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「バン」から始まる英雄譚!  作者: こじましようこ(裏)
第三歩:英雄が生まれた日
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覚醒1

まだ夜も明けきらぬ中、宿として泊まっている館の外から定番の音が聞こえてくる。もう朝か。ここ数日は妙に早く起きてしまう。見知らぬ地への初めての旅がそうさせているのかもしれない。


起きた瞬間にすぐに頭の中へ流れ込んでくる人の気配が、寝ぼけた頭にはすこしきつく、ダイレクトな情報が鋭く頭の中へ突き刺さってくる。

 まだ慣れない朝の起床経験に気を重く感じつつ、ベッドを出てすぐ脇に置いてある水差しのグラスを手に取り、一杯の水でカラカラに乾いた喉を潤す。


 ファロンもほぼ同時刻に起き、身支度を整え朝食を取りに向かう。

 階段を降りると既にメイシャ達は朝食をとっていた。

 開いている席にファロンと共に座り、今日が山越え最終日だな等とたわいもない話をしつつ、出発の準備をする。


 館の使用人達に礼を済ませ、馬車に乗りこみ予定通り、7時にファルケン出生地を立つ。


 昨日とはうって変わっての晴天に山々は太陽の光をさんさんに浴び、生命力に富んだ新緑を拝ませてくれる。視界は晴れ渡り、気温も徐々に上がっていき、風もほのかに暖かい。


 周りの気配は前日と変わらずべったりと張り付く監視者達。

 しかし監視者以外の異物は広範囲で探知しても、罠らしきものや魔物の存在も感じず、前日とはまるで違う状況に若干戸惑う。


 色々と周りを探ってみると、どうやら出生地含めたこの辺りは若干だが聖属性の魔力を感じ取る事が出来た。自然の流れではない。何か人為的な流れを感じる。その流れの元はどうやら都市ファルケンみたいだ。

