パステルブーケ
「何度も言わせるなよ。葵。俺はお前のこと好きになっちまったんだ。だから俺と付き合え。」
ホワイトクリスマスの夜。14歳の私に、初めての恋人が出来ました。
「はぁ~~っ。いいなーこんな恋が出来て!」
思わずそう呟いてしまった。今読んでいたのは私の大好きな小説の一つ純愛ロマンチック。女子中学生向けの恋愛小説で、中学生の冴えない主人公が偶然同じ委員会に入った俺様系男子に好かれて付き合うというお話だ。この小説が好きなのにはいくつか理由があるが、その中で一番をあげるとしたら主人公の少女の名前が私と同じ「葵」であるということに尽きるだろう。おかげで感情移入しやすく尚且つ現実味があって描写も繊細でハラハラドキドキな展開で……とにかく好きなのである。最近やっと近所の工事が終わって静かな読書時間が確保できたこともあって、つい夢中になって朝からずっと読んでいた。
「まぁ私には縁のない話か……」
教科書の散らかった薄暗い部屋で一人、私は嘆き呟いた。窓から外を見ると、雨が降っていた。
「葵~お昼ご飯できたわよ。おりていらっしゃい。」
「はーい」
私は愛読書を本棚に戻し二階の自室を出て、一回の食卓に向かった。
「いただきます。」
母と合掌をして昼食をとる。母はこの料理が難しかっただとか明日は週末だからどこかに行こうだとか楽しそうにしゃべり、私はそれにてきとうな相槌を打つ。この一か月はずっとこんな感じだ。きっと私を気遣ってくれているのだろう。平日の金曜日でありながら中学生の私が昼間から自宅にいるのは決して今日が祝日であったり学校が休みであるからではない。私は不登校なのだ。理由を問われると何と答えていいかわからないが、ゴールデンウィークが終わってかっらなんとなく学校へ行きたくなくなったのだ。最初は一日くらいという軽い気持ちで仮病を使って休んだ。もう一日くらいならと次の日も休んだ。そんなことを繰り返していたら、気づいたら学校へ通わなくなった。最初のほうこそイジメがあったのではないか、何かトラブルが学校であったのではないかと周囲から問われたが、そうではないとわかると周りから人は離れていった。両親の対応もバラバラで、厳格な父は中学三年生で高校入試が控えているのに理由もなく休むなどあってはならないと言い、今でも学校に行けとしつこく言ってくるのに対して、母は一人娘の不登校にも寛容だ。しかし学校という言葉こそ使わないが、出かけようと言ってくるあたりやはり母も自室に引きこもってばかりの私をどうにかしたいと思っているようだ。
「ごちそうさま」
私は食器をキッチンに運ぶと逃げるように部屋に戻り、読書の続きをしているうちに眠り込んだ。再び目を開けると夕日が窓から差し込んでいた。そういえばお昼に母が今日の夕方から久しぶりに雨が止むと言っていたことを思い出し窓を開ける。柔らかな日差しが部屋を照らし心を温めてくれる感じがした。
ピンポーン。
誰だろうこんな時に。今は珍しく家には葵一人しかおらず、母からは客人が来るとは聞いていなかったが、居留守を使うのもなんだか相手に失礼な気がしたから葵は階段を降りて玄関を開けた。
「こんにちは。葵さんですか」
「はい。そうですけど...失礼ですがどちら様ですか?」
私の目の前にいたのは、絵にかいたような美青年だった。サラサラした黒髪に、さわやかな笑顔。何かスポーツをやっているのだろう。部活の練習着越しから見ても程よく筋肉がついていることが良くわかる。カッコいい。それが私の彼への第一印象だった。
「ああ、自己紹介がまだだったね。はじめまして。僕はあなたと同じクラスになった渡辺蒼汰です。家が近所なので、担任の先生に頼まれてプリントを持ってきたんです」
そういうと渡辺君はプリントを差し出し、私はそれを受け取りながら礼を言った。
「それじゃあ僕はこの辺で。またね。」
「お、お気を付けて。」
突然現れた美青年はそれだけ言うと帰っていった。追いかけてもう少し話したかったが気づいた時には遅かった。
部屋に戻ると葵はベットにバタンと重力に抗うことなく倒れこんだ。何なんだあのイケメン!いつの間にあんな転校生が来たのだろう。そもそも近所で引っ越しなんかあっただろうか。クラスはどんな騒ぎになっていたのだろう。興奮と疑問が葵の心の中で炭酸飲料のシュワシュワのようにあふれてきた。しかし何よりも、
また...会いたいなぁ...
