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「バン」から始まる英雄譚!  作者: こじましようこ(裏)
第三歩:英雄が生まれた日
46/46

殿下

「なんだ?! この音は!」


 公館の中では大きな音で何かの異常を把握した兵士、や関係者が一同に慌て、そして事態の把握に乗り出している。何事かとファロンも公館1Fのロビーにてダイコ達を探している。

 そこへ顔を腫らしたダイコが二階から降りてくるのをファロンは発見するも、両の頬が赤く腫れている事を見て何か騒動に巻き込まれたのかと様子を伺う。


「いや、これは…」


 口ごもるダイコに同じくご機嫌がかなり斜めのメイシャ達が降りてくる。


「まさかダイコにのぞきをされるとは思わなかったよっ。」

「なに?」

「その、不可抗力というか…」


 事の顛末を再度丁寧に説明するも、メイシャはまだ怒っている。


「私のこの神々しいまでの裸をタダ見ってわけにはいかないからねっ!」


 どうやら無料でってのが引っかかってるご様子。神々しいって…


「とにかく、敵? の攻撃ってのは間違いないんだな?」


 のぞきはさりげなくスルーするファロンは話を先に進める。


「…敵かどうかはわかりませんが、何か爆発が起こったのは事実です。」


 歯切れの悪いダイコ。それもそのはず。まさか自分が当事者何て事は口が裂けても言えない話だ。


 庭園付近では続々と王国の兵士達も集まってきており、公館を中心に防衛態勢を敷いているようで、騒がしくなってきている。

 ちょうどその時王国側の官吏が、要人が集まる1Fのロビーへ来て恭しく礼をした後に本日の晩餐会は中止になったとの旨が告げられた。そりゃそうだろうなぁ。

 少しほっとした顔のフレイア。このどうでもいい晩餐会が潰れたのは良かったのかな。いや、一つ間違えれば大参事だった事を思い出し、反省する。


 魔法が使えた事は大収穫だったけれど、自分のような未熟な者が簡単に扱えるような代物ではなかった事も改めて理解し、やはり基礎から学ばなければダメだろうな… 少し落ち込むダイコ。ちょうどここは別名魔法都市っていうし、3日後の式典までの暇な時間に何か初心者向けの教材でも見つけに行こうかな。


 そして今度は我々の護衛を務めてくれているジナイケル騎士団騎士長である、ロイテック・ファシナウスが入ってきて、何やら王国の官吏と話をしている。お互いに短い会話の後に、官吏がダイコ達へ近づいてくる。


「皆様、申し訳ないのですがここでは不測の事態に対処が難しいとの判断を、王国側としては考えております。お手を煩わして大変申し訳ないのですが、ここからすぐにファルケン城まで移動をお願い申し上げます。」


 ファロンがこちらに顔をむける。即座に頷き。言葉を返す。


「わかりました。警護については全て王国側へ一任しております。取り計らい感謝しています。」


 すぐに移動の準備に入るダイコ達。荷物は後で持ってきてくれるとの事であった為、着の身着のまま公館で入り口に用意されていた馬車に乗り込む。

 周りにはどこから集まってきたのか分からない程に兵士が入り口回りを固めていた。馬車周りにも兵士が周りを厳重に護衛している。自分が原因の事だけに、とても気が重くなってくる。まさかこの騒動は自分です! なんて口が裂けても言えないこの状況に胃がキリキリと痛くなってくる。


 大勢の兵士が厳重に警護を固めながら馬車は動き始める。いつの間にか周りには蒼眼クランのみんなも警護に加わっている。そうして公館を出て、すぐそばにある湖の渡し場? みたいな場所へ到着した。船での移動かな? そう思った矢先に信じらないほどに、ありえない物を目撃してしまう。


 湖面に浮かぶファルケンまで一切の橋が架かっておらず、普通に考えれば船での移動だと誰しもが思う。渡し場所へ到着するや否や、お城の周りを展開している二つの円環状の帯がほつれ、一本の長い糸? 遠くからなので糸みたいに見える。先ほどまで円環だったものが一つになり、こちらへ伸びてくる。


 ありえない光景に一同窓から乗り出し釘付けになる。あんな大きな物がまるで意志を持ち、こちらへ伸びてくるのだから。


 近づくにつれて、それが一本の道である事に気付く。大きな音を立てて、渡し場所へ接続する。先ほどまで円環状だった二本の輪は一本の道となり、お城まで続いていた。


「どうやってこんな物作ったんだ…」


 馬車が進みだし、城へ向かいだす。

 これもファルケンが作り出した物なのか…? 想像以上に凄い人だったみたいだ。

 馬車が駆け足で進む。そこまで幅はない道というか橋は、警護の兵士で溢れかえっている。


 お城が近づいてくる。遠目でしか見なかったお城は近づくにつれて、大きさと、その威容が伝わってくる。宙に漂う濃い聖魔力が発光し、城を淡く照らし出す。城から漏れる光と相まって、それはとても幻想的な風景を醸し出していた。


