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悪代官ちゃんの玩具箱 其の二

 《江戸時代 駿河国(するがのくに) 現在の静岡県》


 某悪代官の屋敷にて


 

 これまで私は幾人も斬ってきた。それは私の主君に仇なす逆賊だからという命を受けて。

 何人も、何人も、何人も。

 私が斬っているのは悪人だと信じ、主のため、世のためと。


 だが何てことは無い。私が斬ってきたのは、今日食う米すらも無い貧しき民。

 私の主へと税を軽くしてほしいと進言してきた者達だった。


 なんという間抜け。

 目が節穴にも程がある。

 私は守りたかった者を斬り、本当に斬りたかった者を守り続けてきたのだ。


 悪は私の主、そして……私自身だった。

 灯台下暗しとは良く言った物。

 私は主の足元で刀を振り回す狂犬でしかなかった。

 この街の民は皆知っている。私の主が……悪代官として名を馳せている事を。


 もう私に生きる資格など無い。

 主を斬って切腹するが私の、武士の道。

 女でありながら男として、侍として生きる事を選んだ……私の道。


 


 ※




「一体どうしたと言うのだ、一徹よ。まるで親の仇を見るかのような目では無いか」


 私は主の元へ直談判しに訪れていた。

 ここで主を斬る。当然私は捕まり打ち首だろう。だがその前に切腹する。

 

「……つまらん生き物よな、武士というのは」


 主は肩を揺らしながら笑い、晩酌を乱暴に床へとぶちまけた。

 この様子……もう既に私が悟った事を知っているようだ。


「それ、さっさと、その刀でこの首を狩り取ったらどうだ。それが武士名家に生まれた男の血という物だろう、一徹」


「……主よ。一つ、お答え頂きたい。実家に捨てられた私を拾い、芸者でも遊女でも無く、何故侍として生きる道を支持されたのですか。この道を行かねば……私はこのように悩む事も無かった」


 私の言葉に、主は膝を叩きながら高らかに笑った。

 今更、そんな事を聞きたいのかと。


「何故かと問うか。理由など無い……が、強いて言えばその目よ。親に捨てられ泥水を啜る童だったお前を拾った時、儂は今、この場を夢想した! この童はいつか儂の首を取りに来る。そう考えると心が躍って仕方なかった!」


 一体、何を言っているのだ。

 自らの首を取る存在を育てたと言うのか。


「それは重畳よ。この世はつまらん。いくら銭を得ようが、上手い酒を飲もうが、儂の心を満たす物はそうそうない。だがどうだ、自分の育てた童が、自分の首を狩り取りにくる! これほど心躍る事があろうか!」


「……貴方は……狂っているのか」


 思わずそう口に出てしまう。

 全く理解出来ない。一体、何がどうなれば……そんな事を夢想するようになるのだ。


「狂っておるのはこの時代よ。人の営みとは死の淵にこそある。その瞬間にこそ、人を人たらしめるのだ。さあ、一徹よ。遠慮はいらん。儂を楽しませておくれ」


 直後、襖が開き刀を携えた武士が幾人も出てくる。

 私を視界に入れると抜刀。その瞬間、私の体は勝手に動いた。





 ※





 気が付けば全員切り殺していた。

 外からは静かに興梠の鳴き声が聞こえてくる。


「……何故、何故私を拾ったのですか。あのまま見殺しにしてくれれば……こんな事には……」


 私など野垂れ死にしていれば良かったのだ。

 そうすれば、この体はここまで血に染まる事は無かったのに。


「……一徹……儂の……可愛い……一徹……」


「……主よ……」


 足元で腹から血を流しながら寝転がっている主。

 ゆっくりと私の袴を掴み、そのまま体を起こすと血まみれのまま座り直した。

 胡坐をかき、口から血を垂らしながら俯く主。


「さあ、夢にまで見た瞬間が……すぐそこに。見よ、一徹……目の前に無限に広がる桜並木が見えるぞ。お前はこの道を行くのだ。さあ、早う斬れ。お前の憎き悪が、ここにおるぞ」


 これは主からの最後の命令か。

 無限に広がる桜並木、憎き悪。

 

 私は悪を斬り続ける人生を歩み続けろと……主はそう仰っているのか。


「……主よ。この命、続くまで……私はその道を進み続けます」


 主を斬った。

 その首が胴から離れ、その表情は……満面の笑みだった。


 




