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青の塔  作者: あきお
26/55

25   新しい場所






 パチリ、と目が開いた。


「・・・・・」


 ぼんやりとした頭のまま、茅乃は周りを見回してみる。

 仰向けになった状態でいると、天井から垂れ下がる布が目に映る。紗のような薄いそれは、明かりを抑えるかのように幾重にも重なって茅乃が横になっている寝台を覆っている。


 ・・・・これは、いわゆる、天蓋付きベッドというものでは!


 一気にテンションが上がった茅乃は、そわそわとしてくる気持ちにこれは現実だな、という認識をして体を起こすことにする。

 体の上から滑り落ちていった布は肌布団のように厚くも薄くもなく、とても滑らかな肌触りをしていた。いつの間にか制服ではない服に着替えさせられているじぶんの身を見て、さすがに砂まみれだったしなぁとどこか諦めに似た気持ちを覚える。

 ホルターネックのキャミソール、という表現がしっくりくる服を着ていた。バサリと肌布団をよけて見れば、ワイドパンツに似たズボンを身に着けており、それは足首のあたりでゆったりと絞られている。


 楽ちんなスタイル。


 これはパジャマなのだろうか、それとも下着のような分類なのだろうか。とりあえず誰か訊ける人を探そう、と寝台の上を膝で移動して端まで行き、薄布をかき分けて天蓋の外に出る。

 外は明るかった。

 大きな掃き出し窓があり、ガラスの入った戸は大きく解放されている。戸外を射す陽光は強く室内からでも眩しく、茅乃は思わず目を細める。

 この太陽の強さは、あの砂漠のときと同じ・・・・。

 ということは、ここはアズイルの建物の中ということだろうか。

 神域からずっと砂漠の上を移動してきたが、もしかして茅乃の意識が飛んでいる間にアズイルの中心部というところまで運ばれたのだろうか。


 ・・・・また迷惑かけちゃったな。


 ひとひとり運ぶのは大変だっただろうと思いつつ、寝台から降りる。床は案外近くにあり、じぶんが乗っていた台がローベッドなのだと知る。窓から射し込むような光を見て、いまは昼どきではないようだ、と予想をつけた。


 時計とか、ここにはあるのかな。


 部屋の中を見回してみる。

 広い部屋だ、というのが最初の印象だった。室内には茅乃しかおらず、寝台とは反対側の位置にチェストのような家具と壷のような花瓶のような装飾品が置かれた台があるのを見つける。パッと見たところ、時計はないようだ。さらに首をめぐらせると、寝台の横にサイドテーブルのような小さな台があった。この部屋にある家具はそれですべてのようだ。

 そのサイドテーブルの上に、小さな一輪挿しと小さな花が飾られていた。そしてその横にはなにかの物入れなのか、白い塗装が施された丸い缶がある。

「・・・・・」

 なんとなく、花の近くまで行って観察してみた。

 白色の小さな花が集まった、可愛らしい花だ。相変わらず茅乃は花を愛でる神経を持ち合わせていないけれど、これは、と考える。


 アズイルは砂漠が多いって聞いたけど・・・・。


 花は貴重なのではないだろうか。砂漠と植物と水とがうまく結びつかず、茅乃はじっとその控えめに飾られた花を見る。


 誰かが置いてくれたのかな。


 なんとなく心がほっこりするのを感じ、そのまま横の空き缶を見る。


 これは、小物入れかな?


 入れるものなんてなにも持ってないけどね、と思いながら持ち上げた缶はしかし、空のわりには重量を感じた。重い、わけではないが、空き缶というわけでもなさそうだ。

 なにか、入ってる?

 興味のままに蓋を開けてみる。中には油紙が敷かれ、パズルのように隙間なく焼き菓子が詰められていた。

「・・・・・わお」

 ギフトボックスのような缶の中身は、覚えがある。先ほどまでみていたおいしくて幸せな夢の中で、テーブルの上にところ狭しと置かれていた焼き菓子と同じものだ。

「えっ?」

 いやいや、あれは夢だったよね、と考えて、茅乃は大切なものがあることを思い出した。

「釣竿!」

 もういちど部屋の中を見回してみる。

 家具の少ない部屋の中に釣竿は見当たらない。どこにいったんだろう、と考えた茅乃は、見落としている場所があることに気が付いた。

 背後の寝台を振り返る。天蓋の布をかき分けてベッドへと戻ると、その台の端に細い釣竿が横たわっていた。茅乃の釣竿である。

「よかった!」

 手に取り、ベッドから出てサイドテーブルの横に立て掛ける。これで安心、とひとまず落ち着くも、余裕が戻ってきたことで考えなければならないことが目の前にあることに脱力する。


 夢だと、思ってたんだけど・・・・。


 いやにはっきりした夢だなあとは思っていた。けれども、目の前に実際の物質がある。夢の中の女性が言ったようにお土産として持ち帰らせてもらったことはとてもありがたい。

 ありがたい、けど・・・・。

 いまになってとてつもない緊張が全身を襲う。ブルブルとじぶんではどうしようもない震えが抑えられない。


 いろいろ使ってみろ、と言われたことを思い出す。


 この釣竿の使いみちとして、調整だけではない、ということだろうか。そもそも最初から場所を選ばないというとんでも機能が付いているのだが、ほかにも機能があるのだろうか。

