二十九話 特別技能 そして、神喰狼はどこまで食らう
――WOSOでは様々なアップデートを予定しております。これから流れる映像は予定しているアップデートのほんの一部です。ぜひ楽しみにしていてください。
教会の祭壇のような場所に寝かされた僕の目の前に映像が音声と共に流れる。
本当なら興味をそそられる内容だろうけれど、教会に飛ばされてしまった僕は流れてくる映像やナレーションを聞き流し、ただ自身の思考に没頭していた。
なぜ、スサノオは僕に攻撃できたのか。
闘技大会に出場する選手である僕たちはPVPを行おうとしても相手が選手である場合、防護フィールドのようなものが発生し、一切ダメージを負わない。
そのため、今僕が教会に飛ばされているようなHPの全損などは起こりようがないのだ。
闘技大会の仕様を無視するようなスキルを持っていた?
いや、そんなことこそあり得ないだろう。
何しろ、WOSOの運営は宣言しているのだ。闘技大会はスキルの種類・レベルといった差はあれど、プレイヤー同士の公平な戦いであり、戦闘前の妨害などは一切認めない、と。
そういった理由から、スサノオが僕に攻撃できた原因は一切分からなかった。
――違う。そうじゃないだろう。
突如、悪寒が僕の思考を遮った。
なぜ、そもそもスサノオは僕に対して攻撃したのか。
あの時、スサノオはなんて言っていたのかを思い出せ。
――『さて、お前はいいスキルを持っているか? 楽しみだぜ』
スサノオのその言葉を思い出した僕は咄嗟にスキル欄を確認した。
「――あっ……」
嫌な予感は的中した。
僕のスキル欄からは≪ビーストテイマー≫のスキルがなくなっていた。
「……そ、そんな……」
≪ビーストテイマー≫のスキルが失われた現在、いぬを再召喚することさえ叶わなくなってしまった。
――もう、いぬと会えない。
心の中でどこか考えていた。闘技大会に勝てなければどうなってしまうのだろう。いぬと離れ離れになってしまうかもしれない。――永遠に分かれることになってしまうかもしれない。
そんな今まで考えてはすぐに頭の中から追い出していた思考が僕の頭の中を占めていく。
あはは……。闘技大会で負けるより先にお別れになっちゃった……。
あの時から泣かないと決めたはずなのに僕の目に涙がたまっていくのが分かった。
「お姉ちゃん……?」
「え……? どうして、ここに……?」
いつの間にか、僕の目の前にはミイがいた。
「そんなのPT欄を見ただけだよ。それより、お姉ちゃん。一体何があったの……?」
ミイが僕のことを心底心配してくれていることが分かった。
……前もこんなことあったっけ。私、お姉ちゃんなのに駄目だなあ……。
私――僕は目を手の甲で覆い隠し、息を大きく吸って吐いた。ほんの少しだけ心が軽くなった気がした。
「実はスサ――いや、なんでもない」
話そうと口にしかけた時、僕はまたミイに心配をかけたくないという気持ちが強くなり、ついそんなことを言ってしまった。
「そう、なんだ……」
ミイは何故か分かったような口ぶりで言葉を返す。
そして、僕が怪訝に思って聞き返す間もなく言葉を続けた。
「とりあえず! 私は他の場所に行っているね! お姉ちゃんも早く元気になってよね!」
「え、あ、うん……」
大きなミイの言葉に驚いた僕をよそにミイは教会から出て行ってしまった。
きっと僕のことを考えて一人にさせてくれたんだ。
ミイ、ごめんね。後少しだけ休んだら元の僕に戻るから。
僕は心の中でそう呟くと目を閉じた。いつの間にか、気分はだいぶ軽くなっていた。
◇
「お姉ちゃんってば……」
全くもって嫌になっちゃう。
いつもいつも私のことを心配してくれていることには感謝しているけど、それが余計に私をやきもきさせているってことが分かっていない。
さっきだってそう。
正直言って私はお姉ちゃんに本当のことを話してほしかった。
きっとお姉ちゃんはあの時――秋月に私が浚われた時のことを後悔しているんだろう。確かにあの時、私は何もできなかった。ナイフで傷つけられた肩の傷は今でこそ治ったけれど、随分とお姉ちゃんが気にしていたことも分かっている。
――でも! それでも、私はお姉ちゃんの助けになりたい。お姉ちゃんはあの時私を無傷で助けられなかったなんて後悔しているけれどお姉ちゃんは確かに私のヒーロー……ヒロインなんだから!
