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青の塔  作者: あきお
19/55

18   調達






 離れてろって言ったって、それってどれくらい?


 簡単に言われた言葉を聞いて、茅乃は軽く混乱した。


 ―――それよりさっき、戦闘って言った?


 抜き身の剣を持ち、迎え討つつもりでいるキアヒムと、遠くから駆けてくる追手の姿を交互に見て、そうだけど、と茅乃は思う。

 今じぶんたちはレオトールから逃げようとしていて、まだその国の中で、そこに追手が来たのなら手段としては戦うしかないんだろうけど。


 尖塔から脱走したあと、巡回兵をすべて倒していったのはキアヒムだ。茅乃には戦闘はおろかケンカの経験さえない。せめて邪魔にならないように、足手まといにならないようにと考えて、そうするしかなかった。そんな中で出くわした巡回兵は単独で、いってみればあれはまだ一対一の数でしかなく、しかも素手で行っていたので茅乃は慄くくらいで済んでいたのだ。


 見える馬の数は四頭、どんどん迫ってくる砂埃と地に響く馬の足音、そしてこちらに背を向けているキアヒムの手にある、剣。


 どれくらい離れたらいいのかなんてわかるわけがない。だから、ちょっと、ではなくしっかりめに距離を取っておこう、そう考えた茅乃は、じぶんの足に力が入らないことに気が付いた。

 歩き疲れたからではない。

 水分をとって、すこしだけ立ち止まったこともあって回復はできている。足がまともに動かない理由は、そこではない。


 脳裏をよぎるのは、神域で倒れていたキアヒムともうひとりのひとの姿だ。大怪我を負い、意識はなく、地面の上を流れていた血を覚えている。

 体の横にある水路の白石を摑んだ、じぶんの手が震えているのを茅乃は見る。あのとき、神域で、じぶんはなにもできなかった。言われるままに水を運び、レオトールの人間を見てのんきに助けだと勘ちがいし、挙句に逃げ切れずに捕まった。


 また、同じことをするわけ?


 自問して、答えがもう出ていることに気が付いた。


 二度と、戻りたくないと、思ったんだった。


 ゆっくりと呼吸を繰り返して、手を握りこむ。拳の形になった部分に力を込めれば、震えを押さえこむことができた。足も同じ。感情によって力が入らないというのなら、それを上回る感情でコントロールするしかない。じぶんの足を動かすのはじぶんでしかない。

 どうしたって加勢することはできないから、また邪魔にならないようにと茅乃は離れることしかできない。そういえば、神域の水は怪我に効いたけれど、水路の水も同じように有効だろうか、と考える。

 今も道具の類は持っていないが、もしもの場合は今着ているシャツを使って試してみよう、と茅乃は決める。ついでに水路を作っている石の端っこを力ずくでむしり取って、手ごろな大きさのひとつを手の中に摑んでおく。万が一のときはこれを投げよう。


 戦線に立てないなりに、足手まといにならないように、と考えている茅乃を、東を見ていたキアヒムがいちどだけ振り返る。その眼が茅乃の位置を捉え、一瞬茅乃の手元も見たが、とくになにも言われなかった。ということは、距離はこのくらいでいいってことなんだな、と茅乃はひとり理解する。これ以上は動かないようにしよう、と茅乃は迫ってくる追手とキアヒムを、息を詰めるようにして見つめる。



 一方、キアヒムは茅乃の手にある水路の一部だった石を見て内心で眉をひそめていた。


 あれは、投げるつもりか。


 一見普通だと思えるあの両手がなにを為すのか、昨夜目撃したばかりだ。鉄を曲げられるというのなら、拳大の石を投げ当てたところで軽く骨の二、三本は持っていかれるだろう。頼むからこちらには当ててくれるなよ、と心底思う。背後から打たれることほど混乱をきたすものはない。

 ひとまず茅乃がいる場所を見、距離を測る。十分な距離であると思える。あとはそれ以上レオトールの人間を行かせないようにすればいい。

 追手は四騎。威嚇なのか自らを奮い立たせているのか、またはその両方なのか、大声を張り上げながら向かってきている。そのそれぞれを捉え、ひとりだけ外套を身に着けている人物が駆る馬を観察する。この小規模な追手の責任者だろうが、どうにも良い馬とは言えない。別の馬を見ると一頭だけそこそこ良さそうな馬があった。


