22 会敵
国境を越えればだいじょうぶ、という気がしていたのはなぜだろう。
「キアヒム君、あのひとたち、水路を越えて来てますけどっ」
「完全な侵攻だな。本気でやり合うつもりか」
「やり合う?」
「戦争だ。―――話している暇はないな、走れ」
キアヒムが発した単語に心底ゾッとする。だがたしかに今は思考している余裕はない。言われるがままに身を翻し、痛む体をおして足を踏み出す。
砂に埋まる足を持ち上げ、転びながら、緩やかな登り斜面となった砂丘を駆ける。ボロボロの体を動かして、全力を出して走っているつもりだ。それなのに、なんども足を取られ、思うように走れない。
―――追いつかれてしまう。
馬は放した後だ、しょせんこちらはただの足でしかない。逃げられるのだろうか、こんなに、砂に足を取られていて?
茅乃がそう思考したとき、横を通っていくキアヒムの姿が視界の端に映った。砂を捉えていた視線を上げて見たのは、東の方向へと相対するような後ろ姿だ。
「・・・・・キアヒム君!」
その、見慣れた後ろ姿に、なにをするつもりなのかがわかってしまう。思わず呼び止めた声はしかし、なんの効力も持たなかった。
「カヤノ、全力で西へ向かえ。水路から逸れるなよ」
そう言い置いてさらに東へと向かって進んでいく。
「待って、そんなの、無茶だって・・・・!」
今までの、十人にも満たない数なら勝てるのか。それを越えた数では勝ちが見えないのか。戦いにおいて茅乃がわかることなどひとつもない。けれども、さすがにこの数と対峙してこれまでのように無傷で戻って来られるとは思えない。
「キアヒム君・・・・!」
置いて逃げることも、追いついて手を摑んでともに逃げることも選択できなかった茅乃の視線の先で、先駆けのようなひとかたまりの兵士の、さらに先頭を切る追手のひとりがキアヒムに迫る。剣を振り上げたその兵士の側頭部に、キアヒムは手に持っていた鞄を容赦なく叩きつけた。食糧だけではなく野営の道具も入っていた鞄からなにかが割れる音がする。衝撃を受けてレオトールの兵士の手から滑り落ちた武器をキアヒムの手が拾う。さらに傾いだ兵士の衣服を摑み、引きずり落として空になった鞍の上を入れ替わるようにキアヒムが騎乗する。あっという間に武器と馬を奪い、手綱を片手に手繰り寄せて馬を操り、続く追手のかたまりの中に突進していく。先駆けの中で馬を走らせている集団の中に、ただひとり外套を纏う人物がいた。全身を革の甲冑で覆っている姿を、茅乃はどこかで見たことがあるような気がした。たしか、ずっと以前に、神域で、王子のそばにいた人物がこんな格好をしていたように覚えている。
王子の側近だ、と気付いたときと、キアヒムの剣とその人物の剣とが衝突したのは同時だった。今までに聞いたことがないような硬質な音が鳴り響く。競り合う間もなくキアヒムが剣を弾き、さらに振り上げた剣と馬を使って肉薄する。受け止められた剣をさらに弾き、手綱さえ手放して両手で握り直した剣は甲冑ごと敵の体を切り裂いた。
完全に力づくの戦い方のように見えた。おそらく今までのような、戦法を選べるような状況ではないのだ。少数ではない敵の中に突っ込んでいる。王子の側近ひとりだけと切り結んでいるわけではない。囲まれればおしまいだということは茅乃でもわかった。最短で決着が着く人物をキアヒムは選んでいる。
怯みを見せ、後退しようとした側近の逃げを許さず、キアヒムはひと振りでその腕を切り飛ばした。悲鳴とともに砂の上に落ちた腕の先、拳の中には剣がある。武器を失い、戦意も喪失した側近は引き上げるように号令を出した。それとほぼ同時に周囲を包囲しつつあった兵士のひとりが、キアヒムの背後から剣をふるう。
