六話 細工取得 そして、もふもふの性能上昇
昼食を食べ終え、再びログインした僕の目の前。そこには完成された美が存在した。
黄金に輝く毛。肌触りがよく、触れているだけで僕に至上の思いを抱かせる。
そうそれは――
「至高のもふもふだ……」
「何言っているのよ、お姉ちゃん……」
ミイに言われて僕は頷く。
「そうだな。まだこれを至高と認めるにはいかないよな。僕の求めるもふもふはまだ始まったばかりなのだから」
「そうじゃないよ!」
何が違うのだろうか。
僕はスキル取得券を使用して手に入れた細工によって作成したブラシを使い、いぬをブラッシングしながらミイの話を聞くことにする。
「せっかくスキル取得券を手に入れたっていうのに何で細工なんかに使っちゃうのよ! 細工なら私だって持ってるんだから、もったいないじゃない!」
何を言っているのだ。妹よ。そんな簡単なことも分からないとでも言うのだろうか。
僕は少しだけ頭を振ると妹に答えるべく口を開く。……今の魔王っぽくてかっこいいな。
「お前は分かっていない。他人が与えるものをただ享受するだけではただの家畜となんら変わりなどあるまい。自らが生み出してこそ、真の至高足り得るのだ」
「…………。つまり?」
「もふもふさいこー!」
「やっぱりお姉ちゃんはお姉ちゃんだった……」
ミイが何か言っているが僕は気にせずにいぬをもふり続ける。実に素晴らしきもふもふではないか。
しばらくもふもふを堪能しているとミイもいぬに頭を埋めた。
「……確かに結構気持ちいいかも」
いぬのもふもふにまた一人やられたらしい。
それにしても最高だ。しかもこのもふもふはまだ先があるらしい。
つい先ほど取得した細工のスキルを確認する。
スキル名称:細工(ランク2)
扱い:技術スキル
効果:細工の成功率及び細工の際に補正が発生する。
また、スキルを用いて即時に細工を行うことも可能になる。
細工をする際は使用する素材・使用する器具・細工する場所によって
出来上がった道具に補正が発生する。
細工自体のランクは2ということもあり、現在はそれほどよいアイテムを作れるわけではない。
しかし、WOSOでは作れるアイテムが材料と共に表示される。そこに記載されていたアイテムは僕に野望を抱かせるに十分であった。
作成道具名:初心者のブラシ
作成素材:兎の毛×2
必要スキル:ブラッシング
必要スキルレベル:1
効果:スキル「ブラッシング」にて使用可能。
「ブラッシング」を行った対象の毛づやをほんの少し上昇させる。
また、付加効果(柔らかさアップ・手触りアップ)が付与されることも
ある。付加効果はスキルレベルが高いほど付加される確率が上昇する。
作成道具名:熟練のブラシ
作成素材:狼の毛×5
必要スキル:ブラッシング
必要スキルレベル:10
効果:スキル「ブラッシング」にて使用可能。
「ブラッシング」を行った対象の毛づやを少し上昇させる。
また、付加効果(柔らかさアップ・手触りアップ)が付与されることも
ある。付加効果はスキルレベルが高いほど付加される確率が上昇する。
作成道具名:職人のブラシ
作成素材:獅子の毛×5 上質なオーク材×1
必要スキル:ブラッシング
必要スキルレベル:25
効果:スキル「ブラッシング」にて使用可能。
「ブラッシング」を行った対象の毛づやをそれなりに上昇させる。
また、付加効果(柔らかさアップ・手触りアップ・魅了)が
付与されることもある。
付加効果はスキルレベルが高いほど付加される確率が上昇する。
作成道具名:至高のブラシ
作成素材:フェンリルの毛×10 ユグドラシルの枝×1 ノルンの歌う水×1
必要スキル:ブラッシング
必要スキルレベル:50
効果:スキル「ブラッシング」にて使用可能。
「ブラッシング」を行った対象の毛づやをかなり上昇させる。
