八話 武器完成 そして、第一線によるボス討伐
「よし。これで完成だ」
阿部が僕に弓を渡す。
その弓はランク3のスキルで作成しただけあって、今の装備よりも遥かに攻撃力が高い。なんと驚くことに32もある。……今更ながらに攻撃力15しかない装備で戦っていた自分に残念な気持ちを覚えてしまう。いや、お金なかったし、仕方なかったんだけど。
「我に相応しき供物だな。礼を言おう」
「褒めていただき、恐悦至極に存じます、かな?」
あはは、と笑いながら阿部が返す。分かっているじゃないか。僕は内心喜びでいっぱいだった。みんなもかっこいいセリフで返してくれればいいのに。
「うん? ヒカリちゃん? 私に何か言いたいことでもあるの?」
「……別に」
「そう?」
だって、どうせ無理に決まってるもんな。僕は落胆の意を表すように小さくため息をついた。
「それにしても喜んでくれて良かったよ。まだ俺のスキルレベルが低いせいか、効果なんて全然つかないからね」
「仕方ないでしょ。でも、阿部さんのスキルはランクが高いじゃないですか」
リーンがすかさずフォローする。実際、僕も満足しているし、気にすることないと思うけどな。
「ありがとう。それでも、やっぱり効果は憧れるんだよな。こんなことなら簡単に効果が作っていう≪料理≫のスキルを取っておけばよかったよ」
阿部の言うスキル名に聞きおぼえがある。確か、ランダムで入ったスキルにそんなものがあったはず。
僕は自身のスキルを確認してみる。すると、やはりスロットの中には≪料理≫が存在した。
「≪料理≫なら僕が持ってるぞ」
「本当かい!?」
おお。予想以上に阿部が食いついた。
「そ、それなら是非ともそのスキルで何か作ってほしい! どんな効果が付くのか見てみたいんだ!」
「何かって言われてもな……」
今は材料なんてほとんどない。料理で使えそうな肉系アイテムもいぬが容赦なく食べてしまうせいでほとんどない。
「わう?」
「いや、別にいいんだよ」
悪いことでもしたのかな、なんて言いたげないぬの声に僕は返す。実際、いぬには何度も助けられているのだ。少しぐらい構うまい。
「そうだ。私が持っているアイテムを使ってよ、ヒカリちゃん!」
リーンが僕にアイテムトレードを申し込んできた。この機能はアイテムやお金を受け渡しする際に使う機能だ。
僕は目の前に現れたウインドウの承諾ボタンを押す。画面はいくつかのスロットが表示されているものに変化した。どうやら、ここにアイテムを登録して交換をするらしい。
「えーっと、これとあれと……」
リーンが次々とアイテムをスロットに入れていく。狼の肉に猪の肉。加えてハーブや白菜・ネギ・ゴボウなどもある。いや、キノコもあるぞ。何故ここまで集めたのだろうかと思わず問い詰めたくなるほどだった。
「よし。これでいいよ。ヒカリちゃんは何も入れなくていいから、承諾のボタンを押してね」
「分かった」
僕が言われたとおりにボタンを押下するとスロットに入っていた大量の食材が僕のインベントリへ移動する。……こんなにもらっちゃっていいのかな。料理に失敗したらどうしよう……。
「あれ? ヒカリちゃんってば、もしかして失敗するかも、なんて思ってない?」
「そそそ、そんなことはないぞ!」
「そう? まあ、別に失敗しちゃってもいいんだよ。食材アイテムって結構手に入る割に私には使い道なかったわけだしね」
「そ、そんなものなのか?」
「うん。だから、気にしないで作っちゃってよ」
そこまで言われたら仕方がない。リーンに促された僕は≪料理≫スキルを発動する。
インベントリと≪料理≫スキルで使用する食材をドロップするスロットが僕の目の前に表示された。
インベントリを見てみるといくつかのアイテムが光っている。どうやら、光っているアイテムを選択してスロットへドロップすることでスキルが発動できるようだ。
僕はひとまず現在作成できる料理を見てみることにした。
料理名称:串焼き
必要スキルレベル:1
必要素材:獣の肉×1
効果上昇素材:ハーブ
効果:獣の肉を焼いただけの簡単な料理。肉が好きという方にお勧めの一品。
食べることでHPを回復する。
また、付与効果が発生することもある。
料理名称:ぼたん鍋
必要スキルレベル:2
必要素材:猪の肉×1、野菜(白菜・ネギ・ゴボウなど)×1、キノコ×1
効果上昇素材:こんにゃく、豆腐、木の実
説明:猪の肉を用いた鍋料理。牡丹の花に似せて皿に盛られる見た目も
綺麗な鍋。食べることでHPを回復する。
また、付与効果が発生することもある。