 道はお城の入り口まで繋がっており、入り口付近には多くの兵士が待ち構えていた。

 程無く馬車は到着し、急いでお城の中へ入ることを促される。

 するとすぐ横にリーナが近づいてくる。


「ここまでくれば安全だよ。」


 そういってにっこりとほほ笑むリーナ。


「なんか…ほんとすいません…」


 なぜ謝られるのかよくわからないリーナ。いや、ほんとごめん。


 それぞれ割り当てられた自室へメイドと共に強制的に移動させられるダイコ達。

 その後すぐに官吏がやってきて詫びと明日以降の事を告げられる。

 とりあえず今日はここで休んで、明日以降王立学術院の要人達と会見する事になった。


 大きな部屋の横に設けられている附室にはメイドが常駐しているらしく、何かあったら遠慮なく備え付けられているベルを鳴らしてほしいと言われるも… これ鳴らすにも勇気いるな。庶民な自分には呼びつけるがなかなか難易度高いっての。


 色んな驚きがあった5日目はこうして終わり、みな夢の中へ旅立っていった。




 ―――――ファルケン城、とある一室にて。


 居間にあるソファーに山のように積まれている書物を、片っ端から読み漁る寝癖のついた男が興奮気味に語る。


「んで、さっきの結局わかったことはそれだけ?!」


「は、辺りを隈なく魔導部隊が調査しておりますが、残留魔力がまるでなく…」


「あれほどの魔法を行使して、残留魔力がないなんてありえないっしょ!」


「しかしながら殿下… 魔導部隊の報告では魔法では無いのではないのか? という見解のようですが。」


「属性龍が魔法行使もなく、自然に発生する確率なんて0に等しいっしょ! もっと丹念に探したのかい? 」


「目下探索継続中ではあります。」


「使えない奴らっしょ! 」




 たまたまだった。この殿下と呼ばれる男はエースランド王国の引きこもり王子、第三王位継承権を持つメルクス・エース・グランドルフは、今回の受賞で筆頭来賓としての出席をしており、この日もファルケン城にある王族専用室でいつもの魔導研究に没頭していた。


 本ばかり読んで少し気だるくなった頭をスッキリするべく、暗くなった空を眺め、もう夜か…と呟く。

 いつものように日時をまるで感じさせない生活を疑問に思ったことはない。むしろそういう生活が出来る、苦も無く出来るこの境遇を幸運と捉えていてさえあった。昔は全く逆の捉え方ではあったが。


 人がうらやむほどの地位「王族」は見た目だけ、名前だけだ。どれだけの義務がこの小太りの両肩に圧し掛かるのかは市民には想像は出来ない。権力の頂点とは力が集まる代わりに、希望という義務を一手に担いきるものこそが頂点に君臨出来る。

 王族の中で、さらに第三王位継承権を持つ王族の中でも高位の継承権を持つメルクスは、その義務に幾度となく押しつぶされてしまいそうだった。

 

 幼少の頃は常に「なぜ?」が頭の中に埋め尽くされる日々が続いた。人々の希望、果ては要望がこれでもかと押し寄せてくる。

 知恵の部分で人並みか、劣っていればそのような事も感じることはなかっただろう。だが残念ながら、人並みどころか知恵の部分にこれまでの王族・グランドルフ家の中で最高とも呼べる知恵を宿してしまっていた。

 更には感受性に富み、知の才能は一族最高とまで呼べるほどの力を宿したメルクスに、周囲は期待しないわけがなく、それは父親でもあり、現王族最高権力者である第21代エースランド王国ラルサル・エース・グランドルフ王も例外ではなかった。


 魔力も強く、魔法の才も恵まれ、王族初の賢者が誕生するのではないのか? 父親や周囲は当然期待する。

 それがさらなる義務を発生させ、幼少のメルクスに襲い掛かってくる。

 才はあっても、幼少のメルクスにはそれを受け止めるほどの器はなく、心の器は欠け、荒んでいくのであった。

 

