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青の塔  作者: あきお
14/55

13   積み重なるもの、そして






 次の日もペイル夫人の訪れがあった。


 といっても昨日のように早朝というわけでもない。

 窓からの陽射しを受けて茅乃が目を覚ますくらいの余裕はあった。その後顔を洗い、庭に出てぼんやりと植物を眺めているときにロザンナがやって来た。

「ペイル夫人がいらしてます。・・・・・神子様は庭園の花を好まれるのですか」

 よく庭にいるからそう思われたのだろうか。

「いいえ」

 考えごとをしていただけだ。顔を上げ、部屋へと戻る。そのまま部屋を突っ切り、応接室へと向かう。


「神子様、おはようございます」

 丸い目元の人が笑顔になるととても柔らかく見える。

「おはようございます」

 ほんわりとした顔を見るとそう思う。

 ペイル夫人の前には昨日と同じような厚さの本が二冊置かれてあった。

「今日はこちらの本を持ってまいりました。その後昼食はご相伴させていただきますわ。昨日と同じように食事の際の行儀作法もお教えいたしますね」

「よろしくお願いいたします」

 挨拶もそこそこに渡された本を手に取り、表紙をめくる。

「・・・・・」


 内容は昨日の本と同じようなものだった。むしろ同じような本が装丁を変えて複数あることに感嘆するべきだろうか、と思うほどに同じ内容だった。

 ようするに、レオトール万歳、神の守護下にあるこの国万々歳、といった内容だ。


 もういい・・・・。


 およそ時間もかけずに読めてしまった。二冊目の本をそっと置く。

 ほんとうに、歴史とはなんだ。それともこれを歴史の授業と銘打って惑わしにかかってきているのだろうか。

 優雅な姿勢でお茶を飲んでいたペイル夫人は、茅乃が本を読み終えたことに気が付くと新しいカップにお茶を注いでくれた。

「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 一口飲むとふわりとお茶の香りが立つ。おいしい、と思えた。思えたことに眉間にしわが寄る。


 無意識においしいかどうかを判断しているじぶんがいる。


 ・・・・・嫌な習慣が身に着いちゃったなぁ。


「神子様? お口に合いませんでしたか?」


 一瞬のぼんやりとした表情を見られてしまったらしい。慌てて取り繕った顔をペイル夫人に向ける。

「いいえ、とてもおいしいです」

「そうですか。それならよろしゅうございました」

 追及されなかったことに内心ほっとしながら、茅乃は本を読み終えて気になったことを聞く。

「ペイル夫人、質問があるのですが」

「はい、なんでしょう?」

「ペイル夫人が持ってきてくれる本は、どういった人たちが読んでいるものなのでしょう?」

 読んでいて感じたことは、これは決して歴史書ではない、ということだ。どちらかというと宗教寄り、この国の教会の教えに基づいているものではないかという感想を抱く。問題は、これを誰もが歴史書であると認識していれば大問題だ、ということだ。まさか学者や有識者と呼ばれる人たちまでもがこれを歴史書だと認識しているわけではあるまい。だとしたらペイル夫人はどうしてこれを歴史書だと言って持ってきたのかが気になる。どこかに誤認のもととなる理由があるはずだ。


「こちらの本ですか?」

 不思議そうな顔でペイル夫人はテーブルの上の本を見やる。

「わたくしの持っている本はだいたい夫が買ってきてくれるものですが、おそらくどこの夫人も同じようなものを読んでいると思いますわ。よく本についてお話したりしますもの」

「・・・・ご主人が買ってくれるのですか? ペイル夫人のお友達の方も?」

「ええ。国の成り立ちを知ることは重要なことです。それに、わたくしたちはあまり外に出る必要はありませんの。なにか要るものがあれば家人に頼むか、夫が買ってきてくれます」

「・・・・・・」

 ということは、と茅乃は考える。

 家人がいる。必要なものは夫が買う。

 どう考えてもペイル夫人やその周りにいる夫人たちは特権階級の女性たちだ。外に出る必要がない、ということが全ての女性に当てはまるわけではない。それならこの後宮で働く女性がいる理由がない。


