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この世はパラメーター  作者: ららりと
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こんな家……出てってやる!

 如月幸一、17歳、高校生。というのは少し前までのことである。今現在の俺は、ルーカス・フォン・ライオネルを名乗り、小さな領地を持つライオネル家の次男として日々を過ごしている。


――俺はどうやら異世界に転生したらしい。


 いつからと言われれば恐らく最初からなのだろうが。実際はよくわからないのが正直なところである。というのも、俺が前世の記憶を取り戻したのが10歳ごろのこと。まるで忘れかかっていた記憶がじわじわと染み出すように、脳内に浮かんできたのだ。

 それからは、人格ベースが如月幸一なのか、ルーカス君なのかはわからないが前世の記憶を取り戻してからは思考が前世寄りになった気はする。視点がひとつ増えたような感覚だ。多分、本命はルーカス君なのだろうが物事を考えるのに如月幸一も混ざっており、その割合も多いのだろうと俺は納得する。


 とにもかくにも。俺は別に、前世に未練があるわけでもなく。むしろこういう特殊なことには憧れすらあったわけで。俺はこれから多分、何の躊躇いもなく生きていくことだろう。人間は慣れる生き物なのである。


 ちなみに、この世界のことについてはルーカス君の知識がある。

 生活水準とか、冒険者とか、ライオネル家の食事が貧相だとか。色々と気になることもあるが、ひと際重要なのは『パラメーター』という要素だ。

 この世界では、体力、筋力、素早さなどがパラメーターとして数値化されている。これは人間のみならず、牛や豚などの家畜に、蚊のような虫にも適用されているようだ。

 パラメーターといえばまるでゲームのようだが、それは常に視覚化されているわけではない。網膜に映像が投射されてそれを見ることができる、などということもない。この世界でそれを確認するには実にアナログ的でオカルト的な行為が必要になる。

『紙写し』と呼ばれる方法だ。行為自体は非常に簡単で、かつての高名な魔法技師が開発したという特殊な用紙に自分の血を垂らすだけである。それだけで、各パラメーターの数値が紙に写し出される。

 俺の場合は、その数値が赤子の頃から比較的高かったというのが分かっている。生まれたときに赤子の紙写しをするのはこの世界の常識だが、俺の場合はその数値が非常識だったわけである。

 そこで俺はひとつの推測を立てた。端的に言えば、俺は前世の経験値を引き継いだのであろうと。それは、最初から。赤子のときからこの世界に転生してきたという根拠にもなるわけである。

『強くてニューゲーム』とまでは言わない。いや、言えないのだ。俺は初期値が"比較的高い"だけなのだから。ずる、とは思わない。何しろこれは俺の身体なのだから。精々、最初のアドバンテージを活かして生きていくのみである。


 そう。パラメーターは努力によって伸ばすことができる。レベルのような概念はなく。自己の研鑽と成果によって、熟練度として数値が加算されていく。しかし努力を怠ればそれは下降の一途を辿る。

 つまるところ、パラメーターというのは個人の能力を視覚的に表したに過ぎない。簡単なことだ。だが、この世界ではそれが何よりも重要視される。

 数値が高ければ能力ありと認められ。数値が低ければ能力なしと揶揄される。

 現実としては、数値が低いものも実力以上の力を発揮することもあるだろうし、数値が高いものが絶対に優秀であるとは限らないかもしれない。だが、実際に純然たる差があるのも確かなことである。

 一概には、言えない。しかし、そこに見て取れるものがあるのなら。人はそう判断せざるを得ないのだ。


 閑話休題。


 随分と話が長くなってしまったが、つまるところ。目下の悩みとして。俺には考えなければならないことがあるということである。

 端的に言えば、ライオネル家の次期当主は一体誰か、ということである。

 さらに言えば、『御家騒動』ということである。

 実に面倒な話ではあるが、兄は俺より劣るのだ。決して無能というわけではない。だが、ただ俺より数値が劣っているというだけの話。それを両親が、領民が望んでいるという話。

 そして俺は現在。現実逃避の為に、父の書斎に入り浸っているという話。


 かつてこの国。プロフィティアには『知の英雄』という賢者がいまして――。

 ……ふと俺は、こちらへ近寄ってくる足音を感じ、手に取った本を閉じた。


「ルーカス。俺と決闘しろ!」


 勢いよく開けられた扉からは俺の兄である、ルドガー・フォン・ライオネルが現れた。

 そして、俺に啖呵を切ったルドガーは、その勢いのまま白手袋を叩きつけて決闘を挑んでくるのであった。


 決闘とは、貴族界隈における有事の際のひとつの決定手段である。


『勝者には権利を。敗者には義務を』


 というように、勝者には敗者を従わせる権利があり、敗者にはそれに従う義務が生まれる。というものだ。

 であれば、この場合のルドガー君の言い分はこうだ。


『この家から出ていけ』


 至極、簡単な話である。

 そもそもの話としてだが。この世界では長子相続制度なるものがあるし、ルドガー君は別に俺に決闘を挑まなくても自動的にライオネル家の当主を引き継ぐのだ。それに加えて。家を継ぐ基本は長男と相場が決まっているが、特例もある。それが、この決闘である。ルドガー君からしてみれば、俺に決闘を挑む理由がないように思えるのだが。