 一種の魔物避けみたいなものだろうか。しかし広範囲でこれだけの効果ってのも俄かに信じられない。

 ファルケンについたら色々と調べてみよう。退屈しのぎにはなるかもしれない。


「出生地通過したから魔物とほぼ戦う事もなさそうね。」


 馬車に合わせて馬を常足で併走するリーナが、同じく併走するマルへ語りかける。


「魔物も急減っていうか、全く感知しなくなったしね。これがファルケンの聖域か。」


「ファルケンはこの世で一つの完全な形での聖物が保管されている場所だからね。並みの魔物じゃ近づく事も出来ないわよ。」


 馬車の引手の助手席で足を組みながら答えるヤン。


「今回はファルケン聖殿での授賞式でしょ? だったら初めて生で聖物を見れるチャンスね。」


 顔がすこしニヤけ顔のリーナ。


「リーナって聖物に興味あったの? 少し意外…」


「私は一応パラディン<聖騎士>なんだけど…」


「今回逃すと次回はいつ公開するかわからないからね。それにどうせ嫌でも見る事になるし。」


 そういってあくびをするヤン。


「でも何で今回聖殿で授賞式になったんだろ。これまでは王立学術院の講堂だったって聞くけど。」


「それは魔導学最後の課題と言われていた保存特性を解いたわけだし。これまでの発見で賞もらったレベルとは格が違い過ぎだしね。」


「学術院でも今回だけは新たな賞を作るべきではないのか? とか議論されたみたい。」


「そうなんだ。授賞式後も大変そうだね。」


「ギルドから常に護衛が依頼されるかも。」


「えっ?」


 二ヤつくリーナ。


「フレイアにだよ。団長顔に出過ぎ。」


 咳払いをし、顔を作り直すリーナ。


「その前に授賞式を無事終わらす事が出来ればいいけどねぇ。」


 リーナとマルの顔が引き締まる。


「そのために私たちがいるんだよ。絶対に何事もなく式を終わらせる。蒼眼にかけて。」


 手にとった手綱に力を込め、まるで言い聞かせるように言い放つリーナ。

 しかし、無事にとはかけ離れた授賞式が待ち構えていようとはこの時点で誰も知る由もなかった。



 ―――――――ファルケンから北に山一つ分離れた深い森の中にて。


 深く、日の差し込まない木々の生い茂った森の中で、地面に一際黒い影が佇んでいる。そこから手が生え、人間の頭らしき物が影から姿を現し、何かが這い出してくる。


「ふぅ…」


 這い出てきた何かが、一息つく。


「この呪法は便利なんだけど、体にきついなぁ。」


 黒髪に右目には黒い眼帯を装着し、黒で統一した装束を身に着け、明らかに男と思われる。自分の身体の無事を確かめるかのように、体を手で触り、確認する。

 すると不意に言葉を発する。


「そこにおったんか。」


 不意に投げ掛ける眼帯の男のすぐ近くに現る、新たな黒装束の人物が応える。


「あぁ。」


 黒い眼帯の男に近づく黒装束の男。


「途中ささやかなプレゼントが不着した以外は概ね予定通りだ。」


 へぇっといった顔で目線を黒装束の方へやる。


「あのプレゼントは気に入ってくれんやったか。結構自信作だったのに。」


 おどけてみせる眼帯の男。

 そこに黒装束の男が少しくすんだ羊皮紙を差し出す。


「予定通り、封印解放は授賞式の2時間前だ。そこからは3日後に封印を再度行う手筈になっている。」


 眼帯の男は羊皮紙を見ながら頷く。


「3日かぁ。予定よりは少しは多くなったのはそっちの手柄やなぁ。」


 羊皮紙を丸め、懐にしまう。


「こっちの準備はバッチリや。あとは起動するのみ。」


「こちらは起動が確認したら封鎖に周る。」


 眼帯の男は新たな巻物を懐から取り出し、呪法を発動させる。


「じゃあ、後はよろしくな。こっちは本陣でまっとるから。」


 地に出来た影が眼帯の男の足元に出来、急速に広がっていく。

 影がまるで伸びるように眼帯の男に纏わりつき、そして身体ごと影へ引きづり込まれていく。

 手を振り、影へ引きづり込まれ、消えた。


「こちらも最終準備に入るか。」


 そう黒装束の男は呟き、その場を立ち去る。

 立ち去った後には、前と何ら変わらない静寂がそこにはあった。



 ダイコ一向は早朝出発し既に日も真上に昇った頃、ファルケンへ向かう最後の山頂上付近に差し掛かっていた。山頂には展望台が設けられており、ファルケン出生地へ向かう人なのか、ファルケンへの旅人なのかはわからないが人が多く集まっており、展望台からファルケン一望できるその風景を各々が堪能していた。


