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青の塔  作者: あきお
13/55

12   積み重なるもの 2







 応接室には、二十代中ごろかと思われるひとりの男性がいた。


 ひと目見て、線の細い人だな、というのが第一印象であった。


 金とも薄茶ともつかないくすんだような髪は長く、肩を越してお腹の前に垂れている。色味ははっきりしないものの、その髪は手入れが行き届いているのか、クセもなく真っ直ぐだ。手触り良さそう、とどうでもいいことを考える。

 衣服は上下ともに白を基調とした、直線的なデザインの服を身に着けている。箇所箇所でダブついた部分が見受けられるので、なおのこと着ている本人が細いような印象を受けた。だが布自体には金糸を使った刺繍が上品に施されており、また腰の部分には鮮やかな赤色のベルトを使用している。とても派手だ、と茅乃は思った。どうかすると、ここに座っていた王族の姉弟よりも派手な色彩を纏っているのではないだろうか。

 ソファに座っているその人物は、部屋に入ってきた茅乃に気が付いて口を開く。


「ああ、あなたが当代の神子殿ですね。初めまして、教会から参りましたセロと申します」


 そして、ふんわりと微笑む。

 その、笑顔を形作るなかの表情や目元、はては雰囲気といったものの中に、つよさはどこにも感じられない。

 なんだか不思議な人だな、と思いながら、茅乃も言葉を返す。

「初めまして、茅乃と申します」

 そうして、同時に思う。


 今、教会って言った?


 たしか洗濯場のあの女性が、その言葉を言っていなかったか。教会では神子のことも含めた教えを広めている、と。


 そこから来た?


 どうぞ、とソファのひとつを勧められる。目の前のローテーブルには今朝とちがい、なんの本も見当たらない。なにを教わるのだろう、と思いながらもソファに腰掛ける。

 教会、という言葉が使われているけれど、茅乃が知っている教会とは意味合いがちがうかもしれない。といっても、日本にいたときは教会の、建物の中に入ったことすらないので、あまり比較のしようがないのかもしれないが。

「さて」

 そう口を開いたセロは、座った茅乃の目の前に位置している。

「セイラ姫よりうかがいました。あなたはこの国に来てから教師が付けられていなかったと」

「ああ、はい」

「ではなにから教えてまいりましょうか。神子殿の知りたいことに答えますよ」

「・・・・・」

 茅乃は少し黙り込んでから、正面のセロの眼を覗き込んだ。

 テーブルを挟んだ距離分だけ空いてはいるが、初対面の茅乃が見つめてもその眼が揺らぐことはない。その眼には目を合わせていることの困惑もなければ羞恥の色もなく、かといって知識のない茅乃に対する侮りや蔑みが浮かんでいるわけでもない。

 次いでテーブルの上を見てみる。本もなにも乗っていないローテーブルである。

 答えますよ、と言った以上そのつもりで来たのだろう。けれども、答えるにあたってこの人には本など必要なく、その身ひとつだけで十分、ということだろうか。


 慎重に茅乃は口を開いた。


「では、セロさんの身分を教えてください」


 おそらく、この人は若く見えるけれど、質問に答えられるということは生き字引のようなものだろう、と考えた。一介の、教会に属するものというだけではあるまい。そもそもセイラ姫から聞いたとさっき言っていた。それほどセイラ姫と近しい立ち位置にいる、ということだ。


「身分、ですか・・・・」


 少し意表を突かれた、という表情をして、セロはそろりと指先で顎を撫でている。

「はい。地位、と言ってもいいかもしれません」

「ああ、それなら簡単ですね。教会では長を任されています」

「チョウ・・・・」

「はい、教会における責任者ですね」

 そのひとりというだけですが、とあっさりセロは言った。

 長、とようやく思い当たって茅乃は目の前の人物をもういちど見直す。


 この人が教会の責任者・・・・。


「では、セロさんよりも偉い人というのはいるのですか?」

「セイラ姫ですね。ぼくの地位は教会の中で教えるもの、という意味で教師と呼ばれています。その教師の中で責任者は数人いますが、その上には最高責任者がいます。それがセイラ姫の聖女という地位です」

 ふむふむ、と茅乃は心の中で頷く。

 この国では教師というと、茅乃の思うものとはすこし意味合いがちがうようだ。

 学校や塾にいる、学問を教えてくれる大人、という意味で教師と茅乃は捉えていたが、ここでは教えを施す人を指すようだ。

「それではセロさんやセイラ姫は、国教を取りまとめている人、ということでしょうか」

「こっきょう?」

 不思議そうな顔をしてセロが首を傾ける。

「取りまとめているうちのひとり、という意味では合っていますが、神子殿の言うこっきょうとはどういう言葉ですか?」

「ええと、その国が認めている宗教のこと、という意味といいますか」

「なんと。ということは認められていない宗教が存在すると?」

「公的には、という意味ではありますが・・・・」

「興味深いですね。この国には教えはひとつしかありません。創造主と、創造主に遣わされた神子と、守護下にあるこの国。神は唯一絶対の存在ですから、そこから派生するものも唯一のものでしょう。もしかすると神子殿はこの教え以外にも知っているものがあるのですか」

「・・・・・」

 日本、というか地球にいたときに、国や地域によって宗教がいくつもあってね。

 そう茅乃は考えていた。世界には四大宗教と、地域や土俗的なものも含めると膨大な数の信仰や宗教が存在している。けれどもよくよく考えてみればそれはこの世界に通じるものではない。宗教というものはときに繊細な部分に触れるものであるから、茅乃はこれ以上の言明は避けることにした。