 年を重ねるごとに人々との交流が少なくなり、いつしか王宮の自室から出なくなるようになる。

 人と会えば皆が期待を押し付けてくる、それがとてつもなくプレッシャーとなり、居ても立っても居られなくなるのだ。

 だったら人と会わなければいい。10歳の頃から引きこもり始め、今年で18歳。この8年間で外出をしたことは4回。毎年ある王国誕生祭…2年に一度の出席だが、その引きこもり王子が5回目となる外出としてこの授賞式を選んだ。

 当初は国の来賓として別の下位王族が出席する予定だった。だが今回の授賞式にあたり、決まった瞬間にすぐ出席すると一方的にメルクスが学術院側へ通告してきたのだ。


 そうして今、自室の窓際で空を眺めているメルクス。

 夜の空を見ながら興奮気味の自分を諫めるかのように湖へ目を落とす。

 

 「授賞式は3日後か… 明日入城するらしいからその時に捕まえるか。」


 まるっこい顔の小さい口が綻ぶ。

 居ても立っても居られないとはまさしくであり、興奮がなかなか収まらない。

 あの保存性理論の論文を見てから興奮が収まらないのだ。

 最後の特性である保存を解き明かした者と会えるその機会が訪れるのだ。

 落ち着かない気持ちを研究で抑えようとするも、保存性理論が頭から離れてくれない。

 城に来てから2日だが、どんどんと興奮は高まる一方である。

 

 少しだけ水面から波がざわつく音がしてくる。風が強いのであろうか。

 夜の湖はとても暗く、波が立っているかどうかわからない。この王族専用自室はお城の高い位置にある。

 そこから望む湖面は一面黒で覆われた地面のようではあるが、城から漏れる淡い光が時折点滅し、その瞬間だけ湖面がわずかだが見える。そのわずか一瞬に違和感を覚える。白波が見えたのだ。


 湖中央にざわめき立つ白波… 風の強い日であればいたって普通なのだろう。

 だが今日は日中通して天候もよく、風はほぼなかった。天気が荒れるのか…?

 そう思いふとバルコニーに出て周囲を確かめてみる。

 風はない。無風だ。

 

 通常は波が荒れ始めるときは上空の風も相応に強いものだ。ましてこの自室はお城の中でも独立された塔の最上階。

 地上と比べても風がいつも強いのだ。だからこそである。上空は穏やかなのに白波が立つ。この違和感に知的な好奇心が少しだけくすぐられたその時である。


 強い魔力を感じ取り、その方角に顔を向ける。

 城から遠く離れた場所に、空と湖に二つの龍を象った何かが見えた。

 見た瞬間に強烈な魔力を感じ取る。

 実はあまり感知は得意ではないメルクスだが、そんなこと関係ない程の魔力を二龍から感じ取る。

 全身から鳥肌が立ち始め、食い入るようにその現象を見ているメルクス。


 急上昇する風龍と距離を取る水龍。

 更に高まる魔力を感じ、それと同時に危機を感じる。

 

 「惹きあっている… これまずいっしょ…」


 あれは間違いなく属性龍だ。それも誰かが意図的に召喚している。

 なぜならこのファルケン城はこの一帯の魔力の流れを意図的に管理しているからだ。

 その管理下で属性龍を呼び起こす…これがどのくらいとんでもない事か。

 急激な好奇心の高まりを感じ、この場から離れるようにと本能が告げるその声を黙殺する。

 いまこの一瞬を見逃せば一生後悔する…それが命の危険をはらんでいたとしても。


 自分は王族だが、魔導学者でもある。王族以外に見出した自分の中の有り様に後ろなんてとても向けられない。

 その瞬間である。一瞬の加速の後にぶつかり合う属性龍達。

 すさまじき力の奔流と、光、音が辺りに駆け抜ける瞬間、その周りを水壁が取り囲み、半球体となって二龍を囲む。

 音と光がその半球体から放たれ、山間部まで抜けていく。

 

 周りには水煙が立ち込めている。ここからではそれが邪魔して伺い知ることができないでいた。

 すぐに自室のほうに数人の護衛がなだれ込んでくる。

 部屋に王子が居ない事に、半狂乱になりながら名前を叫ぶ。

 すぐに一人がバルコニーに駆け込み、メルクスを発見して更に騒ぎ立てる。

 

 騒々しいやつらだ… 内心そう思いつつ、すぐに命令を下す。


 「お、王子! ご無事でしたか…!! お姿が見えくてこのわ…」


 「うるさいっしょ。さっさと連れてきている魔導部隊を現地へ差し向けろ。」


 「え、いやですがまずはここの防備を固めるべきでは…」


 「ここを破ることができるとすれはそれは万の軍勢か、稀代の英雄位っしょ。さっさと差し向けろ!。」


 「は、はっ!」


 颯爽とバルコニーを駆け抜け出ていく兵士達。

 自室に戻り、椅子に深々と腰を掛け、目を瞑る。


 「属性龍は初めて見たな…」

 

