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青の塔  作者: あきお
18/55

17   アズイル






 アズイルの中心部、天然の水場を擁する王都は国の最要所である。


 石組で造られた建造物がほとんどで、砂色の石は王都の外にある砂漠と同色のものだ。ただ、砂漠と王都を明確に区切る緑の色彩がある。水場の周囲に自生した樹木がそれである。


 水場から、そして木々の間を通っていく風はカラリと乾いており、石造りの家屋や王都にある王城の中にも吹いていく。

 照りつける陽射しは強いが、日陰にいれば凌ぐことができる。日中は出歩くひとの姿は少なく、だれもが涼を求めて建物の中でのんびりと過ごす、それがアズイルの生活様式だ。


 その王都、王城の中で慌ただしくひとが出入りする場所があった。

 もとは広かったその部屋は物や書類で埋まっており、足りないとばかりに運び込まれた机とイスが無造作に部屋の中に点在している。中には転がったままのイスさえある。

 その部屋には比較的大きめの机が二台ある。もともと一台はこの部屋に設置されていたものだが、その向かいにもう一台が配置された。その二台の机に向かっているふたりの人物がいる。


「要求が上乗せされた」

 書類に向かってペンを走らせながら口を開いた人物が、この部屋の本来の主である。

 椅子に座っていてもわかるほど立派な体格を持つ人物だ。上背があるとわかるほどの圧迫感、立ち上がればこの国の中でも長身に入る。大きな布地で誂えた服は、体の前部分で右と左を重ねるようにできており、茅乃が見れば着物に似ていると思ったかもしれない。ゆったりとした形の服を纏う体は厚みもしっかりとあり、首も胸板もペンを握る手もどこもかしこもがっしりと逞しい。

 名をラムジ、これほどの恵まれた体躯を持ちながら文官に属している。アズイルで宰相を担っている人物である。

 茶色の短髪、太い眉の下にある双眸は珍しく黄色と青色の虹彩異色だ。しっかりとまっすぐに通った鼻筋、厚めの唇で形作られた口は笑うと大きく開く。

 しかし、今その口角は不満そうに下がり、薄く開いた隙間からは先の言葉が吐き出された。

 その言葉を拾ったのは、正面で書類仕事を片付けていた人物である。

 ラムジほどではないが長身の、全身に均整の取れた筋肉を付けている男だ。長い赤い髪を雑に括り、どちらかといえば細面の貌は優男に分類される。逞しさはあるものの険しさはないその眼は薄い青色をしている。細い鼻筋と、薄い唇。ラムジと対峙すれば対照的にも見えるが、この男がアズイルで将軍職に就いているカシュアである。

 カリカリ、と書類に名を記入していたカシュアが顔を上げた。

「今度はなんですか」

「西南に金山があるだろう」

「ああ、ザイレンの山ですね」

 西南地方にある山の名をカシュアが口にする。

「宝石の次は金ですか。強欲ですねえ」

 淡々と、底冷えのする口調でカシュアは部屋の開け放たれた窓の向こう、中庭を挟んだところにある外庭へと目を向ける。そちらには貴賓館があり、来客をもてなす用途として使用される。

 現在は、もてなすとは建前上のものとして扱われている。招かれざる客、レオトールからの使者たちが居座っているからだ。

「宝石などいくらでもくれてやる。だが金山はいかん」

 ガリガリと、筆圧も強く記しながらラムジが吐き捨てる。その様を眺めながらカシュアは書き上げた書類を配下の人間に渡す。

「宝石はよろしいので?」

「産出されたものはどうでもいい。問題は金山そのものを寄越せと言ってきたことだ」

「ああ・・・・・」

 他国の中にある金山の権利を主張する。だがそれだけで足りるわけがない。だれが掘る。だれが運ぶのか。そして運び出された金を、レオトールまで輸出するのか。

 実質的な侵攻と、支配だ。

「受け入れがたい。結論など出ているが、また引き延ばさねばならん」

「口実も尽きてきましたね」

 カツカツ、と硬質な音が部屋に響く。それはカシュアの腰元、提げた剣の鞘から発されている。爪の先で鞘の表面を弾いている。チラリとラムジがそれを見たが、なにも口にはしなかった。長年の付き合い上、それはカシュアが苛立ったときのクセだと知っていたからだ。

 ラムジも書き上げた書類を背後に控えていた部下に渡す。次の書類を手にしたとき、外庭を挟んだ向こうから女声の、悲鳴が聞こえた。

 部屋の中の、だれもがそちらを見る。使者が来てから度々こういうことが起きる。カシュアは配下の人間に指示を出し、ふたりほど貴賓館へと向かわせる。すでに誰かが動いているだろうが、今は数にものを言わせるしかできることがない。

「・・・・・忌ま忌ましい限りだ」

「ええ」

 言葉少なく書類仕事を再開したカシュアとラムジだが、ラムジはふと背後に控えている部下を振り返った。

「お前も、外庭には姿を見せるなよ」

 そこに立つのはひとりの女性だ。歳は二十代半ばくらいの、濃い茶色の髪をした小柄な人物である。肩口で髪をそろえ、ラムジと似たゆったりとした形の上衣と、同じくゆったりとした形の下衣を身に着けている。その色は薄い砂色、ラムジの配下のものが着る制服である。