「キアヒム君!」
砂に落ちたままの拳の上に、血が降る。瞬時に振り返ったキアヒムの剣は、切りかかってきた兵士の両腕とその腕が握っていた手綱ごと切り飛ばした。撤収の号令に従わなかった他の兵士たちが、負傷したキアヒムの姿を見て勢いづく。向かってきた兵士と切り合い、幾人もの血が地に落ちては馬蹄に踏み荒らされ、砂に消されてゆく。
喧騒が静まったときには、砂の上には怪我人とも屍ともつかない十数人の兵士が伏していた。その場において馬上にあるのはキアヒムひとり、さすがに倒した敵の数が多く、荒い息をしている。
顔を上げたキアヒムの視線を追うように、茅乃もその先を見る。
丘の中腹辺りで追手を迎撃していたが、退いた追手たちは丘のふもとにまで逃げていた。さらにその向こうにはまた緩やかな砂丘があり、その斜面を視線でたどると向こうの丘の上にはレオトールの追手が群れを成すように佇んでいる。
だが、その集団には動く気配がなかった。戦況をみているのだろうか。
怪訝に思いながら見つめるその集団の中に、茅乃はひときわ目立つ色彩を見つけた。
金色の髪。その、太陽の光を受けて輝くような。
馬にまで甲冑を纏わせ、そこに跨っているのはレオトールの王子、セドリックだ。
ここまで、追って来たっていうの。
その目的は、捕虜であったキアヒムだろうか。それとも捕まえておいたはずの神子だろうか。
わざわざ、一国の王子が?
真意などわからない。けれどもここにあの王子がいる、ということが、どこか執着めいたものを垣間見せているような気がして、茅乃の内が嫌なふうにざわつく。
硬直して動けない茅乃の前に、いつの間にか馬に乗ったままのキアヒムが戻ってきていた。
「・・・・キアヒム君、血が」
頭から血を被ったような有り様だ。どれが敵の返り血なのか、キアヒムの血なのかわからない。けれどもこめかみをいまも流れている血は本人のものだろう。皮膚をたどり、顔の輪郭をたどり、顎先から滴っている。
「掠っただけだ」
そうつぶやいて、無造作に袖で拭う。
「手当を、しないと」
水路の水を、とようやく動こうとした茅乃を、キアヒムの言葉が止めた。
「後でな。いまはひとまず逃げるのが先だ」
伸ばされた腕でもって簡単に馬の上に引き上げられる。走り出した馬の上から振り返り、茅乃は砂丘の上に佇んだ集団を見つめる。
「・・・・なぜ、動かないんでしょうか」
「戦況を見極めた、と判断するのは過大評価というやつだろうな」
不気味だ、と低くつぶやいたキアヒムの言葉は、茅乃の心中をも表していた。
不気味。
そう、王宮から出、あの平原を駆け、水路という国境を越えてまで追いかけてきたというのに、この場においてその足を止めるものだろうか。ひとりは戦うことさえできない神子と、もうひとりは満身創痍のかつての捕虜を目の前にして?
なにかおかしい、と考えていた茅乃の、足の下で不規則な音がした。キアヒムの操作のもと、規則正しく砂を蹴って走っていた馬の蹄が乱れる。キアヒムが持っているはずの手綱が引っ張られ、すぐに緩み、そして激しく引っ張られた。
「キアヒム君?」
振り返ろうとした茅乃の肩に、重みが加わる。十分には振り返ることができなかった視界の中で、肩のすぐ上に白色のような銀色があるのが見えた。キアヒムの髪の色だ、と気付いたときにはその銀色は流れるように視界から外れていった。それを追うようにシャツの肩部分に残る、血の跡。
