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青の塔  作者: あきお
10/55

9   パン






「ということがあったんですけどね」


 時の頃は深夜といったところだろうか。


 あの後部屋に戻った茅乃はロザンナに散々叱責された。いわく、茅乃の王族に対する態度はひじょうによろしくなかったと。あれほど姫に気に入られろと言ったのに、ということらしい。

 そう言うならさっさと教師のひとりでも付けてたらよかったじゃない、と思ったものの、口には出せなかった。どうやら憧れらしい姫君を前にしたロザンナの興奮と、その対面をフイにした茅乃への不満はすさまじく、口に出す猶予などなかったのだ。

 げんなりするほどの時間お小言と恨み言を言われ続け、解放されたときには心底ひとりになりたいと思った。ドアを開け放ち、メイドに体当たりしそうな勢いで去っていくロザンナの後姿を見送っていると、部屋に残されたメイドからは憐憫の眼差しを向けられた。

 ひとりになった茅乃は、その後運ばれた食事の中からまたいくつかのパンをクローゼットに隠し、残りの食事の中で食べられるものだけを食べた。トレーを返したときについでのように浴室へ連行され、お風呂に入れられる。いまだにひとりでないお風呂には慣れない。


 就寝前、茅乃はメイドに明日は起きるまで放っておいてほしいと告げた。そこでもまた憐みの目を向けられた。思った以上に、じぶんはロザンナからダメージを食らっている顔をしているのだろう。同様にこのメイドたちもまた思うところがあるということは、ロザンナの下で働く彼女たちも大変なんだろうな、とお互いに同情し合う。


 不毛な時間の後、部屋でひとりになった茅乃はベッドの下から釣竿を取り出して釣りのまねごとをした。時間をつぶすつもりでやってみたが、今回も釣果は得られない。

 相変わらずこれでいいのかな、と不安になりながらも釣竿をしまう。

 窓の外を見ると真っ暗な夜の帳が降りていて、静かに深い闇が広がっている。ということは、だいぶいい時間のようだ、と茅乃は思った。


 よし、行こうか。


 今夜も慎重にならないと、と茅乃は窓の鍵を外す。


 おっと、お土産も忘れずに。


 引き返し、クローゼットの中の包みを体に括り付ける。そして勝手知ったる後宮を突っ切って向かったのは、二度目となる尖塔、そのてっぺんである。


 警備はやはり厳重なまま、その合間を縫うように茅乃は尖塔を登る。登りながら、これもまた神子だから簡単にできるんだよなぁ、と正解のわからない疑問が浮かぶ。堂々巡りの疑問を払拭できないまま、茅乃は最上階の窓枠からそっと中を見てみる。

 最初から目が合った。

 その場にキアヒム以外の人間がいないことを確認して、茅乃はいそいそと窓枠を跨ぐ。

 とたんに大きなため息が落ちた。

「オレは、もう来るなと言わなかったか?」

「わたしも、また来るって言いましたよね?」

 はぁ・・・・、と重いため息が聞こえたが、気にしないことにする。そして茅乃は今日あった出来事を話して聞かせた。


 ということがあったんですけどね、と言った頃になると、キアヒムは片手で額を支えているのか頭を押さえているのかよくわからない体勢になり、床を見つめるだけになっていた。

「どう思います、キアヒム君」

「どう、とは?」

「さっきも話しましたけど、わたし、ずっと放置されてたんです。でも今になって王族の姉弟がやって来るのっておかしくないかな、と。姫の方は話ができそうな気がするんだけど、王子の方はまったくムリで。そもそもあの王子はなにをしに離宮に来たと思います?」


 なんということはない。茅乃は話し相手がほしかったのである。

 出来事の整理をするには、到底茅乃の頭だけでは足りなかった。なので、いちばん偏りのない話し相手として唯一思い浮かんだのがキアヒムだったのだ。

 三度目の、やたら長いため息を吐きながらキアヒムが顔を上げる。

「どのみち推測でしかないが・・・・」

「はい」

「王子単体であったのなら本来の後宮としての使い方をしたのだろうな」

「本来の、後宮の使い方?」

 さて、なんだったっけ、と思わず物忘れをした茅乃に、言葉の爆弾が投げつけられる。

「後宮は王の妾がいる場所だ。寵を与えに、というところだろう」

「ちょう?」

 蝶? と脳内変換した茅乃に、冷静な声が返ってくる。

「夜伽、同衾、男女の睦みごと、と言ったほうがわかりやすいか?」

「・・・・・っ!」

 理解が追いついた茅乃はとっさに返せる言葉も思いつかず、ものの見事に爆死する。

 そうだった、あそこは本来そういった人たちが住んでるんだった、と今さら気付くものの、同年代の異性から言われて茅乃は動揺してしまう。きっと顔は真っ赤になっているだろう、と今度は茅乃が床を見たまま動けなくなってしまう。