 髪と同色の瞳はぱっちりと大きく、小さめの鼻と化粧気はないものの血色のよい唇。全体的に愛嬌のある顔立ちといえるが、今はそこに感情は浮かんでいない。

 名をシャノンという。ラムジの副官だ。

「お役目とあれば耐えますが」

「ならん」

 シャノンの言葉をひとことでラムジが断じる。

 使者たちが来て、貴賓館に放り込んだところまではまだよかった。だがそれぞれが勝手に出歩き、国としての要求と個人としての要求を提示するようになるまで時間はかからなかった。国家として価値あるものを、そして酒と女と。

 王都の中にある夜街の主人たちに話を付けて幾人かの女性を融通したが、それだけでは飽き足らず王城の中で物色するようになった。閉じ込めているはずだが目を離すと出歩いている。結果外庭の周囲には男しか立ち入らないようになった。見張りを置いているが、ときおり人目を盗んで抜け出し、侍女だろうが下働きのものだろうが品定めをしている。

「下郎に娘を差し出す親がどこにいる」

 辟易したように、だがどこか苦渋をにじませたラムジの声音に、シャノンの面にようやく感情が乗る。打たれたような、耐えがたいような苦痛が。

「ですが、父上。もう限界では」

「・・・・・」

 小さなシャノンの声に、返事は返ってこない。それがすべてだった。

 使者とは名ばかりの人間を、有害だと断ずればいくらでも対処のしようがある。そもそも交流のほとんどない国の使者など迎え入れる理由はない。有害だと裁定して身動きの取れない状態にして閉じ込めることは可能だ。逆に丁重に送り返すことも方法のひとつとして可能ではある。だが、そうやって強く出ることができない。表向きは丁寧に、丁重にもてなすふうを装っているが、実際のところは脅迫されているに過ぎない。

 人質を取られている。

 グルリと首を回して、天井を見上げてカシュアが言う。

「すべて片付けたら簡単ですよねえ」

 ひとりごとのように言っているが、その手は剣の柄にかかっている。片付ける、とはそういう意味だ。

「カシュア、それは最悪の状況の、最後の手段だ」

「・・・・・・」

 手段だ、とラムジは言う。行使する腹づもりがある言葉だ。禁じ手だとは言われなかったことを確認して、カシュアは無言で書類仕事を再開する。

 カリカリ、ゴリゴリと音だけが部屋に響く。そのあいだに新たな書類が運び込まれ、また運び出されていく。雑務や急務を片付けても次から次へと案件が出てくる。この状況の対処と、そして厄介ごとを起こす使者たちの対応についてだ。

 歯がゆい、とラムジは思う。

 休憩を挟みたいところだが、そんな余裕はない。対応に追われるようになってひと月以上、心底家に帰りたいと思うがそれもできない。下手をすれば帰る家もなくなる。寝る時間を削って、どころか寝る間すら実質ない。それでも問題は出てくる。

 最悪なのは、手も足も出せない問題を抱えているからだ。

 レオトールの王宮に捕らえられているのであれば、できることがない。このままレオトールに一方的に搾取され、最後には国家の体裁さえ保てなくなるのではないか。

 千年以上続いたアズイルという国家を、終焉へと傾けてしまうことになるのか、それとも持ちこたえられるのか。千切れそうな綱の上を歩いている気分だ。だが、打てる手はすでに打った。今は膨れ上がる要求をいなすことだけが精々だ。


 正直なところ、万策尽きていた。


 宰相として情けない言葉だ。歯がゆく、悔しい。忸怩たる思いを抱えながら、それでも現実を直視しなければならない。重苦しいなにかを腹の底に沈めながら書類をさばいていると、気の抜けたようなシャノンの声が聞こえた。

「父上」

 呼ばれただけなのだが、どこか心ここにあらずというか、長年家族をしているだけあってこの場にそぐわない声だということに気が付いた。

 顔を上げると、どこか呆然とした表情をしたシャノンが窓の外を見ている。

「どうした?」

「あれを」

 机に向かっていたカシュアも顔を上げて、シャノンが指した窓の向こうをみやる。ラムジとカシュア、ふたりが見つめる蒼天の中に、黒く、羽ばたく鳥の姿が見えた。そして、その鳥からたなびく布切れが。

 陽光を受けてきらめく、その白い布。

「まさか」

 つぶやいたきり、シャノンと同様に呆然と佇んだラムジとは反対に、イスから腰を浮かせたカシュアが窓枠まで駆け寄る。身を乗り出し、窓枠を摑んだカシュアの視界の中で、その鳥が凄まじい速度でこの部屋を目指しているのがわかった。

 滑空するような勢いで部屋に飛び込んでくる。着地しようとしたようだが、この部屋にはゴミか書類が散乱している。うまく床に降りることもかなわず、大量の書類を巻き上げながら飛び込んできた鳥を、だれもが固唾をのんで見つめた。