また、付加効果(柔らかさアップ・手触りアップ・魅了・主神の怒り・
世界の支え・女神の加護)が付与されることもある。
付加効果はスキルレベルが高いほど付加される確率が上昇する。
もうなんていうか、至高のブラシの効果が最高過ぎる。ただでさえ、もふもふが上昇するというのに付与される可能性のある加護が強力すぎる。さすがに説明にはどんな付与なのか記載されていなかったが、どれも僕の琴線に触れるかっこいい名前のものばかりだった。これを目指さずにはいられない。
「でも、まずは熟練のブラシを目指さないとな」
「それなら私がもう持ってるってば」
「さっきも言ったが自分で作らねば意味がないんだ」
「もう強情なんだから」
ミイは頬を膨らませてそっぽを向く。
しかし、すぐにこちらを向きなおした。
「それより今日はどうするの? まだ狩るのなら早く行こうよ」
「そうだな……」
僕達はスキル取得券を取った後始まりの町へ戻っていた。
スキルを取得した後に道具の作成をする必要があったわけだが、道具の作成は作成する場所にも補正がかかる。質の良い道具を作るために安全地域へ移動する必要があったのだ。
しかし、もうスキルは取得したし、いぬのもふもふは上昇した。さらなる狩りをするのもいいかもしれないな。具体的には狼辺りを中心に狩りたい。
僕はフレンドリストを見てみる。
「リーンは、と……」
あれ? フィールドにいるみたいだ。誰かと一緒に狩りでもしているのだろうか。……ちょっとさびしいな。
仕方がない。リーンは抜きにしてミイと二人で狩ることにしよう。
「二人で行こう。リーンもいないみたいだし」
「うん! 行こう! ……あれ? リーン?」
ミイは少し不思議そうだったが、構わず僕は歩きだした。
目指すは北の森。狼が出てくるという場所だ。
◇
鬱蒼と茂る森。湿り気を帯びた森林特有の匂いを感じる。WOSOでは匂いも実装したというのか。
まだ日は出ているにも関わらず、辺りは薄暗く奥の方は見通すことができない。
時折聞こえてくる獣の鳴き声。追う獣と追われる獣。二種類を想像させるその鳴き声は確かにここが狼の住まう場所であることを僕に教えてくれた。
「なんだかずいぶんと雰囲気がある場所だな……」
「そ、そうだね」
それにしても狼か。
僕はいぬを見る。
「わう?」
いぬは不思議そうに鳴く。
いや、いぬは悪くないんだ。ただちょっとだけ狼ってかっこいいなって思っただけだ。
そう……だから、そんなつぶらな瞳で僕を見ないでくれ。
「何やってるのよ、お姉ちゃん……」
僕が腕を使って犬から顔を隠している姿を見たのだろう、ミイが僕に侮蔑の眼差しで見つめてくる。ミイもそんな目で僕を見ないでくれ。
「いいからモンスターを探すわよ」
「そ、そうだな」
あれ? なぜかさっきと逆になっていないか。
「わふ!」
いぬまでもミイについて歩き出した。
おい、いぬよ。ちょっとぐらい待ってくれてもいいじゃないか。
僕は慌ててついてくのだった。
モンスターを探して一、二分。
やはりゲームなためか、すぐにモンスターは見つかった。
しかし、見つかったモンスターは僕が求めていた狼ではなく、熊だった。その熊は額に月のようなマークがあり、かなり体格が大きい。
北の森は初心者が挑む森ということもあり、魔獣系統は存在しない。しかし、熊は獣系統でもかなり強い方だったはず。
「ミイ。遠距離から攻撃できるか?」
ここにきてまだミイにスキルを教えてもらっていなかったことに気付いた僕は小声でミイに訊く。
幸いなことに熊はまだ僕達に気付いていない。
「あるにはあるんだけど……。私が持ってるのは火魔法なんだよね……」
「そうか……」
火魔法は文字通り火を扱う。
こんな森の中で使えばどうなることだろうか。
ゲームだからといってもWOSOは侮れない。最悪の場合は森が焼けてフィールド自体がなくなるなんて大惨事が起きるかもしれない。
