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青の塔  作者: あきお
12/55

11   積み重なるもの






 夕食までは時間がある。


 授業内容の復習をする必要もなく、部屋に戻って過ごすことにした。

 ふたたびロザンナがいきなりドアを開けて入ってくることはそうそうないと思いたいが、王族がやってきたら興奮のあまり開け放ってくるかもしれない。


 こんな短期間でまた来るとも思えないけど・・・・・・。


 念のため遠出はしないでおこう、と考える。けれども、おとなしく部屋にいても気が滅入るだけなので庭に降りることにする。

 そのままフラフラと歩き、あてもなく散歩しているような気がしていたが、気が付くと後宮の入り口近くまで来ていた。洗濯場の近くである。


 どうしてじぶんはここに来てしまったのだろう。

 後宮内を出ないように散歩しているつもりではあった。その上でなにも考えずに来たつもりだったけどな、と考えている最中にも茅乃の視線は洗い場のあたりをウロウロと彷徨う。


 探している、と気付いて茅乃はじぶんの行動が腑に落ちた。


 もういちど会いたいと思っているのだ、あのお昼をわけてくれた人に。


 職場だから迷惑を掛けないように、と思ったはずなのに、未練がましいなぁと茅乃は苦笑する。それでもここまで来たので、生垣の陰からそっと様子を窺ってみる。水溜め場には生成りのワンピースを着た女性たちがやはり黙々と作業していた。その中にあのエプロンを掛けていた人の姿は見当たらない。今日は休みの日だろうか。


 もしかして、建物の中かな・・・・。


 あの女性は、茅乃が神子であると知ってもなんら距離を置くことがなかった。ぞんざいな口調、無駄な気遣いのない言い回しはいっそ気持ちが良かった。神子とは身分差があるから話しては駄目だ、ということがどこまで通達されていたのかは知らないが、たとえ知っていたとしてもあの人にとってはどうでもいいことだったのかもしれない。


 あんなふうに、またお話できたらなぁ。


 じぶんでも気が付いていなかった欲がむくむくと湧き上がってきて、これ以上はいけないなと茅乃は自制する。偶然見つかってしまった以前の状況とはちがう。目的をもってやって来てはほんとうに仕事の邪魔でしかないだろう。


 もう戻ろう。


 諦めて踵を返したとき、強い声が洗濯場に響いた。


「いつまでかかってんのよ、陽が暮れるでしょ! 次があるんだからさっさと終わらせてよ!」


 高く、空気を裂くような怒号だった。

 厳しい、というよりは責めるような声音。そしてどこか不安定で呂律の回っていない言い方だった。

 そっと振り返ると纏めてもいない長い茶色の髪を振り乱し、ひとりの女が水場の女性たちに食って掛かっていた。

「この間まではそんなものとっくに終わってたでしょ! 段取りが悪いのよ、ただでさえ洗濯物が溜まってるんだから、いつまでもかかずらってるんじゃないわよ!」

 おぼつかない足取りでふらふらと洗濯女性に近付き、摑みかかろうとしたようだが簡単に避けられている。そのせいでさらにフラついて倒れそうになったその人物は、生成りのワンピースに真っ白のエプロン姿だ。


 でも、あの人じゃない・・・・・。


 エプロンを掛けていたのはひとりだけだったように記憶している。単にじぶんが見落としていただけなのだろうか、と茅乃は首を傾げる。

 生垣の陰で疑問を感じる茅乃をよそに、洗濯場の空気はみるみるうちに悪くなっていく。

「ちょっと、なんなのあんた、その眼は。文句があるの? あたしをにらんでるヒマがあるならさっさと仕事を終わらせなさいよ!」

 ワンピースの女性とエプロン姿の女性が至近距離でにらみ合っている。その光景を周囲の洗濯担当の女性たちが固まったように見つめている。


 な、なにこれ・・・・・。


 これでは仕事上の叱責というより喧嘩文句である。そりゃあ、言われた方もたまったものじゃないよね、とどこか同情めいた気持ちで成り行きを見てしまう。

 しばらくにらみ合っていたが、エプロン姿の女は気が済んだのか、フン、と顔をそむけた。

「文句があるならあんたもこのエプロンを掛けられるようになってみなさいよ、まあ一生かかっても無理だろうけどね!」

 吐き捨てて、おもむろになにかを呷る。体の陰で見えなかったけれど、手になにかを持っていたようだ。

 なにを飲んでるの、とまじまじと見てみればそれは、濃い色をしたガラスのボトルであった。


 酒瓶・・・・・?


