バレイション
翌日も朝6時から前日同様の冒険者達の列で溢れ、
3日後の改装閉店の旨が伝えられると
みな一様に落胆し、いつ開店するのか何度も何度も
繰り返し聞かれるダイコ達であった。
「ふんふふんふふーん」
「随分とご機嫌だな、グランジーナ」
「だって中央にお出かけなんて久しぶりだし♪」
13時でお店を一旦閉め、ギルド本部のある中央街の中心部中央区まで
やってきたロイ、グランジーナ、ファロン、ダイコの4人。
中央街は主に4つのブロックで成り立っている。
南は冒険者ゾーン。武器・防具・アイテムを扱う商店や宿・酒場等
冒険者向きのお店が立ち並ぶ。
西は鍛冶クランを中心に立ち並ぶ工業区であり、
多彩なアイテムをこの世に送り出す
鍛冶・アイテムメーカーが数多く集う場所でもある。
東は商人が集う貿易区。ここが中央街の荷物出入り口でもあり
毎日たくさんの品々が輸出入される場所である。
北側は公区と呼ばれ、3国の大使館が置かれており他にも
貴族などが住まう場所である。格式高い建造物が多く立ち並ぶ
他の地域とは一線を画したエリアでもある。
そしてここ、4人がいるのは中央区。
ギルド本部や公館があり、自治機能が一手に集う場所である。
そのすぐ横には流行の服や貴金属を多く取り扱う商業ブロックがあり
ここがファッションの最先端発信場所でもあった。
「言っとくけど隣のブロック行く暇ないぞ。」
「そ、そんなのわかってるわよ!」
そう言いつつも、気はそぞろ。何とか抜け出していく気だな。
おやっさんはため息、ファロンはヤレヤレといったポーズをとる。
「あそこがギルド本館だ」
初めて見るギルド本館。
大きな通り沿いに面した本館は20段ほどの綺麗な、磨かれた石の階段の上に
とても長く大きな柱を支えとした、神殿のような造りであった。
「うはぁ…初日に行った大神殿よりはるかに大きい」
「ここが中央行政も一手に担ってる中心だからな。」
「荘厳…これ一言に尽きるね」
「さぁ入り口はあそこだ。」
一同は行き慣れないギルド本館に躊躇しつつも
ファロンの後を追うようにして入っていく。
中に入るとファロンが指でくいっと場所を指し示す。
奥には【貿易局】はこちらの案内がある。
「貿易局は奥の離れにある。」
そのままファロンの後をついて行く。
主計局…登録局…見慣れないサインを目で追いながらついて行く。
「ここだ」
長い廊下を抜けた先は大きなホールになっており、中央付近に
前後を遮るかのような大きな受付カウンターがある。
待合場所にはベンチがあり、たくさんの人が自分の番を
待っているようだった。
「ちょっと待っててくれ。」
そうファロンが告げ、カウンターへ向かう。
なにやら受付のおじいさんと会話した後、すぐこちらへ戻ってくる。
「奥の応接室で話すぞ。こっちだ」
そのまま奥の応接室へ通される。
テーブルに座り、担当者を待つこと数分…
「おまたせしてもうしわけない!」
扉から現れたのは貿易局の主査 ファーガソン・ドッカーマン。
白髪交じりだが日焼けした肌がとても印象的なオジサマだ。
「ファロンさん久しぶり」
「やぁどうも」
どうやら二人は本業の紡績業輸出について色々と
普段からお世話になってるとのことで。
「それで…今日伺ったのはバレイション輸入の件についてです」
「なるほど。バレイションですか。」
ここまでの経緯を簡単に説明するファロン。
「なるほど。あなた方が今噂のビッチを販売している方々でしたか。」
ビッチ?? ここでも略語? まさか…
「そうだ…いえ、そうです。私がインダストリー商店の店主
ロイ・マルケスです。」
ギルド登録証を渡す。ちらりと登録証に目をやる。
「先日発売した【サ・ン・ド・ビ・ッ・チ】の新味に
バレイションを利用しているのですが」
思わずサンドビッチに力を込める。
「今後お店の主力になろう商品です。ぜひギルドのお力を借りて
安定供給の目途を立たせたいのです。」
「そうですか。うーむ。」
「何か問題でもあるので??」
ファロンが不審そうに尋ねてみる。
「いや、バレイションはこの中央街では生産されない食物なのです。」
「それは知っています。」
「100%輸入物なので、要望がない限りは優先輸入を
割り当てていないのですよ。」
「どういうことです?」
話はこういうことだった。
都市に運ばれる輸入の枠があり、それは優先度の高いものから
枠を充てており、今回のバレイションはそもそもの需要がないせいで、
枠自体を割り当てていなかったとのことだった。
すなわち、ギルド自体バレイションの輸入を認知していないということで…
「おいおい! そりゃあおかしな話じゃねーかぁ?」
「市場にあったバレイションはどこから持ってきたんだ??」
「お話を聞く限りですと、見本市経由での出荷かと…」
「見本市??」
どうやら4か月に1度行われる農作物商品の見本市で、
お試し出荷品ではないかという事だった。
「お試し出荷…」
「うかつだったな。仕入れ先確認するべきだった。すまん。」
