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【井の中の井守】徳川料理人の事件簿  作者: 井の中の井守【N-Star】
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第46話 潜入、江戸城。



 徳川家綱直属の御膳医の暗殺。

 金衛門から与えられたそのミッションを、当初、楓は非常に簡単な仕事だと思っていた。

 自分の技量には自信があったし、なにしろ相手は町民上がり。

 そして明暦の大火以降の財政難によって、城内の警備には限界があると見ていたのだが、


「なんなの、これ……」


 されど、夜明け前に濠を泳いで城内に潜入した楓は愕然(がくぜん)とすることになる。

 何しろ城内には、徳川家に仕えている大量の伊賀忍びたちが結集しているのだから。


「10人とか20人とか、そんな程度じゃないわね……」


 簡単なミッションが一気に跳ね上がったことを認識し、楓は眉をひそめる。


 警護がひとりやふたりなら、見つかっても力押しでなんとかなる。

 しかし3人以上となればそうはいかない。

 見つかったが最後、生きて帰れる保証はなくなってしまう。


「でも、なんとかしないとね」


 逃げ出すわけにはいかない。

 任務を達成し、弟のために薬と報酬を得なければならないのだ。


(それに、逃げだしたところで金衛門様は絶対に追手を差し向けてくる……)


 そして捕まれば、姉弟そろって薬漬けにされるのがオチだ。

 楓はきっと、娼婦(しょうふ)として亀丸屋の息がかかった遊郭(ゆうかく)に押し込まれるだろう。

 いずれにせよ、魔薬中毒者がろくでもない結末を迎えることだけは確かだった。


「私は、そんなことにはならない」

 

 楓は気合を入れると、平次暗殺のための行動を開始する。

 まだまだ薄暗いなか、伊賀忍びたちの幾重にも重なる警戒網を素早く突破。

 三ノ丸から天神濠を泳ぎ、石垣を上って二ノ丸へ侵入を果たす。


 春とはいえ、まだ夜だ。

 気温は低く、非常に寒い。

 濡れたままではなおさらである。


 そこで楓は、服を現地調達することに決めた。

 二ノ丸の北多聞にいる忍びの背後に音もなく近付くと、紐で一気にその首を締め上げる。


「んぐっ、ん……んんっ……!?」


 抵抗されるが、楓は力を緩めない。

 そして気を失った忍びの身体を、楓は二ノ丸の建物の床下に引きずり込んだ。

 そこで彼の首をはね、衣類や装備をすべて回収していく。


(随分といいものを持っているわね)


 もしかすると、それなりに有力な伊賀忍びだったのではないだろうか。

 苦無(くない)をはじめとした装備品は、いずれもしっかりとしたものだ。

 糧食もあり、楓はこれもありがたく頂くことにする。


(ひとりでいたところを見ると、きっと仲間のなかでも腕の立つ男だって認識されていたんでしょうね)


 でも、ご愁傷さま。大丈夫、あなたの装備は無駄にはしないから。

 楓はそんなことを思いながら、ずぶ濡れの衣類を脱ぎ捨てて全裸になる。

 そしてまだ人肌で温かい、男物の着物をまとった。


 罪悪感はない。

 こんなことで罪の意識を覚えていたら、とてもではないがやっていけない。


 楓は伊賀忍びから奪った糧食のうち、様々な粉末を練り込んだ塩気の強い丸薬を口に放り込む。

 そしてころころと咥内で転がしながら、二ノ丸の床下を進んだ。


 幸いなことに、床上に伊賀忍びはいないらしい。

 頭上で複数の人の気配を感じるが、明らかに素人のものである。

 きっと城の侍女か何かなのだろう。


(でも、ここからが問題ね……)


 二ノ丸の軒下からどうやって本丸に潜入するのか、である。


(このまま進めば、本丸の塀と門がある。それをどうやって越えようかしら、忍びも厳重に警護しているだろうし)


 軒下は空気が良いとはお世辞にも言えない。

 土臭いし、何よりも空気がよどんでいる。湿気も多く、じめじめとしていた。

 されど楓にとっては、その悪環境こそが――慣れ親しみ、落ち着くことのできる条件である。


(存外、堂々としていた方が良いかもしれないわね)


 忍びの基本は隠密だが、必要に応じて表に出ることもある。

 たとえば、平次をおびき出す時に使った手がそれだ。

 楓は床下から這い出ると、堂々と、本丸へと続く汐見坂門へと進む。


「何者だ!」


 夜である。当然のように門番に見咎められ、同時に、門の上から痛いほど視線を感じた。

 それが伊賀忍びであることは明白。

 楓は門番に「失礼」と声をかけた後、門の上に大声で叫んだ。


「聞け! 北多聞にいた仲間がいない!!」

「なんだと?」


 明らかに困惑した声が聞こえる。

 そしてすぐに、誰何(すいか)の声が飛んできた。


「お前はどこの――」

「すぐに報告して欲しい!」


 楓は大声で、門上の忍びの声を打ち消すように言った。


「もし仮に襲撃ならば、大変なことになる! すぐに表の方々に報告せねば!」

「わかった! ならば貴様がここの警備にあたれ!」


 楓の熱意に押され、門の上から忍びが立ち去る。

 楓は門番たちにうなずいて見せると、門の上に登った。

 そして僅かな時間をそこで過ごしてから、門番に気付かれないように本丸の敷地内へと降り立つ。


(随分とずさんな警備ね)


 御膳所に辿り着き、その屋根裏に忍び込みながら楓はそんなことを思う。

 屋根裏の板を微妙に切り抜いて、内部を覗けるようにする。

 それから間取りと障害物の位置関係を確認し、襲撃計画を練った。


 料理人の朝は早い。

 じきに、その時が来るだろう。


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