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「バン」から始まる英雄譚!  作者: こじましようこ(裏)
第三歩:英雄が生まれた日
43/46

2日目

 出発準備も整い、国境を越える一団はそのまま北上し、今日中に南部ケルミア連峰を目指す。

 その馬車内では、ただならぬ空気が立ち込めていた。


「……」


 今日の馬車席割りは前の馬車にメイシャ、リズ、ファロンの三人にガラン、ペイロットの5名。

 後ろの馬車にダイコ、フレイアの二人にリーナ、ヤン、マルの計5名が乗っていた。


「なにか…空気が重いですね…」


 周りに戸惑うフレイア。


「ねーリーナも機嫌なおしてよ。あれは事故だって。」

「私は機嫌悪くありません。」

「先に持って行かれるとはね。」


 マルを睨むヤン。


「あんたたちがダイコのベッド奪うから、私が被害受けてるんでしょーが。」

「ベッドをう、奪う? ダイコさん…昨夜はいったん何を…」

「いやいや、何もしてないから。」


 重い空気に耐え切れず、スピーチ原稿を書くフレイア。

 リーナとヤンに挟まれたダイコはただただ、小さくなるだけであった。


 国境を抜けると気候もかわり、湿原に入る。

 このあたりはダイランカ湿原と呼ばれ、野生の宝庫として、狩りが盛んな場所である。

 バカラ平原と同じく、比較的中級者向けのこの湿原は推奨LV5~20と、初心者を抜けた低レベル冒険者か、中級者までが足しげく通うお決まりの狩場であった。

 ただここがバカラ平原と唯一違うところがあり、それは主と呼ばれる魔物が存在する。


「このあたりは主がいるんですよね?」


 この重い空気を変えるべく、マルに話を振るダイコ。


「そうそう。デッキーヘッドっていう魔物がいるんだけど、その変異種がいてそれが主として君臨してるね。」


 変異種。

 魔物には様々な種類がいるのだか、同一種でもたまに特性、見た目、大きさが変わる変異した魔物が生まれることがある。それを変異種と呼ぶのだが、大きな違いは強さである。

 デッキーヘッドは湿原に住むLV10前後の中級者向けな魔物だが、この変異種はその倍、LV20と想定されている。


 湿原にある林に主に生息しているデッキーヘッド変異種は群れを作り、個体で襲わず、群れを率いて襲ってくることから主として認定され、冒険に慣れた初心者の壁としても立ちはだかっている。


「いくら主といってもLV20とかそこらだし。毒とかに気を付ければ問題魔物だけどね。」

「油断はできないけどね。」


 ようやく口を開くリーナ。でもまだ機嫌は直ってない。

 馬車から風景を眺めるダイコ。外には湿原の中間地帯である、木が生い茂る林部分に差し掛かる。

 この林道には何やら結界を張った冒険者が多くキャンプしている。


「ずいぶんとこの辺りで冒険者がキャンプしてるんですね。」

「このあたりは境目だからね。一種の安全地域みたいなものだから。」

「安全地域ですか。」

「そうそう。ここを境に抜けたところがLVの高い魔物が出始めるんだけど、魔物にも縄張りがあって、棲み分けがあるのよ。その境目には魔物が寄ってこない空白地があって。そこを冒険者は安全地域と呼んで、キャンプするのよ。」


 どうやら絶対魔物が出てこないわけじゃないらしい。そのため結界を張ってるとの事だが、冒険者をしていて安全地域に侵入してきた魔物を見た事がないというマル。それくらい確率が低い事らしい。宝くじ並みってことか。宝くじ…またいつものアレだ。でもなんとなくわかるような。


 林道の脇には想像以上に冒険者がキャンプを張っている。結構林道を走っているけど、窓から随分と見かける。


「冒険者の方々って全部が全部ゲートで狩りをしているわけじゃないんですね。」

「そりゃあ、ゲートは全てギルドが管理しているからね。この世界にはギルドに入ってない冒険者も多いし。っていうかギルドに入っていない冒険者のほうが多いよ。うん。」

「冒険者でもゲートに入れるってのはそれだけ精鋭なのよ。ゲートはダンジョンだし、こことは比較にならないレベルの魔物がうようよいるから。冒険者として中央圏ギルドに登録するにも、クランの推薦がいるから必然的に数も絞れるし、ボーダーラインもあがっちゃうのよ。」