「そんな!ファロンさんの責任じゃ…」
「しっかしこれでまた振り出しか」
一様に重い空気が漂いだす。すると…
「あ、あの…その見本市は次いつ行うんでしょう?」
「見本市ですか? 少々お待ちを…」
そういって確認のため貿易局主査ファーガソンは席を立つ。
しばらくして戻ってくる。そして…
「朗報ですよ!まさしく今行っております!!」
「本当ですか?!」
「グランでかした!」
「ちょうど最終日ですが、18時まで行っております。」
「18時…まだ時間あるな。場所はどこです?」
「すぐ隣のギルド会館展示場にて行われております。」
「おぉぉこりゃあついてるな!」
「入場参加の何か招待状とか必要なのでは?」
「はい、ギルドの商人クランに所属していれば発行はすぐ可能です。」
「それではすぐお願いします!」
すぐに発行の手続きに移ってもらう一同だったが…
戻ってきたファーガソンの顔が少し困惑している。
「す、すいません。」
なんか嫌な予感…
「どうやら…ロイさんの商店は商人クランに所属してないようで…」
「お・おやっさん!?」
「ロイ! おまえ登録してなかったのか!」
「いやぁ……そうだっけ??」
「おとうさん!!」
ここでなんというどんでん返し。
「冒険者としてのギルド登録しかされていないようで…」
「私のほうは商人クランに登録しています。それで発行を!」
「わかりました。それではクラン証の提出を。」
「え、クラン証?? いるのか?」
「え、ええ。公式の招待状ですので。」
「まいったな。持ってきてない。取りに帰ると終わってしまう!」
うなだれる一同。
まさに八方塞り…どうしたもんか…むぅ
登録証…登録紋…………登録紋?
あっ!!!
「あ、あの! 今から商人クランに登録するのはすぐできますか??」
「登録ならすぐにできますが…?」
「すぐ僕のギルド登録をおねがいします!!」
「その手があったか!」
すぐに登録の手続きに入る為に、別室に連れて行かれ
上半身裸の自分は背中に登録紋を刻まれる。
15分後、登録を済ませたダイコは招待状の発行を受ける。
招待状の招待者には 【ダイコ商店】の名が刻まれる。
「ダイコ商店か」
「おめぇいきなり独立か?!」
「おとうさん冗談行ってないでさっさといくわよ!」
「こっちだ!ファーガソンありがとう!」
急いでギルド本館を出る4人。
ギルド本館の脇にある公園を挟む場所に位置する【ギルド会館展示場】
たしかに <ダッカーランド主催:第34回農作物見本市> の垂れ幕がかかっている。
入り口のチェックを受けいざ展示場へ。
中に入ると平土間の広いスペースに展示物を飾ったブースが整然と並んでいる。
「バレイションを扱っている交易商人のブースがあるはずだが…」
「あった!地図で言うとここ!」
そういって入り口でもらった案内一覧の地図をグランジーナが指し示す。
それを頼りに付近まで移動する4人。
「このあたりだよな」
「あそこじゃない?」
そういって指し示す場所にはバレイションを
これでもかと展示しているブースが!
「す、すいません!」
「ようこそいらっしゃいました!」
「私がダッカーランド通商連合所属で、このブースを開いております、
パトリック・サルマンでございます!!」
自分たちの自己紹介後、バレイションの取引について話を切り出す。
「なるほど、そういうことでしたか。」
「はい。こちらとしては安定供給の確保が今回の要望です。」
「それはこちらとしてもありがたいお話です。」
一拍間をおいて続けて語るパトリック。
「ダッカーランド通商連合において、久しぶりの新種作物である
バレイションですが、中々評判が芳しくなく、苦戦を強いられておったとこなのです。」
「渡りに船とはまさしくこのこと。ぜひこの契約謹んでお受けしたいと思います!」
一同の顔にやっと笑顔がともる。
「それでどのくらいの量をご希望で…?」
「換算表をご覧ください。」
日/週/月の予測された数量をまとめた書類を手渡すダイコ。
「む…むむっ!この書類に書かれてある量に間違いはないのですな?」
「も・もちろんです。今後は店舗拡大も念頭に入れています。」
「グランジーナ、あれをパトリックさんに。」
グランジーナが慌てて鞄をまさぐり、ケースを取り出す。
「作ってから少し時間が経っていますが、先ほど話した
サンドビッチボテトサラダ味です。」
「これがサンドビッチ…初めて見る形ですね。」
「この挟んでいる白いものはバンです。」
「これが…バン? さっそく頂ます。」
サンドビッチを口に運ぶパトリック。
口に入れ、数回かみしめる。
「なんと! これがバン!! これがサンドビッチ!!」
大声を張り上げるパトリックに周りは何事かと視線を送る。
「バレイションがここまで見事な食べ物に生まれ変わるとは…」
「このパトリック!この命に代えても安定供給に努めさせて頂きますぞ!!」
こうしてバレイションどたばた契約劇は幕を閉じるのであった。