「キアヒム君!」
どう見てもバランスを崩していた。
落馬したキアヒムの手は手綱を離すことなく、引っ張られた馬もろとも茅乃も地面の上に投げ出される。
砂の上だったのが幸いした。さほどの衝撃も痛みもなかった。転倒した馬はすぐに体勢を立て直し、起き上がって走って行ってしまう。せっかくの逃げ足が、と思いはしたものの、落ちたキアヒムの方が心配だった。
「だいじょうぶ? 怪我は・・・・」
そもそもすでに怪我だらけだが、落ちたときの衝撃でさらに怪我を負ってないだろうか。声をかけ、伏したキアヒムの横に釣竿が転がっているのが見えた。この道具も落ちた衝撃でテグスが解け、巻き付けていたはずの靴が散乱している。
とりあえず、と釣竿を拾った茅乃はふと、キアヒムから返事がないことに気が付いた。
「・・・・・キアヒム君?」
嫌な汗が、首の後ろを流れた。
「あの、キアヒム君?」
「カヤノ」
声が返ってきたことに安堵した。けれどもその体が動く様子がない。
「ど、どうしたの、キアヒム君、立って」
逃げないと、と声をかけることはできる。けれども、地面に腕を着き、震えながら体を起こそうとしているキアヒムを支えて助け起こすことが、茅乃にはできない。
緩慢な動きで顔を上げたキアヒムが、言った。
「剣に、塗られていたようだ」
「なにを、」
「神経毒だ」
「どく・・・・」
「レオトールは、そうとう、好きらしいな」
たったそれだけの言葉を、短く区切りながら言う。息が続いていない。起き上がり、座ることさえできないキアヒムの、その震える腕に手を添えることすらできない。これほど歯がゆい思いがあるだろうか。助け起こすことも、手を引いてともに逃げることもできない。触れた個所から骨が折れては元も子もない。
ハッ、と茅乃は向こうの、丘の上を見た。いままで微動だにしていなかったはずの集団が、動き出している。
待っていたのだ、これを。
そんな、と唇を震わせた茅乃を見て、キアヒムが戦況を悟る。
「カヤノ」
「はっ、はい」
「行け」
震えたままの腕が、茅乃を押した。強くはないはずの力に、その足がよろめく。
「は・・・・」
「そう遠くないところに、迎えが来ているはずだ」
「な、なにを」
「神子だけでも逃げ切れば、まだなんとかなる」
促された茅乃は立ち上がり、言われたとおりにしようと足が小さく動く。
ふたりともに、捕まる理由も必要もないということだろうか。たしかに、戦えはしないけれど、動けるのなら逃げたほうがいい。そういうことだろうか。
身動きが取れないでいる茅乃の目がさまよう。その視線が、丘の上で隊列を組みなおす追手の集団を捉えた。もう迷っている時間がない。レオトールのほうは悠然と編成をする時間はあっても、茅乃に許された時間はないに等しい。そしてそれは、キアヒムも、また。
逃げることしかできない茅乃が逃げ切ったところで、ほんとうになんとかなるのだろうか。捕まってしまえばキアヒムはどういう扱いを受けるのか、あの尖塔の内部を見ていればわからないわけではない。なによりキアヒムは、これを本気で言っているのだろうか。
様々なことを考えていた茅乃を、もういちどキアヒムが促す。
「カヤノ、逃げろ」
いつかの神域で、同じことを言われたのだと茅乃は思い出す。
味方を失い、自らも大怪我を負い、それでも初対面の茅乃に放たれた言葉。
身を挺したような言葉に、思う。それを、本気で言っているのだろうか。神子が助かればどうにかなるとでも? そしてそのためならじぶん自身はどうなってもいいと?