「そうなるとミイは近接戦をするしかないか」
「そうなっちゃうかな」
「僕はアローで援護するよ。それといぬに先行してもらおう」
「おっけー」
ミイが賛同するとすぐに僕はいぬに先行し、攻撃するよう指示を出した。
「ばうっ」
いぬは吠えると熊に向かい、走っていく。
熊は立ち上がると前足でいぬをたたきつぶそうと地に向かって叩きつける――が、そんなもの敏捷極振りのいぬに当たるわけがなかった。
熊の攻撃により、土が吹き飛ぶ。おいおい、本当に初心者でも倒せるレベルなのか。甚だ疑問になってしまうような攻撃に僕は呆れてしまう。
いぬは土によって一瞬、目を閉じた熊の隙を逃さず、その首に噛みついた。
「よしっ! 私も行くよ!」
機を逃さず、ミイが熊に向かって駆けていく。
その手に装備されているのは爪。それがミイの持っているスキルなのだろう。
ミイが熊に向かって爪を振るう。一瞬、光ったのは技能だろうか。
大きな熊がいぬを振り落とそうと身体を動かす。しかし、いぬは噛みついたままで決して離れることはない。
ミイもまた熊に追撃を加えようと技能を発動した時、暴れる熊の腕がミイに振り落とされた。
「≪ライトアロー≫!」
咄嗟に僕は魔法を放つ。その魔法は熊の腕に当たり、ミイに当たる軌道にあったそれを少し動かした。
「ありがと!」
ミイはそれだけ言うと少し後ろに動き、体勢を整えると再び熊に向かって技能を使い始めた。
「いぬ! いったん≪噛み付く≫をやめて≪切り裂く≫で少しずつ攻撃を加えるんだ!」
「ばうっ!」
僕はいぬに指示を飛ばす。
いぬがあのまま熊に噛みついたままでは僕が攻撃しづらい。僕の方が攻撃力が高い以上、いぬには熊の妨害をしてもらうべきだろう。
僕は熊を注視する。五秒ほど経っただろうか。ようやく僕が欲しかった情報が現れた。
「なるほど。あの額か」
熊の額には赤く色が付いている。あれが熊の弱点だろう。
僕は熊と戦っているミイを見る。ミイの身長はあの熊の半分ぐらい。さすがにあの額へ攻撃を加えるのは難しいだろう。
「≪ライトアロー≫! いぬはあの熊の額を攻撃するよう狙うんだ!」
僕は魔法を熊の額に向かって放つと同時にいぬに指示を出す。
指示を受けたいぬが走って熊に向かって攻撃を加える。
しかし、熊に攻撃を遮られてなかなか攻撃が通ることがない。
「もう当たってよ!」
ミイの攻撃もまた当たらなくなっている。
僕はミイ達に当たらないように魔法を放ち続ける。
それにしても、やけに熊の攻撃が速くなっているな。
疑問に思った僕は熊のHPを見る。赤くなっている。
そうか。暴走状態になっているのか。
――暴走状態。
WOSOでは中ボス・ボスなどのHPが減ってきた場合に攻撃パターン及び耐性に変化が起こる場合がある。
以前、掲示板で見つけた内容が頭によぎる。
「ってあの熊は中ボスなのか!」
驚くが、今はそんなこと気にしている場合ではなかった。
熊が僕に向かって突進してきたのだ。
「っ! ≪ライトアロー≫!」
僕は近寄らせまいと必死に魔法を放つ。
ミイといぬも僕の方へ必死に駆けてくる。
しかし、暴走状態で敏捷の値が強化されたのだろう。
ミイはおろか、いぬですら熊に追いつくことができないでいた。
そして、とうとう熊が僕の目の前に来てしまった。
「グルル……」
歯をむき出す森の王者。本来なら一瞬の隙をついて魔法でも唱えるべきなのだろう。
しかし、僕の口は目の前の光景に対してがちがちと歯を振るわせることしか出来ないでいた。
「お姉ちゃん!」
ミイの必死な声が熊の後ろから聞こえる。
そんなものは関係ないとばかりに熊の前足が僕に向かって振り下ろされた。
ああ。あの攻撃なら魔力に極振りしていた僕など一撃で消し飛ぶな。
僕があきらめかけたその時、
「≪人獣化≫!」
ミイの声が聞こえたのだった。