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第17話 白蛇の神様

 とある平日の昼下がり。

 私は賽奈先生が運転するレンタカーに乗せて貰い、源さんに頼まれた古民家調査のため、田んぼや山などの長閑な風景が広がる村にいた。

 信号が全くないし、通り過ぎる車は軽トラがメイン。


 小学校も廃校にされ銀行などの金融機関もない限界集落で、隣の家までの距離が遠い。

 ちょっと回覧板を持っていくにもお隣まで離れているので大変そうだ。


「飲み物買って来てよかったですよね。コンビニやスーパーがないのは聞いていましたが、まさか自販機すら見当たらないなんて」

「昔はこんな感じだったのよ。でも、私からしてみればこの村の生活も充分発展しているように思えるわ。私が生まれた時は、井戸水だったのよ。今は電気も水道もある。移動だって車だわ」

「先生、本当においくつなんですか?」

「そうねぇ……千まで数えたけど、あとは忘れたわ」

「また先生の冗談が始まった」

 私が先生の話を聞き流していると、「あらー。上司にその態度泣いちゃうわ」という返事が。

 千歳って人間の寿命を越えているし。


 以前、ぼーっと見ていたテレビで年齢をカウントしないという女優さんがいたけど、千まで数えて他は数えないなんてあるはずがない。

 そもそも、千歳まで生きていたらニュースになって大々的に報道される。


「あっ、そうそう。紬ちゃん。源さんの古民家に行く前にちょっと立ち寄りたいところがあるんだけど、良いかしら? ちょっとご挨拶をしていきたいの」

「こっちにお知り合いでもいらっしゃるんですか?」

「いいえ。ちょっと神社に寄りたいの」

「神社ですか……?」

 私が首を傾げれば、先生は頷く。


「ほら、人の敷地に立ち入るならご挨拶は必要でしょ?」

「確かにそうですが」

 それと神社がまったく結びつかず。

 よくわからないが、賽奈先生には何か考えがあると思うので任せることに。


 車を五分ほど走らせると、神社の名前が書かれた駐車場に到着し、先生が車を止める。

 砂利が敷かれた駐車場は、車が三台くらいしか止められない場所だった。

 駐車場の傍には鳥居があり、奥には蝉が鳴く木々に囲まれた立派な拝殿が。


「蝉の鳴き声を聞くと余計暑くなりますよね」

「夏本番って感じだわ」

 車から出た私達は、木が作り上げてくれている影を通って拝殿へと足を進める。

 社務室と思われるものはなく、代わりに公民館があった。

 小さな神社なので社務室というようなものはなく、もしかしたら公民館と兼ねているか近くの民家に神主さん達が住んでいるのかもしれない。


「さぁ、手を洗ってお参りをしましょう」

 東京駅で購入したお土産袋を手にしている先生は、私を手水舎へと促す。

 私はハンカチを鞄から取り出し、置けそうな場所に置くと手を洗う。

 柄杓を使って水を汲んで手を洗えば、ひんやりとした冷たくて気持ちが良い。

 山の湧き水を引いているのだろうか。

 水道水と違って冷たく感じるけど、この気温なのでちょうど良い。


 ハンカチで手を拭くと、拝殿へと向かう。

 木造の拝殿は色合いが灰色になり、長い月日の経過を感じた。

 拝殿には日本酒の瓶や饅頭などが置かれ、地元の人に大切にされている様子が窺える。


「こちらに置かせて貰いましょう」

 先生は拝殿にお菓子を置くと、お参りを始めたので私も続く。


 ――無事問題が解決しますように。


 私は今回の古民家の件がよりよい方向に解決するようにお願いする。

 すると、急に背中を指で撫でられたかのような感覚に陥り、私は「ぬぉっ」という変な声を上げながら身を仰け反らせてしまう。


 子供のいたずらかと思い振り返れば、白い着物を着た女性が立っていた。

 年のころは二十歳くらい。

 色白というよりは白粉でも塗ったかのような肌を持ち、日の光に当てられて輝く長い髪の女性だ。

 髪はそのまま流され、地面にくっつきそう。


 全体的に白という印象を受ける彼女だが、瞳と唇は違う。

 真紅の筆で描いて塗りつぶしたかような瞳と、ぽってりとした桃色の唇。


 確実に人間ではない。しかも、私が今まで出会った事がないようなレベルで高貴な身分。まるで神様のように近づきにくい者――


「突然、お呼び立てして申し訳ありません。源さんの御実家の件でお邪魔することになりましたので、ご挨拶に伺いました」

 先生は女性の元に向かうと、にっこりと微笑んで告げる。


『童の件か』

 白い女性がしゃべっていると思うんだけれども、なんというか音として耳に届くというよりは映像みたいに脳に流れてくる。


「……童なんですか」

 先生は眉を下げて困惑気味な表情を浮かべた。


『わらわも力になりたかったが、説得出来なかった。あの家が気に入っていると言ってわらわの言う事を聞かぬ』

「家を残す方向に話を進めても誰か住まなければなりませんわ。居住者がいない家は段々傷んできますので」

『そうじゃ。選択肢は二つ。誰かに住んで貰うか、あやつが引っ越すか』

「そうですね……これから向かいますので、お話を聞いてみますわ」

『栄華を極めたこの村も今ではこんなに寂しくなってしもうた。時代が変われば問題も変わる。人間にしか出来ない問題解決もある。わらわ達に出来ることは限られてしまう。そなたもわらわも生きるには大変な時代になった』

「時代は変わっても根本的な事は変わりませんわ。私達は守るだけです」

 先生の言葉に対して、白い女性は目を極限まで見開くと口元を緩める。


『そうじゃのぅ。根本的な事は変わらない。この村の連中を好んでおる。村の連中はわらわの子供だ』

「では、さっそく源さんの元に向かいます。教えて下さってありがとうございました」

 先生は深々とお辞儀をすると、私の方へと顔を向けた。


「さぁ、行きましょう。紬ちゃん」

「え、あ、はい!」

 先生と白い女性の会話に夢中になっていて、私は無防備になっていた。

 そのため、突然先生に声を掛けられてしまい動揺してしまう。


 私は足を踏み出した先生の後を追うために女性の傍を通る。

 立ち止って深く腰を折って挨拶をすると、その脇を通り過ぎて参道へと向かう。


 先生の背を追いながら、私はあの女性の正体を考えた。

 もしかして、神様だったのかな。

 確実に人間ではないのはわかったけど……


「ん?」

 ぐるぐると彼女の正体を考えていると、ちょうど鳥居をもうすぐ潜るという時になんとなく茶色の板が視界に入った。

 立ち止ってみて見ると、神社の由緒などが書いてある制札だった。


 来る時は気づかなかったがせっかくなので読んでいくと、どうやらこの神社で奉られているのは土地神様らしい。

 昔々巨大な白い大蛇がこの村を襲って暴れていたけど、改心してこの村の守り神となったそうだ。

 時に白い着物の女性に化け、人々の病気を癒したりして回ったと書かれている。


 ――白蛇の神様だったのか。


 私が振り返れば、もう境内には誰もおらず。

 ただ、一陣の風が吹き抜け、ザザッと葉同士を擦れさせるだけだった。







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