「この辺りは山道が整備されているんですね。」


「これまでの山道とは違って、大きく切り開かれてるね。山頂が近いのかな。」


 そういって周りを見回すと、それまで挟むようにあった木々が無くなり、なだらかな丘陵が続いていた。

 馬車の天窓を開けて顔を出して周りを見渡してみる。

 左手には塔みたいな展望台が見えた。その入り口周りには、観光客らしき集団も見える。


「どうやら山頂に着いたようだな。」


 窓からフレイアやファロンも辺りを見回している。

 ここで休憩でもしていくと思いきや、素通りしていくダイコ一向。


「あれ、寄らないんだ?」


 その言葉を聞いた馬車の操車係が申し訳ないように口を開く。


「すいません。ここで休憩してしまうと夕方の晩さん会には間に合わないので…」


「晩さん会…そういや忘れていたな。」


 数日はこうした会の接待漬けに悩まされる事になるのか。

 またスピーチをしなくてはならない事に頭を悩ますダイコとフレイアであった。


 山頂を通り過ぎ、下りにさしかかると今までの木や、草木の風景から一変して眼下には、山間に築かれたファルケンの全貌がその姿を現す。


「おぉ…みんな見てみ!」


 そう言ってフレイアとファロンも天窓から順番に顔を出していく。


「ほぉぉ。これは凄いな!」


「湖の真ん中にお城が!!」


 眼前に姿を現したファルケンは一言でいうと、湖に浮かぶお城。これが最も適している表現かもしれない。

 山と山の間に形成されている大きな湖の周りに街があり、湖を取り囲むかのように壁がそびえ立っている。

 湖の中央にどうやってここから見てもわかる程に巨大な建造物が浮いていられるのか疑問だが、真っ白なお城が結構な高さを維持して浮かんでいる。


 よく見ると、お城の周りには何やら帯みたいな物が2つお城を取り囲んでいる。

 縦回転と横回転をしているようだ。中央街で見た船に積む羅針盤の周りを取り囲んでいる帯にそっくりだ。


 最初はお城が宙に浮いている事に気を取られていたが、お城の周りにはとても濃い魔力が漂っている。

 聖属性の魔力がお城にとても濃く留まっているといった方が適切か。

 周りを回転している帯が動くごとに緩やかにその聖属性の魔力がまるで波紋のように空間を伝播していく。

 キラキラと光りながら、緩やかに伝播していくその魔力がとても神秘的で、まるでこの世の物とは思えない位に思えるほど。


 前の馬車からもメイシャやリズが同じように景色を堪能している。

 するとこちらの馬車へリーナが騎乗したまま寄ってくる。


「何回見てもあのお城驚くよね。」


「ただただ、世界の常識に驚くばかりです。」


「私も何故城が浮いているのかはよく理解はしていないけど、なんとか石ってので浮いているらしいよ。」


「飛行魔石よ。」


 天窓のすぐ前、操車席からひょこっと顔を突き出しヤンが会話に入ってくる。


「そうそう、その魔石のおかげで浮いているのよ。うんうん。」


「何回教えてもその手の事覚えないのよねぇ。」


「なんかそういう機械的?みたいな事はあんまり興味ないっていうか…」


「飛行魔石っていうと魔石に飛行属性? ってあるのか知らないけど、そういう物を付加させたものなんだ?」


「飛行属性っていう属性はないんだけど、あなた達が解き明かした保存属性を利用したものらしいのよ。」


 狭い天窓からフレイアが顔を突き出してくる。


「ということは、飛行の魔法を効力ごと保存させているって事でしょうか?」


 目がキラキラと輝いているフレイア。そういえば魔法学者様だものな。日常を見ているとすぐ忘れてしまう。


「原理としてはそうだと思う。そもそも飛行魔石はかなりのレアだからほとんど研究が進んでいなくてよくわからないのよね。」


「あんなものを浮かす位だから相当なレア物だってのはわかるな。」


「でも今回の保存性理論がこの世に誕生したおかげで、随分と解明は進むと期待している人は多くいるわよ。私もその一人。」


「保霊箱の次は飛行魔石でも作ってみようか? フレイア。」


「えぇぇ! いや、今回の保存性理論ですら奇跡なのに、次は飛行魔石なんて…」


「保存ができるんだから意外と簡単じゃないのか?」


「この世に4個目の飛行魔石が誕生するのを期待しているわ。フレイア。」


 キラキラしていた目が輝きを失せ、顔が真っ青になり天窓から馬車内へ引っ込むフレイア。


「この世に3個しかないものなのか。そりゃ貴重だな。」


「3つの内、一つは予想されているだけだけど。」


 ヤンの話によると、残りの2個の内1個はエースランドに使用されることもなく保管されているとの事だった。

 飛行魔石を利用する事、すなわち力の引き出し方自体も謎に包まれているらしく、使い方がわかるまでは保管している状態だ。


 もう一つが、大魔導士ファルケンが作ったとされる空塔と呼ばれる物に使われているらしいと言う事だが、なぜ「らしい」のかというと、魔法をこの世で初めて体系化し、魔法式を作った大魔導士ファルケンが飛空魔石を作った人であり、そのファルケンが移動の手段として、空を自由に移動する空塔作り、空を駆けめぐったと古い文献に残されていた。