 なるほど。どうりでギルドの冒険者に初心者っぽい人いないわけだ。ここにいる蒼眼クランはその頂点に位置するクラン。マルさんも、ヤンさんも、そしてリーナもここらへんにいる冒険者とは比べものにならない実力持っているって事か。


 その時、前方から何やら悲鳴みたいな、野太い声が聞こえる。

 瞬間、スイッチが入ったように蒼眼クランの三人は戦闘態勢に入る。


「なにっ! 前方から? マルっ!」

「分かってるっ」


 マルが目を瞑り、まるで瞑想しているかのように集中する。ちょうどその瞬間、馬車が急停車する。

 進行方向に座っていたダイコは慣性逆らえず、そのまま前の座席につんのめってしまう。

 その先にはマルの、平らな胸に顔をうずめてしまう。


「は、はひっ?!」

「バカー! 何してるのよっ!!」


 慌てて体勢を立て直すダイコ。後ろからリーナの手が襟首にかかって、力づくで元の席に戻させる。


「ちょっとリーナさん…」


 思いっきり首が締まり、ごほごほと咳きたてる。


「私の前でいい度胸してるわね…」


 顔がマジです。リーナさん…

 その時、馬車の窓から吹っ飛ぶ冒険者が視界に映る。

 何か、力のはじけるような感覚が遠く、いやどんどんと近づいてくる。それも複数。

 マルが何かを言おうとした瞬間に、かぶせるようにダイコが叫ぶ。


「前方何か、複数で来ます!」


 三人は驚いた表情でダイコを見やる。


「マルっ! 数は?」

「前方に約30、側面にそれぞれ50ほど。後ろはいない!」

「囲まれてはないけどここで後進は無理ね。」


 リーナが馬車の天窓から顔をのぞかせて辺りを見回す。


「マルは左側面を。私は右をみる。ヤンは二人の護衛を!」


 コクリとうなずく二人。固まったまま動かないフレイア。

 リーナとマルはそれぞれ外に飛び出し、戦闘態勢に入る。

 それと同時に、ヤンが呪文を詠唱し始める。


「……聖盾ストライバー


 手が光ったと思うと、その光が馬車内を照らし、とどまる。


「この結界の中から絶対に出ないで。」


 二人無言でコクコクと頷く。

 天窓からするすると抜け出し馬車の天井部分に仁王立ちするヤン。


 外からは激しい音か聞こえる。


「ようやくお出ましかぁっ!!!」

「ガラン、広範囲スキルはだめですよ!」

「そんなもんわかってらぁ」


 突っ込むガラン。馬車先頭ではエースランドの護衛兵が既に戦端を開いている。

 そこに割り込むように突っ込んでいくガラン。

 ガランの獲物であるバスターソードを無造作に滑り込ませ、一閃。

 まるでおもちゃのようにちぎれ飛ぶ魔物達。


「ふーん。デッキーヘッドか。普段は少数単体のお前らがこの数…」


 無数のデッキーヘッドの奥にひときわ大きい魔物がいる。


「主か。それもかなりでけぇな。」


 すぐ後ろに付くペイロット。


「通常の主サイズではありませんね。」

「大物ってか。ここ最近のストレス解消位にはなるかな?」

「雑魚はこちらで処理します。ガランは主をお願いします。」

「わりぃな。」


 そう言い忽然と消えるガラン。すぐ後ろにいる護衛兵も目を疑う。あの巨体のガランが消えた。

 すぐに発見するも、なんと主の前に現れたのである。


 数十体いるデッキーヘッドも、後ろを取られた事に気付き、振り向き、主の前にいる危険人物に襲い掛かろうとする。が、動かない。体には怪しく光る鎖が巻き付いている。


「キミたちはそんな余所見している場合じゃないだろ?」


 地面から生えるようにデッキーヘッドの身体に巻き付く鎖が、急にきつく締まり始める。

 声にもならない声でもがき、外そうとするもびくとせず、どんどん体を締め付けていく。


「おしまいだね。」


 手を振り下げる。徐々に締め付けていた鎖がまるで何もないかのように食い込み、デッキーヘッド達の五体をバラバラにする。

 呆然とする護衛兵達。わずか数秒での出来事なのだが、目の前にいたデッキーヘッドは全て駆逐されていた。そして奥でも、主との戦闘は終わりに近づいていた。