「キアヒム、君」
丘の上の集団は、隊列を整えて疾走を始めた。もう間もなくあの集団はここに着く。そうなれば捕まる。茅乃も、キアヒムも。
逃げるべきだ、と、最終判断を下そうとした茅乃の視線が、丘の上から目の前に戻ってくる。いまだに起き上がることがかなわないキアヒムの、力が入る様子のない腕の先。
その指が、砂を搔いていた。力のない指で、幾筋も引かれたその線。
・・・・・行けなかった。
どうして逃がそうとしてくれるのか、捕まればキアヒムはどうなってしまうのか、といったことは頭の中から吹き飛んだ。ギュウと力の入ったじぶんの手を見下ろす。見慣れたこの手。人に似た形。そう言われて首を傾げた茅乃が、いまここで促されるまま西へと行って、キアヒムひとりを差し出すような真似をして逃げたところで、それはほんとうに人に似たなにかになるだけではないのか。
いまもよくわかっていない。神子がどう、と言われても茅乃はいつもよくわかっていなかった。神子であろう、と一方的に決定付けられよくわからない扱いの中、茅乃は自身が薄れていることにさえ気付かなかった。
―――人に似たって、なに。
そうなのかな、よくわからないな、と首を傾げていた茅乃の心が、確固としたものを取り戻す。
―――わたしは、わたしでしょ。
疾走する集団はもう逃げられない距離にまで迫ってきている。それを捉えながら、茅乃はキアヒムに押されたぶん、それ以上の距離を踏み戻る。戻ろうとした。その足が、ガクンとつんのめる。手に衝撃を感じて、ふと見下ろす。手に握った釣竿の先、テグスの先端が背後の砂に埋まっていた。茅乃が進んだ距離だけテグスがピンと張られている。
またなにかに引っかかっている。
グイと力を込めてみたが、竿先がしなるだけで砂中から針が出てくる気配はない。疾走してくる追手の集団と、そして背後に埋まるテグスの先を見つめて、茅乃の焦燥が募る。
―――こんなことしてる余裕はないんだって。
数歩先の、倒れたままのキアヒムの姿と、その向こう側に見える追手を見、もはや振り返る余裕さえなく、手の中にあって反発する釣竿の感覚と。剥き出しの剣を振り上げる追手の姿を見て、茅乃は執拗に追ってくるレオトールに苛立ちを覚えた。
国境を越えているのに、あとはゆっくりとでもアズイルの中心部を目指すだけだったのに、いつまでもいつまでも、と茅乃は丘の上にいる金髪を捉える。
「もう、わたしたちのことは、放っておいてよ!」
癇癪のようなものでしかなかった。
もうどうしようもなく追い詰められた中で、戦う術も持たず、戻ることさえままならず、できないだらけの中にあって茅乃はとてつもなく重い感触を返す釣竿を力任せに振るうことしかできなかった。
その針先はあっけなく砂から抜けた。
ポサッ、と軽い音を立てて茅乃とキアヒムの間に落ちた針を見つめる。
「・・・・え?」
その針の上に、影が落ちていた。いや、針だけではなく、茅乃とキアヒム、そしてもう目の前に迫っていた追手の集団にも。
あれほど眩しかった砂上にあって、なにが太陽を遮っているのかと茅乃は背後を振り返る。
それは茅乃のすぐ後ろに出現していた。茶色というには浅く、乾いた色をした巨大な壁。それがなんなのか、すぐに理解できなかった。高層ビルにも匹敵する高さの壁が出現したのはちょうど、針が埋まっていた場所からだ。
陽光を遮り、突然暗くなった視界に目が慣れない。数回瞬きした茅乃は、追手の足並みが止まっていることに気が付いて、もういちど瞬きをして頭上を見上げた。
巨大な壁の、そのてっぺんからかすかな音がする。パラ、パラ・・・・と小さく鳴っていたその音はすこしずつ連なって大きな音へと変化する。上から降るのは音だけではなかった。最初頬にあたったそれは雨粒よりも小さく、温度のないもの。
砂だ、と茅乃は気が付いて手のひらで目元をかざした。
それは、巨大な砂の壁だった。
一瞬で出現した砂の巨大な壁はしばらく静止画のようにその形を維持していた。だが、時間が経つにつれて徐々に崩れ始める。いや、崩れるというよりは、まるで一枚板のように地面から角度を変えて倒れ始めた。この場の人間をすべて飲み込むように、砂の壁が覆いかぶさってくる。
混乱した追手の隊列が乱れる。それを見ていた茅乃の頬どころか全身に砂が降ってくる。もう上を見ていられない。雨よりも大きな音を立てて落ちてくる砂は思ったよりも痛いと思った。慌てて顔を上げ、いまだ動けないままでいるキアヒムを見る。
「キアヒム君!」