 主を失った空塔はいまだ漂い続けている説が有力で、そのため「らしい」と言う事であった。


「ファルケンが作ったものなんだ。古い文献には作り方残ってなかったんだ?」


「今のところは見つかっていないわね。世界をくまなく探せばあるのかもしれないけど。」


「それなら作り方考えたほうが建設的だね。」


 頭によぎるふとした疑問を頭の隅に押し込める。

 飛行魔石か。初めてお城を見た時の違和感はそれかもしれないな。

 聖属性の魔力に目を奪われるけれど、中心には厳重な結界が施されている場所がある事が感じられる。

 授与式はお城でやるみたいだし、近寄れば探知も可能かもしれない。

 上手く一目見るチャンスがあれば意外と作れるかもしれないな。


 一行は順調に最後の山を下り、日暮れ前には都市ファルケンの入り口に差し掛かっていた。


「遠くから見た感じだとそんなに大きくは感じなかった壁だが、近くで見るとこれまた高い壁だな。」


「中央街の壁と比べても変わらない程の大きさですね。」


 馬車の窓越しから見える壁は、上が見えない程に大きな壁が山裾まで続いているのが確認できる。


「結構壁には戦傷なんでしょうか? 至る所にありますね。」


「そりゃここは隣国のエントランドがすぐだからな。それに結構最近まで戦争あったしな。」


「エントランドとエースランドの戦争は40年前くらいでしたっけ?」


「あぁ。それ以外にも小競り合いは結構頻繁にあるって話はよく聞くな。」


 ファルケンの位置関係は南の我が中央圏と北のエースランドの少し中央圏寄りにあり、東のエントランドと国境が近い位置にある。だがここはかなり深い山間にある都市と言う事もあり、戦争があってもこの地形が天然の堅固な要塞になり、攻め落とすことは至難の業とも言えた。


 さらに通じる道も山道であるため、大部隊を派遣することも困難であった。

 ただ、場所的に山を抜けるとエントランドの重要都市に近い場所へ抜けることも可能であった為、戦争時では奇襲を警戒して、重要警戒地としても認識されていた。


 過去には大部隊を送り出し、城壁まで迫ったこともあったらしいが、今では3か所ある山道に複数の砦が設けてあり地域全体での要塞化が進んだ昨今では、戦争どころか紛争はなく、山を下りたエントランド側での紛争がちょくちょく起こる位であった。


「でかい戦争はここ数十年は無いが、小競り合いは国境付近でよくあるからな。そういうのが無いのは中央圏位なもので、その代わり魔物との小競り合いはしょっちゅうだけどな。」


「魔物と戦うか、人と戦うかですか。嫌な選択ですね。」


 ファロンと話している間に門での手続きが終わり、門を通過し街の区域に差し掛かるところだった。

 大きく整備された通りにはすでに日も落ちかけており、道沿いの街灯が灯し始めていた。

 門の近くにある店は中央街と同じように、雑貨や酒場、宿、冒険者用の装備品を扱う店が立ち並び、夜でも人の賑わいがあった。やはり魔導都市と言われるだけあって、魔呪師や学士、治療師と思われる者たちが多かった。


 人の賑わいと横目に馬車一団は進み、程無くして都市中央の湖に到着する。

 この辺りは王国の公館が立ち並び、今夜はここで宿泊兼恒例の晩餐会が開かれる事が予定されている。

 今回のゴールである都市ファルケン内公館に到着し、なんとなく周りの緊張が解けている雰囲気が感じられる。


 馬車から降りると、既に日は落ち夜になっていた。目の前の公館はたぶん白基調のきれいな3階建ての館で、よく行き届いた植栽がきれいに立ち並んでいる。

 中央街の国境で泊まった館よりも明らかにグレードが違う、荘厳な作りに一同思いがけずため息が零れ落ちていく。

 初めて見る景色の中ではっきりとわかることは、メイシャのテンションだけが高いと言う事だけか。


「ふぃぃぃぃ! 扉の両隣に大きな犬がにらんでますぅぅぅ。」


 大きな彫刻にビビっているリズを軽く無視していると、ダイコ一行に武装した兵士の集団が近づいてくる。


「長旅ご苦労様でした。」


 そう言って丁重なお辞儀をし、ダイコ達の前に立つこの青年騎士が続けて自己紹介を始める。


「私は、今回のファルケン内にて警護の任についておりますエースランド王国、ジナイケル騎士団の騎士長を務めています、ロイテック・ファシナウスと申します。」


 右手を胸にかざすロイテック。これは騎士の礼である事を後で知る事になる。

 この騎士長ロイテックは綺麗な黒髪短髪の容姿端麗な長身青年で、正直妬ましい程のイケメンだ。

 身なりから相当の上の人間だと言う事はわかる。まだ20歳になっているのかどうか怪しいが、溢れ出る魔力と混ざるオーラの質と量からかなりの実力である事を容易に察する。周りの兵士もかなり鍛えられていることが一目でわかるが、この青年だけは段違いだ。