 ※






 《時、場所ともに変わって悪代官ちゃんの屋敷!》


「ちっがーう! もっと腰を入れんか! そんなロボットゴリラみたいな花魁が何処の世界に居る!」


 先日、私のとこに殴り込みに来た義龍へと芸を仕込む私。

 元々ゴリラみたいな体形の男に特注の振袖を着せ、いかに可愛く踊るかを指南する。


 まあ、私は芸者の踊りなんてしたことないんだけども。


「はぁ、はぁ……も、もう堪忍しておくんなし……」


「ふむ。言葉使いはそれっぽくなってきたな。だがまだまだだ。何と言っても私は悪代官だからな!」


 ちなみに現在は真夏。

 このクソ暑い中、私はゴリラみたいな男と一室で踊りの稽古をしているわけだが……いい加減、こいつの体温と汗でサウナ状態になってきたな。


「はー……暑い暑い」


「じ、自分だけカキ氷食いながらビニールプールに入ってるくせに……」


「あ? なんか言ったか。そういえばお前……私に嫁になれとか言ってたな。どうだ? 嫁候補の水着姿は。興奮するか?」


「……まな板娘……」


 よぉーし! そんなに踊りたいか! なら仕方ない! 存分に踊らせてやるさぁ!




「であえー! であえであえー!」


 ん? なんか外が騒がしいな。

 この、であえコールは……。


「まさか、また命知らずな正義の味方か? おい、義龍、お前はそこで踊ってろ」


「た、戦いますぅー! 俺にも戦わせてくださいぃぃ! こんなん耐えれませぬ!」


 いや、今お前……振袖姿やん。

 そういう私も水着姿だが。まあいいか……どうせ曲者なんぞ数の暴力で瞬殺だ。


 私はパーカーを羽織い、であえコールの鳴り響く庭へと。

 ちなみに義龍はマジで振袖姿のまま、長刀を持ってくる。ちなみに顔も芸者っぽくおしろいをつけている。


 そして石庭に佇んでいる曲者は一見侍だが……なんだ、凄いボロボロだな。浪人か?

 まあ相手が誰であれ……私のセリフは決まっている。


「ええい! そこの曲者! ここを何処だと心得ておる!」


 浪人は顔を私に向けてくるが……なんか凄い生気を感じない。

 死体が刀を持って歩いてるみたいだ。


「……貴様が……悪代官か……」


 ん? 今何て言った?

 そんな小声でボソボソ言われても聞こえんぞ。


「……ふざけた格好をして……」


 今のは聞こえた!

 ふざけた格好だと! 私の水着姿なんてそうそう見れるものじゃないぞ!


「おい、悪代官ちゃん……何してたんだ? 何で水着?」


「義龍をしばいてたんだろ。クソ暑い密室で自分だけプールに入ってたみたい」


「相変わらずエゲツねえな……」


「つーか……まな板すぎない?」


 なんか手下どもから不埒な会話が。

 こいつら……全員あとで屋敷の周り百周させてやる……。


 そうこうしている内に、曲者浪人は既に抜刀していた。

 むむ、いつのまに抜いたんだ? 


「貴様! 我が屋敷で刀を抜くなど失礼千万! 皆の物! 切り捨てい!」


 その瞬間、私の配下は全員抜刀。

 ククク、また新たな手下が増えるな。というか……ホントに生きてる感じがしないな、コイツ。


 …………


 って、なんか皆固まってる。

 おい、どうした! なんで斬りかからない!


「楓! 何してんだ! さっさと行け!」


「…………悪代官様、この方……強いです」


 あ? そうは見えんが。

 というかこの数だぞ! 五十人は今揃ってるぞ! 五十対一で何を怖気づいてるんだ!


「……参る!」


 その時、振袖姿の義龍が斬りかかった!

 というか何か凄い絵だ! 振袖着た大男が長刀振るってなんか……


「ぐああぁぁ!」


 ぁ、義龍斬られた。あっさり。こいつまた負傷しやがった。


「ッチ、おい、楓、お前行け」


「……今の剣術、まさか……」


 あ? 何、お前あの人知ってんの?


「僕の家の……分家にあたる流派と良く似ています。でもあの家はもう……」


「ええい、埒があかん! お前等さっさとかかれ!」


 私の号令で手下共は一気に斬りかかる!

 しかし曲者浪人は凄まじい速さで刀を振るい、次々と私の手下を斬っていく。


「……なっ、えぇ?! すご……」


 まるで時代劇でも見ているかのようだ。

 悪代官の屋敷に現れた主人公、迫りくる敵を次々と……


 って、不味い不味い不味い! 私の配下が次々と斬られていく!


「っく……こうなったら……十六夜(いざよい)!」


 私の配下の中では恐らく最強であろう、隠し玉の十六夜。

 その名を呼ぶと同時に、屋根の上から水着姿で……ってー! お前何してたんだ!


「悪代官様には言われたくありません! 御免!」


 十六夜の強烈な一閃を受け、流石に後ずさりする曲者浪人。

 ちなみに十六夜は女の子だ。楓と同じくらいの歳だが、その天才的な剣術は上様の折り紙付き。つまりこの子は私がここに来てから、ずっと一緒に戦ってきた戦友。なので私の正体についても知っている。そんな解説を他所に、十六夜と曲者浪人は凄まじい剣圧で周りを圧倒する!