 机の上に散乱してある書物をあさり始め、魔法学書をおもむろに開き始める。

 属性龍については専門でないため、聞きかじった知識位しか持ち合わせてはいない。

 自分の専門分野は魔法理論学のほうだからだ。

 

 「この状況下自然発生なんてのはやはりなさそうだな。」

 

 そもそも属性龍とは龍などを模した力の集合体である。龍と書いてはあるが、龍以外にも色々と姿が確認されている。

 発生のメカニズムとしては、大きな力の発生しやすい土地などで力が自然に溜まり、ある一定の条件の基に発現される。


 力がただ集まっただけでは属性龍になるわけもなく、それにはきっかけが必要であり、そのきっかけとして有名なのがエースランドの西にある龍の祭壇と呼ばれる地域が挙げられる。大昔、龍王と呼ばれる魔物が一帯を支配しており、土地にもその力がしみ込んでそれがきっかけとなり、今でも一帯には属性龍が常に発生しているという世界でも有数の危険地帯でもある。

 

 自然界ではそれほどまで発生が限られる現象であり、一般的には魔法として用いられる事がほとんどである。

 とはいえ、属性龍を魔法で発生させるにもそれ相応の準備が必要になる。

 きっかけとなるものを宿した媒体に、膨大な魔力、それを操る魔法使いとしての腕である。

 その三つが現在の状況ではほぼ不可能。ゲートでは似たような現象が罠としてあるらしいのだが、それほどまでに発現が難しい現象であるのだ。

 

 調べ物を終え、一息つく。

 

 「通常は一つの属性龍を召喚するのが精いっぱいの超高等魔法。っていうかこれ出来る奴なんて世界で5人もいないっしょ…」


 同時に二龍もか… 頭の中でどうやったら二龍が発現できるのか、ありとあらゆる状況を考えてみるも、一向に現実的なものはうかんでは来ない。


 ハードル高すぎっしょ… 一番簡単な状況はこのファルケンで、自然界に存在する魔力を100%コントロール出来てなおかつ二龍を触媒無しで発言できる魔呪師… いや魔導士クラスか…。もしかすると賢者? いやそもそも人がそんな事を出来るのか…


 ありえないっしょ… そんなバカげた都合のいい状況なんて一番ありえない。最初に捨てなければいけない考えをなぜか捨てきれない自分がそこにはあった。


 「運がいいだけでは説明できない何かが、すぐそこまで来ているような気が……するっしょ。」


 


―――――ファルケン城 早朝


 遠くから鈴… いや……ベル? 優しい音色が聞こえてくる。

 頭を少し動かすと花のいい匂いが鼻腔をくすぐってくる。嗅ぎなれない、とてもいい匂いだ。

 少しずつ目を開け始めると、見慣れない豪華な天蓋が視界に入ってくる。

 

 朝だ。いつもなら眠い目を無理やり開ける朝が、今日に限っては自然と目が覚める。

 信じられないほどのふかふかなベッドに、かかっているのがわからない、恐ろしい程に軽い掛け布団。

 体が浮いているのでは無いのかと錯覚するほどの寝心地の良さにただただ感嘆するばかりだ。

 どのくらい寝たのだろうか。道中は正直いい眠りとは言えなかった。


 ゆっくりと頭を起こし、周りを見渡す。ベッドから見える窓から朝日が差し込んでくる。

 

 「もう朝か。いやお昼…?」


 独り言をつぶやくダイコに、思いもよらぬ方向から声がかけられる。


 「いえ、今は6時を回ったところでございます。ダイコ様。」


 ひぇっ?! 声の発せられた方向を見ると、老齢の淑女がメイド服を着て立っていた。両手には白い手袋にハンドベルを持っている。もしかしてさっきの音はこの人が鳴らしていたのか。


 「お、おはようございます。え、えと… 」


 「マリアゼルとお呼びくださいませ。ダイコ様。」


 「マリア…ゼル…さん、おはようございます。」


 しゅっと伸びた背筋が、見ているこちらまで背筋を立たせてしまいそうだ。

 

 「も、もしかして起こしていただけたんでしょうか?」

 

 「はい、本日の起床時間は6時でしたので。」


 ハンドベルをケースに仕舞い、白の手袋も外し近寄ってくる。

 

 「朝食の準備は出来ております。お召し物をご用意しておりますので、まずはそれにお着換えください。」

 