「わ、わかりました、けど、王子単体じゃないんですよ・・・・」

 なんとか方向性を逸らそうと、絞り出すように言う。

「だとすると、話がまたちがってくる。そもそもここの後宮に王子や王女と言えど王以外が入ることはありえないんだがな」

 国のちがいかな、とつぶやく声に、思わず茅乃は顔を上げる。

「後宮は王族だったら誰でも入れる、わけじゃない?」

「後宮自体が王族の生活の場になっている国なら出入りすることもあるが。このレオトールはちがう方針だったはずだ。後宮には王の妾しかいないから、後宮に渡ることができるのは王族の中でも王だけだ、本来なら」

 そう聞いて、茅乃はふと疑問に思ったことを聞いてしまう。

「王様だけって決まっているのは、なにか理由があるんですか?」

 すると、なにを言ってるんだ、とすこし呆れたような目が向けられる。

「タネの問題があるだろう」

「種?」

「血統だ。王の子は王位を持つ者の子でしか認められない。王族であろうが後継資格を有しているというだけであって王位を持つわけではない。ともすれば王の子が生まれる場所に王以外のタネをまかれると後々厄介になるだけだ」

「・・・・・・!」

 ざっくばらんな説明に、最初の爆死から息を吹き返したはずの茅乃はまたしてもダメージを受けてしまう。今日は散々な一日だ。いや、これはうかつに質問したじぶんが悪いのか、などと考えつつ床の石の数を数えるはめになってしまう。


 というか、キアヒム君はどうしてこんなことを淡々と説明できるの・・・・!


 恨みがましい言葉が喉まで出かかったが、なんとか飲み込んで話を戻すことにする。


「ええっと、じゃあ、後宮に姫だけじゃなく王子も来たことは、特例中の特例になるってこと?」

「特例というより、異例だろうな。ありえないはずなんだが」

 可能性としては、と小さくキアヒムがつぶやいた。

「レオトールの王は病に倒れたと聞いたことがある。この国が変化してきているのかもしれないな」

 きな臭い方へと、と付け足された言葉に、反射的にゾッとした。

 ただでさえ好意も厚意もない国の中で、その主体である国家自体がきな臭い方向へ向かうのは望まない。国の支配下の後宮に留め置かれていては巻き添えにあってしまう。そんなのは願い下げだ。

 暗い気持ちになりながらも、そういえば、と茅乃は思い出したことがあった。

「お姫様が言ってたけど、神子は王族と同等って、本当ですか?」

 それとも、この発言もレオトール固有のものだろうか、と考えながら聞いた質問に、あっさりとキアヒムが頷く。

「そうだ。それはどの国にも共通の認識事項のはずだ」

「のわりに、扱いがひどいなって思うんですけど・・・・・」

「ひどい、とは?」

「馬車に括られるとか、縄で縛られたまま引っ張られるとか、ほしいものはなにひとつ融通してくれないとか・・・・」

「・・・・は?」

「そういうものかなって思ったけどちがうんですね。でもじぶんで言ってて思ったけど、王族と同等というより人間扱いですら怪しい線だよね。そういえばご飯もおいしくないときあるし・・・・」

「は?」

「あ、そうそう、お土産があるんです」

 思い出して、茅乃は持ってきていた包みを外し、解く。

「これはおいしいと思えるほうだから、大丈夫なはず」

 はい、とパンのひとつを差し出す。それは夕食のメインであろう肉料理を挟んだものだ。洗濯場の裏でもらったものを真似してみた。おいしそうに見えないから、こうしたらおいしくなるだろうかと思ってやってみたのだ。

「・・・・これは?」

 鉄格子の向こうで、困惑したようにキアヒムがパンと茅乃を見比べる。

「ここ、パンはときどきおいしいって思えるんですよね。でもこの肉料理とか、全然おいしそうに見えないの。誰かと一緒に食べたらおいしいかなって思って持ってきました」

 本音でもってそう言う。さらに言えば、この牢は環境として最悪だから、きっとご飯も良い方ではないだろうと考えたのだ。少しでもまともなものを差し入れよう、というのがもうひとつの理由でもある。

