助けて1話目
適当な作品です。無理に読む必要はありません。
「はい。終わりましたよ~」
おむつ交換を終えた僕は、やさしい口調でおじいさんに声をかける。相手を安心させる声かけは基本中の基本だからね。
「あんただれじゃ?」
おじいさんは、いつ来ても僕にそう確認するのがお約束になっている。
「はい。工藤俊哉です。よろしくお願いしますね」
いったい何度同じ質問に答えたのかはわからないけど、認知症のおじいさんにとって僕は初見の人なのだろう。いつもならこの後に、戦後の苦労話が続く……台湾からひきあげて九州を経由し大阪で……と。
「あんたら若いもんには、わからんじゃろが、わしが大東亜戦争に行って……」
お、今日は最初から始まるのか……毎日のように聞いていたからほとんど覚えてしまった。今日は、初めから話しだすようだな……たまに途中から話し出すこともあるからな。
「とってもご苦労されたんですね~」
まるで初めて聞いたかのように受け応える。おじいさんも満足顔で話しを進めていく。時折、相槌と視線を合わせきちんと聞いていますよと合図しながらおむつ交換の後始末を進める。この後、おじいさんの家族が用意した食事を温めて食べさせてあげれば今日の僕の役割は終了となる。
いつからだろう。将来の進路を考えるような年齢になったとき、周囲の人から「トシヤは、優しいから人の役に立つ仕事が向いているよ」と言われることが多く、その気になった僕は、迷わずこの仕事を選んだ。実際に務めてからも嫌な事はなかったし、誰かをサポートできる事を喜びにもできた。まあ、給料は安い、仕事はきつい、休みは少ないと3kとも4kともいえる生活になってしまったが、僕は後悔もしていない。
食事介助を終えて手際よく下膳し、薬を手渡して飲んでもらう。食べ終わった食器をさっと洗っていたときおじいさんから
「いつもすまんの~」
と声をかけられ涙がでそうになった。お邪魔するようになってからすでに1年が経つ今、不意にお礼を言われたことに気持ちが震える。どんなにきつい仕事でもこの一言で僕は最高の気分に浸れる……
「また、明日よろしくお願いします」
丁寧に挨拶し僕はおじいさんの家を出た。僕は、さっきの一言の余韻に浸りながら事業所に戻る。おじいさんの家は閑静な住宅街の中にあるため僕は最寄りの駅から徒歩で向かっていた。歩いて10分程度の駅に着こうかと言うとき突然の地震が僕を襲う。
激しい音と揺れる大地に立っていることもできず近くにあった電柱にしがみつく。数秒なのか十数秒なのかわからないくらい揺れが続きようやく地震が収まった。目を開けるとそこには、倒壊した建物やひび割れたアスファルトが目に入る。
僕は、その瞬間に駆けだした。おじいさんが……
地震のせいで倒れた電柱や放置された車で街は混乱の中にあった。僕は、そんな中を夢中で走った。やっとさっきお邪魔していたおじいさんの家の前までたどり着くとおじいさんの自宅は斜めに傾いていた。
「おじいさん大丈夫ですか?」
おじいさんは、事故にあってから歩くことができない。おまけに認知症にもなってしまっているからきっとさっき寝かせたベッドの上にいるはずだ。
僕は、靴もそのままにおじいさんの家に飛び込み、おじいさんの部屋へ向かう。おじいさんのベッドの上には、崩落した木材が斜めに覆いかぶさりベッドの上が見えない。
僕は、とにかく安否を確認するためベッドの傍の木材をよけながらおじいさんを探す。手が見え、足が見え……僕の気持ちは焦りと不安に満ちる。
「うう……」
おじいさんの声が僕の耳に届いたときどうしようもないくらい涙があふれる。まだ生きている……生きていてくれた。そこからは、無我夢中で上にのった木材をよけた。おじいさんをはさんでいた木材をよけ終わると僕はおじいさんをおぶるようにベッドを離れる。
「おーい。誰かいるか?無事かー?」
その時、外から男の人の声が聞こえた。
「は、はい。おじいさんがいます」
僕は、救いを求めて声を張り上げた。
「わかった。この建物は、かなり危ない。早く外へ出たほうがいい」
男の人の姿見えるところまでおじいさんを背負い出てきたが、倒壊寸前の柱とかがおじいさんを背負う僕の行く手を塞ぐ。
「す、すみません。おじいさんを背負って越えられそうにないのでそちら側から抱えてくれませんか?」
狭い廊下をふさぐ柱を越えるには、ほかに方法がない。声をかけた男の人も「わかった」と言って迎えに来てくれた。ありがたい……これでおじいさんもなんとかなる。
「せーのっ!」
掛け声を合わせおじいさんを迎えに来た男の人に移す。足がちょっとひっかかって手間どったが、何とか移し終える。僕もその後ろを追うように柱を乗り越えたとき
ギシ!ミシ!!
と嫌な音が聞こえた。
「は、はやく」
おじいさんを抱えた男が僕をせかすが、僕は、まだ柱を越える途中だった。ものすごい崩壊音が聞こえたとき、おじいさんを抱えた男の人が玄関を出るのが見えた。よかった……おじいさんが助かって……
僕の上には、大量の木材がのしかかり、僕の意識はなくなった。