 そして、本について話すことはあるけれど、その内容を吟味するわけではない。

 もっとつよく言うならば、本の内容は理解していなくても全く問題ないということだ。

「ペイル夫人」

「なんでしょうか?」

「ペイル夫人は、これらの本を読まれてどう感じましたか? ペイル夫人の感想が聞きたいのです」

「まあ・・・・」

 そんなことを聞かれるとは思わなかった、という表情を全面に出しているペイル夫人と目が合う。

 逆に茅乃が感想を聞かれた場合、とても短いものになる。思想としては読める、あとこれは歴史書ではない、以上である。

 この本を、この国の女性がどう読んでいるのかが気になったのだ。

 注視する茅乃の前で、ペイル夫人はおっとりと、なんの恐れもない笑顔でこう答えた。


「この国は建国以来、創造主の守護下にあるといいます。わたくしたちが日々、なにごともなく暮らしていけるのは創造主のおかげですわ。これからもこの国の安寧が続くことを願っております」




 予告通りペイル夫人と昼食をともにし、いくつかのマナーについての指摘を受けた後、ペイル夫人は帰っていった。


 寝室に引き上げた茅乃は、窓を開け部屋と庭の段差に腰掛け、考え込んでいた。

 ペイル夫人とのやり取りである。

 この国の特権階級の女性たちがどう考えているのか、ペイル夫人以外と会ったことはないので詳しいことはわからない。だが、ペイル夫人の言葉のとおりなら女性たちはあれを歴史だと認識している。そして本を買ってきたのは夫、男性だ。

 もしかすると、と茅乃は思う。

 あの類の本は、特権階級の女性たちに向けた読み物ではないだろうか、と。そして、この国の男性が読む歴史書は、また別のものであったりはしないだろうか。

「・・・・・」

 どう考えたところで、圧倒的に知識が、データが足りない。

 大きくため息を吐いて、良く晴れた空を見上げる。


 教師を増やしてもらうのは可能だろうか。


 ふとそんなことを考える。考えたところで、どのみち茅乃の希望は通らないだろう。セイラ姫に頼むとしても、相手が会いに来てくれない限り会えない相手だ。さすがに後宮を抜け出し王宮に入り込みセイラ姫に会いに行くというのはリスクが大きすぎる。そこまで考えて、そういえば教師に警戒しないといけなかったことを思い出す。八方ふさがりだ。


 どうしたものかな。


 考えごとをしても、判断ができない。むだに時間を使っている気がする。

 膝の上に着いた肘で頬杖をつきながら空を見ていると、部屋のドアが鳴った。誰かがノックしている。

 なにか用があったかな、と午後の予定を思い返すも、特に言われた覚えはない。扉の向こうから声がかからないところをみると、おそらくロザンナではなくメイドの誰かが来たのだろう。

「はい、なんですか」

 ワンピースの裾をはたきながら扉へと向かう。

 開けると、予想通りそこには二人のメイドが立っていた。見たことがあるような気がするが、はっきりとは思い出せない。この離宮にいるメイドの人数は思ったより多い。

「・・・・・」

 メイドはなにも言わない。二人もいるが、どちらも話すことを許されていない、とされているからだ。

 ・・・・そんなに頑なに守るものかなぁ。

 どうでもいいことなんじゃないの、と茅乃は心底思うが、彼女たちにとってはそうではないのだろう。

 なにをしに来たのかよくわからないが、よく見れば扉に近いメイドがなにかを持っている。なにかを紙で包んだもの。

「あの、なにか用ですか」

 声をかけると、二人ともがビクリと肩を震わせる。なんだか見たことのある反応だな、と考えていると目の前にその紙が突き出された。

 ・・・・・持ってきてくれた、ということだろうか。中身がなにかはわからないが。

「ええと、ありがとうございます」

 とりあえず受け取ろうとした、その茅乃の指先とメイドの指先がわずかに触れ合う。

「・・・・・・!」

 当のメイドは肩どころか全身を震わせ、熱いものに触れたかのようにすごい速さで手を引っ込めた。

そしてじりじりと後退し、無言のまま走り出す。どう見てもまちがえようがない。あれは全身全霊の拒絶だ。逃げ出したメイドの後をもうひとりのメイドが追いかけていく。

「・・・・・なにあれ」

 誰もいなくなった廊下に呆然と、茅乃ひとりだけが突っ立っている。

「どういうこと? ひとのことをなんだと思ってるの?」

 あまりにもあんまりな態度に憤慨する。受け取り損ねた紙が床に落ちているのを拾って、部屋へと戻ることにする。


 なんか最近ひどくない?