「・・・・」

 試しに、と茅乃は釣竿を持ち、テグスを解いて針を落としてみた。正座である。

 ちょいちょい、と竿を動かす。そして返ってきた手応えはいままでとちがっていた。


 なにも手応えがないのだ。

 なにかに当たる、という感触すらない。

「・・・・・?」

 どういうこと、とさらに竿を動かしてみる。だが、結果は同じだった。まるで穏やかな水の中、魚が棲んでおらず岩もなにもないような場所に針を落としたような感覚だ。

 ここで首を傾げていても仕方ない、と茅乃は釣竿を戻すことにした。

 震えが治まってきたことを自覚して、茅乃は目の前の缶を見つめる。


 ということは、力を抑える道具っていうものも、いつかほんとにもらえるってことなのかな。


 夢の中のできごとだったから、あの会話も夢のように不確かなもので終わるのかと思ったが、どうやら諦めなくてもよさそうだ。気持ちが上向いてくるのを感じ、よし、待とう、と茅乃は立ち上がる。


 この釣竿の機能だとか、ほかになにかができるようだとか、あの夢の中のふたりはどうしてあんなに良くしてくれたのだろう、とか。どのみち考えたところでわからない。相談しようにもいまは相手がいない。頭を使ってもわからないうちは体のほうを動かそう、と茅乃は部屋のドアへと向かう。


 なんとなくそっと開けたドアの向こうは、長い廊下だった。

 壁は茅乃の胸元くらいの高さしかなく、上部分は支柱があるだけの、開放的な回廊のようだと思った。

 床には薄い絨毯が敷かれている。精緻な幾何学模様に織られた絨毯を見、右を見、左を見ると人がいた。

 廊下の端にイスをふたつ置き、そこに座ってなにか手を動かしている。

 キアヒムやカシュアといった、アズイルの人たちに見受けられた肌と同じ、褐色の肌をしたふっくらとした体形の女性だった。

 歳は四十くらいだろうか、真剣な眼差しで手元を注視している。よく見ると縫物をしているようだ。

「あの」

 声をかけることに、一瞬躊躇を感じた。

 女性が真剣に手作業をしていた、こともあるが、それ以上にまだ人に声をかけることが怖かった。声を、かけることはできる。怖いのは、声をかけた相手がどうにかなってしまうんじゃないかと考えてしまうことだ。

 けれども、砂漠の上で言われた、アズイルはレオトールとはちがうのだという言葉を、信じてみたいと思った。ちがうことを、この眼で見たい、と。


 声をかけられた女性は、弾かれたように顔を上げた。

「まあまあ、お目覚めになられましたか?」

 茅乃と目が合うと、にこりと笑顔になってそう言ってくる。ふつうの言葉、ふつうの態度に、目頭に熱が集まるのを感じた。

「あの、お仕事中にすみません」

 なんとか熱を払って茅乃は女性に言う。

「いいんですよ、暇をつぶしていただけですから」

 ということは、この人はもしかしてここで茅乃が出てくるのを待っていたのだろうか。


 まさかねえ、と思いながら、茅乃はすこし自分より背の高い女性を見上げる。

「はじめまして、茅乃と申します」

「まあ、神子様からご挨拶をいただけるなんて! わたしはマーサと申します。このアズイルの王城で侍女を務めております」

 女性の言葉を聞いて、茅乃はやっぱりここはアズイルなんだ、と認識する。その中心部も中心、王城の中だという。

 それよりも、と茅乃は申し訳なく思いながらも伝えてみた。

「あの、名前で呼んでいただきたいのですが・・・・」

 どうだろうか、と言ってみた言葉はしかし、

「ご尊名をお呼びするなんて、叱られてしまいます。ですが、たってのご希望ということでございますから、カーヤ様とお呼びしますね」

 あっさりと了承された。

 しかも、あだ名のような名前に変わった。

「あ、はい。・・・・嬉しい、です」

 ポンポンと返ってくる言葉と気さくな態度に、茅乃は思わず心の内をポロリとこぼしてしまう。

 次いでハッとマーサを見つめた。

「あの、マーサさん」

「さんは不要ですよ」

「あの、目上のひとなんで、無理です」

「さようですか?」

「はい。それで、あの、教えてほしいことがあるのですが」

「なんでしょう?」

「お手洗いは、どこですか・・・・・?」


 前にもこんなことを言った、と思いはしたけれど、さすがに体が限界だった。

 レオトールから逃げてくる間、ずっとキアヒムとふたり、ましてや見通しの良すぎる平原や砂漠を移動していたのだ。さすがにお年頃なのでキアヒムの前では言い出せなかった。むしろよくここまでもったほうだと思う。

 切羽詰まった茅乃の表情に気が付いたのか、マーサは朗らかに笑いながらもすぐに踵を返した。

「すぐにご案内いたしましょうねぇ」

「お願いします!」

 速足で進んでいくマーサの後を茅乃も速足で追いかけた。




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