 嘘でしょ、と目を見開く茅乃の視線の先で、女はその瓶を水溜め場に投げ捨てた。

 大きな音を立ててガラスが割れる。しかしそこにはまだ洗濯中の布類がたくさんあるのだ。

「あんたたちが遅いのが全部悪いのよ! 片付けときなさい!」

 そう吐き捨ててまたフラフラとした足取りで建物へと戻っていく。


「・・・・・」


 唖然としてしまって言葉がない。なんなのだ、あのひとは。


 あれは、いわゆる、ダメ上司・・・・・。


 茅乃はまだ社会に出たことはないが、あれが駄目なパターンだということくらいはわかる。

 以前に見た洗濯場の空気とかなりちがうような気がした。前は陰気さはあってもここまでピリピリした空気ではなかったし、テキパキと作業を終わらせていた。

 今目の前にいる洗濯担当の女性たちを見れば、無言ながらもガラスの欠片を集め、布を折りまとめ、井戸から大量の水を汲んで細かな破片を流している。それぞれ別々の女性が片付けにとりかかっているが、その作業のすべてが荒々しく、誰もがいら立っているのがわかる。


 ひじょうに後味の悪いものを見て、茅乃はそっとその場を離れた。


 結局探していた女性はいなかった。別の、あの飲酒していた人の言葉によれば、エプロンを掛けている自分が偉い、というような言い分をしていたように思う。責任者のようなものだろうか、と思うが、同時にあれが? とも思う。

 いろいろと首を傾げながら庭園を突っ切る。

 滞在している離宮の近くに戻ってきたところで、頭上で大きな羽音がした。驚いて見上げるのと同時に肩にずっしりと重みが加わり、鋭いなにかが刺さる。

「重・・・・っ。なんなの」

 真横にいたのはあの鳥だった。鋭い爪がワンピースの生地を貫いて皮膚に刺さっている。

「・・・・なんだ、まだこの辺りにいたの。てっきり行きたいとこに行ったんだと思ってたわ」

 そうつぶやくと、鳥は少し首を傾けた。ぱっと見、どうして? と疑問を表しているような動きに見えるが、茅乃は鳥にそこまでの知能があるとは思っていない。そもそも鳥の動きはほとんど首を動かすくらいしかないのではないだろうか、と思いながらも肩が重いので少し腕を出して誘導してみることにする。