 どうぞ、と格子の間に伸ばした手から、キアヒムがパンを受け取る。同じように挟んだもうひとつのパンを持って、茅乃は口にする。

「いただきまーす」

 かぶりついた茅乃を見て、キアヒムも恐る恐るといったふうに口に運ぶ。

 それを見ていた茅乃は胸やけを覚えた。


 相変わらず不味い。


 パンというより肉料理がほんとうに不味い。

 なぜだか不味そうだな、と思ったものを口に入れたときはだいたい胸やけが起こるか、一口でもういいかな、と感じてそれ以上食べることができない。


 サンドイッチにしてみたけど、ダメだったな。


 ガッカリしながら、キアヒムにおいしくないね、と言おうとした。

 目線を上げた茅乃が見たのは、茅乃よりも強い拒絶を示したキアヒムの姿だった。

 一口咀嚼したキアヒムは、途端に立ち上がり牢内の隅にある壷のふたを開けそこに吐き捨てたのだ。


 ええ・・・・・。


 たしかに、不味かったけど・・・・。


 ポカンとした茅乃を、振り返ったキアヒムの鋭い眼が捉える。

「こんな食事をいつも出されているのか?」

「え? おいしくないなっていうものは、そういえばわりといつも出てきてる、ような・・・・」

 言われてみれば、と茅乃は肉料理がほぼ毎回食べられなかったことを思い出す。メインの料理が食べられないのでお腹が空くし、お肉が食べたいな、とよく考えていた。

 そう思い返しながら答えると、簡潔な言葉が返ってきた。


「毒だ」


「どく・・・・・」


 あまりにも聞き慣れない言葉に、バカのように鸚鵡返しをすることしかできなかった。


「え・・・・? 毒? なんで?」


 パンを持つ手が震えた。

 なんで? ともういちど自問したところに、キアヒムの質問が重なる。

「どれだけ食べた?」

「え、と・・・、いつもは食べない、けど、たまに一口だけ・・・・」

「それが幸いしたな。遅効性だ。普通に食べていたら今頃自我が壊れている」

「そんな、待って、それってなんのために・・・・?」


 毒という言葉は知っていても、どこか遠いものでしかなかった。それがこんな身近で、しかもじぶんに用いられたとなると理由がわからない。

 すがるように見つめた鉄格子の向こうで、硬い表情をしたキアヒムが答えた。

「レオトールの考え方は、よくわからない」

 それが、今毒を盛られたと気付いた茅乃に配慮した言葉だと、すぐに気が付いた。

 さっき、茅乃が、じぶんで言ったばかりだ。人間扱いですら怪しいのだと。


 不意に、あの神域で王子が放った言葉がよみがえる。その身を我がレオトール国のために捧げ、尽くすことを許してやる。あの王子はたしかにそう言った。


 飼い殺しだ。


 国の繁栄とやらのために、軟禁だけでは足りなかった。なにも考えることができないようにすればいい。そのために意思を奪う。


 ひどい国だって思ってたけど、こんなに・・・・・!


 後に続く言葉は形にはできなかった。具体的な形になればもう、心が折れてしまう。

 震えた手から落ちたパンを拾い上げ、包みの中に戻す。

 おそらくなにも挟んでいないパンはきっと食べられるものだっただろうが、こうなるともう食欲がわいてこない。かといってこの場に捨て置くこともできない。ここまで誰にも見つからずに来ているのだ。本来ここにはないはずのパンを看守が見つけたら、どう騒ぎ立てられるのかわかったものではない。茅乃はキアヒムに向かって手のひらを向けた。

「ごめんね、おいしいご飯になればと思ったんだけど・・・・・。それも証拠隠滅のために持ってかえります」

「ああ・・・・。これを、渡して本当に大丈夫なのか?」

「花壇に埋めるつもりだから」

「花壇?」

 なぜ、と訝しそうにするキアヒムに説明する気力がなくて、茅乃はすこし笑うだけしかできなかった。


 問題のパンを手渡してきながら、キアヒムはこう言った。

「すくなくとも、これでどうして今ごろ王子と王女が来たかがわかった」

「え?」

「遅効性だと言っただろう」

「うん・・・・」

「効き目は二週間からひと月近く経ってから。まちがいなくカヤノの様子を見に来たんだろう。それが王子の意思か王女の意思か、両方なのかはまだわからないが」

「!」


 それは恐ろしい言葉だった。


 まじまじと手の中のパンを見つめる。

 このパンとじぶんは同じなのだ。誰かの手の中にあり、潰そうと思えばいつでも潰せるもの。

「うぅ・・・・」

 小さく呻く茅乃に、キアヒムが冷静に続ける。

「さっきの話で、教師役が付けられると言ったな」

「え、ああ、うん・・・・」

「それに気を付けろ」

「え・・・・・」

「意思がまだ残っていると気付かれている。だったら次はほかの方法でくる可能性がある」

「例えば・・・?」

「人が入れる状況ができたなら、それを使って操作できるかどうか考えるだろう」

 例えば間違った教育方針を植え付ける、とか。

 とんでもない発想と言葉に茅乃の全身が震える。

「なんか、さっきから怖いことばっかり聞いてる気がするんだけど」

「そうか? 俺がレオトールの人間ならそう考えて実行するがな」

 どういう思考回路をしているの、と思わないでもなかったが、じぶんにはない発想に気付かせてくれたことには感謝しよう、と茅乃は思う。じぶんひとりではそもそも間違った教育理念を持った人が来るかも、などと思い付きもしなかっただろう。

 思った以上に気を張っていなければならなかったのだと思い知る。


 茅乃は中身の減らなかった包みを括り直して窓枠へと向かう。

「じゃあ、また来ますね」

「人の話を聞いているのか? ここは危ないと言っているんだが」

「いやー、・・・・この国はどこにいても危ない気がします」

「・・・・否定できないな」

 重い内容の軽口を交わして窓枠を跨ぐ。

 またね、と手を振って塔を降り、慎重に王宮を抜け、後宮を越えて離宮に戻る。

 部屋に入る前に忘れないように花壇に穴を掘って証拠隠滅を図る。

 なんだか毒入りのパンなんて花が枯れそうだなぁ、と思いながらも埋めることはやめない。


 部屋に入り、ベッドに入る。


 夜ももう遅いというのに、この日は眠れなかった。




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