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あの月が丸くなるまで  作者: 和泉 利依
硬いおにぎりと白い天井

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- 3 -

「もし、上坂が本気だったら、あんたどうする?」

 ポールからネットを外していると、冴子がぼそりと言った。

「ないって、そんなこと」

「あいつ、うまそうだし、初めてでも痛くないかもよ?」

「そういう問題? 私は、誰でもいいわけじゃないわよ」

 笑いながら、外れかけたネットをまとめるために歩き出した時だった。

「美希!!」

「え? ……きゃ!」

 冴子の切羽詰まった声が聞こえた瞬間、何かを踏んでしまってバランスを崩す。仰向けに倒れていく私の上に、太いポールが迫ってくるのがスローモーションのように目に入った。

 あー、私の持ってたネットに引っ張られちゃったんだー……


 あとで考えれば、そっちじゃなくて、まずは床に手をつけばよかったんだ。けれどその時の私は、目の前に迫ってくるそれを受け止めようと手を伸ばしてしまった。次の瞬間、後頭部に強い衝撃をうけて、そのあとのことは、憶えていない。


  ☆


 目を開けたら、世界が白かった。


「美希?」

 ぼんやりとした白い視界の中に、笑っていない上坂がいた。そんな表情の上坂は……ああ、そうだ。東京タワーで、見たことあるなあ。学校では見たことない。

 ということは、これあの時の夢なのかなあ。


「気がついた? 頭、痛くない?」

「……頭?」

「お前、思い切り頭打ったんだよ。それでそのまま気を失って……」

「お弁当……」

「は?」

「お弁当、食べてて……」

「美希?」

 不審そうな上坂の声が、ずいぶん遠くで聞こえる。

 ふわふわと……なんだか、みんな遠い。

「上坂が、ぐちゃぐちゃになったお弁当、食べたいって言ってくれて……」

「……うん」

「卵焼き美味しいって、言ってくれて……」

「うん」

「そんな風に褒められたのが、初めてで……」

「うん」

「……私、多分、嬉しかったの……」

「……うん」

 なんだか笑うのに失敗したような顔の上坂。きれいだなあ、なんてぼんやり考えていたら、その手が、私の額にそっと触れた。


 途端に、激しく頭が痛んで、反射的に身体を丸める。

「いたたたたたた!」

「美希?!」

 痛みで、はっきりと目が覚めた。


 顔をあげると、焦ったような顔の上坂が私を覗き込んでいる。

「俺のこと、わかるか?」

「あれ? 上坂? なんでここに……ここは?」

 私は、ベッドに寝ていた。匂いからして、私がいるのは多分、保健室。


「起きた?」

 カーテンを開けて、養護の丸山先生が顔を出した。声で丸山先生だ、ってことがわかったけど、ぼんやりと白い塊が見えるだけ。

 あ、私、めがねかけてない。

「せんせー、頭、痛いぃ……」

 うう、がんがんとひどく頭痛がする。


 あー……そうだ。

 バレーの片付けしてて、こけて……なんかあちこちに衝撃をうけて……あのまま、気絶しちゃったのか。

 だからだろう。私は、運動着のままベッドに寝ていた。


「バレーのボールに足を取られて転んで、後頭部をひどく打ち付けたのよ。一時的に失神してたみたいだけど、気分はどう?」

「痛いです」

「生きてる証拠ね。一応、これから病院に行って検査してもらうわ。起きられる?」

「病院……そんなにひどいんですか?」

「打ったのが頭だから、念のため調べてもらいましょう。今度から転ぶときは、まず頭をかばいなさい。おかげで鼻は大丈夫だったみたいだけど。あなた、ポールを抱きしめて倒れてたらしいわよ」

「私……受験、もうだめかも……」

「それを調べに行くんでしょ。起きる時は、無理しないようにゆっくりとね。眩暈がしたり吐き気がしたら、無理して動かないように」

「はい……」

「先生、俺も一緒に行っていい?」

 私が身体を起こすのを手伝ってくれながら、上坂が言った。めがねを渡してくれて、ようやくあたりがはっきりと見える。

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