思考が変な方向にずれた気がしなくもないけど、それはともかく。
私は前の私とは違うんだ。今なら今まで出来なかったお姉ちゃんの助けにだってなれる。
ゲームで何を言っているんだと言われるかもしれないけれど、お姉ちゃんがようやく楽しそうな表情をするようになれたんだ。その手助けをするためなら私はなんだってやってあげたい。
「お姉ちゃんが先ほど言いかけていたのはスサ……だったわね」
私は思い出す。
そして、その言葉に関連する単語は闘技大会というお姉ちゃんが今想定しているイベントに照らし合わせれば自ずと答えは出てくる。
「スサノオ、ね。そいつがお姉ちゃんに何をしてくれやがったのかしら……」
まずはスサノオの情報を集めるのが先決だ。
私は方針を決めると鈴音ちゃん――リーンのところに向かった。
◇
「あれ? ミイちゃん、どうしたの? 随分と怖い顔しているけど」
あって早々にリーンからそんなことを言われてしまった。
私ってばそんな怖い顔していたのかな。
私が顔に手を触れているのを見るとリーンが笑っているのが分かった。
むむむ。ひどいよ。
「あはは。ミイちゃん、もう顔は大丈夫だよ。さっきの怖い顔なんてウソみたいになくなってるって。それより、町まで戻ってどうしたの? ヒカリちゃんを探しに行くって言ってたじゃない。もしかして、もう見つかったの?」
リーンの言葉に私は頷いた。
「でも、ちょっとお姉ちゃんが問題を抱えているみたいでね。また暗い顔をして――」
「どういうこと? 詳しく教えて」
「う、うん……」
私は教会にいたお姉ちゃんの様子をリーンに伝えた。
私がお姉ちゃんの様子を話すたびにリーンの顔が少しずつ俯いていくのが少しだけ悲しかった。
「ふ、ふふふ……」
そして、同時に俯いている顔の様子が見えなくても、それが笑みの形を浮かべているとわかり、悲しさよりも怖さが加速して増えていった。
「ヒカリちゃんを落ち込ませたのはスサノオのやつね?」
「え、あ、うん。たぶんそうだと思う。お姉ちゃんが言いかけていた言葉と闘技大会の出場選手を考えると一人しかいないから」
私の言葉を聞いたリーンが頷いた。
「分かったわ」
「え、何が?」
唐突なリーンの言葉に私は聞き返した。
さっきまで何か企んでいるような笑みを浮かべていたのに、今では晴れ晴れしい笑みを浮かべている。その変化は私にリーンが何かを企んで実行する気なんだと確信させた。
「スサノオの奴をリアルで追いつめてくるわ」
「ちょ、リアルのこと知っているの!? いや、さすがに駄目だよ! そんなことしたらリーンちゃんが犯罪者になっちゃうじゃない!」
私の言葉にリーンは甘い、とでも言うかのように私に向かって右目をウインクした。
「大丈夫! ばれなきゃいいんだよ、ばれなきゃ!」
「駄目だからね!」
「えー? 大丈夫だよ。絶対にばれないようにするから!」
「絶対駄目だって!」
尚も繰り返すリーンだったけれど、私が何度も駄目だって繰り返すと、ようやく諦めてくれた。……よかった。ようやくわかってくれたんだね。
「仕方がないわね。それじゃ、ゲーム内でヒカリちゃんの可愛らしさを広めてくるだけに止めておくわ」
「え、お姉ちゃんの? ……それなら別に大丈夫かな」
よく分からないけれど、お姉ちゃんの可愛らしさが広まるのは構わない。むしろ、私が広めたいぐらいだ。
「よし、それじゃあ早速――」
「おーい。お前ら、ヒカリを知らないか?」
リーンが何故かメニューを操作しようとし始めた時、阿部が私たちに近づいて尋ねてきた。
阿部はやけに慌てている様子だ。何かあったのかな。
「そんなに慌てて何かあったの?」
「ミイか。ちょうど良かった。お前とヒカリはリアルでも知り合いだったよな? 今すぐヒカリをWOSOから抜けさせてくれ。この際、リアルでWOSOから直接抜けさせてもいいから早くしてほしい!」
阿部には前に私とお姉ちゃんがリアルで知り合い――さすがに姉妹とまでは言わなかった。お姉ちゃんと呼んでいるからもしかしたら察しているかもだけど――と伝えたことがあるけれど、リアルでWOSOを抜けさせてほしいなんて言うなんて、どういうつもりなんだろうか。WOSOの接続をリアルで切ってしまったとしてもWOSOでは特に問題はない。
でも、急にWOSOの世界からリアルに戻るせいですごい不快感があると聞いたことがある。阿部もそんなことは知っているはずなのにどうしてそんなことを言うんだろう。
それにそもそも思ったことがあった。
「そんなに重要なことなら、フレンドチャットでお姉ちゃんに話せばいいんじゃない?」
「しようと思ったけど、出来なかったんだ! フレンド欄を見る限り、まだログインしているのは分かってはいるんだが、連絡できなかったからこうしてヒカリを探していたんだ」
フレンドチャットで連絡が出来なかった……?