「ちょっとは期待していたんだがなぁ。残念だ。」


 主の両腕は切り落とされ、片足も千切れかけている。動くことすらままならない。


「ま、それでも5秒は保ったって事は誇りに思っていいぜ。じゃあな。」


 そのまま主に背を向けるガラン。同じタイミングで主の頭首がずり落ちる。

 戦闘になってわずか5秒、完勝である。


「後ろはどうだ?」

「向こうも終わりそうです。」


 一方ダイコ達がいる馬車のほうでも、一方的な展開が待っていた。


「ファイアボルト!」


 マルの手から炎と雷がデッキーヘッドに向かって一直線に牙を剥く。

 群れとなっていたのがむしろ禍となり、一瞬で炎と雷に焼かれ、消し炭となる。


 ゲートで見たことあるけど、相変わらずマルさんの魔法はすごい。

 あれ単体魔法って言ってたけど、この数を一撃で倒し切るなんて。凄いものを俺は見てる。


 すぐ逆側のリーナへ視線を移す。

 襲い掛かるデッキーヘッドに言葉を失う。あぶないっていう間もないほどの一瞬にそれは起こった。

まるで芝居。そう紙芝居みたいな予定調和。

 居もしない場所に鋭い爪を振い、首を刎ねられ、振った剣線にまるで飛び込むかのように首を差し出す魔物達。

 わずか数秒で50体程いたデッキーヘッドが、首なしの死体となって横たわる。

 何かずれているこの戦闘。戦いにもならない戦いをみてしまった。


 マルが首を横に振る。どうやらこの辺りにはもう魔物はいないようだ。

 周りのキャンプをしていた冒険者達も、徐々に集まってくる。

 ざわめく冒険者達。口々に蒼眼クランが…と呟く。

 あんな戦いにもならない、圧倒的な力を目の当たりにすれば当然か。


「ダイコ達は大丈夫?」

「私の結界を破れるような相手じゃないでしょ。」

「前の方も終わってるみたいだよー」


 ガラン達が戦闘を終わらせて馬車まで戻って来た。


「最近の運動不足解消位にはなるかとはおもったんだけどなぁ。」

「主はあんたがやったの?」

「あぁ。ちょっとばかし大きい個体だったけど、まぁそんなとこだな。」


 ペイロットが怪訝そうな顔をしてリーナに近づく。


「早く移動しましょう。安全地域に主が侵入するなんて異常です。」

「そうね。雑魚とはいえ、これは明らかな異常。なんか引っ掛かるね。」


 護衛兵隊長と話し合いすぐさま出発する一団。

 警戒態勢を継続しつつ、安全地域を抜け、急ぎ湿原を出る。


「よくわからないまま終了してしまいました。」


 唖然としながら、先ほどあった戦闘を振り返り、思い出すフレイア。


「正直言葉にならなかった。特にリーナさんの戦闘はなんか凄かったっていうか。あの吸い込まれるような敵がなんていうか。」

「リーナの剣線見えてたんだ? ダイコ。」

「ええ、なんかお芝居を見ているような感覚でした。」


 蒼眼クランの三人はお互いに驚いた表情を滲ませる。


「まぁ私も少しは団長らしいとこ魅せないとねっ。」

「十分団長として見てますよ。」

「じゃあ私はどんなふうに見られているのかな?」


ぐいっと近づくヤン。


「あんたは毎回同じパターンね。」


 ダイコを自分の方へ引き寄せるリーナ。

 二人とも少しは機嫌が良くなってきている…かな?


 その後は何事もなく進み、無事湿原を抜けた。

 抜けた先は草原地帯があり、このまま進めば2日目の予定地である、南部ケルミア連峰の麓にある村に到着する。

 出発してから初の戦闘後魔物は出ず、予定より早く村へたどり着いた。


 南部ケルミア連峰の麓にある、人口100人くらいの村が2日目の終着地点。

 事前に手配していた民家を借りて、本日は一夜をここで過ごす。

 村道に馬車を止めて、荷物を降ろし始める一向だが…


「のどかな村ですね。」

「国境街と比べたら、何もないところだけど。」


 石垣に囲まれたこの村は、ケルミア連峰に入る高レベル冒険者を相手に、宿や酒場を提供することにより生計を立てている村である。 ケルミア連峰ももちろん冒険者達の狩場として有名であるが、高レベル帯の魔物が出るので、湿原みたいな数の冒険者はいない。