 あれにするか。


 そう考えているうちにひとりめが雄たけびを上げながら突っ込んでくる。馬の進路を測りながら足の位置を入れ替え、場所を変えつつ馬上の人物を見上げる。その眼とキアヒムの眼が合う。十分な装備もなく、徒であるキアヒムを見た馬上の敵の顔は緩んでおり、戦闘においての優位性を確信している表情を浮かべたまま抜いた剣を振り下ろしてくる。

 だが、上側から叩きつければ勝てるというものでもない。

 キアヒムが振り上げた剣は振り下ろされていた剣を弾き上げた。鈍い音と衝撃を腕に感じるが、アズイルで受けていた訓練と比べればまだささやかなものだと思えた。受けられるとは思ってもいなかったと言わんばかりに、敵の表情が唖然としたものへと変化する。その顔を見ながら駆け去る馬の手綱と、その近くにあった敵の足に剣をふるう。上がった悲鳴と噴き出す血を確認し、背後で落馬の音を聞く。自由になった馬がどこかへと駆けていくのをその振動で認識しつつ、次に突っ込んでくる二人目を視界に捕らえ落馬した人間から剣を奪い、同じように上から振り下ろされた剣を避けながら奪った剣を相手の足に突き刺す。今度は血が噴き出なかったが、うめき声と落馬の音を聞き、三人目の人間とその馬を見る。四頭の馬の中ではこれがいちばん良い、というより普通の馬だと思えた。ほかは痩せているか、体全体の均整が取れていない。世話と手入れを怠っているのか、と頭の端で考えるが、いまはどうでもいいことだと思考を切り替える。

 あっという間に二人の人間が倒されたことにより、三人目の人物はすぐに掛かってくることはしなかった。ある程度冷静で戦況を読める眼を持っているようだが、不幸なことに軍属にあっては上官命令を退けることができない。外套を着けた人物に促され、というよりは強要され、剣を抜き、馬を駆る。その表情はさっきのふたりとはちがい、どこか怯えたような色と不安を漂わせている。軍人向きではないな、と考えるも、打ち下ろされた剣の衝撃はいちばん強かった。皮肉なことに腕は確かなようだ。気概さえ持てば良い軍人になっただろうと思うものの、他国の軍備を心配している身でもない。幾度か打ち合いになったものの、払い上げたキアヒムの剣に敵わずに落馬する。その際地面の方から鈍い音がした。悲鳴と、足を抱えて硬直する体を見て、折れたな、と思う。足を負傷したのならもう構う理由はない。最後の外套を着けた人物を見やると、地面の上に転がっている配下のものたちを見てひとしきり罵声を上げていたものの、残りはじぶんひとりだということに気が付いてようやく剣を構える。

 キアヒムも剣を構えなおし、その人物の身なりを検分する。馬腹を蹴り、疾走してくる中で外套が翻る。その内側に肩から斜めにかけた鞄と腰に巻かれた帯に二つの小さな布袋があるのが見えた。

 あれだな。

 見当をつけて外套の人物に向き直る。迫ってくる馬とその蹄の音、そして振り上げている剣を見て、もはや踏み潰すつもりなのか剣でやり合うつもりなのかどちらだろうかと判断に迷う。だがどちらにしろ戦法であるなら手段としては有りか、とも思う。

 疾駆する馬の軌道を捉え、キアヒムは渾身の力を込めて剣を振り上げた。陽光を受けて光の線を描いた剣先は手綱を裂き、馬上の人物の腕を切り飛ばし、その首間際を掠めて静止した。

 最大級の悲鳴を上げた人物は手綱を握る腕を失って落馬する。受け身を取ることさえかなわなかったその体は重さのある頭から落ち、衝撃を受け止めきれなかった顔面と肩から砕ける音がした。

 敵の負傷をものともせず、キアヒムはその体を鞘にしまった剣先で転がし、仰向けにさせる。地面の上に広がったままの外套の下、目当ての鞄と包みを探り、奪い取る。鞄を開け、包みを開け、中身を確認しているところに濁ったようなくぐもった声が聞こえた。

「なにか言ったか?」

 目の前の人物がなにか言っているようだ。だが潰れた口蓋のせいでよく聞き取れない。首を傾げたキアヒムに対し、その人物は脂汗を浮かべ、憎しみに染まった眼を向けてきながらなおも口を開く。