 格で言えば蒼眼クランのリーナ達に近いかもしれない。


「そちらの方が…フレイア様ですね。この度は受賞おめでとうございます。」


 うやうやしい礼にどう反応していいかわからず、あたふたしているフレイア。ちょっとかわいい。


「い、いえ、そ、その、あ、あの… 今回はそ、その…」


「こちらこそ、今回はうちのフレイアを世界的名誉である魔導賞に選んで頂きありがとうございます。」


 助け舟を出すダイコ。

 騎士長ロイテックはこちらをちらりと見て、もう一度見返す。


「あなたはあのダイコさんですね。保霊箱という世界の大発明をなさった今話題の商人様とお会いできて光栄です。」


「そのように持ち上げられてしまうとどういう顔をしていいのかわかりませんが…」


 苦笑いをするダイコを押しのけるかのようにメイシャが勝手に自己紹介を始める。


「私があのダイコ商会の看板娘のメイシャ、18歳です!」


 上目使いのメイシャに明らかに引いているロイテック。

 外交問題になる前に間に入って、公館の中に入るダイコ達。

 後ろから獲物を見定める目つきのメイシャにファロンがため息をつく。


 貴賓室にて今後のスケジュールを告げられ、晩餐会までに服装変更と、女性陣は化粧のため別れることになった。男性陣は衣装変更位でやることもなく、特にダイコは公館内をぶらぶらとしていた。


 公館内の中庭にあるベンチに腰を掛けて周りを見回すダイコ。

 手前側に庭園が設けられ、その向こう側には湖と明るく照らし出されるお城が見えていた。

 暇だな…そうぼやきつつ、懐中時計を取り出してみるも後小一時間ほどある。

 時折湖から抜ける風が生ぬるく、体を優しく通り抜ける風はやわらかで暖かな時期であることを自覚させる。


 湖に目を向けると、湖の中に魔力の流れを感じる。

 お城から出る聖属性の魔力ではなく、水属性の魔力が感じられる。

 もちろん水の中にも混ざるように聖属性の魔力が感じるのだが、この土地、水が持つ属性を感じているようだ。


 たった数日で驚くほどに感知能力が上昇していることに、手ごたえを感じつつ辺りの魔力の流れと自分の魔力を繋げ、感知を拡大させる。


 目を瞑る。

 自分の中の世界に静寂が訪れ、世界とシンクロし始める。

 目を開け、周りを見渡す。魔力の流れがハッキリとこの目で捉える。

 おもむろに手を前へ差し出し、風を横へ凪ぐように手をゆっくりと動かす。

 すると、自分の意志通りに風が動き始める。

 面白いように自分の意志を感じ取り、右へ左へ、上昇したりと、風の一群が自分の意のままに通り抜けていく。


 風を自分の周りに纏わせると身体が浮き上がる感覚が伝わる。

 飛べるな… 少しづつ風を強く纏わせていく。

 すると自分の背丈分程浮き上がり、その場をふわふわと漂わせていく。


「ははっ。魔法って簡単じゃないか。」


 そう独り言を吐き、湖の上へ滑るように滑空していく。

 湖面に着くか着かないかぎりぎりの所でとどまり、更に世界とシンクロさせていく。

 足元の湖面に魔力の流れを捉える。


 手を上へかざすと、水面から水柱が上がる。複数の水柱を立ち昇らせる。

 形を変えてみるか。……山で遠目から見たワイバーンをイメージすると水柱が龍の形になる。

 イメージが微妙なのか、少し不細工な龍が8つ目の前に水柱として佇む。


 もう少しカッコいい龍作るためにはイメージの練習しないと難しいな。

 今後の課題として置いておくとして、もう一つ風の龍を作ってみよう。

 目を少し瞑り、龍を具現化させていく。

 風が魔力を帯び、見えない風が徐々に色を帯び、形を表していく。


 その時であった。不意に周りから一斉にこちらへ向けて探ろうとする動きが複数から感じられた。

 町の外に監視者がいるから距離的に安全かと思ったが、町の中にも感知能力者がいる事を失念していた。

 慌てて霧散させようとするが、既にかなりの魔力を込めていたらしく、急に荒れ狂い8つの水柱が合わさり大きな水龍を形作る。それに呼応するかのように鮮やかな色を帯びた風龍が姿を現し、相対する格好となる。


