申します」

「・・・・・!」

 ここに来て初めて、茅乃と話をしてくれる人が現れた。そのことに少なからず感激し、茅乃は慌てて立ち上がって自己紹介を返そうとした。

「は、初めまして、わたしは―――」

「ミコ様のお名前でしたら名乗らなくて結構です。わたくしどもはミコ様のお名前を知ることは許されておりませんので」

「えっ?」

 茅乃の戸惑いを気にする風でもなく、ロザンナは淡々とした表情で言葉を続ける。

「ミコ様にはこの後宮でお住まいいただきます。お世話はわたくしとこのメイドたちが行います。ミコ様の離宮にご案内いたしますので、ついてきてください」

 そう言ってロザンナはクルリと踵を返し、歩き出してしまう。メイドたちもそれに続くように一斉に歩き出す。

「あ、あの・・・・!」

 茅乃もとにかくついていこうとして、膝を怪我していることを思い出した。足を動かすとジクジクと痛む。

 だがロザンナとメイドたちは振り返る様子もなく、そのまま進んでいってしまう。

 動かしにくい足を無理矢理動かしてなんとかついていくと、しばらくしてひとつの建物に着いた。

「ミコ様のお住まいはここです」

 振り返ったロザンナがそう言って、茅乃の返事も待たずに建物に入っていく。

 離宮というだけあって見たところ小さなお城、といったような佇まいの建物だったが、じっくり見る間もなくメイドたちに急かされるようにして中へと押し込まれてしまう。

「湯浴みをしていただきます」

 ロザンナがそう言うと、建物の一角にさらに押し込まれ、すでにお湯が張られ用意されていたと思われる浴室の中に連れ込まれる。そこからはメイドの数に物を言わせて、あっという間に服をはぎ取られて浴槽に漬けられた。

 お風呂はひとりで入れる! あと怪我に染みる! という茅乃の抗議も抵抗もものともしない業だった。服を着た人たちの中で自分ひとり、裸のままという心もとない感覚を持っているうちにあっという間に髪も体も洗われてしまう。いっそその手際の良さには感心するほどだ。おそらくこのメイドたちはこうしたことが日々の仕事なのだろう。それでも茅乃はゆっくりひとりで入りたかった、と思う。

 逃げ出すことも抵抗することもできないまま、浴室から出た頃にはすっかり心が折れていた。


 お風呂の後には用意されていたワンピースを着るように言われた。

 手触りはとてもいい布地だが、飾りはいっさいない。丈は長めで華美な部分はなく、誰もが着られるような一般的なデザインだと思った。どこかメイドたちが着ているワンピースの形と似ている。違うのは白色という点だ。

 着替えて浴室を出ると、大きなテーブルとイスのセットがある広い部屋に連れていかれる。ドンとひとつ大きな長いテーブルと、その周りに十脚ほどのイスが配置されている。そのテーブルの上には料理の皿がいくつも乗っている。

 ここは、食堂・・・・?

 説明が一切ないまま連れてこられたので、茅乃は部屋の中をぐるりと見上げる。ピカピカに磨き上げられた床の上、イスのひとつをロザンナが引いて茅乃を促す。

「お食事をご用意いたしました。どうぞ」

 そう言えば、ずっと食事をしていない。それどころか水分もろくに補給されなかった。よく考えればヘトヘトになるどころか倒れていてもおかしくないはずなのだが、ここに至るまでにそのことに考えが及ばなかった。

 なんかわたし、頑丈だな?

 首を傾げながら、促されるまま席に着く。

「い、いただきます・・・・」

 テーブルの上に乗った料理を見てみる。

 ここに来るまでの人や家を見て感じたことでもあるが、レオトールという国はどこか茅乃の思う洋風といったイメージに近い。なのでここで出されている料理も洋食といった内容だった。

 スープ、サラダ、パン。なんの動物かはわからないが肉を焼いたものにソースがかかっていて、小さめのお皿にカットされたフルーツのようなものが乗っている。

 フルコースだぁ、と茅乃はその豪華さに目を奪われるが、なぜか今になっても空腹を感じない。

 料理の脇に置かれたグラスには、透明の液体が入っている。水だ。

 まずは水分補給しよう、とグラスに口をつける。

「・・・・・」

 一息に水を飲み干すと、背後から声もなくおかわりが注がれた。

「あ、ありがとうございます・・・・」

 振り返ってお礼を言うと、水を注いでくれたらしいメイドは声もなく壁際へと下がっていった。

 頷くでもなければ返事があるわけでもない。茅乃の存在がまるでないもののような振る舞いだが、それでは水を注いでくれた説明がつかない。

「あの・・・・?」

 声をかけてみると、横にいたロザンナから声がかかった。

「このメイドたちはミコ様と直接口を利くことを許されておりません」

「えっ?」


 許されておりませんって、どういうこと?