 なにかを聞きたそうにしているセロを意識的にかわしながら

「概念のひとつですね」

 茅乃はその言葉でこの話を区切ることにする。


 危ない危ない。


 心の汗をぬぐいながら茅乃は思う。

 まだまだ茅乃には知識がない状態だ。ゆえになにがじぶんにとって良い行動なのかを判断する材料がない。たとえば先ほどの状況のように、宗教が複数存在することが茅乃にとっての当たり前であったとしても、この国にいるセロにとっては当たり前のことではないのだ。この国の教えがひとつだけだというならなおさらのこと、ともすれば異教と呼ばれかねないものを持ち込んではならない。目の前の人物は茅乃のことを神子だと思っている人間なのだから。

「お話を戻しますが、セイラ姫の聖女というのはどういう地位なのでしょう? 役割のようなものがあるのですか」

 いろいろ教えてくれるというのだから、この際気になることは聞いておこうと茅乃は質問をする。

「聖女という地位は王室の女性が就くものですね。この国では王位継承権は男子にのみ認められています。王室に生まれついた女性は教会に入り、予算を分配し、国民に様々な施しを行います。現代の聖女であらせられるセイラ姫は特に、歴代の中でも慈悲深い方でいらっしゃいます」

 つまり、ボランティアに取り組みつつその財源は王室の予算のうちである、ということだろうか。それはさぞかし得難い人物だろう。最高責任者の任に就くはずだと茅乃は頷く。

「ええと、朝の授業で教わったのですが・・・・」

 言葉を選びながら茅乃は次の質問を口にする。

 神子とはなんだ、と訊くのはいかにも直截な気がした。

 レンからいくつか聞いたとしても、疑問の余地は残る部分ではある。が、教会から来た人物に神子とはなにかを聞いて答えられたところで不信感しか残らない。キアヒムに言われたばかりだ。気を付けるように、と。茅乃に与えられた答えが公平なものである、と茅乃自身が判断できないうちはうかつな質問を出してはいけない気がした。

「神子がこの国に現れて、わたしで五人目だと聞きました。以前の神子がいつごろ現れてどのような活動をしていたのか知りたいのですが」

 婉曲な表現でもって訊いてみる。というか今のところこのような浅い部分でしか質問をすることができない。この質問の答えは以前の出来事に沿ったものでしかないので、ある程度まっとうな答えが返ってくるだろう、と思ったのだが。


「神子の顕現の時期・・・・ですか。正確な時期は教会に戻って照会してみないとわかりませんね。書記官に調べさせましょう」

「すみませんが、よろしくお願いします」


 見たことのない書記官の人に、仕事を増やしてしまってごめんなさい、と茅乃は心の中で謝る。どうか記録の類が埋もれていませんように。

 答えは保留になってしまったが、詳細を調べてくれるというのなら待つしかない。


 そこからいくつか教会に関する質問をした後、ロザンナが応接室にやって来た。

「そろそろ夕食のお時間です。セロ様はこちらで召し上がりますか」

 その事務的な無表情で聞く態度には、王族が来たときのように高揚している様子はない。このセロという人物もそれなりの立場の人だと思うのだが、興味の対象ではないようだ。

 セロはふんわり笑って、首を横に振る。

「もうそんな時間ですか。夕食までということでしたので、これで終わりにしましょうか」

 立ち上がるセロにつられて茅乃も立ち上がる。

「あの、お忙しい中ありがとうございました」

「いいえ、神子殿はよく聞いてくれるいい生徒ですね。ぼくは用事があるときは来ることができませんが、そのときは代わりのものを寄越します。なにか質問があればその人に聞いてください」

「あ、はい。ありがとうございます」

 答えながら、なんだかどんどん人が来るな、と思う。今までの放置具合が嘘のようだ。それともセイラ姫の影響力がこれほどあるということだろうか。


 それでは、と去っていくセロを見送り、応接室から食堂へと移動する。

 用意してもらった食事を食べる。どれも食べられる、と思えるものだったが、あまり食べられる気がしない。胃が小さくなったのかな、と考えながら済ませる。

 夕食の後は相変わらずお風呂に入れられ、寝室へ戻った茅乃はようやくひとりになることができた。


 ・・・・・長い一日だったなぁ。


 ベッドに入りながら、今日の朝からを思い返す。

 どんな人が来るのだろう、と気を張って迎えたつもりの今日だったけれど、ペイル夫人の授業は偏りはあれどマナー講座は楽しいものだったし、セロは比較的中立な立場からの答えをしていたように思う。とはいってもセロが答えたことが全てではないだろうし、茅乃が言葉を選んで質問をしたように、セロもまた言葉を選んで答えているだろう。その中で茅乃になにかをさせようという強制的な意思は感じられなかったし、この国の王子のように高圧的な物言いをすることはなかった。


「・・・・・・」


 まどろんでいた目がふと開いた。


 今、なにを考えていた?


 中立的だった、強制的な部分がなかったとしてそれがなんだというのだろう。

 ペイル夫人もセロも初対面のひとだ。その人たちの行動を思い返して、大丈夫なような気がする、と思いたいのだろうか。

 信じられるかもしれない部分を、探している?

 この国で、離宮の中で周囲に人はいた。けれども信頼に足るかどうかは疑わしい部分が大半を占めていた。普通に学校に行っていた生活なら、相手が信頼できるかどうかなんて考えたこともなかった。そんな差し障りのない生活を送っていた茅乃にとって、相手に不信感を抱き、ときには信頼できるかどうかを考えながら過ごすことはとてつもなく苦しいことだった、とようやく自覚した。


 なんだか最近、考えすぎている。


 ・・・・・疲れたなぁ。


 そう考えたところで部屋の天井が渦巻き始める。


 寝よう、茅乃は目を閉じた。




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