おかしい。そんなフレンドチャットが出来なくなるなんて仕様はWOSOではなかったはず。
「ちなみにお姉ちゃんには何を伝えようとしていたの?」
「ああ、分かった。その代わり、ヒカリに伝えてくれよ。最悪、WOSOをリアルで切っても構わないから早く抜けさせるんだ」
「ええ。だから早く教えて」
「じゃあ、話すぞ。俺が話すのは先ほど手に入れたスサノオの情報についてだ」
スサノオか。ちょうどお姉ちゃんが何かをされたらしいけど関係があるのかな。
「スサノオの称号スキル≪神格者≫はタイプ鬼のやばいものだということは知っているな?」
「そうですね。確か闘技大会の司会が反則といってもいいレベルの強さを誇っている、なんて言っていたわね」
リーンが思い出すように言う。
「ああ。確かに言っていたな。だが、その反則というレベルがおかしな域に達しているらしいんだ」
「おかしな域に?」
いったいどういうことなんだろう。
「俺が聞いた話によると≪神格者≫のスキル≪神喰狼≫は相手のスキルを奪うらしいんだ」
「……え?」
相手のスキルを奪う。
それはWOSOでは禁忌といってもいいレベルのスキルだ。
何せ、WOSOはスキルを自ら手に入れ、そのスキルを強化していくゲーム。
最近やっとスキル譲渡が出来るようになったとはいえ、制限も多く、基本は自ら手に入れるというスタンスは変わっていない。
「信じられないことに相手の許可なんてものは関係ないらしい。単にそのスキルを使用しただけで相手のスキルを奪うらしいんだ。更に強制的に相手のHPをゼロにするおまけ付きとのことだ」
「何それ! いくらなんでも反則すぎるでしょ!」
スキルを奪うなんてことだけでもあり得ないのに相手のHPをゼロにするなんて……。いくらなんでもおかしいにもほどがある。
「他にも色々とおかしな効果が付与されているらしくてな。さすがにそこまでは眉唾だと俺も思うんだが、HPが回復できなくなるとか所持金が全て奪われるとかフレンドチャットが使えなくなるとか――」
「待って、今最後になんて言ったの?」
「最後か? フレンドチャットが――」
「――使えなくなる、よね? 今、お姉ちゃんが使えない状態の」
「あ、ああ! そ、そうだ! なんで俺は気づいていなかったんだ! くそっ! 手遅れだったのか!」
阿部は悔しそうに言う。
そうか。お姉ちゃんがあんなに暗い顔をしていたのはそういう理由だったのか。
「それじゃあ、ヒカリちゃんは何かスキルを奪われたということ?」
「きっとそうだろう……。俺がこの情報を前もって伝えておけばこんなことには……」
「ミイちゃん、ヒカリちゃんはすごい落ち込んでいたのよね? 何のスキルを奪われたんだと思う?」
リーンに言われて私は考えた。
お姉ちゃんがそれだけ落ち込むスキル。
いったい何のスキルを奪われたんだろう――
「そういえばヒカリはいぬをどうしたんだ? 俺が装備を渡した時にはいなかったみたいだが」
「それならその前の残像剣との戦いでいぬちゃんはやられちゃったのよ。だから、あの時いぬちゃんはヒカリちゃんのそばにいなかったの――」
「それだ!」
阿部とリーンの会話を聞いていた私は気づいた。
お姉ちゃんがあそこまで落ち込む理由となった奪われたスキル。それは――ビーストテイマーであるということ。
私はその考えを二人に伝えた。
「なるほど……。確かにそれならヒカリちゃんがそんなに落ち込んでいるのも分かるわ」
「そんなことあるのか……。スサノオの奴、外道にもほどがあるだろ……」
「何とかしてお姉ちゃんのスキルを取り返す方法ってないの?」
「すまない。その方法は俺が聞いた限りではないらしいんだ。今まで奴にスキルを奪われたプレイヤーもそのスキルを取り戻していないらしい」
「そうなんだ……」