たった数歩の距離を転ぶように駆けて、手をかざすことも体の位置を動かすこともできないキアヒムの晒されたままの顔を庇うようにする。なにも持たない茅乃では、そこだけがせいぜい守れる範囲だった。
潰さないように、とだけ考えるのが精いっぱいで、地面に手を着いた茅乃の背に、全身に大量の砂が降りかかる。
「・・・・・っ!」
バタバタバタ、と鳴る音はおよそ砂の音だとは思えなかった。その衝撃をやり過ごして茅乃が顔をあげたときには、状況は一変していた。
立っているものはひとりもいなかった。
もう駄目だ、と思ったほど間近に迫っていた追手も、降り注ぐ砂によって地面に叩きつけられ、転がってうめいている。馬でさえも砂の上であがき、立とうとしていた。
向こうの丘の上までも砂の壁は降りかかったようだった。馬に跨り悠然とこちらを静観していた隊列さえ乱れ、砂の上に散乱している姿がある。甲冑を纏った人も馬も、それはなんの役にも立たなかった。砂の圧力に負け、砂丘に放り出されて這う中に金髪の姿を見つけた。
王子の視線は紛うことなく茅乃に向けられていた。誰もが混乱の中にあって、体勢を立て直そうとしている中で、砂の上から身を起こした王子は別の側近に手助けされながら、それでも食い入るように茅乃の方を見ている。
・・・・なんなの。
身振り手振りで王子が近くの大人になにかを言っている様子が見えた。ただ視線だけはずっとこちらに向けられていて、茅乃は思わず眉をひそめる。
さすがにこの距離ではなにを言っているか聞こえない、そう思ったが、じょじょに声高になっていく王子の声はざわめく砂の上、風に乗ってきた。
「あれはなんだ!」
こちらを指しているのが見えた。
「あれは神子の道具か! あれが砂を釣り上げるのを見たぞ!」
興奮気味に叫ぶ声が聞こえた。無意識に釣竿を持つ手に力が入る。
「あれだ、あれが欲しい! なにをしている、さっさと隊列を組み直せ!」
ザワリと、茅乃の内側が波立った。
ふざけないでよ、と思うと同時に、砂の壁は一時の足止めでしかないことに気が付いた。レオトールの隊列はまだ余力がある。
「キアヒム君、動ける?」
見下ろした先、じぶんのシャツは血まみれだった。真っ赤に染まったシャツを見、その下にいるキアヒムに問う。
目は開いているが、返答がない。声を出すことさえも難しい様子に茅乃は釣竿を握り直した。
この釣竿が砂の壁を釣り上げたというのなら、なんどでも壁を作ってやる。幸い、ここにはその材料がたっぷりとある。
その準備のために釣竿を振った茅乃は、丘の上で隊列を整えた集団が砂丘を駆け下りてくるのを見た。より近いところにいるはずの追手は動きが鈍く、まだ立ち上がれない人の姿もある。馬を見失った兵士もいるようだった。その集団を無視するように、王子の近くにあって王子の命令に従う新たな隊列は、混乱しているさなかの兵士たちの中を突っ切りこちらめがけて馬を走らせている。
じり・・・・と緊張する手で釣竿を握る茅乃の視線の先で、第二陣の先頭にいる兵士が唐突に落馬した。
「・・・・・えっ?」
砂に落ちたその姿をよく見てみると、肩のあたりになにかが刺さっている。
棒のようななにか。片方は兵士の身に埋まり、反対側の端には飾りのような羽根がついている。埋まっている箇所から血が流れ出した。
―――矢だ。
玩具でも置物でもないそれを、武器としてみるのは初めてだった。しかもそれは向かってきていた兵士の体の正面に刺さっている。それはつまり、茅乃の背後、西から飛来したということだ。
・・・・誰が。
振り返った先には、緩やかな傾斜の砂丘がある。西の丘の上にあるのはたったひとりの人と一頭の馬の姿だった。その人物の両手には遠目にも大きいとわかる弓がつがえられている。かなりの距離があるように思うが、あの場所からレオトールの兵士を射たのだろうか。
「キアヒム君、誰かいます」
そう言うと、キアヒムは目線だけで西の丘を見た。
「ああ・・・・」
それは、茅乃に対する返答だったのか、それとも大きな吐息がこぼれただけだったのか。
「問題ない。援軍だ」
「え?」
援軍? と茅乃はもういちど西の方を見る。
どう見てもひとりだけだ。西から現れたということはアズイルに所属する人だろう、ということはわかったが、はたして軍といえるのだろうか。訝しむ茅乃の視線の先で、西の砂丘が流れる。風に吹かれて形を変える丘の上に立つその人物もまた風を受け、長い髪が流れた。
ザア、と風の動きに乗って揺れたその髪は、目を引くような赤い髪をしていた。