「それは、どうしてですか?」

 ロザンナの答えは一言だった。

「身分がちがいます」

「身分? たしかにわたしはただの学生ですけど、それだとこの人たちと話すことに差し障りがあるんですか?」

 あまりにも馴染みがない言葉に茅乃は戸惑う。ここは王宮で、そこで働いている人だから立場や地位もきっと茅乃が思うよりもしっかりとある人なんだろう。けれどもお礼も言えないなんて、と考えたのだが、ロザンナから返ってきたのは逆の言葉だった。

「いいえ、ミコ様の方ではなく、この者たちの身分が低いのです。メイドたちがミコ様と口を利くのは不敬にあたります」

「・・・・・・」

「わたくしは後宮を束ねるものとして、またミコ様に快くお過ごしいただきますために特別に許可をいただいております」

「・・・・許可って、だれにですか?」

「もちろん、王宮からでございます」

「・・・・・・」


 そんな馬鹿な、と茅乃は愕然とする。


 わたしのほうが地位があるってこと?

 それなのに捕まえて連れてきて、ひとりで入れるって言ったお風呂も無視されて? こんなにたくさんいる人たちとも話すこともできないの?


 それって単に仲間外れじゃない?


 そこまで考えて、ふと茅乃は思い至る。

 たぶん、もっと複雑なことだ。

 集団意識で仲間はずれにしよう、という単純なことではない。それを指示したものがいる。それが王宮という団体の総称なのかあの殿下とかいう子供だったりの個人的な判断によるものなのかどうかはわからないが、茅乃に対する待遇を一方的に決めたものがいる。そしてそれはこの場を支配し、なおかつこの国をも支配している側だ。


 すこし慎重になって様子を見てみよう、と茅乃は考える。


 なにもかも、わからないことだらけなんだもんなぁ。


 知らず知らず、肩が落ちる。

 けれどもあまり考えこんでも仕方ない、と目の前に用意された料理へと目を戻す。

 テーブルの上に並べられたカトラリーを見て、その繊細なつくりに軽い違和感を覚える。手を伸ばして取ってみると、とても軽く、細く、どこか玩具のような手応えがあった。


 ここの人はみんな、こんな脆そうなものを使っているのかな?