その気持ちに気づいた葵は、りんごのようになった自分の顔を枕に押し付け足をばたつかせた。
小説では何度も読んだ。友達との恋バナでも何度も聞いた。
これが、誰かを好きになるということなんだ。
梅雨明けの発表された六月の半ば。葵は初めての恋をした。
翌日の土曜日、昨日の興奮から一晩がたちある程度落ち着きを取り戻した葵は、まず彼とどうやって会おうか考えた。しかしあの時の会話を思いだせば答えは案外簡単に導き出された。そう。学校を休めば連絡物を届けに来てくれるのだ。それが分かると次の欲求がわいてきた。「お話がしたい!」そこで葵はとりあえずgoogreで検索してみた。「男子中学生話題」っと。
「共通の趣味」
「相手の好きなこと」
「質問する」
etc etc...
「って!私蒼汰君のこと何も知らないからどれも使えないじゃん!」
結局土日の大半を「蒼汰君とどうやって話そうか」について考えていたが、何もいい考えが浮かばないまま月曜日がやってきた。
月曜日...「プリント届けに来たよ」 「あ、うん」
火曜日...「プリント届けにきたよー」 「あ、はい」
水曜日...「プリントだよー」「あ、ありがとう」
ってだめだっ!!何も話せていないじゃないか葵!!気が付いたら平日も折り返し地点を過ぎていた。どうすればいいのかさっぱりわからず、積み重なったプリントの山をただただ眺めていたらいつの間にか夜になり目を閉じたら朝陽が昇っていた。
そして木曜日。
「それじゃあお母さん、ちょっと出かけることになったから午後お留守番お願いね。」
いつもなら自室にこもっている葵だが、今日は宅配便が来るとのことで一階にいるよう言われていた葵は暇つぶしにクッキーをつくっていた。生地をつくって型にはめて焼く。手順はシンプルであるがこれがまた面白い。小さい時から母とやっていたのでお手の物だ。今日はいつもよりうまく焼けた感じがしたので紅茶も入れて一人お茶会をしよう。うん。美味しい。
ピンポーン。
午後三時過ぎ。部活動が終わるのはまだ先なので宅配便だろう。
「今行きまーす」
葵が玄関の扉を開けるとそこには蒼汰君が立っていた。
「葵ちゃん。プリントのお届け物で~す」
いつもより明るい様子で現れたのはなんと蒼汰君だった。ヤバい。何がヤバいって、お菓子作りしたままの恰好。すなわち葵はエプロン姿のままだったのだ。しかもひよこの。恥ずかしい…
「きょ、今日は早いね。ありがとう。」
ダメだ。完全に混乱している。
「うん。なんでも顧問が今日用事があるとかで部活が無しになったんだ。ほら、担任の北川先生。」
「北川先生…あ、もしかして蒼汰君ってサッカー部なの?」
しまった。つい下の名前で呼んでしまった。なれなれしく思われたらどうしよう。
しかしそんな葵の心配は杞憂に終わり会話は続いていった。
「そうそう。小学校の時からやってたんだけどここの学校にもサッカー部があってよかったよ。ところで葵ちゃんは何か料理の真っ最中だった?」
気づかれた。いや気づかれて当然かだってエプロン姿なんだし。
「ひよこのエプロン可愛いね。」
やっぱりからかわれた。ああ…どうしてよりによって今日このエプロンを選んでしまったのだろう。三時間前の自分に平手を食らわせてやりたい。
「あ、ありがとう。ちょうど今クッキーが焼きあがったところなんだ。一緒に食べる?」
口に出してからハッとした。あれ、今自分なんて口にした??一緒に食べないかって言った!?まだろくに話もしていない相手に。しかも蒼汰君に。
「お、マジで。じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」
しかも蒼汰君話に乗っかっちゃたし。
「クッキー超美味いじゃん!!」
思いの他好評で、蒼汰君は美味しそうに頬張ってくれた。さすが男子、食べる勢いが速い。多めに作ってしまっていたが丁度よかった。
