いざ!ファルケンへ
そうして出発日当日。
集合場所でもあるギルド会館前には、今回の移動用に、豪華な装飾であしらわれている馬車が用意されていた。
比較的近い場所とはいえ、南部ケルミア連峰を越えなくてはならず、魔物もいるためエースランドからも多数の兵士を動員していた。
ただ、自分が考えるよりもはるかに多い動員数だったので驚いたわけで。
大使殿が言うには、今回の学術院授与式は4~5年に一度あるかないかのもので、世界的に注目度のある授与式【王立学術院魔導賞】という、それは世界の魔導学における最高権威賞であるらしく、それを授与される学者は国賓待遇であると。
国賓を無事に届けるためには山越えもあるので、この規模になるらしく、馬車だけでギルド会館前の通りは埋まってる。人数も100人以上はおり、たかだか5人を運ぶのに何倍もの人間を動員する等、かなり恐縮してしまう。
周りの兵士や物資を見ていると、搬入する荷物の中に、何やらよーーく見覚えのあるマークが。
剣に薔薇、そして目のマーク。あれ? これってもしかして…蒼眼クランの紋章?!
すると後ろから声が。
「ひさしぶりっ!」
ふりむくとそこにはあの、蒼眼クランのリーナが武装して立っていた。
「え? あれ? どうしたんですか!!」
ニヤニヤしながらこちらを見つめるリーナ。
「きまってるじゃないっ。護衛よ。ご、え、い♪」
「もしかしてそれって、我々のですか??」
「他に誰を護衛するってのよ?」
「いや、ギルドの護衛も我々に?」
「あたりまえじゃない!」
そこに近づく複数の人たちが。
「ダイコくんお久しぶりっ。」
「マルさん! お久しぶりです!」
「ちょっと見ない間に随分と名をあげたのねぇ。」
すぐ横にヤンが立ってる。
「久しぶりだな。」
蒼眼クランの狂犬こと、ガラン・バークセル。その横には魔呪師のペイロット・ハングスもいた。
「あ、えと、狂犬ガランさんでしたっけ?」
「狂犬じゃねーよっ!」
「久しぶりです。ペイロットです。覚えてないとはおもいますが…」
「あ、いえ。保霊箱を持っていくときに何回かお見受けしてましたので。」
「でもなぜ、ギルドのそれも蒼眼クランほどの方々まで護衛に?」
「そりゃあ中央圏の商店クランに所属している人が魔導賞授与されるのよ? これは中央圏にとっても栄誉な事でしょ。」
ぐいっと横に来るヤン。
「あの時酒場でいた赤ちゃんがこんなに成長しちゃって。」
あの時酒場で嗅いだ、あのいい匂いがほのかに漂う。
ヤンさん…顔近いっす。
「と・い・う・わ・け・で…」
二人の間を強引に割り込むリーナ。
「ギルドも中央圏の宝を他国任せにするわけでなく、警護することになってね。それで私たちが任命されたってわけ。」
「任命っていうか、お前が強引にね……グフッ」
脇腹に肘鉄を入れるリーナ。
「あははっ…そういうことで道中よろしくね ダイコっ!」
準備も終わり、馬車へ乗り込むダイコ達。
4頭の馬が引くこの豪勢な馬車は6人乗りで、護衛を付けた2台に別れて乗車する。
前の馬車にフレイア・メイシャ・リズが乗り、後ろの馬車にファロンとダイコが乗ることになった。
フレイア達にはマル、ガラン、ペイロットが護衛として同乗している。
「あんたデカいから、外で警備しなさいよ。」
「あぁなんだ? 小娘?」
「ふぃぃぃ!」
「……」
「まぁまぁメイシャさんもガランもその辺で。」
メイシャとガランがしょっぱなから小競り合いをおこしている。あのガランに怯えることなく堂々と言い切る胆力にマル、ペイロットもハラハラする。
リズ怯えて目どころか顔もあわさない。フレイアはまだ出発もしていないのに、スピーチ原稿を書き始めている。
前の馬車は微妙な空気の中、自分たちが乗る後ろの馬車は…
「ヤン。あなたはファロンさんの横で。」
「リーナ。あなたこそファロンさんの横で。」
自分を挟んでリーナとヤンが何やら馬車内の位置で揉めている。二人とも怖いんですけど…
外から大きな笛の音があたり一面に木霊する。出発の合図だ。
ギルドの人々が見送りに列をなしている。手を振るみんなに馬車内から手を振るダイコ達。
さぁ、ファルケンへ出発だ!
