三十三話 いぬと僕 そして、絆はつながっていた
一閃。続けて更に剣戟が振るわれる。
スサノオが振るう剣は勇者ああああが使っていたような見えない魔剣ではない。
しかし、それでもなおその剣には炎が纏われており、一撃一撃が強力であると感じさせられる。僕のステータスでは一撃でも当たれば簡単にHPが消えてなくなるだろう。それにも関わらず、僕はまだ生き残っていた。いや――生き残らされていた。
「はっ! どうだ、何も出来ない自分を見て自身が奪われる者であると自覚できたか」
スサノオが笑いながら言う。
そう、スサノオは僕をいたぶることを優先しているのだ。そのために僕へわざとクリーンヒットさせずに攻撃をかすらせている。
僕は何とかスサノオの攻撃を避けてはいるが、正直内心は悔しさで一杯だった。
どうして、僕はこんな奴にいいようにいたぶられているんだろう。
どうして、僕はこんな奴にいぬを奪われたんだろう。
どうして、僕は……。
『お前は所詮奪われる者なんだよ』
――お前は前から気に食わなかったんだ。
……なんだ?
脳裏によぎったスサノオの言葉と誰かの言葉と重なって聞こえた。
「お? どうしたんだ。動きが悪くなってるぜ。そんなにのろまだといくら加減してても俺の攻撃が当たっちまうじゃねえか」
「くっ」
一瞬、スサノオの攻撃から意識が逸れてしまい、スサノオの攻撃が危うく当たってしまうところだった。
僕が何とか避けた様子をスサノオが相変わらず嫌な笑みを浮かべて見ている。
このままではいずれ負けてしまう。一体どうすればいいんだ――
『タイプ『ネタ』は枠にとらわれない存在です!』
そうか。月金も僕が持っている称号スキルのタイプである『ネタ』は特殊な動きや攻撃を行うって言っていたじゃないか。
僕はスサノオの方を向いた。
「お前にやられてばかりでいると思うな。ネタの恐ろしさを味わうがいい!」
……自分で言っておきながら、なんか恥ずかしいな……。
「……何言ってるんだ……?」
スサノオまでも真顔で言葉を返してくる。
うがああああああ。そんな目で僕を見るなあああああ。
今にも叫びだしたい気持ちを抑えつつ、僕はスキルを使った。
「≪変化≫!」
本来ならこのスキルはレベル差がある相手には使えない。しかし、今は僕が参加している闘技大会ではレベル差による差を出さないためにレベル100となっている。つまり、目の前にいるスサノオもネタの餌食となるというわけだ。
「な、なんだこれ!?」
僕が放ったスキルの効果で煙に包まれるスサノオ。
一体、どんな姿になるのやら。
そして、煙が晴れたそこにいたのは――何も変わっていないスサノオの姿だった。
「な、なんで……」
スキルはレベル差がない以上、発動するはず。
それにも関わらず、スサノオは僕のスキルの効果を受けていない。一体、何が起こっているんだ。
「……そうか。お前、状態異常系の攻撃をしてきたな? ははは、ちょうどよかったぜ。念のために状態異常の耐性スキルも用意してきた甲斐があったぜ」
スサノオの言葉を聞いて僕は愕然とした。
魔法どころか状態異常までも食らわないというのか。
嘘だと言ってほしい。スサノオが言っている言葉が事実なら僕の攻撃は全て無効化するということなのだから。
いや、もしかするとまだ何とかなるかもしれない。
僕はスサノオが振るってくる魔法剣を避けながら、必死に頭の中で自分が持っているスキルを頭に並べる。
衣装スキルの≪天使≫。このスキルによる技能の≪ライトアロー≫はよく使っているけれども、スサノオが魔法を跳ね返す以上は役に立つとは思えない。
技術スキルの弓。このスキルは≪狙い撃ち≫と≪チャージ≫があるけれど、僕のステータスでは≪狙い撃ち≫によるダメージは期待できない。一応、≪チャージ≫は弓系のスキルに効果があるから≪ライトアロー≫の攻撃力は上がるけれど、スサノオ相手では攻撃力を挙げても意味がないだろう。
後はエフェクトスキルの≪縮小≫。これは現在使っているスキルだ。スサノオの攻撃を避ける上では重要な役割を果たしてくれているけれど、攻撃には使えないな。
そして、称号スキルの≪天使ちゃん≫。僕が持っている中で最もランクが高いこのスキルは実を言うとスサノオに対して有効な手が存在している。それはレベル3になって手に入れた技能の≪天網恢恢≫だ。称号スキルによる技能は魔法扱いではないらしく、攻撃タイプは特殊攻撃となっている。加えて≪天網恢恢≫は僕のステータスによって威力が非常に大きくなっている。当たればスサノオといえども耐えることは難しいに違いない。
残念ながらもう一つの≪天使ちゃん≫の技能である≪奇跡≫は条件を満たせていないために使うことが出来ないけれど、逆転が出来ないわけではないんだ。
しかし、現状に限って言えば≪天網恢恢≫を僕は使えなかった。
もちろんのこと、条件が足りないといった理由ではない。≪天網恢恢≫の説明に記載されていた速度は発動者の敏捷に依存するという記載のためだ。
僕のステータスでは普通に発動してもスサノオに避けられてしまうのが目に見えている。
そして、一度スキルを見られてしまえばスサノオに警戒されてしまうだろう。そうなればただでさえ、勝ち目が薄いこの勝負はより僕の敗色が強くなってしまう。
でも、僕が持っている他のスキルで役に立ちそうなものは……だめだ、もうないな。
今更ながらに最初のスキル選択をランダムにしたことが悔やまれる。
いや、でも、スキル選択をランダムにしたからこそ、いぬと――
「そうだ。忘れていたぜ。お前に対して使ってやりたいスキルがあったんだ」
僕に対して振るう剣を止めたスサノオが言う。
何を使うつもりなんだ。
そして、スサノオが口を開く瞬間、また僕に嫌な予感がよぎった。
「ほら、見せてやるよ。何が出ると思う? よく見ておけよ――≪ビーストテイマー≫」
スサノオがスキルを使った瞬間、魔法陣が現れた。
――やめろ。
現れた魔法陣は三つ。それぞれが回転をしながら、中央に向かって移動していく。
――やめてくれ。
三つの魔法陣が重なり、光の柱が立ち上がる。
――これ以上、僕にその光景を見せるのはやめてくれ。
そして、光が消えたその場所には――何もいなかった。
「――え?」
「ほらよ。本当にゴミのようなスキルだよな。こんなスキルを持っていたお前に同情するぜ。お前が召喚できるやつって、ただの犬なんだろ?」
スサノオが何か言っているが、僕は気にもならない。気になるはずがなかった。何せ、スサノオが≪ビーストテイマー≫を使った瞬間、システムメッセージが流れたのだから。
――スキル≪ビーストテイマー≫による召喚を実施しましたが、既に獣魔が存在しています。登録されている獣魔の召喚を実施します。
――スキル≪ビーストテイマー≫の使用者には獣魔がいません。召喚に失敗しました。
僕の、いや、プレイヤー全てにそのメッセージは流れたのだ。
≪ビーストテイマー≫――いや、いぬはまだ生きている。僕の相棒なんだということが。
僕は嬉しさのあまりに自分の目から流れ落ちる涙を止めることが出来なかった。