そのまま私と蒼汰君はいろいろ話した。彼がサッカー部でFWをやっていてもうすぐ大会が近いこと。クラスの誰と誰が付き合い始めたこと。そして彼が甘党だということ。つい一月ほど前にこの学校へやってきたばかりなのに、私なんかよりずっと詳しく話してくれた。
「そういえば来週からテスト週間だな」
「あれ、そうだったっけ」
「大丈夫かよ。俺こう見えても勉強けっこう得意だからわからないところあったら教えるからいつでも連絡してくれていいぜ。」
「あ、でも私蒼汰君の連絡先知らないや」
「少し待ってろ」
そういうと蒼汰君は荷物を置いたまま玄関から飛び出していった。そして5分も経たないうちに帰ってきた。
「ほら、スマホとってきたからライム交換しようぜ。」
「はぁ~~~~っ。緊張したぁぁぁ…」
結局私たちはあの後も1時間ほどしゃべっていた。もっとしゃべっていたかったが、部活の友達から自主練をする約束があったことを思い出し慌てて帰っていった。入れ替わりで宅配便が届き、クッキー作りの後片付けに追われていたら母も帰宅し、一緒に後かたずけ。母の表情がいつもより少し固かったのが気になったが、葵にとって今日の脳内一大ニュースは蒼汰君のことでいっぱいであったのは言うまでもない。その日の夜、明日は何を作ろうか考えていたらほとんど眠れず、翌朝にはひどいクマが残ってしまった。
寝不足ですと他人に強い主張をあたえるクマが残った顔で朝食をとりに一回に行くと、朝早いはずの父の姿があった。
「葵。ちょっとそこに座りなさい。」
「なぁに。お父さん」
母も現れた。
「葵。実はね。昨日お父さんとお母さんで北村先生と放課後話してきたの。」
私は尋ねる。
「それで北村先生はなんて言っていたの?」
母が答えた。
「保健室登校でもいいから、テストだけは受けたらどうだって言うの。なんでも中学三年生の内申点は高校受験に大きく響くらしいの。テストさえ受けてくれれば、ある程度の評価をもらえるように先生が何とかしてあげるからどうしてもテストだけは受けに来てくれって。」
「今晩までに決めておけ。」
父が話はこれで終わりだというように言い切って家族会議は中止となった。
昨日の天国かのような蒼汰君とのひと時の余韻に使っていた葵に急に突きつけられた現実。葵はそのまま堂々巡りを脳内で繰り返し、気が付いたら蒼汰君が来る時間になっていた。
「こんにちは~葵ちゃんにプリント届けに来ました。」
「蒼汰くんいつもありがとう。あのね…ちょっと相談なんだけど、今クラスってどんな感じ?」
「どういうこと?」
「えっと、あのね…」
葵は全てを話した。いつから学校に行けなくなったかということ。担任がテストは受けるように頼んできたこと。学校に行けない理由が見つからなくて困っているということも。
蒼汰くんは無関係だ。私と会ったこと自体が数回しかないのだから真面目に聞く必要もない。けれど彼は相槌をうちながら真摯に聞いてくれた。そして暗闇の中でもがいている私に一筋の光をくれた。
「無理にとは言わない。だって葵が決めることだから。だからこれは単なる俺の願望だから気にしないでくれていい。俺は葵と一緒に学校生活を過ごしたい。これが本音だ。」
結局私はテストを受けることにした。その決定の要となったのはやはり内申点である、決して私欲ではなうのだ。。。そう心のなかで何度も唱えた。気づいてしまったら一気に飲まれそうな何かから逃げるように。
テスト当日。久しぶりに行った学校はそんなに悪いところではなかった。今まで仲良くしてくれた女友達は私に普通に話しかけてくれたし、別のクラスの友達も教室にやって来てくれた。中には当然私に対して冷たい目を向ける人たちもいたけれど。でも今日一番嬉しかったのは、学校の蒼汰くんに出会えたことだ。
蒼汰くんはクラスの人気者で常に周りは囲まれていた。
「蒼汰~次の数学どれでるか分かるか?」
「カンニングでもしねーとわかんねーだろ」
「いーよなーお前は頭いいから余裕で。俺なんて平均点いかねーと内心ヤバいのに」
よし。勇気を持って話しかけよう!大丈夫。いつもお家で話してるんだもん!