 手になじまない感触ながらも、それを使うしかないので、スープの皿を寄せて掬ってみる。

ポタージュだろうか、トロリとした液体をまじまじと見つめた後、口に運んでみる。

「・・・・」

 一口で、なぜだかもういいような気がした。スプーンを置き、今度はフォークに持ち替えサラダを選ぶ。

 根菜を茹でたものが使われており、茅乃がよく食べていた生野菜のサラダとはちがう。お皿の中の、素材のよくわからない野菜のひとつを口にしてみる。

 これもまた、食欲をそそられなかった。

 首を傾げながらフォークを置き、メインと思われる肉料理を見る。

 お皿を寄せようとも思わなかった。肉料理は普通に食べるし、自分にはあまり好き嫌いはないと思っていた茅乃はますます自分のこの反応に困惑する。


 でも、なにか食べないともたないよねぇ。


 残りのパンとフルーツに手を伸ばしてみる。先にパンを取り、ちぎってみると、ふわりと香ばしい香りに初めて空腹感を感じた。


 食べられそう。


 さらに小さくちぎって口に入れる。


 うん、おいしい。


 五つほど積まれていた小さめのパンを三つほどいただき、その後にフルーツを食べることにする。

 これもまた新鮮な香りがして、おいしく食べることができた。

 最後にもういちど水を飲み干して、茅乃は食事を終えることにした。

「ごちそうさまでした」

 そう言うと、テーブルの横に控えるようにしていたロザンナが残った料理を一瞥した。

「これらはお口に合いませんでしたか」

「はあ・・・・」

 合うか合わないか以前になぜか食べようという気が起きないのだ。ただ、自分でもよくわからないそれを伝えることもないだろうと曖昧に返事を返す。

 ロザンナはそんな茅乃の反応を見、少しなにかを考えるようなそぶりを見せた後、食堂の入ってきた方とはちがう出入り口を示した。

「では、お部屋にご案内いたします」

「あ、はい」

 数名のメイドは残って食堂を片付けるようだった。ロザンナと三名ほどのメイドが先導して廊下を歩いていく。

 大きな窓がはめられている廊下の外には、色とりどりの花が咲いている庭があった。その手入れの行き届いた景色を見ながら茅乃は後をついていく。


 綺麗な景色ではあった。

 ただ、足音が響くだけで会話もなにもない。その静かな中を進むと、大きな扉の前に着いた。

「こちらです」

 開かれたドアの中を覗いてみると、思ったよりも広さがある部屋の中には大きなベッドとサイドテーブルがあった。

「こちらでご自由にお過ごしください」

「あの」

 中に入りながら茅乃が声をかけると、ロザンナが怪訝そうに目を向けてくる。

「なんでしょう」

「いろいろ、教えてほしいことがあるんです。ミコとか言われてもよくわからなくて・・・・」

 人ちがいをしているんじゃないだろうか。と思っている茅乃がそう口にすると、ロザンナは眉をひそめるようにした。

「ミコ様は神域から現れたのではないですか」

 そういえばあの子供にも同じことを言われたな、ということを思い出した。

「そうらしいですが・・・・」

「ではあなたがミコ様なのでしょう。殿下が直々にお迎えに上がったと伺いましたが」

 ロザンナのその言葉を聞いて、茅乃は数回瞬いた。


 力ずくで連れてくることがお迎え?


 唖然としていた茅乃を放って、ロザンナはサイドテーブルの上に水差しを置き、大きな窓際のカーテンを引いた。

 寝ろということだろうか。まだ外は明るいのだけれど。

「あのですね、わたしにはミコの定義もよくわかっていないのですけど・・・・」

「それはおいおい殿下にお聞きになってください。わたくしどもの職務はミコ様のお世話をすることですので」

 つまり、世話以外のことをやる気はないということだろうか。たとえば今、茅乃が疑問に思っていることに答えを返すつもりがないように。

「聞けと言いますけど、その殿下にはいつ聞けるようになるんです?」

「わたくしにはわかりかねます。殿下が来られるときがそのときでしょう。もっとも、ここは後宮ですので王族の方はいつでもここに来ることができますが」

「・・・・・後宮?」

 そういえば、なんどかそう言っていたような気がする。

「どうしてわたしは後宮に置かれるのですか」

 後宮というと、王様の愛人たちが複数囲われている、というイメージしかない。

 嫌だなぁ、と思いながら尋ねると、ロザンナは一言で答えた。

「王宮の決定です」

 取り付く島もない。

 立ち尽くした茅乃を置き去りに、ロザンナと三人のメイドは寝室から出ていった。


 パタン、と扉が閉まる音がすると、薄暗い部屋の中に茅乃だけが残される。


「・・・・・・」


 人がいたら、聞きたいことがたくさんあったはずなのだけど・・・・。


 まさか、人がいても疑問が解決されず、聞いてももらえないなんて思いもしなかった。

 けれども、釈然としない思いを抱えつつ、ひとり部屋に置かれてどこか息を吐けたのも事実だった。

 無視をされ、会話もなく、聞いたことには的確な答えが返ってくるわけでもない。

 ひどく息が詰まっていたのだ、と自身が深呼吸してからそのことに気が付いた。


 溜め息をつきながら寝具の掛けられたベッドを押すと、沈み込むような感触が返ってきた。

 とても高級な調度品なんだろうな、ということは場所が場所だけに理解できる。だが部屋にはベッドとサイドテーブルだけしかない。棚もなく、書き物の机があるわけでもない。実に殺風景な部屋だった。


 もうひとつ溜め息を吐いて、大きな窓に寄ってみる。降ろされたカーテンをめくると、先ほど廊下から見た庭園がこの部屋からも見えた。拓けた景観の向こう側には王宮の一郭らしき尖塔が見える。その塔から続く城壁には巡回しているのか歩いていく兵士の姿があった。

「・・・・・」

 部屋の入り口のドアへと戻る。

 そおっと開けたドアから少し離れたところには、ここまでついてきた三人のメイドと、なにかを告げているロザンナが立っていた。

 茅乃と目が合ったロザンナが足早に戻って来る。

「どうかなさいましたか」

「いえ、あの・・・・」

 まさかこんな近くにいるとは思わなくて、茅乃は少し口ごもった。そして、先ほど見た光景を誤魔化しに使う。

「窓の外に見えた、あの塔はなんなのかなーと思いまして・・・・」

 すると、とたんにロザンナの眉が吊り上がった。

「あれはミコ様がお気になさる場所ではありません。どうか庭園の花でもご覧になって、心安らかにお過ごしください。用があれば部屋の前にいるこの者たちに言いつけてください」

 メイドたちを示し、ロザンナに促されるまま部屋に戻されてしまった。余計な面倒をかけるな、と言わんばかりだ。

「・・・・・」

 途方に暮れて、茅乃は唯一座ることのできる家具、ベッドの端に腰を下ろした。

 のろのろと水差しの水を少し飲んで、もそりとシーツをめくる。

 窓の外の明るさで計るなら、今は昼頃のように思う。いつもの寝る時間ではないが、二日以上拘束され馬車に乗せられていた体を休めるしかできることがないようだ。


 横になると、寝心地だけは抜群だった。

 やたらめったら豪華なベッドと、真っ白の天井を見ながら茅乃は思う。

 寝て起きたらこれ、夢だってことにならないかなあ、と。




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