 急いで庭園に戻り、鎮めようとするも調子に乗って込めた魔力はとんでもない量を溜め込んでいたらしく…

 館程の大きさのある水龍と風龍が形成され、力が引き合うように激突するのは目に見えていた。


 この光景は公館からはもちろん、お城、果ては近隣の市街地からも容易に見えるほど輝き、そして異彩を放っていた。

 人々が湖から放たれる光に気付き、そして目の前の光景ににただただ、驚き、何事かと兵士は騒ぐ。

 もちろん同じく公館で休んでいた蒼眼クラン一同も。


 庭園になだれ込んできたのはロイテックとその近衛兵達。

 目の前の光景にあっけに取られているようだ。

 なだれ込んできたと同時に風を纏わせ、一気に上空へ上昇し屋根のバルコニーへ移動するダイコ。

 バルコニーの縁へ隠れるようにして状況を伺う。

 後を追うように蒼眼クラン一同もなだれ込んでくる。


「な、なんだ…これは… 水龍と…風龍…??」


 ロイテックが呆然としている。生まれて初めて見る光景にただただ立ち尽くしている。

 後ろの近衛兵は言葉すら発せられない。

 すぐ後ろになだれ込んできた蒼眼クラン員も同様で、呆気に取られている。


「信じられない… 属性龍が…それも水と風が同時に…」


「誰が呼び出したの??」


 ロイテックがハッとした顔で振り返る。


「あれが属性龍なのですか??」


「あんな魔力を帯びて形成されるものなんて属性龍以外にありえないでしょ!」


「やばいぞ。とんでもない量の魔力を溜め込んでいる。あんなのが暴れたりしたらこの辺りなんて簡単に消し飛ぶぞ。」


「大物だな。俺が叩き切ってやる。」


 グイっと進みだすガランをみんなで止めにかかる。


「アホか! そんなことしたら暴走してこの辺り消し飛ぶぞ!!」


 全員で羽交い絞めにされているガランが苦痛で顔をゆがめつつ、指を指す。


「おい。あれもう暴走してるんじゃねぇか?」


 全員が湖面に展開している属性龍を見る。

 引き合う水龍と風龍は徐々に速度を上げ、接近している。

 その場にいた全員が青い顔をしている。


 ペイロットとマルが魔法障壁を周囲に展開し始める。

 が、遅い。展開までの時間が足りない。二人は何とか簡易の魔法障壁を練り上げるも、この爆発には耐えられない事を感じ、悟る。


 その瞬間、距離を取った二龍が加速し、惹かれるようにぶつかり合う。

 ありえない程の衝撃破が発生し、音が遅れて着いてくる。

 その時であった。


 湖面から水壁が衝撃破の前に立ちふさがるように発生し、激突した属性龍ごと球体となって包み込んでいく。

 そして鈍い音と、水壁から漏れる激しい光が辺りを激しく照らし出す。


 光と音が過ぎ去った後には、水蒸気が霧のように発生し、辺りを煙に巻いていく。

 庭園に集う一同はただ言葉もなく立ち尽くしている。


「な、なにが起こったの?」


 リーナが呟く。それに合わせマルが呟く。


「誰が水壁を…? ペイロット? あなた高位水属性魔法なんて使えたの?」


 すぐに現実へ戻ってきたペイロットが慌てて否定する。


「いや、僕じゃない。そもそも水属性は適正ないから使えない。それに使えたとしても、あんな短時間であの水壁は発動なんて無理だ。」


 慌てる一同を上から見渡すダイコがホッとした顔でうなだれる。

 あぶねぇ…ギリギリ間に合ったけど、まさかこんな事になるなんて。


 そう、あの瞬間少しでも衝撃波を遮ろうと湖面の水を使い、水壁を作ったのはダイコであった。

 初めて作る水壁がうまくいって本当に良かった…。


 今の段階では気付かれてないみたいだし、早々に立ち去らなければ。

 バルコニーから部屋に戻ろうとし、窓まで近づくとそこには衣装合わせのため下着姿になっていたフレイア・リズ・メイシャの三人が張り付くように窓に立ち尽くしていた。


 あられもない姿にお互い呆然と、すぐに正気に戻り、半殺しの目にあったのは言うまでもなかった。


 そしてこの騒動をまるで心奪われるかのように城から見ていた一人の男がいた。

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