 しかし、それはきっと違うのだろうと俺は勝手に憶測を立てる。

 彼にとってはこの状況が許せないのだろう。自分が余りにも期待されていないことに。むしろ、弟である俺にその期待がかかっていることに。決して口には出さないが、それを両親さえもが望んでいることに。

 だから彼は俺に決闘を挑んだ。自分の方が優秀だと示すために。

 至極、簡単な話では、ある。だが、俺は兄よりも優秀であるということを忘れてもらっては困る。


「兄よりも優秀な弟などこのライオネル家にはいない! ルーカス。それを今、証明してやろう」


「わかってます、兄さん。しかし、僕はきっと兄さんに勝ってしまいます。次期当主の座など僕には興味がないけれども、優秀な方が勝つ。至極、簡単な話だとは思いませんか?」


「言うな。確かにお前は優秀なんだろう。だが、俺も。いつまでもそれを甘受するばかりではないのだぞ。さぁ、剣を取れ。ルーカス」


「……」


 最早、語る言葉を持たず。俺たちはお互いに剣を構えた。周囲に集まる領民たちの騒がしさと、俺と兄とが作り出した静寂のフィールドとで一瞬の落差が生まれる。その瞬間、俺たちは互いに地を蹴った。迸る剣閃に。散る火花。負けられない戦いがそこにはあった。


――あくまで、兄にとってはだが。


 俺はいわゆる手を抜いた。足のもつれを装って、一瞬の隙を生み出す。それを見逃す兄でないことは俺が一番よく知っている。俺の隙に誘い込まれるように振るわれた剣が俺の頬を掠め、その切っ先が俺の喉元に突き立てられた。その瞬間。全ての喧騒は一斉に静まり返り、目の前の決着にただ、ごくりと固唾を呑んだ。

 そして兄は、一瞬だけ俺に微笑むと剣を掲げて勝利の宣誓を行った。


「勝ったのは、俺だ!」


 かくして、ルーカス・フォン・ライオネルは決闘に負け。ただのルーカス君になったのであった。


 ライオネル家の屋敷の一室。そこでは俺と兄とで、ほくそ笑んでいた。


「しかし、名前まで捨てることはないんじゃないか?」


「追放される以上は僕が貴族家の名前を持っていちゃダメでしょうに」


「追放しろといったのはお前だけどな」


 決闘騒ぎから一週間が過ぎ、あの決闘はいわゆる茶番であったということをここに宣言しよう。

 俺はこの家を出て自由に生き、兄は家を継いでこの貧乏領地を立て直す。つまるところは、利害の一致であった。

 基本的に長男は家を継ぎ、次男はその予備として家に住み、三男以降はどうぞご自由にというのがこの世界であるからして、兄にも言えることではあるが、次男として生まれた俺はある意味が運がなかった。それに加えて、地味に俺のパラメーターが高いのもそれを助長した。

 だからこその決闘騒ぎである。あの決闘にはちゃんと仲介人を通しているので正式なものであるし、その決定には両親でさえ逆らうことができない。そうして俺たちは、互いに欲するものを得たというわけである。


 そして、今日は出発の日。俺がこの家を出ていく日だ。この一週間で、身辺の整理をほぼ済ませ、最低限の旅支度を整えた。目下の行き先としては、近くの都市にでも行くつもりである。それからは各都市をひとつずつ回って観光し、違う国に行って同じことを繰り返す。そうやって俺だけの見聞録を作るつもりだ。


「もう行くのか?」


「陽も登ってきましから」


「そうか」


 兄も俺も、それ以上は何も言わなかった。

 俺は屋敷の階段を降り、玄関の扉に手を掛ける。俺が旅に出ることは両親は知らないが兄は知っている。俺は今までのことを思う。

 14年もの間。自分より優秀な弟が生まれた兄は一体どんな気持ちだったのかは、俺には分からない。だが、俺にとってルドガー・フォン・ライオネルはいい兄だった。少なくとも、俺の話を聞いてくれる理解者として兄はいい奴だった。


 そして俺は扉を開ける。

 その瞬間、地平線の彼方から走る陽光が俺のゆく道を照らした。


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