ちなみに必要スキルレベルとは必ず成功するためのレベルみたいだ。このレベルを下回っている場合、料理に失敗することもあり、失敗してしまうと使用した材料は消えるらしい。
串焼きは幸いなことにレベル1だ。試しに作る料理にちょうどいい。
僕は≪料理≫で使用する食材として、狼の肉とハーブを選択し、作成開始のボタンを押した。
「おおっ」
いきなり串焼きが目の前に現れた。
「へー。そんな風に現れるんだね」
「効果はどんな感じになっているんだ?」
さほど驚いていないリーンに興味津々といった様子で聞いてくる阿部。
二人に見られながらも僕は串焼きを注視し、説明画面を開いた。
料理名称:串焼き
ランク:1
効果:獣の肉を焼いただけの簡単な料理。出来栄えは良くも悪くもない。
食べることによりHPを10%回復する。
また、食べることによりバフ効果:筋力上昇(小)が発生する。
おお。バフ効果が付いたみたいだ。筋力上昇はその名の通り、筋力を上昇させる。効果は小ということもあり、数値にして5しか上がらないみたいだ。でも、この効果は一日続くという破格のものだった。
「すごいじゃない!」
「ま、まあな」
リーンが手放しに褒めるものだから、ちょっと照れてしまう。
僕が頬を掻いていると阿部がちょっとだけ震えているのが見えた。一体、どうしたんだろうか。
「素晴らしい!」
「お、おお?」
「ヒカリくん! いや、天使ちゃん! 君はなんて素晴らしいんだ!」
えっと……?
あまりに豹変しすぎた阿部に僕は面喰ってしまった。
「俺はそういうアイテムを待っていたんだ! 料理にそれだけ強力なバフ効果があるのなら武器にはもっと強い効果が付くに違いない」
「そうか?」
確かに阿部の言うように強力な効果が付くかもしれないけど、料理に強力なバフ効果が付くからって武器に付く効果が強いとは限らないと思うけどな。
僕が首を傾げるのも気にせず、阿部は続けた。
「きっとこれで俺が求める楽園への一歩が進める!」
楽園?
阿部は一体、何を言っているんだろうか。
「阿部さん、どうしたのよ?」
「……あ、ああ。すまない。つい、興奮してしまった」
さすがに心配になったのだろう。リーンが阿部に話しかける。すると阿部は少し平静を取り戻したようで、目を閉じて深呼吸している。
「ああ、素晴らしい未来が見える」
前言撤回。また阿部は夢の世界へダイブしたままだったようだ。
「阿部さん、どうしちゃったんだろうねえ」
リーンが阿部からちょっとだけ距離を取ってから、僕に話しかける。
「知るか。それより、どうせだからこの串焼きを食べるがいい」
「え? いいの?」
「構うものか。一本しかないし、僕は魔法系だから筋力が上がっても仕方がない。リーンが食べた方が効率いいだろう。……それにやっぱりとも……」
「そっか。それじゃ、遠慮なく。……いい」
そう言うとリーンが串焼きを食べ始める。食べ始める前に何か言っていたような気がしたが、よく聞こえなかった。
「くぅーん」
「いぬは我慢しろって」
そんなに悲しげに鳴かなくてもいいじゃないか。
くそう。いぬが食べられる生肉とかあったっけ。……さすがにリーンからもらった肉をあげるのは駄目、だよな……? いや、ちょっとぐらいなら……?
「おいしかったよ! ありがとうね、ヒカリちゃん!」
「お、おう。それは良かった」
危ない危ない。危うく、いぬに肉を与えるところだった。なんて強力な引力を放つんだ、いぬの鳴き声は。
「それにしてもまだ治らないね」
リーンが見ている方向にいるのは例の阿部――否、変態。最早、無視したいオブジェと化しつつある彼だが、さすがにここで見捨てるには武器を貰った恩が大きすぎるな。仕方がない。
「いい加減に戻ってこい!」
仕方がないので、僕は阿部を思い切り殴ることにした。
目を瞑ってしまったのは、未だにぶつぶつ言っているのが怖……いや、怖くなんてない。
ところで、いきなりだが僕と阿部の身長について、説明したいと思う。
阿部はかなりの長身だ。阿部と比べると僕の身長は阿部のお腹ぐらいしかない。……小さくなんてない。それにまだ成長するし。
いや、今は気にするまい。
それより今重要なこと。それは僕の身長が阿部のお腹ぐらいであるということだ。これはつまり、僕の殴る場所が阿部のあるところに対して丁度いい位置にあったということを意味する。まあ、その、なんていうか……殴った場所はひどく柔らかかったとだけ言っておこうか。
「…………」
音もなく倒れ伏す阿部。
「うわあ……」
「わう……」
僕を非難の目で見る四つの目。
「……悪は滅びた」
「逃げたね」
「わふ」
うるさいよ、そこの一人と一匹!