 ムクリ、と身を起こした仕草はどこか鳥らしくなく、おまけに息まで切らしている。全身で息をする鳥など初めて見た、とカシュアは思うが、あの速度ならそうなるのか、とどこかで納得する部分もある。

 くちばしを開いて荒い呼吸を繰り返していた鳥は、部屋の中を見回し、すこし首を傾げ、とりあえず、というふうに足を差し出した。その足に括り付けられた布を見たカシュアは、歩み寄ってみることにする。

 大きく、立派な羽をもつ鳥だ。本能として人間を警戒するのではないか、と思いながらゆっくりと近付いてみたが、鳥が逃げようとする素振りはない。

 伝令を受け取るときのように鳥の足へと手を伸ばし、結び目を解き、布を広げる。

 赤のような褐色のような滲んだ色で、文字が記されていた。


 ―――神子とともに帰還する。


「・・・・・・」

「・・・・・・」

 布を覗き込んでいたラムジとカシュアは、ふたり無言で顔を見合わせる。次の瞬間、ふたりともが同じ表情を浮かべた。

「カシュア将軍、一個小隊を率いて迎えに上がれ。編成、人選およびこれより帰還までの全権を託す。おめおめとひとり無傷で戻ってきた汚名を返上せよ」

 にやりと、片方の口角を上げたラムジの笑顔は、今まで溜まっていた鬱憤を晴らすかのように凄味を纏っていた。およそ文官とは思えない威圧感も放っているので、こんなものを見た子供はおろか、根性のない大人であっても泣くかもしれない。

 ゆっくりと立ち上がったカシュアは敬礼を見せた。その表情にも笑顔が浮かんでいる。

「謹んで拝命いたしましょう」

 晴れ晴れとした笑顔は爽やかそうに見えるが、それだけの人間が将軍職に就くはずもない。

 カシュアは振り返り、雑用係として控えていた隊長たちへ命じる。

「第一と第二部隊は私について来い。第三と第四はここに残れ。外庭と貴賓館を包囲せよ。帰還が滞りなく済み次第レオトールの使者を捕縛する」

 ハッ、と四人の男が敬礼を返す。そのうちのひとりが堪らず質問をした。

「捕縛の際は、これまでのように丁重に、でしょうか?」

 愚問を、とカシュアの薄い唇が横に伸びる。

「命があればよい」

「畏まりました」

「準備は静かに行え。決してレオトール側に気取らせるな」

「ハッ」

 そう答えていつものような素振りで部屋を出ていった男たちを見送り、カシュアは机に向き直る。じぶんもすぐさま用意にとりかかりたいところだが、至急終わらせなければならない書類が残っている。それはラムジも同様で、浮足立ったふたりの男が自制を働かせて大人しく書類に向かう姿を、シャノンが見て小さく笑う。

 部屋の片隅で書類に埋もれていた大きな鳥に近寄り、紙を払ってやりながらシャノンは言う。

「お前には労いが必要ね。水がいるかしら?」

 ピヨ、と鳥が鳴く。

「見たことのない鳥ですねえ。鳥舎に連れていきましょうか」

 新規の案件を見ないふりをして目途を付けようとしたカシュアが立ち上がり、連れていこうとすると、鳥がチョンチョンと逃げた。先ほどまでそんな素振りを見せなかったというのに、とカシュアは鳥を観察する。

「鳥舎は行きたくない、と」

 ピヨ、と鳥が鳴く。その鳥の前に、シャノンが運ばせた水が置かれる。容器の中にほとんど顔を突っ込むような勢いで鳥が水を飲みはじめる。

「もしかして、当代神子の鳥ですか」

 ピヨ、と鳥が鳴く。

 ふむ、とカシュアは頷く。

「では一緒に行きますか」

 ピッ、と鳥が鳴く。

「ああ、当代神子にお会いするのが楽しみですねえ」


 本来なら終わっていた命だった。

 奪われたはずのものを、拾ったのはまちがいなく神子だ。


 ―――神子のご加護。


 今こうしてじぶんが動けているのは、人智を超えたものが手を伸ばしたからだ、とカシュアは考えている。

「どのような方なのでしょうねえ」

 そう言って鳥とともに部屋を出ていこうとするカシュアを、ラムジが見とがめる。

「おい、書類は片付いたのか」

「この部屋も飽きたんですよ」

「屁理屈を。転がり込んできたのはお前の方だろうが」

「ご心配は要りませんよ、カシュア様」

 そう言ったシャノンを、カシュアが振り返る。

「この部屋にある書類はすべて分類されて頭の中に入っております。あとで仕分けてカシュア様の部屋に運んでおきますね」

「よろしくお願いします」

 にこりと笑って、カシュアは後のことをシャノンに頼むことにする。

 あとで。あとでというのなら、カシュアはなんでもできそうな気がする。


 さて、すぐに用意をし、東へと向かわねばならない。

 心は浮きたち、快哉を叫びたい気持ちだが、まだだ。それは帰還が済んで神子を迎えてからだろう、とカシュアは剣の柄を握りしめて足早に自室へと向かうことにした。




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