「あの十六夜さんと互角?! それにやっぱりあの剣術……双爪鷹静天流!」


 なにその適当に漢字並べました的な流派。

 楓は既に刀を降ろし、その戦いに見惚れている。

 

「おい、楓……凄いな、あの曲者浪人」


「ですね……十六夜さんとまともに打ち合ってるなんて……」


 だが流石に十六夜の方が一枚上手のようだ。

 十六夜の猛攻に、ついには膝を折る曲者浪人。


「はぁ……はぁ……悪……悪を……」


 なんだ、コイツの目。

 表情は死んでるのに目だけは……いや、というより本当に人間か? 獣か何かを見ているようだ。


「……十六夜、斬れ」


「あ、悪代官様?!」


 楓が驚くのも無理は無い。十六夜に斬れと命ずる時、それは……殺せという意味。

 あぁ! でも殺したら上様になんて報告すれば……!

 ど、どうしよう……やっぱり……


「参る……」


 だが既に時遅し。

 曲者浪人は最後の力を振り絞ってか、十六夜に勢いよく斬り込んでくる。

 しかし見え見えの袈裟懸だ。十六夜は軽くいなし、そのまま……曲者浪人の腹へと刀を突き立てた。


「……やっちまった……」


 今更後悔しても遅い。

 しかし十六夜が斬らなければ、私の部下の被害も甚大だ。

 既に斬られてる奴も居るんだ。早く医務室に……。


「はぁー……はぁー……まだ、悪……悪をぉ!」


 腹を刺されたというのに、曲者浪人は未だ十六夜に食い下がってくる。

 しかし十六夜は……自分が斬った所を思い切り蹴り上げた。


 うわっ、痛そう。


 そのまま痛みで失神したのか、倒れる曲者浪人。

 

「な、なんなんだ、コイツ……とりあえず救護班だ! 斬られた奴を急いで治療しろ!」





 ※





 その後、私は楓に心当たりを調べさせた。

 結果、曲者浪人の名は一徹。上様にマークされていた旗本の同心だった奴だ。

 しかしその旗本は既に死亡している。殺されたのだ。殺ったのは……勿論曲者浪人。


「で……その一徹はお前の親族なのか? 楓」


「……親族というか、昔野党に寝込みを襲われて家族皆殺しにされた……分家です。皆殺しと言いましたが、一人だけ生き残りが居るんです。野党に襲われる直前、勘当された娘です」


 勘当された? なんで……っていうか娘?


「はい、医務班によると……あの曲者浪人は女性だったようで……。勘当された理由は明らかになってませんが……恐らく女だったためです。今の時代……良くある話です。跡を継ぐのは男でなくてはならないと、女の子は捨てられたり遊郭に売られたり……」


 私の父親の爪の垢でも直接飲ませたいくらいだ。

 でもあの子、ナントカ流派を完璧に使いこなしてたやん。勘当されたわりには。


「これは推察ですが、あの家には長男も居た筈です。恐らく……稽古か何かで、その長男より妹の方が勝ってしまったのでは……と」


 つまり……それを無かった事にするために捨てられたって事か?


「あくまで推察ですが……。しかし我流が多少混じっていますが、あれ程とは……。恐らく剣の才能は長男ではなく、妹に全て受け継がれたんでしょう。正直、僕も指南して頂きたい程ですよ」


「ほむぅ。分かった。下がっていいぞ。あと無傷の連中に屋敷の周り百周してこいって言っといて」


「えぇ……はい……」


 楓を下がらせ、次に屋根裏に潜んでいる十六夜へと話しかける。

 上様の方はどうだった、と。


「十六夜、上様に報告は?」


「ハッ、先程、上様より使いの者が参りました」


 早っ! 話的にまだ一日も経ってないよね?!


「それによると、件の旗本は随分派手に私服を肥やしていたそうです。直談判に来た農民は……漏れなく殺されています。殺したのはあの曲者、一徹です」


「……で?」


「一徹はお尋ね者として手配されています。その間、追手を全て振り切り、各地の盗賊、悪徳商人、悪代官などを……殺害し続けていました」


 成程……それで私のところにも来たわけか。

 大した奴じゃないか。そういえば悪がどうとか……言ってたな。


「主である旗本を殺害した際、彼女は三十人の同心も斬っています。その中に生き残りが数人いたらしく……その物らの話によると、旗本は彼女を娯楽の一環として育てていたと……」


「あぁ……なんかだんだん見えてきた。たまに居るんだ、そういう変人が。アレはそうやって生まれたのか。才能を持って生まれても、哀れなもんだな」


「流石悪代官様。して、あの者の処分は……」


 処分? そんな物……決まってる。


「……私の玩具箱に加えてやろう。中々面白そうな奴だ。上様にはお尋ね者の手配を取り消すよう言っといてくれ。そうだな、死んだ事にでもしとけ」


「御意」






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