「そ、蒼汰くn……」
「おーいお前らそろそろ席につけよー。あと、5分でテスト開始だ。」
あっ……
一瞬蒼汰くんと目があった気がしたけれど、皆自分の席に移動していたので仕方なく席についた。
「よし。テスト終了。お前ら筆記用具を置けよー。これ以上はカンニングにするぞー」
「あー終わった」
「後ろから集めろー。ついでに私語は慎めそこの男子ー」
「あーこれで全部終わったぁ。やっと部活行ける~」
「ああ。終わった。俺は色んな意味で終わったぜ。」
全てのテストが終了し、皆々が思い思いの感想を口々に述べある人は部活の準備を、ある人はこれから遊ぶ予定をワイワイと話している。
ヤバい。これってかなりヤバくない……?葵は独りかなり焦っていた。元々勉強は得意だった。クラスでも順位は上から数えた方がいつも早かったし、平均点を割ることは数学以外なかった。その数学でも平均点から2~3点低いくらいだった。しかし今日のテストは手応えが全くなかった。一応解答欄は埋めることが出来たけれど……
とにかくこれはヤバい!
結局私はテストの日以外に学校へ行くことはなかった。テスト最終日こそ、このまま学校に行こうと思うったりもしたけれど、やっぱり行かなかったし行けなかった。
そして今まで通り蒼汰くんが届け物をしてくれていた。テストを蒼汰くんから受け取って、少しだけ話した後、私は部屋にこもった。
パンパカパーン。私、葵による脳内緊急会議!さぁ、やって参りましたこの時間。正直この時間は来てほしくなかったけど、来た以上は話し合おう!司会の私葵と、特別ゲストとして蒼さんです。
葵:まずは今回のテスト結果ですね!順番に読み上げると…
蒼:あーーーちょっと待って!!観客の前で話さなくてもいいじゃない❗
葵:でもそうしないと話が進まないというか……
蒼:わ、わかったわかった。どうどう。じゃあ、各科目について一言お願いします。
蒼:え、えーっと。
国語 これはいつも通りでそこそこの出来だったかな。普段から本(恋愛小説)を読んでおいてよかったな。
英語 いつもよりは低かったけどそれでも平均点は越えてたし。
社会 山が当たったからよかったけど、外してたら……考えたくない……
ねぇ、葵ー残り2教科も発表しなきゃいけないの?
葵:餅の論ですよ蒼ちゃん!
蒼:はぁ~わかったわよ……
理科 全くわからなかったわ。記号がいくつか合ってたから良かったけど……内容はサッパリ…学年末や入手までになんとかしないと。
数学 オワタオワタオワタオワタオワタオワタですよね。オワt……バタン……
カンカンカンカ~ン
葵:おーっとここで蒼選手ノックアウト!自滅だぁぁぁぁぁあ!
これでは続行不可能!緊急会議終了!