 今日も自分達以外は冒険者はほぼ見当たらず、村は静寂を保っていた。


「こっちだ。ダイコ達も荷物まとめて早く来い。」


 ファロンが示す先はどうやら宿屋みたいだ。我々5人は民家ではなく、宿屋で泊まる事になって正直ほっとしている。ただ、大きな宿屋ではないため、前みたいに一人一部屋って事は無く、ファロンと同室となった。


 5人が宿屋でのんびりくつろいでいる同時刻、宿屋の客間で蒼眼クランが集まっていた。


「んでどーだ?」

「間違いなく追跡されてますね。」

「ただ、かなり遠くからつけているもんだから、人数や詳細はさっぱりね。」

「相当の手練れだな。暗殺稼業じゃねーか?」

「その可能性は一番高いね。」

「湿原の主もやっぱり…」

「そう考えた方がいいだろうね。」


 リーナが地図を広げ、山のルートを指で追っていく。


「しかけるとしたら、明後日通るこの辺りかな。」

「左右の射線も取れ、馬の背みたいなってるここじゃねえか?」

「道路への障害物等気にしておかなければなりませんね。」


 山越えの護衛について話し合う蒼眼クランのメンバー達。

 そこに護衛兵長が兵卒を連れて、部屋に入ってくる。


「どうでしょう? 敵の狙いはわかりますか?」

「山越えですから、ある程度は絞れますが…」

「狙われている理由あんた知ってるんじゃねーか?」


 ガランの言葉に口を噤む護衛兵長。


「我々は狙われる可能性が高いとの本国から通達はありました。が、しかし…」

「狙われる理由はわかるさ。あんな論文をいきなり出されたら困る連中は多いだろう。」

「しかし追跡者のレベルが思った以上に高いのがまずいな。」

「やっぱり闇ギルド関わってると思って間違いないと思う。」

「念のため雲を動かしておいて正解だったね。」

「ミザル? いるんでしょ。こっち来て。」


 部屋の隅から、明らかにさっきまでは誰もいなかった場所から現れる影が。


「さすがはリーナ様。」


 そこには1人の年齢不詳の男が佇む。


「いつも気持ち悪い出方、なんとかならないものかしらね。」


 やれやれといった顔のヤン。


「ヤン様。我々はこれを含めて雲なのです。」

「んで、ミザルおめー追跡者特定できているのか?」

「いまキカザルとイワザルが張り付いています。」

「相手はどこの所属かわかった?」


 首を横に振るミザル。


「まだなんとも。気付かれず監視するのが精一杯ですな。」

「そういう相手だって事ね。」

「ただ追跡者は魔法でコンタクトを頻繁に行っております。故に…」


 護衛兵長をちらり見るミザル。


「……まぁいいさ。それだけの相手って事は退屈せずに済みそうだ。」

「兵長さん、ここから伝者って飛ばせます?」

「ここからですか? それは可能ですが…誰宛てに?」

「王国の………」


「そ、それは…… そこまでの事態という事なのですか?」

「いやーーな予感するんだよね。」


 顔が曇るリーナ。

 この予感はよからぬ利子を付けて、この後的中するのである。


――――――――


「随分と警備厳重ですね。」


窓から宿屋の周辺をみると、兵士たちが大げさなくらいポイントに張り付いている。


「国賓警備だしそんなもんじゃないのか? それに国境と比べて、このあたりはもう山の入り口だしな。」

「それにしては厳重すぎやしませんか?」


ファロンとの同室部屋には小さな窓が1か所ついてある。

国境街で泊まった公館と比べれば随分と造りも粗く、汚い部屋だが自室と似た雰囲気もありなぜか落ち着く。


「途中魔物にも襲われたしな。湿原の安全地域で襲われた事実がこの警備状況なんじゃないのか?」

「そうなんでしょうけどね。自分にはそれ以外からの何から警備しているって感じがするんですけどね。」

「何かって何だ?」


 熱いコーシーの入ったコップを手に取るファロン。


「よくわからない何か? って事ですかねぇ。」


 窓から外を見渡すダイコ。

 明らかに人の視線を感じる。護衛ではない、明らかに悪意を持った視線を。

 湿原以降、明らかに蒼眼クランの警戒が顕著になっている。


 灯りの乏しい村から見える夜空は中央街で見る夜よりも暗く、そして雲一つなく満天の星が視界中に澄み渡っていた。


 明日は晴れるといいな。

 山越えに備えて早く就寝するみんなであった。



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