「心配するな。俺が絶対に情報を手に入れてやる。ミイはヒカリを慰めてやってくれ」
「うん……」
阿部は心配するな、なんて言ってくれているけれど、スキルを取り戻す方法が見つかるとは思えなかった。
私は空元気を振り絞って二人に今日はログアウトする、と伝えてWOSOを落ちることにした。きっと現実でもお姉ちゃんが戻っているはず。いや、まだ戻っていなかったとしても落ちるまで待とう。お姉ちゃんは私なんかよりもずっと落ち込んでいるはずなんだから。
◇
【そこに】とうとう紳士となる時が来たようだ【天使がいた】Part34
241 名前:変態紳士 投稿日:20XX/07/26 (土) 22:12:15.16
月月火水木金金、運Aとしてのお前に聞きたいんだが、
スサノオのスキルは本当にあの仕様通りなのか?
相手のスキルを許可なく奪ったり、無制限に相手のHPをゼロにしたり、
フレンドチャットを使えなくしたり……
色々とWOSOでは反則といっても言い足りないレベルでおかしいと思うんだが
242 名前:月月火水木金金 投稿日:20XX/07/26 (土) 22:13:23.41
何それ?
詳しく教えて
僕がこのまえ聞いた情報とかなり食い違ってる
二人はスサノオのスキルについて話していく……。
260 名前:月月火水木金金 投稿日:20XX/07/26 (土) 22:42:15.64
なるほどね
分かったよ
あいつがおかしなことをしていたんだ
もう、仕方がないな
あれをするしかないか
どうなるかは分からないけど少しは対抗出来るようになるはず……
……変態紳士、いやそれ以外のみんなにもお願いするよ
天使ちゃんのことをこの掲示板以外にも広めて
その時にとにかく天使ちゃんがかわいいとかスサノオのスキルでスキルを奪われたとかの情報を出して
261 名前:変態紳士 投稿日:20XX/07/26 (土) 22:43:15.21
そんなことしていいのか?
262 名前:月月火水木金金 投稿日:20XX/07/26 (土) 22:17:10.10
構わないよ
それより、はやく!
もしかしたら間に合わなくなるかもしれないから!
月月火水木金金の指示通りにスレの住民たちは天使ちゃんの情報を色々な掲示板に伝えていった。
◇
スレの住民たちが掲示板に情報を拡散していってから暫くした時、あるナレーションがヒカリの端末に届いていた。
――≪天使ちゃん≫のスキル保持者の知名度が一定値を超えました。
――≪天使ちゃん≫のレベルが上昇します。
――称号スキルのレベルが上限に達し、称号保持者への感情値が一定値を超えました。
――特別技能≪奇跡≫が解放されます。
スキル名称:天使ちゃん
技能:変身(レベル1)・・・自身の姿を天使へと変えることが可能になる。
変化(レベル2)・・・ネタスキル。
他人の姿を変えることが可能になる。
変わる姿はランダムとなっている。
レベル差がある場合は姿を変えることが出来ない。
また、変化しても相手のステータスは変わることがない。
天網恢恢(レベル3)・・・相手のカルマによって威力が変わる。
(カルマはPK・NPCの対応により増減)
このスキルの威力は発動者の筋力・魔力に依存する。
このスキルの速度は発動者の敏捷に依存する。
このスキルは体力・耐久・精神・敏捷の値によっては
追加効果:束縛が発生する。
奇跡(レベル?)・・・特別技能。使用制限あり。
このスキルを所持するプレイヤーには即死系のスキルは無効となる。
自分が欲しいと考えるスキルを一時的に取得する。
取得後、30分が経過すると取得したスキルは消滅し、
二度と取得することは出来なくなる。
また、≪奇跡≫によって取得したスキルは
正規の手段でも手に入らなくなる。
使用条件:???(条件達成後または称号スキル専用クエスト完了後に解放されます)