中央街を出て一路北上するダイコ達。
「そういえば旅の工程なんですが、初日はまだ中央圏越えないんですね。」
「ええ、まずは国境手前で1泊だね。」
そういって地図を出すリーナ。
「この中央圏とエースランドに隣接するところに国境があって、そこでまず入国の手続きをしなくちゃいけないの。」
「入国の手続きって時間かかるんですか?」
「入国査証を通常は中央街公館で取るから持ち物検査さえ通ればすぐだけど。」
「あれだろ。どうせ国境街でなにかパーティーでもするんだろ。」
「ご名答。さすがファロンさん。国境街で受賞にあたってのささやかな記念パーティーが予定されています。」
「パーティーねぇ。ファルケンでもするのに、わざわざこっちでもするんだ?」
「国境街でのパーティーは中央圏主催のパーティーよ。ま、出口付近での壮行会みたいなものかな?」
壮行会か。まだこの世界の風土含めて良くわかってないし。色々と経験するチャンスかも。
するとヤンが腕を絡ませてくる。
「私のパーティードレスの事考えてた?」
「え? いや、そんなこと…は…」
ヤンの方をちらりと見ながら答えようとすると、ヤンの胸元に目が。首元から胸にかけて開いた服を着ているから、この位置で谷間がもろに… すると逆側からまた別の手が絡んでくる。
「パーティーは私ももちろん護衛としているから。傍にね。」
「は、はい。ふたりのドレス姿期待…してます。」
前の馬車内とはまた違った空気で殺伐とする。
これは後で席替えでもしないと保たないな…
馬車は何事もなく進み、中央街北部のバカラ平原を通りかかる。
「地図上だと国境までは近そうにみえますけど、いざ馬車で行くとなったらかなり時間かかりますね。」
「そりゃそうだろ。国境までは馬車でも12時間はかかる場所にあるからな。」
「地図だとすぐそこみたいに見えるけどね。」
「この平原はほんとだだっ広いですね。地平の果てまで草原が続いてる。」
「このあたりは山もないしね。まぁ狩りには最適な場所だけど。」
「へぇ。この辺りは狩れるんですか? そういえば遠くに野生の馬とか見えますもんね。」
「あれはドロップホースだな。魔物だ。」
「魔物なんですか? 遠目で見た感じは普通の馬っぽいですけど。」
「ドロップホースは初級と中級者の間位の魔物ね。あれを狩れたら中級者って感じの。」
「魔物レベルは12。初心者じゃ厳しいかな。」
この世界には冒険者にもランク付けがあるように、もちろん魔物にもランクが設定されている。
種類によってレベルが設定されており、1(低)~99(高)までの設定でがある。
初心者は1~10までのレベル帯を主に狩っているらしい。このバカラ平原はとても広く、所々に森林があったりするが生息魔物自体の平均レベルは低く、最大でも20程度である。
「ちょこちょこ見る動く動物みたいなものは、ほとんど魔物ってことなんですね。」
「全部ってわけでもないけど。このあたりだと、猪豚とかが食用としても良く狩られてるよね。」
「でも全然近寄ってこないですね。イメージでは見つけたら真っ先に襲ってくると思ってました。」
「そんな好戦的な魔物はゲート内だけよ。特にこの大部隊だからまず襲ってこないよ。」
「俺が魔物だったら、こんな100人以上武装している人間には襲わねえさ。」
「この先に進むと見えてくる南部ケルミア連峰になると、話は変わってくるけどね。」
「みなさん言ってましたね。山脈越えが山場だって。」
「うん。地理的には中央街からファルケンまでは近いんだけど、山越えが一つの難関でね。」
「山が複数連なっていて、さらに山道で難所続きだから進むのも時間がかかるんだけど、一番の問題が魔物なのよね。」
「平均魔物レベルが32。上級者でも越えることが難しい場所なの。」
「険しい山の環境に、高レベルの魔物がうようよといるから、ここは昔から交易が難しい場所としても有名だもんなぁ。」
「今でこそ、王国が定期的に駆除だったり、山道の拡張と整備してくれているからいいけど。昔は馬車でなんて無理だったって聞くし。」
「ファルケンは学術の聖地といわれる場所でもあるから、世界中の学士達は目指すんだけど行くのも命がけだったとこさ。」
「整備されたとは言え、それでも簡単には行けない場所だからこうして護衛が必要なんだよ。」
「北側からファルケンに行くルートもあるが、東のエントランドを経由しないと行けなくなるから事実上、
このルートしかないってわけさ。」
標高3000m級の山々に囲まれているファルケン。単騎だったら飛龍という、特殊な調教をして飼いならしたドラゴンを使って山越えをするらしいのだが、空にも魔物がおり、抜けることが困難な場所である。
そんなところに学術都市がある。そもそも都市の興りが約1000年前ほどに偉大なる魔導士ファルケンが
生まれた場所で、今日、魔導学における理論の礎を築いた生家でもあった。そこに弟子が住み着き、村になり、拡大し、今日に至る。
魔呪師も大まかにいうと二系統あり、魔法を含めた魔導学の理を追及する学士と、魔法を使って冒険者として活動する側に別れる。両方とも魔法を使うことは共通しているが、使う目的が違うのである。
ちなみに今日の魔法は約1000年前に、そのファルケンが生み出したものである。
偉大なる魔導士ファルケンが魔法を生み出した地であり、今日の魔導学をささえる都市でもあるファルケン。そこに招待されるっていうことが、どれだけ凄い事なのかようやくわかってきた…ような気がする。
中央街を出て半日。日も暮れてきて夕方に差し掛かる。
移動中の馬車内では特にやることもないけど、久しぶりに会ったリーナとヤンに、今までの事を色々と話して、暇ではなかった。むしろ楽しいというか。
夕方から夜になり、暗闇に包まれる。そろそろ着くとの連絡が入る。
馬車から身を乗り出し進行方向を見る。暗闇の先に街灯りが見えた。
あれが国境街か。