 その言葉と同時に、マリアゼルの後方扉から二人の若いメイドが入室してくる。

 誘われるがままに起床し、二人のメイドに囲まれ隣の部屋まで連れていかれた。


 「こ、これは…」


 目の前にあるのは昨日まで着ていた自分の服ではなく、別の服が用意されていた。

 恐る恐る手に取り、確かめる。白のシャツは豪華に同色の刺繍が施され、生地は絹、それもかなりの上質のものだとわかる。

 上着は漆黒の黒と呼べるほどに深い黒。下も同様だ。わずかに光沢があり、明らかに高級品だとわかる。

  

 「これを着るのか…」


 「はい。お城にいるときのお召し物は全てこちらにてご用意致しております。さぁお着換えを始めましょう。」


 そう言い、寝間着をほどきにかかる。

 

 「え、いや、ちょっと…?! 」

 

 「ご安心くださいませ。」

 

 問答無用に寝間着を優しく剥ぎ取り、目の前にある服を着せにかかる。

 しかしその速さ、正確さはかなりの訓練を施してあるのか、あっという間に着替えが終了してしまう。

 着替え終わったタイミングで今度は大きな鏡のついた化粧台に連れていかれ、寝癖などを整えていく。

 こ、これが貴族の生活か…… 別世界に来ているのは間違いないな。

 みんなも今頃同じ状況なんだろうなぁ。

 

 起きてから10分ほどで終わり、隣にある休憩室に誘導され、ソファーに座るとすぐにコーシーが運ばれてきた。

 コーシーにはミルク、砂糖がついてない。


 「ありがとうございます。しかし、自分がブラック派って事を知っていたんですか??」


 「はい、ゲストの嗜好は全て把握しております。」


 普通のメイドじゃないとは一目でわかってたけど。超一流メイドか。そりゃファルケン城にいるくらいだからな。

 しかし… どこからこの情報を仕入れてきたのかが謎だ。何か怖いな。

 急に周りが敵だらけの感じがして、おもむろにコーシーを口にする。

 

 「お、美味しい…」


 「ありがとうございます。ネルガル産の最高級品種でございます。深煎りがお好みとお聞きしたので、そのように合わせております。」


 「あ、ありがとうございます。すごく… 美味しいです。」


 そんな事まで。だれがしゃべったかは検討がつくが… 同伴者にそこまでやるのか。

 この有りえない貴族の生活に理解を示した頃に、マリアゼルから本日の予定が告げられる。


 「ご朝食の後、午前中は会見の運びとなっております。フレイア様と共にまずは学術院の方々と時間が設けられております。」

 

 「うちら全員と会見ですか?」

 

 「いえ、ダイコ様とフレイア様だけでございます。付き添いの方々は本日城下をご見学されるご予定となっております。」


 「付き添いの方々? じゃあ自分もじゃないでしょうか?」

 

 老齢の淑女は少し目を大きく開き、少し口を綻ばせる。


 「何をご冗談を。午後は城下の学術院にてフレイア様のご講義を賜る予定となっております。それにご一緒して頂きます。」


 冗談? 釈然としないままメイドに促され、朝食会場へ移動する。

 朝食会場には長いテーブルの奥にフレイアが座っていた。

 フレイアもこちらを見て会釈をする。だが何か…違和感がある。遠くだからはっきりとは見えないけれど。

 対面の席に案内され、座ると目が点となってしまった。


 「フ、フレイア…… だよな??」

 

 「も、もちろんですよ! ……あ、あのやっぱり… 変ですか??」


 目の前に座っているフレイアはいつものフレイアではなかった。

 いつも毛先がはねて、ボサボサ、研究用の眼鏡をかけていたあの女っ気のないフレイアではなかった。

 

 オレンジ色の髪がいつも以上に艶やかで少し赤みがかっており、丹念に伸ばしたのであろうか… まとまったきれいな長くまっすぐな髪型に整えられていた。

 頬は少し赤みがかっている。化粧のけの字もなかったフレイアの顔は、綺麗に化粧が施されている。

 いつもカサカサで軟膏を塗りまくっていた唇が、たわわでぷるんとはじけそうな、たっぷりと水分を蓄えていそうなまるで収穫期を迎えた果実のようだ。


 「いや、変じゃないっていうか。別人のようだ。」


 「そ、そうですか?」


 もじもじしながら顔をうつむかせる。口を少しとんがらせるその仕草がやけに色気があり… ごくり。

 その時奥から給仕のメイドが料理を持ってくる。美味しそうな、いい匂いがたちまち部屋に充満する。

 

 「あ、まだファロンさん達が来てないようですが… 」

 