「あーもうどうしたらいいっていうのよ‼」
ふと、スマホを見ると時刻は11時を過ぎていた。
どうしよう……どうしよう…………
~~蒼汰くんへ。数学が出来なさ過ぎて死にそうなんです。どうしましょう。~~
気づいたら私は蒼汰くんにメールをうっていた。
あああああああああしまった………ついやってしまった………
返信が怖くて私はすぐに布団に潜りこみ、そのまま眠りについた。
翌日の朝恐る恐るメールボックスを開くとOKと二つ返事が返ってきたのだった。
「葵~こっちだぞ~」
「あ、うん!」
夏休みに入り三年生に私たちとっては大切な夏がやってきた。
部活に打ち込む人、勉学に勤しむ人。私たちは今共に後者だった。ことの発端はテスト返却後に私から送ったメールだった。たまたま連絡先を交換していて、たまたまテストの点が低くて、たまたま連絡をとったら繋がって、、、
そんな偶然が重なって私たちは今、市立図書館にいる。
「で、どこがわからないんだ?」
「え、えーっと。教科書の……」
「とりあえずどれくらい出来るか知りたいからテストの結果見せてよ。」
「え、あ、あぁ~~。絶対?」
「うん。だって手っ取り早いし」
「わ、笑わないでね……」
そう言いながらテスト用紙を手渡すと、蒼汰くんはじっくり見てくれた。そしてこう言った。
「葵……お前ヤバいぞ………」
そこには笑ってこそいなかったが、別の強い表情。青ざめた彼の表情があった。
「葵。」
「は、はい!」
「地獄を見せてやる。今日はここまでにしよう。テスト用紙もらってくぞ。」
私は戦々恐々としながらその日は帰路についた。
その日の夜に蒼汰くんから送られてきたメールを見てゾッとした。そこにはびっしりと書かれたスケジュールの写真が添付されていた。
そしてその後の夏休みは蒼汰くんと二人きり。嬉しいはずなのに行きたくない。でも蒼汰くんに会いには行きたい。そんな辛くもあれば通いたくもある蒼汰くんによる特別授業が延々毎日と続いた。
夏休みのこの特別授業で蒼汰くんの意外な一面がわかった。意外と大雑把で、頑固で、何よりも自他共に厳しかったことだ。ストイックとでも言うべきなんだろうか。私にはただのドSに思えたのだが…。
そんな夏休みが終わり、休み明けの復習テストがあったが、蒼汰くんの授業のお陰で見違えるほど点数はよくなった。特に数学。中学校になって初めて平均点をゆうに越える点数をとれたのだ。あの文字通り地獄をくぐり抜けてよかったと思った。
秋に入ると最後の体育祭、文化祭と中学生最後のイベントが盛りだくさんだった。なんだかんだで休みつつではあるが私は学校に通っている。蒼汰くんとは相変わらず学校では話せなかったが。
「葵ちゃんはどこの高校行くか決めた?」
「あ、そうだった。」
「先生との面談もあるから決めておいた方がいいよ。」
家に帰りながら私はどこにしようか迷っていた。一、二年の内申点の貯金と、今の勉強のペースで復習を続けていればある程度の高校には行けそうだった。けれど私が気になった、気になってしまったのは……
「蒼汰くんはどこへ行くんだろう」
「俺は桜餅高校の特進クラス狙ってるよ。」
「うわぁああ!?」
「いや、そんなに驚くなよw」
「いや、だっていきなり後ろにいるんだもん。」
「こっちこそ。いきなり名前を呼ばれたから驚いたさ」
(そうだった~~っ!何うっかりしてんだ私!?)