◇
「さっきはすまなかったね」
「い、いや。僕の方こそ、すまなかった」
謝る阿部に僕はちょっと申し訳なくなりつつも返答した。……やっぱり相当痛いのかな。一応、VRゲームのために痛みは少なくなってるって聞くけど。
「それにしても、さっきは阿部さんどうしたんですか?」
「ああ。気にしないでくれると助かる」
「うーん。すごい気になるんだけどなあ」
リーンはやけに興味があるようだ。仕方ない。ここは僕が一肌脱ごうではないか。……さっきの謝罪の意味も込めて。
「リーン。そこまでにしておけ。人には詮索してほしくない過去があるものだ」
「そうなの? ……ま、いっか」
ようやくリーンが諦めてくれたようだ。よし。ここでせっかく料理の素材もらっていることだし、ぼたん鍋でも作ろう。鍋を作ればきっとこの変な空気もなくなるに違いない。
僕は≪料理≫を使用した。目の前に串焼きを作った時と同様のウインドウが表示される。
「あれ?」
僕はそこで気が付いた。
スキルで使用できる素材にリーンからもらったもの以外に選べるアイテムがある。何かと思って素材を見てみると、そこには魔力の実があった。
そうか。そういえば、まだ使用していなかったな。どうせだし、お詫びということでこれも材料に使おう。
僕はぼたん鍋を作るための素材を選択し、さらに魔力の実も選択した。
そして、串焼きと同様に作成開始のボタンを押した。
目の前に鍋が現れる。鍋はぐつぐつと煮えており、丁寧なことに取り皿まで現れた。……運営。無駄に凝りすぎだろ。
料理名称:ぼたん鍋
ランク:2
効果:猪の肉を用いた鍋料理。牡丹の花に似せて皿に盛られる見た目も
綺麗な鍋。出来栄えは少し悪い。食べることによりHPを7%回復する。
魔力の実を使用したため、この料理を食べることにより
魔力が6上昇する。
やはり、ランク2の料理は難しいな。せっかく、成功したのに出来栄えが悪くなってしまった。それに効果も――
「あれ? 効果がバフ効果じゃない……?」
「え? 本当に?」
リーンがぼたん鍋の説明を覗きこむ。
「ふむ。君がぼたん鍋に入れた魔力の実とやらが効果を追加したみたいだね」
阿部が冷静に言う。
確かに串焼きと違うのは魔力の実を追加したことだ。魔力の実自体、魔力が上昇するわけだし、多少は効果があるんじゃないかと思ってはいたけど……。まさか効果も上昇するなんて……。
「これってもしかしなくてもかなりやばい発見なんじゃ……」
リーンが呟く。
「間違いないな。≪料理≫スキルを使ったアイテムは別に一人しか食べられないわけではない。それにも関らず、ステータスアップするアイテムの効果自体を料理に付与できるんだ。今後、ステータス上昇系のアイテムを使う場合は≪料理≫が必須になるだろうな」
「それだけじゃないぞ。もともと魔力の実は魔力を5上げるアイテムだったんだ。それがスキルを使った影響か効果が大きくなっている」
阿部の言葉に僕は補足した。
「なおのこと凄まじいな。≪料理≫スキルは間違いなく当たりスキルじゃないか」
僕もそう思う。ランダムで入ったスキルだったけど、間違いなく大当たりと言っていいスキルだった。
「ねえ。二人して考察するのもいいんだけどさ。早く食べようよ。やっぱり暖かい方が鍋もおいしいと思うし」
リーンがいつの間にか鍋の前で取り皿に取り分けていた。
「あはは。確かに今は食べようか。ヒカリちゃんも食べようじゃないか」
「そうだな」
阿部に促され、僕も食べることにした。……出来が悪いって書いてあった割に意外と美味しかったことを追記しておこう。
◇
「よし。鍋も食べ終わったことだし、行くとしよう」
僕が宣言すると二人も立ち上がった。
「そういえばどこに行くつもりなの?」
リーンに訊ねられる。
そうだな。スキル取得券はドロップ率が低いが、基本的にどのモンスターからも落とす可能性がある。もちろんボスの方が落とす確率は高いみたいだが、ボスよりも近くの草原や森で狩っていった方がいいだろう。
「ああ。言い忘れていたけど、俺は≪千里眼≫のスキルを持っているから、見晴らしのいい場所なら効率よく敵を見つけられると思うぞ」
「なるほど。それなら草原フィールドへ行こうか」
僕達が歩き出したその時――
――第一のボスである森の王がチーム「三貴神」によって倒されました。以後、第二の町「セカルド」が解放されます。
ゲーム全体にアナウンスが鳴り響いた。