「・・・・・貴様に、慈悲はないのか」

 血に滲んだ口でもってそう言う。キアヒムはさらに首を傾げた。

「ひと思いに止めを刺せと?」

「そうではない・・・・!」

 敵方の言うことが理解できず、かといって最初に質問したのはこちらなので応えておこうかとキアヒムも口を開く。

「なにが言いたいんだ?」

「これが、アズイルのやり方か・・・・! 剣でやり合った相手に対し、怪我の手当ても行わず、あまつさえ持ち物を強奪にかかるとは・・・・・!」

 折れた骨格の下、流れ出る血の中で失った腕を負ってこれだけ恨みごとを言えるなら大したものだろうとキアヒムは思う。思うが、放たれた言葉に同意できるところはひとつもない。

 ふと我が身を振り返る。ひと月ほど前、レオトールは武器の持ち込みは禁止だとされている神域において武器を持ち込み凶行に出、空手だったこちらの人間をひとり沈めた。この身も怪我を負ったがそのまま捕虜として捕らえられ、意識を失う間際に至っては捕まるのを嫌がる神子の声を聞いている。それらを差し引いたとしても敵方の言っていることは心底理解できなかった。

「剣を抜いておきながら慈悲を乞うのか?」

 それとも、じぶんだけは特例だとでも言うつもりだろうか。

 どのみち、剣を抜くということは同じ戦場に立つことを認めたのと同義だ。どれだけ口先で慈悲だなんだといったところで、言葉だけでは歯が立たない、通用しない凶器を持ち出している。自らの身を守るためならいざ知らず、暴力の極みである道具を手にしておきながら今さら言葉で手当てしろだとか、慈悲だなんだと心情面を持ち出すのは場ちがいだとしか言いようがない。

 隠しもしなかった侮蔑の眼差しを受けて、敵方はなおもつぶやいた。

「蛮国め・・・・!」

 ふん、と鼻で笑ってキアヒムは終わりにする。

 言いたいように言えばいい。どのみちこの場の決着は着いている。なにを言われようがどう思われようが負うものはなにもない。追手を討ちアズイルを目指すこと以外に重要なことなどないのだ。

 追手が来ようがそれを迎え討とうが、その最重要である目的のために手段として処理している作業のひとつでしかない。そのために奪った鞄の中に目当てのものを見つけ、包みのひとつは無用であるとしてその場に捨て置く。もうひとつの包みは入り用だったものが入っているので、鞄同様持っていく。

 近くで足踏みをしていた目当ての馬の手綱を手に取る。これで当分必要なものはそろった。鞄と包みには食料が、そして徒歩では逃げ切れないので、足として馬を確保する。ないものは現地で調達というのが戦法の基本だとキアヒムは叩き込まれている。


 手綱を引きながら、すこし離れたところでおとなしく待っていた神子を見る。

 不思議な存在だ、と思う。

 キアヒムは文献でしか神子の存在を知らないが、過去アズイルに滞在した神子はふたり、ひとりは穏やかでその滞在中は国内にもその気質が広がったとされている。もうひとりはおそろしく戦闘能力に長けた神子であったという。双剣を携えたというその神子は今から三百五十年ほど前に滞在したとされている。

 今は青い昼の空をキアヒムは見上げる。

 夜空であったならば見える西の二つ星、それはその方角の国に滞在した神子の数を表している。レオトールがある東、その方角には五つの際立つ星が輝いていた。もしカヤノがこのまま国境を越えアズイルに滞在することを選べば東の星は減り、アズイルの上空にはみっつめの星が光るだろう。

 これは、そんな存在だ。

 夜空の、人間には届かない星の位置を動かすことのできる存在。天律さえ変えることができる。その支配の中に在るものだ。

 レオトールの王宮の中、捕虜になったと気付いた後に現れたカヤノ。その姿は普通となんら変わりないものだと思えた。人に似た形をしたもの。それまで実際に神子を見たことはなかったが、ひと目見て普通に人間と同じに思えた。ただ、そのときのキアヒムには、レオトールから脱け出してアズイルへ帰還するという最重要の目的があった。ときおり現れる神子の真意は計り知れなかったが、なんにせよ可能なら利用して脱出することも考えていた。

 神子を利用できるのか、そうでないのか。

 その考えに対する答えを、キアヒムは決めかねている。




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