「あ、ごゴメンね。でも桜餅の特進かぁ~。やっぱり蒼汰くんは凄いな~」
「それは受かってから言ってくれ。葵はどこなんだ?」
「それが…まだ決まってなくて……」
「うーん。こればっかりは自分で決めるしかないと思うぜ。後悔しないようにな」
「う、うん。ありがとう。」
「じゃあ俺はこの後用事あるから。じゃあな葵」
「うん。またね。」
「特進か~私の成績では試験で相当高い点数とらないといけないよな~」
どうしようか迷っていたが心は決まっていた。後は覚悟だけだ。
「よし。私も特進目指そう。それで一緒に同じ高校の門をくぐるんだ。」
桜餅高校は普通科のみの高校だが、ミッツのコースに別れている。一つは就職を目指すベーシックコース。二つ目が進学クラス。そして蒼汰くんが狙っているのが近隣で最上位の特進クラスだ。言うまでもないことだが、特進クラスはかなり難しい。そもそも2クラスしかないのだ。狭き門である。
でも葵には諦めきれなかった。(絶対に蒼汰くんと同じところへ行くんだ。
その時葵は覚悟を決めた。そして前を向いた。
毎日夜遅くまで勉強し、うとうとに必死に抵抗して授業を受けて、わからないところは先生に何度でも聞きに行った。夏休み前は学校にすら来ていなかった生徒が急にやる気を出したので、担任含め周りはとても驚いていた。けれど葵は気にも止めなかった。蒼汰くんと特進クラスに入る。ただそれだけの為に。まだせいぜい15年しか生きていない。けれど葵にとっては人生で一番頑張った期間だった。木々は紅葉し、散っていき、白くなり。あっという間に本番はやってきた。
本番当日。試験会場は桜餅高校だった。よく分からない順番に席が決められていたので知り合いは全く近くにいなかったが、気にしなかった。
(今日、証明してやるんだ。私が蒼汰くんをどれだけ好きでいるかを)
手応えはあった。後は祈るのみだった。
その後は、卒業式の練習に追われ、先生へのサプライズを生徒だけで決め、とにかくあっという間だった。
そして卒業式前日。高校入試の発表があった。
私は特進クラスに入れなかった。進学コースには入れたから、不登校を経験した人にとっては上出来と言えるだろう。
それでもやっぱり悔しかった。頑張りきれなかった自分が嫌になった。
蒼汰くんが特進クラスに落ちて一緒に進学クラスに…そう考える自分が一番嫌だった。
卒業式当日。後輩の作ってくれた花の形の飾りを胸につけ私たちは卒業した。泣いて抱き合うもの。アルバムに皆の寄せ書きを書いてもらうもの。
各々感動ムードに浸るなか、私はどうしても感情が卒業式に向けられなかった。
すると一部からこんな声が聞こえてきた。
ヒューヒュー!!お前らおめでとう!
最後の別れとあってか告白した人がいるのだろう。
「おいお前も行けよ。」
「いや、俺は…」
「え、お前特進クラスじゃないの!?なんで!?」
「そうだよ。部活やりたかったし」
蒼汰くんの声だった。私は思わず聞いてしまった。
「蒼汰くん特進クラスじゃないの!?」
「あ、ああ。そうだよ。」
「何でなの?」
その時急にクラスが白けたように静かになった。
「おい。ハッキリさせろよ。」
「わ、わかってるよ」
「ん?」
葵は首をかしげた。
「言っちまえよ!お前が特進クラスじゃなくてあえて進学クラス選んだホントの理由をよ!」
「あ、あのな。葵。」
「は、はい!」
目の前の蒼汰くんは今まで見たことのない表情だった。
「俺、桜餅の進学クラスにしたんだ。」
「う、うん。おめでとう」
「でもそれはな、部活の為もあるんだけど、別の理由があるんだ。」
「………」
「葵。お前と一緒がよかったんだ。よかったら付き合わないか?」
「う、うn……」
きゃああああああああああああああああ
わぁあああああああああああああああああああ
返事をしようと思ったらその話を聞いていた周りが叫び出してしまった。
だから口を閉じた。そして。
そっとキスをして答えた。
「私も蒼汰くんのこと好きだよ。喜んで。」
その瞬間、クラスの皆、いやそれだけでなく近くで会話を聞いていた皆が一斉に胸についたリボンを私たちの頭の上に投げた。
鮮やかで色とりどりのリボンが上空へ舞散り、まるでブーケが出来上がったかのようだった。
そして私たちはもう一度唇を重ねた。