「ほらほら、こっち。肩痛めそうだから、こっちに移ってみて」

 水平に、くの字に曲げた腕の肘のあたりを指しながら言ってみる。

 すると、驚いたことにちょんちょんと跳ねながら肘のあたりに移動した。なお、そのたびに爪が腕に刺さっているので地味に痛い。

「おお、すごい。もしかして言葉がわかるの?」

 冗談で言ってみる。鳥は鳥で全身の羽をバサバサと震わせ、じっと茅乃を見てくる。

「なんて言ってみたけど、鳥が人間の言葉を理解するわけないよねぇ。というかわたし鳥好きじゃないんだよねぇ」

 独り言をつぶやいた瞬間、鳥は残像を残す勢いで容赦なく茅乃の手の甲を突いた。

「いっだぁ!」

 あまりの痛さに声が濁る。

 手のひらまで貫通したんじゃないの、と思わず見ると、幸いというか手の甲が凹んだだけで済んだようだ。だが抉られた箇所からは血が流れている。流血沙汰である。

「ちょっとぉ!」

 抗議の声を上げるより先に、茅乃が悲鳴を上げたときにはすでに鳥は飛び立っていた。頭上を旋回する鳥を茅乃は怒りながら見上げる。

「降りてきなさいよ!」

 すると一声、笛のような甲高い鳴き声を上げてまたどこかに飛び去って行った。

「逃げたわね・・・・! 今度見かけたら捕まえて焼き鳥にしてやるから・・・・・!」

 本気で焼き鳥の算段をつけながら離宮へと戻ることにする。


 部屋に上がり、廊下へと続くドアを開けると三人のメイドが立っていた。

 そのうちのひとりを見て、前にもここにいた子だ、と茅乃は思い出す。初めて部屋で食事をしたときに、トレーを返した人ではないだろうか。じぶんよりも年下の子だ、と思ったのを覚えている。

「あの」

 なにか手当てに使えるものを貸してもらおうと、声をかけた。それだけのつもりだった。

 しかし、その少女は大きく肩を震わせた後、逸らそうとして逸らしきれなかった目線で茅乃を捉えた。


 怖々と、見たくはないのに見て、確認しなければ済まないようなその視線。


 なに・・・・?


 思わずほかのメイド二人を見てしまう。すると、彼女らも似たような表情をしていた。

 関わりたくはない、と言外に表している。けれども彼女らがここから動かないのは、廊下でなんらかの用聞きをすることが彼女らの仕事だからだろう。

 メイドだけが廊下に立っていることはよくあった。茅乃がときどき用件を伝えて、それをロザンナに伝える、というのが今までの形だった。話すことが許されていない、とされる彼女たちだけでは用件を為すことができない場合があったからだ。だがその際、こんな異様な視線を向けられたことはない、ように思う。


 なんでこんな目で見られるの・・・・・?


 よくわからないが、茅乃は今までのように用件を伝えることにした。

「あの、すみませんが、なにか怪我の手当てに使えるものを貸してもらえませんか」

 タッ、と駆け出したのは、あの年少の少女だった。用を聞いて道具を取りに行った、もしくはロザンナを探しに行ったのだろうが、どうにも逃げ出したように見えるのは気のせいだろうか。

「・・・・・」

 残りの二人を見てみる。

 どちらも眉をひそめ、迷惑、関わりたくない、といった感情を全面に押し出している。

「・・・・部屋で待ってます、ね・・・・」

 廊下で待つつもりだったが、茅乃の心が折れそうになった。

 廊下でも部屋でも同じだよね、とじぶんでもよくわからない言い訳めいたことを考えながら、部屋に戻る。

 しばらくするとロザンナがやって来た。


「お怪我をされたのですか」

 小さな木箱を持って現れたロザンナは、チラリと冷えた目で茅乃を見てくる。無能な主人は無能のままらしい。

「はあ。鳥に突かれまして」

 ロザンナの期待に応えられるじぶんではないことを知っている茅乃はどうとも思わない。これなんですけど、と手の甲を見せてみる。

「鳥? 神子様はなにをしていたのですか」

「庭にいました・・・・」

 ため息を吐きながらもロザンナは木箱を開けた。中には小さな瓶と、包帯らしき布が入っているのが見えた。

「御身は神子様ひとりのものではないのですよ。重々お気を付けください」

 丁寧な言葉で気を付けるように、と言われていることは理解できる。が、この体がじぶんひとりのものではないのなら誰のものなのだ、と反論しそうになって茅乃は寸前のところで口をつぐんだ。

「・・・・・」

 無言の中で、ロザンナが瓶を取り出し、大きめの布に中身の液体を吸わせる。それを傷口に押し当てられると痺れのような痛みが走った。消毒、だよね、とロザンナを見ると、彼女は事務的な無表情で木箱からガーゼのようなものを出し、傷口に押し当て、包帯を巻いてくれた。

「ありがとうございます」

 お互いの心中や思惑がどういったものであれ、ロザンナは手当てをしてくれた。その返答が、

「お礼はけっこうです」

という素っ気ないものであったとしても、それは茅乃の問題ではない、と思うしかなかった。

 それよりも、とロザンナは言葉を継いだ。

「応接室に、教師の方がいらしてます。本来は夕食後の予定でしたが、お時間が空いたとのことで」

「・・・・・わかりました」




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