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佐賀のやばい嬢ちゃん

佐賀のやばい嬢ちゃんepisode.3 怪盗ルナと彼女の因縁

作者: 川里隼生

 ある夜、新地しんち輝夜かぐやは佐賀市内で窃盗犯を追跡していた。それもただの泥棒ではない。追跡対象の赤いタキシードは、賞金五百万円が掛けられている『怪盗ルナ』だ。予告状を新聞社に郵送し、その通りに犯行を起こすのが怪盗ルナの特徴で、この夜も新聞に予告を出し、佐賀中の賞金稼ぎと勝負をしていたのだ。


 怪盗ルナは行き止まりの路地に入り、ようやく立ち止まった。十五分ほど鬼ごっこをしていた。所々でルナが仕掛けたと思われる罠が張られており、ここまでたどり着いた賞金稼ぎは輝夜だけだった。

「追い詰めたよ泥棒さん♪ その宝石と五百万円を私にくれるかな?」


 相手にばれないように息を整えながら、輝夜が言う。

「……あなたには、私を捕まえられない」

 ルナの声に、輝夜は驚いた。女性の声だったからだ。ルナを含め、ほとんどの人間は怪盗ルナを男性だと考えていた。それはルナがタキシードを着ていたからだが、確かに顔は誰も見ていないし、予告状も新聞社に紙媒体で送られていたので、警察の公式発表では性別不明となっていた。


「女だったんだ。でも、ごめんね。あたしは女でも容赦しないから」

 輝夜は義手の左腕で拳を握る。

「もう一度言います。新地輝夜さん、あなたは私を捕まえられない」

「え?」

 ルナが振り返った。女性にしては短すぎるほどの短髪だったが、端正な、そして幼いと言えるほど若い顔をしていた。輝夜は戦慄するように目を見開いた。


「セイカちゃん……」

 輝夜の、小学二年生の秋の記憶が蘇った。輝夜と一学年下の網場あば星菓せいかは入学式で知り合い、昼休みや放課後に毎日遊んでいた。


 星菓は雲梯が苦手だった。小学二年生の輝夜にはその星菓の気持ちがわからず、面白半分で星菓を無理矢理雲梯の上に乗せ、端から端まで歩かせた。それを輝夜は笑って見ていた。雲梯から降りた星菓は何も言わず、その場を走り去った。それ以来星菓は輝夜の前に姿を現さなくなり、数ヶ月後になって、転校していたことを輝夜は知った。


「そうです。星菓です。あなたのいる学校が嫌になって転校した、網場星菓です。転校先はご存知ですか? ——唐津の、しお小学校です」

 汐小学校。運動会の日に通り魔がやって来て、合計二十人の児童や保護者が殺傷される事件があった学校だ。

「あのとき、私は六年生でした。両親が殺されて、私は一人で生きてきました」


「そんな……」

 輝夜は言葉を失った。動揺を隠せず、拳はほどかれていた。星菓が詰め寄る。

「あなたのせいで!」

 体の中央を蹴られ、輝夜は背中から倒れた。アスファルトの固さが全身に伝わる。

「ああっ!」


 星菓は更に二本のキックを輝夜に浴びせた。その顔は憎しみに満ちていた。

「いやぁ! ぁはあっ!」

「怪盗で生計を立てて、いつかあなたに会ったら絶対にこうするって決めてた!」

 道の端に輝夜を追いやり、星菓がポケットから何かを取り出した。折り畳みナイフだ。


「殺す」

 星菓が呟くのが輝夜にも聞こえた。襟首を掴まれた輝夜には、反撃する勇気も残っていなかった。

「やだぁ……許して……」

「あの日の私を、あなたはどんな気持ちで見ていたんですか?」

 二人とも息が上がっていた。


 急に、星菓が右を見た。行き止まりとは逆の、少し広い道路がある方だ。微かなパトカーのサイレン音が近づいているのを、星菓の耳が感知したのだ。舌打ちをしたあと、乱暴に輝夜を投げ捨てた。

「改めて予告状を出します。来ても来なくてもいいです」


 星菓が去ったあとも、輝夜はうつ伏せに倒れたままだった。軽く擦り傷や切り傷はあるが、重症は負っていない。立ち上がろうと思えばできる。そのはずなのに、輝夜は立てなかった。どこからか飛んできた蝶が、輝夜の顔の近くに舞い降りた。涙でアスファルトが濡れていた。

「星菓ちゃん……ごめんなさい……」

 輝夜の、賞金稼ぎとして初めての敗北だった。

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