 フレイアが咄嗟にメイドに告げるも、メイドが首を横に振り一言添える。


 「主賓と伴は別でございます。」


 フレイアとびっくりするように見つめあう。目でえ? なに? どういうこと?? とお互い告げあう。

 憤然としないこの状況を押し流すかのような、目の前にある豪華料理にさらに目が点となる。

 っていうかこれ朝から食べるのか… 重たそうだ。

 何てことを考えつつも、お腹もすいているのでナイフとフォークを取り、口にしてみる。

 

 「なんだ… これは?!」

 

 「お、美味しい!!」


 「お口に合いうれしゅうございます。」


 次々と運び込まれる豪華料理を会話もせず、一心不乱に食べ始める二人。

 最後にデザートが運ばれてくる。これでもかと盛られた果物を口にして朝食は終了する。


 「貴族は毎日こんなもの食べているのか…」

 

 「サンドビッチの主食版って感じでしたね…」


 なかなかうまいこと言うなフレイアは。サンドビッチは簡易食だが、逆をいうとこれだけの豪華料理を僻地でも手軽に食べられるサンドビッチの凄さに改めて驚く。我ながら凄い発明なんだな。


 満腹になり重くなった体を立たせ、別部屋へ移動し、そこでしばしくつろいでいた。


 「今回は何から何まで驚きの連続だな、フレイア。」


 「えぇ。人生初めての経験で正直余裕ないです…」


 ソファーに座ってぐったりともたれかかっているフレイア。先ほどから気になっていたフレイアのドレス姿を対面から堪能する。

 晩餐会ではあまり見られなかったけれど、ほんとスタイル良いな。足は長いし、意外と胸もある。身長も自分と同じくらいあるからドレスが映える。

 よく見たら目鼻立ちハッキリしていて美人だもんな。化粧といいもん着ただけでこれだけ化けるとは… フレイア、なんて恐ろしい子………



 「フレイア、お前常にその恰好でいろよ。」

 

 「な、なにいっているんですか?!」


 「いつもの研究スタイルはひどすぎだなんだよ。」


 「こんな着飾るのはこれで最後です!」

 

 「……まぁいいや。帰ったらその辺、もう少し年頃の女の子並みに変えるようメイシャと相談するか。」


 「断固お断りですっ!」


 「もったいなんだよ。フレイア、せっかくそこまでスタイル良いんだからもう少し色気だしとけよ。」


 「研究に色気は必要ありませんっ!」


 たわいもない雑談をしているとドアからノックが鳴り、扉が開くと昨日いた王国官吏と護衛のロイテックが入室してきた。


 「おはようございます皆さま。昨日は大変失礼致しました。」


 昨日の件について謝辞を述べる官吏。その隣のロイテックが妙に落ち着きがない。

 目線をたどるとフレイアを見ている。なるほど。あのナイススタイルを見て落ち着きがないのか。

 胸が随分と開いているドレスにスリットから見える足から色気がほとばしっている。色気を振りまきすぎても問題かもな。後で上を何かはおらせてておくか。


 「これから学術院の方々と会見? でしたっけ。」


 「左様でございます。本日はガレフ・ランドルフ学長との会見が午前中に予定しております。」


 フレイアの背筋がピンッと伸びる。すごい人なのだろうとその姿で感じ取る。


 「まずは会見場まで移動致します。移動の際にはファシナウス騎士長が同行し、身辺の警護に付かせていただきます。」


 すっと前に歩み出て、お辞儀をするロイテック・ファシナウス騎士長。

 名前を呼ばれる前までフレイアに気を捕らわれたせいか、どこか気持ちにぎこちがない。

 