 仲間外れ感はもとからあったが、つかず離れず、はっきりいってしまえば空気のような存在感でメイドは離宮にいた。だが最近はあからさまに態度に出ている。はっきりとした拒絶。

「・・・・・」

 思わず床を見つめていたじぶんに気付き、茅乃はハッと顔を上げる。

 それよりも、この包みはなんなんだろう。

 見てみよう、と包みを解くと、数枚の紙が折られたものが出てきた。

「手紙、みたいな・・・・?」

 包まれていた紙には文字が書かれていた。


 神子殿へ


 頼まれていた調べ物が確認できました。記録書を持ち出すことはできないので、簡単に書き留めたものですが、これで役に立つでしょうか?   セロより


「わあ、仕事が早い」

 早速調べてくれたものに目を通すことにする。


 国史前~三年。

 最初の神子。顕現の詳細な時期は不明。王族の祖を導き、レオトール国の建国に貢献する。


 国史二十一年~三十年。

 二人目の神子が顕現。時の王と遷都を決める。王都の平定並びに王宮の建立に貢献する。


 国史百九十八年~二百七年。

 三人目の神子が顕現。異例ながら教会に属し、内部の改革に貢献する。


 国史四四九年~四六0年。

 四人目の神子が顕現。王都周辺および主要都市の灌漑工事に貢献する。


 国史五一三年、現在。

 五人目の神子顕現。


 おおよそペイル夫人から聞いたことと同じだった。そこに、頼んだように神子が現れた年代が記されている。

 西暦や元号といったものもまた、地球や日本特有の文化だ。この国では通用しない。かわりにこの国では国史というものが使用されているようだ。最後の五人目、現在、というのはもしかしなくても茅乃のことだろうか、と他人事のように眺める。

 あまり多くない文章を読み、感じたのは違和感だった。


 顕現、ていうのは現れたって意味だよね。

 なんだか、顕現してからの年数が短くない・・・・?


 最初の神子は詳細が不明、とされているのですべてがとは言えないが、ほかはだいたい十年前後。神域から現れたものを神子と呼ぶと言っていた。茅乃はたまたまこの十七歳で現れた、ことになるが、ほかの神子と呼ばれる人たちが同じ十七歳だということはないだろう。まちまちの年齢がそれぞれにあったはずだ。

 だとしたら、どうしてこんなに十年程という数字が続くのだろう。

 ・・・・嫌な予感がする。


「いやいや、まだ決まったわけじゃないし」


 否定したい一心でつぶやく。

 そう、すべてはただの想像でしかない。決まったことではない。聞いてみないとわからない。

「セロさんは今日は来ないのかなー」

 口にしてみたが、その日セロが来ることはなかった。


 夕食を済ませ、お風呂に入れられ、寝室に戻ってさて寝よう、という頃に扉がノックされた。


「神子様、起きてらっしゃいますか」


 声をかけてくるのは常にロザンナである。

 この時間帯に珍しい、と思いながらベッドから出て、部屋の出入り口に向かう。

「起きてます。なんでしょうか」

 ドアを開けると、廊下の燭台に照らされたロザンナはどこかむずかしい表情を浮かべていた。

「このようなお時間に、申し訳ございません」

「いえ、起きてたからかまわないですけど・・・・。どうかしたのですか?」

 すると、ロザンナはむずかしいから忌ま忌ましい、という表情へと変化した。

「神子様に、お客様がいらしてます」

「・・・・セロさんですか?」

「いいえ、代わりの教師です」

 お会いになられますか、と訊かれて、茅乃は首を傾げながらも会うことにする。

「ほんとうに、こんな時間に訪ねてくるとは・・・・。教師など・・・・」

 聞こえるかどうかの小さな声は、端々が茅乃に聞こえてしまう。


 どうやらロザンナは教師が好かないようだ。




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