 「お二人の安全はジケイナル騎士団の名誉にかけてお守り申し上げます!」


 「よろしくお願い致します。ロイテック様。」


 ソファーから立ち上がり、同じように浅いお辞儀をするフレイア。

 急に立ち上がるものだから慌てて同じように立ってお辞儀をするダイコ。


 そのまま部屋を後にして会見場へ移動するダイコ達だが、会見場までの移動中にすれ違う人達に何度となく会釈を交わされる。

 フレイアはともかく自分まで凝視し注目されている。何かがおかしい。


 会見場の大きく重厚な扉の前には警護兵が立っていた。

 我々の姿を見るや、すぐに敬礼をし扉を開ける。


 促されて入室すると、中央のソファーに老齢の明らかに貴族と思われる方が座っていた。

 老齢の貴族がこちらに視線を向けた瞬間、電気のような何かが身体を突き抜けていく感覚に襲われた。

 前夜の失敗以降、探知は一切控えているのだが、そんな事をしなくてもわかるほどに強大な魔力を感じ取る。

 目と目が合うと、何か覗かれているような感覚に陥り、すぐに目線を背けてしまう。


 「ふむ。」


 そう一言発するとおもむろに立ち上がる老齢の貴族。

 官吏から対面にあるソファーへ促され、ソファーまで移動する。


 「ようこそ、はるばるこの山の中まで来られましたな。わしが学長のガレフじゃ。」


 前に進み出て手を差し伸べてくる。慌ててフレイアが手に取り握手を交わす。続けてダイコも交わし、着座を促され揃って座る。


 「この度は王立学術院魔導賞の受賞二人におめでとうと言っておこうかの。」


 「こ、こちらこそ私のような無名の徒である学士にこのような賞を授けていただくなんて夢のようです!」


 「私どもの商店の学士にこのような賞をお与えになり、一同改めてお礼申し上げます。」


 「よいよい。美辞麗句を聞くために会見を設けたのではない。改めてこの論文の話を本人から直接聞きたくてな。」


 二人は自分のわからない用語を繰り出して学術談議に花を咲かせている…… 正直ついていけん。

 1時間ほど話を交わした後、後方から扉の開く音がする。

 少し後ろを振り返ると小太りの青年が鼻息荒く近寄ってくる。

 なぜかロイテックは驚くも静止せず、元の位置に戻っていく。


 「そこのオレンジ色の君がフレイアっしょ!」


 「殿下。作法がなっていませんぞ。」


 殿下? まさかこの小太り…

 ガレフ学長の横にどかっと座りこちらを凝視する。


 「良い。そんなことはこの際後だ。それよりも先に議論を交わすとはずるいっしょ、ガレフ。」


 「殿下は明日の前夜祭に時間を取っているではありませんか。」


 「あ、あの殿下って……」

 

 鈍感なフレイアが恐る恐るガレフ学長に尋ねてみる。

 

 「あぁ紹介がまだだったな。私は第三王位継承者のメルクス・エース・グランドルフだ。それよりも…」


 その言葉にフレイアの顔が真っ青になりこれまでになく背筋がピンと張り出す。

 メルクスの手に抱えてあった紙束を机に置き、めくり始める。


 「それは私の保存性理論ですか?」


 「そう。色々と聞きたいことがあってね。」


 あぁ、この場に学術馬鹿がもう一人増えるとは……

 こちらの存在を無視するかのように、フレイアとガレフ学長、メルクス第三位王子は白熱した議論を展開していく。


 「……この結果から、前提の付加と癒の二元論についても修正を余儀なくされるかと思っております。」


 「たしかにこれでは矛盾してしまう。この部分は前から論争はあったからのぅ。実験による実証がそれを示しておる。」


 「基本論の見直しは必須っしょ。そうなると……」


 王子が合流して30分。白熱した議論はさらなる盛り上がりを見せているようだ。

 

 「すいません、トイレに行かせてください。」

 

 三人は完全に無視して議論を進めている。勝手に行けってことだなこりゃ。

 ひとまず中座し、部屋を出るダイコ。扉の警備兵にトイレの場所を聞くも結構離れている。

 すると呼び鈴を鳴らし、外に待機していたメイドと兵士が周りを囲むようにトイレへ誘導された。


 用を足し戻る途中、来るときは気付かなかった庭園が見える。そこにはたくさんの護衛兵が談笑しており、その輪の中に異彩を放つ一人の女性を発見する。リーナだ。

 何をしているのだろうと凝視すると、その視線に気付いたのかこちらに顔を向け目が合う。

 すると、手を振り大きな声で名前を叫んでくる。こちらも手を振り、庭園へ誘導してもらう。


 「あれ? もう城下に出る時間?」

 

 「いや、ちょっとトイレ休憩を。」


 いまも白熱の議論中の三人の話をリーナに話すと、周りの護衛兵も驚いた表情だがやはり… といった感じで納得している。


 「会見とは名ばかりの学術講義ってやつね。まさか殿下も混ざるとは思わなかったけど。」


 取り囲む護衛兵の一人が口を挟んでくる。


 「殿下は有名な魔法学者でもありますから。しかしあの引きこもり殿下がこの授賞式が決まった瞬間、真っ先に来ると名乗りあげるのもうなずけますね。」


 「魔法師業界では騒然とした論文ですからねぇ。今や時の人であるフレイア様との講義なんてうらやましいなぁ。」


 「でもあんなに若くて美人な人だとは思わなかったですよ。」


 周りの兵士たちが口々に声を上げていく。


 「ちょ、ちょっと。フレイアってそんなに有名なの??」


 「ダイコだけよ。この偉業の価値をよくわかっていない人は。」


 魔呪師と思われる女性の兵士がさらに声をかけてくる。


 「あなたが商人でありながら、今回の魔導賞を連名受賞されるダイコ様ですねっ! お目にかかれて光栄です。握手してください!!」


 「ん? いまなんて…? 」


 その言葉にリーナも驚きの表情で女性兵士を見る。


 「え、ダイコはフレイアの偉業に貢献した王国宝珠賞をもらうんじゃなかったの? 」


 え?! 俺そんな賞をもらう予定だったの?? それにもびっくりなんだけど。

 驚いた顔を見て あ、やべ… みたいな顔を見せるリーナ。黙っていたな…

 

 「正確には昨日の夕方なんですが、学術院から発布があって連名受賞に変更すると。」


 「お、おれ何もしてないけど……」


 「あの保霊箱の発明者ですよね? それが今回の論文に大きく関わったとの事で変更になったと聞いています。」


 「なんてことだ…」

 

 「お、おめでとう!」


 ジロリとリーナを見ると、目線を反らし吹けない口笛を吹き始める。


 「王国何とか賞の事はあとでじっくりと聞くとして、俺が魔導賞… いいのか?」


 「保霊箱はアイテムメーカー界でも1000年に一度の発明だと騒がれています。最新の保存理論を応用した見事なアイテムだと。」

 

 「あれ一見するとただの箱だからねぇ。それなのに保存特性をこれでもかと再現したアイテムだから。」


 「ファルケンでもこの前入荷したんですが、すぐに売り切れですよ。ダイコさん早く出荷お願いしますっ!」


 「なるべく早くみなさんのお手元に届けられるよう頑張ります…」


 「ダイコ、メイドが呼んでるよ?」


 メイドから早く戻るよう促されるダイコ。しぶしぶ庭園を離れ、あの三人の元に戻る。

 入ると議論もほぼ終わっており、お茶を三人で飲んでいた。


 「遅くなりました。すいません。」


 「気が付いたらダイコさんいなくてびっくりしました。」


 「君がダイコか。」


 今初めて気付き、まじまじとこちらを見るメルクス王子。まるで値踏みをするかのようだ。

 

 「君は魔法使いっしょ? そうっしょ?」


 何をいきなり聞いてくるんだこの王子! 慌てるそぶりを最小限にして答える。


 「い、いえ。魔法は使えません。」


 「ほんとかい? それなのにあの保霊箱を作ったのかい?」

 

 「それはこのフレイアの協力を得て完成に至ったものですから。」


 「ふーん。そうなのか。じゃあ君は天才だな。」


 「はい?」


 「そうだろ。それまで保存性理論が無い状況から作り上げたわけっしょ? それが完成して実証できたからこそこの保存性理論が完成したわけなんだから、天才以外ありえないっしょ。」


 「殿下。昨日ですが、今回の魔導賞は連名受賞に変更いたしてございます。」


 「え? ダイコさんもですか!」


 「それがいいっしょ。保霊箱はそれだけの価値あるし。宝珠賞なんてかび臭い賞じゃこの価値を愚弄するようなものっしょ。」


 話を遮るように官吏が入ってくる。


 「殿下、学長様。そろそろ会見の時間を終えていただきませんと…」


 「もうこんな時間か。楽しい時間はあっという間じゃのぅ。」


 「今日夜は二人なんか予定あるの?」


 「本日はこの後の講義後に来賓の方々との夕食会を予定されています。」


 「そんなものさっさと切り上げて議論の続きするよう変更しといてくれ。」


 「殿下…そんなご無理をおっしゃらないでください。」


 「うるさいっしょ。これは命令だ。夕食後二人を私の部屋に連れてくるっしょ。」


 官吏の顔が少し青ざめている。昨日からこの人は本当についてないな。


 「ガレフもお前もだが、もう一度学術院含めて徹底しとくように。今回の魔導賞が例年とはわけが違う。物が違うっしょ。」


 「御意でございます。殿下。」


 席を立ち、どかどかと足音を立てて部屋を出ていくメルクス王子。


 「改めてだがダイコ君おめでとう。こういうわけでな。昨日異例の発布をさせてもらった。」


 「いえ。光栄でございます。学長様。」


 「本当は夕食会の時にでも改めて話す予定だったのだがな。昨日は発布直後にあの騒動じゃ。まだ全体に告知はしきれてはおらん。」


 「昨夜の内に中央圏を含む、主だった国、機関にはすでに伝令を飛龍で差し向けております。明日にはほぼ知れ渡るでしょう。」

 

 「うむ。ご苦労。ではまた夕食時に会おう。」


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